第272話 自己発電(?)だったか!

『急な話で申し訳ありませんが、先日のお守りを十セットほど買わせて頂けますか?!』

宝冠の解呪を終え、正規登録した際に退魔協会から渡された各種法規制を捲って『呪詛』の法的定義を探していたところ、突然税理士の柳原氏から電話があった。


「10個ずつ、ですか?

・・・え〜っと、明日の午後でよければ渡せると思います」

年末に碧が里帰りした時点で秋から年末にかけて作っておいたお守りを渡してきたところだったので、現時点で在庫はそこまで無い。


コツコツ時間を見つけて作っていたので私の方の安眠お守りは8つある。2個なら今日中に作れる。

碧の方はどうかと思って目で尋ねたら、『明日の午後なら』と口パクされたので柳原氏に答える。


「お忙しいなら、こちらから持っていきましょうか?

ちょうどそちらの方に行く用事がありますので」

特に用事はないが、柳原氏の事務所のそばに新しくニ○リのアンテナショップっぽい新規店舗がオープンしたところなので、ちょっと見に行ってもいい。

柳原氏の瘴気の原因が何なのか、気になったしね。


10人以上が肩凝りと安眠用お守りが必要だなんてちょっと異常だ。

何か霊障でもあるなら、大事になる前に確認しておきたい。


あまりこちらからサービスを売り込むのもどうかと思うが、マジでやばそうな案件だったら退魔協会に調査依頼を出したらどうかと提案しても良いだろう。

10セットもお守りを買うのだ。

それなりに不調は自覚しているだろうし、それをお守りで誤魔化すのにも限界があると分かっているだろうからそっと背中を押せば大人として問題にちゃんと対処しようと思ってくれるかも知れない。


まあ、余計なお世話と言われるかもだけど。


◆◆◆◆


柳原氏の事務所は駅から歩いて数分の所にあるオフィスビルの3階だった。

小ぶりな会議室が入口の横に2部屋あり、奥の所長室らしき部屋で何やらちょっと頭の上が淋しい男性が眉間を指で揉みながら電話に向かって何か話している。


残りのスペースは比較的大きなデスクが並び、書類が山積みになっている。

そして・・・PCに向かって物凄く目付きの悪くなった人たちが手元の書類やレシートなどを見ながら何やら物騒な事を呟きつつ入力している。


『毎月費用の処理をしに行っているのに、今ごろ思いつきでレシートを出してくんじゃね〜!!

ぶん殴ってやろうか?!』と眼鏡を掛けた小柄な女性が言っている横で、

『週末労働は絶対にしないと豪語しているくせに、週末の夕方に家のそばのレストランのレシートを費用計上する領収書がわりに出すな!!

お子様プレートなんて書いてあるのを取引先が食べるわけないだろ!!!ドアホ!!』と初老の男性が罵りながら山積みになっているレシートらしき紙を選り分けている。


その他にも何やら聞いてはいけない様な事を皆がブツブツ呟いているのが、怖い。

誰も彼もが目の下に大きな隈を持っており、服もかなり草臥れた感じで顔色も悪い。


もしかして、これが噂に聞くデスマーチと言うやつなんだろうか?

あれってIT企業の現象だと思っていたんだけど、もしかして税務士産業にもあるのかな?


誰も彼もがストレスでもっそりと瘴気をじりじりと湧き出している。

どうやらどっかの悪霊に憑かれたとか呪詛を掛けられたとかではなく、過酷すぎる労働環境によるストレスから生じた瘴気の様だ。


普通の人でもストレスが掛かりすぎると瘴気って出すんだねぇ。

前世ではある程度以上精神的・感情的ストレスが掛かると魔力が歪んで瘴気になっていたものだが、今世ではあまり魔力なんて無いしそこまでストレスに侵されている人を見たことが無かったから、こっちでは瘴気って悪霊が産み出すだけなんだと誤解していた。


「ああ、長谷川さん、お守りを持ってきてくれたんですか?!

助かります!!」

入り口で立ち止まった私を見て、柳原氏が声を掛けてきた。


クルリ。

部屋にいた人間全員の首が一斉にこっちに向かった。

怖いよ。


はっきり言って、悪霊が一杯の家の中に入る方がマシなぐらいだぞ。


「こちらです。

赤い袋が肩凝り避け、青い袋が安眠祈願です。

・・・皆さん忙しそうですね」

ガタ!っと立ち上がって、ぎここちなくもかなりの速度でこちらに近づいてくるゾンビの様な人達から一歩下がってお守りの入った袋を柳原氏に渡す。


どこぞのホラードラマの様に寄ってくる群れを一番近くの同僚に赤い袋を渡す事でそらし、柳原氏が虚ろに笑った。

「確定申告って年に一度、3月15日が期限なんですよ。しかも企業の決算は12月末締めで2月末申告が多い。

長谷川さんの所のように、前もって相談しながら必要書類を全部揃えて数字も準備している人の確認サービスもしているのですが、ウチの主なビジネスって事業所得のある個人の確定申告や、会計処理の専門家が居ない中小企業の税務申告や決算の代行なんです。

お陰でこの時期になると終電やオフィスの床での仮眠もザラで・・・。

こうならない様にほぼ毎月、最低でも毎四半期にお客様の事務所に伺って書類や帳簿の整理をしているんですけどねぇ。

皆さん、いざ税金を払わなきゃとなると次から次へと思いつきで節税出来るかも?と色んなレシートを押し込んできたり、見つからなくって諦めていた領収書を根性で見つけ出してきたりして我々の仕事を増やしてくれるんです・・・」


「大変そうですね」

なんかこう、そのうちこのオフィスの瘴気が霊障化してどっかの無茶振り顧客に襲い掛かりそうだ。


「ずっと椅子に座っているから腰も肩もゴリゴリだし、ストレスが溜まりすぎたせいで疲れているのに眠りが浅いしで、この時期は毎年体調が最低なんですが・・・そちらでお守りを頂いて以来、肉体的には凄く楽になりました。

それを言ったら皆で奪い合いになった訳です」


ふあぁぁぁ〜。

お守りを握ってなにやら目をつぶって深く息を吐いている同僚を見回しながら柳原氏が言った。


「全部で3万円ですよね?

領収書をお願いします」






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