第273話 出なければ杭も目を付けられない

「そう言えばさぁ、こないだの躓かせる呪詛って普通に術だって言い張れないのかな?

軽く躓く程度だったら傷害にもならないし、自分の体の一部や寿命じゃなくって魔力だけでやったって言っていたから、呪詛だって定義に当て嵌まらなくて合法じゃない?

流石に『囮調査に協力します』ってビジネスはどうかと思うけど、今回の伝手で宝石とか美術品の保険会社の調査会社とかと組めばかなりお金になりそう」

在庫が捌けてしまったお守りを粛々と作成しながら碧が尋ねてきた。


「う〜ん、日本の法律だともしかしたら大丈夫かもだけど、本来なら呪詛って術の魔力にちょっと特徴があるんだよねぇ。

だからそれに基づいて定義している国だったら、海外の保険案件を取り扱っていて知らぬ間に違法行為をしてたなんて事になりかねないかも?」

魔力の籠った偽造版紋様付き和紙をきっちりと綺麗に折り畳んでお守りの袋に入れながら答える。


魔力にも色と言うか味と言うか、種類による特徴がある。

認識方法には個人差があって、匂いとして知覚する人もいたし、肌感覚で分かるタイプ(碧もこれに近い気がする)もいるし、私みたいに魔力視で色の様な感じに認識する人間もいる。


人によって知覚方法が違うので、特定の誰かならまだしも不特定多数に対しての偽造は難しい。

で、呪詛の魔力って私的にはちょっと汚いグレーっぽく視えるんだよねぇ。

人の命を削る様な悪意の強いのは凄く汚いグレー、こないだの躓く程度の悪戯モドキは淡いグレー。


淡いけど、明らかにグレーなのだ。

躓かせると言うのは黒魔術で足の神経や視覚の距離の認知機能とかを微妙に弄ることでも可能だ。

呪詛だと『躓かせる』と言う結果を決めるだけで良いのに、黒魔術だと何処そこの機能をどの程度狂わせて・・・とかなり細かく指定しなければならず、ちゃんと転ばせようと思ったらかなり細かく魔法陣に定義付けが必要でそこそこ魔力を消費する。


で、そんな感じに苦労して作り上げた『躓かせる術』と言うのは黒魔術らしく黒光りする魔力になる。

黒光りって微妙に矛盾した言い方に聞こえるけど、魔力視だと黒い魔力も光るのだ。


ちなみに呪詛でどれだけ魔力や命を込めようと、殺意が高かろうと、グレーが深くなって黒に転じることはない。

単に、変な色が混じった汚い濃厚なグレーになるのだ。

現実にクレヨンや色鉛筆でグレーに色が混じっても汚くなるとは限らないのだが。魔力視だと何故か見るに耐えない醜さになる。


と言う事で、私的には明らかに呪詛とそれ以外の術って効果が同じでも違いがあるんだよねぇ。

自覚しているかどうかは別としても、他の魔術師だって同じだと思う。


「あ、そっか。

確かに呪詛って微妙にピリピリするよね。

こないだのは擦ったセーター程度でピリピリ未満な感じだったから呪詛っぽくないと思ったけど、ダメなのか」

碧が納得したように頷く。


なるほど。

ピリピリ未満に感じたのか。

魔力視タイプの見分け方じゃなければ、悪戯クラスのごく弱い呪詛は誤魔化せるのかな?


とは言ってもねぇ・・・。

「まあ、あんまり海外に行きたくないし、日本では保険会社と組んでボロ儲けしたら退魔協会が分け前を寄越せって横槍を入れて来そうだし。

田端氏が上手いこと退魔協会にこないだみたいな術を呪詛の定義から外すよう説得出来なければ、無理に手を出さなくても良いかな」

変なリスクを取らなくても普通に問題なく暮らせるだけの収入は得られそうなのだ。

欲張ってお偉いさんの注意を引きたくない。


「まあねぇ。

下手に色々出来る事を知られて、こないだの誓約書の事とかも疑われたら面倒か」

碧も頷く。


そう。

権力を持つ人間に『稼いでいる』と目をつけられるのは危険なのだ。

前世だって、あそこまで黒魔術師が徹底して搾取されたのは国を揺るがす様な悪事をやった人間が過去に居たって言うのもあるが、それよりもその他多数のちょっとした小悪党クラスの黒魔術師が悪徳役人や貴族相手に色々と宜しくないサービスを提供してボロ儲けしたのが諸悪の根源だったと思う。


黒魔術師のサービスで被害を被った王族とかも多少はいただろうが・・・実際のところは態々金を払って雇用して色々やらせるよりも、隷属させて便利なサービスを全て国が独占すれば金が掛からない上に国民へのコントロールもより強固なものに出来ると過去の悪賢い権力者が気付き、世論操作して黒魔術師全体を嵌めたのだろう。


今世では権力者の目を引くつもりはない。

退魔協会には国全体をコントロールする様な権力は無いが、能力持ちが育ち難い環境で人数が少ないせいか国からお墨付きをもらっている組織があそこしか無いせいで、退魔師に対する権力が歪に集中している。

今世では、変に頑張りすぎてスリル満載な日々を過ごすことになったりせずに、無難に平和な毎日を過ごすのだ!


まあ、前回の寒村時代も権力とは何の関連もないある意味平和な人生だったが、ちょっとあれは貧しすぎたしね〜。

今世は夜に暖かく空腹を我慢しないで眠れる環境で、程よく人生を楽しみたい。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る