第135話 ターゲットは?

「・・・嵌められた?」

『お嬢様』が低い声で聞き返す。


いい加減、『お嬢様』と呼ぶのが面倒だが、お互いに紹介しあっていないんで、名前が不明なんだよねぇ。

態々あんな黒塗りカーを手配する様な依頼主だ。

ここで本名を教えたら意味がないんだろうね。

会った時に自己紹介した中田さんも、『お嬢様』の紹介はしなかったし。


それはさておき。

「貴女本人、もしくはご家族への嫌がらせでしょう。

これは呪札としてはお粗末ですが、罠としては中々の出来です。単に誰かが嫌いだからと言うだけで若い女性が簡単に入手して使える様な代物では無いので、それなりに伝手と資金力のある人間が裏にいると思います」

碧が説明を続ける。


まあねぇ。

都市伝説的に呪いの藁人形とか紙人形をネットで買うのも不可能ではないかも知れないが、それを被害者に意図せずに使わせるだけの偽装するにはしっかりと魔力を使える人間と会って術の依頼をする必要がある。


まあ、その部署移動してきた女性が『偶々』悪徳退魔師と縁があって紙人形を入手し、適当に会社の知り合いとかへの嫌がらせに使った可能性もゼロでは無いが・・・それなりな素材と技術力が必要なこの紙人形は安くは無い筈だ。


余程の恨みを買ったんじゃない限り、単なる嫌がらせの仕上げとして使うには高額すぎるだろう。


「ご家族への嫌がらせの可能性の方が高いでしょうね。

この紙人形の手配と呪詛返しで合計数十万円近くは最低でも掛かった筈ですから。

既に周りを巻き込んでイジメ尽くして会社から追い出すのに成功した若い女性が、スポンサー無しに使うとは思えません。

それに、周囲を上手く操ってイジメに加担させる様な人間だったら、普通は呪詛なんて使うより若い男性を唆して襲わせたと思いますよ」

推論になるが、付け足す。

裏社会の依頼になるのだ。

退魔協会への依頼より安いことは無いだろう。


それに、そのイジメを主導した女性は魅了なり魔眼なりの力を多少持っている可能性もある。

はっきりスキルとして具現化しなくても、微かに才能があるお陰で周りの人間を操って悪事に加担させるのが上手い人間と言うのはそれなりに存在する。


善人だったらカリズマ性のあるリーダーとして活躍出来るんだけどねぇ。


才能があってもそれをイジメに使うか、職場のチーム精神の向上に使うかは本人の資質次第だ。

イジメに使う様なタイプだったら、呪いなんて不確実で結果の見えないモノではなく、自分が唆した男に直接暴力を振るわせる方法を楽しむだろう。


そう考えると、誰かが『お嬢様』を痛めつけるためにその女性に金を払った可能性が高い。


もしかして、退魔協会ってこう言う依頼の術者側の悪事も請け負うのかね?

直接呪いを掛ける訳じゃあないけど、呪い用の罠グッズを作成するのって違法だよね??


と言うか、呪詛を掛けること自体に関する法規制がどうなっているのか、後で碧に確認しよう。

呪詛を自分が掛けるのは暴行罪なり殺人罪なり殺人未遂罪なりで罰せられるかも知れないが、包丁を作ること自体に罪がない様に、特定して禁じられていない限り、人を害せるモノを作る事自体は違法ではない事が多い。


とは言え。

これは無いだろ〜とは思うけど。


「この呪符を誰が作ったのか、追跡調査するのは可能ですか?」

中田さんが聞いてきた。


「ちょっと調べさせて下さい」

出来ればプライバシーが欲しいところだが、流石にこの状況で個室で相談させてくれとは言いにくい。

念話を直接碧とするのは難しいので、使い魔経由だ。

『クルミ、シロちゃんに碧へ「呪符の作成者を見つけられる可能性は高いけど、出来るなんて言っても大丈夫??」って聞いてもらって』


ちょっと距離があるのでクルミからシロちゃんに念話を繋ぐのに結構魔力を使うが、幸い同じ首都圏なので可能ではある。


碧からの返事を待っている間、紙人形をじっくり調べる。

こう言う悪行をする人間はこちらとしても把握しておく方がいいから、依頼を受けるか否かは関係なく、自分の方でも追跡しておく方が無難だろう。


将来的にどっかで悪人の邪魔をしたら、私たちの方へ何かしてくる可能性だってあるんだし。


『一応出来るけど、ちょっと自信が無いって答えてだってにゃ』

クルミから返事が来た。


『了解』


クルミ経由で返事が届いたのか、碧が尋ねる。

「どう?」


「う〜ん、出来るかもだけどちょっと自信が無いかな?」

まあ、呪符の作成者追跡なんて、普通の初心者には出来ないだろう。

私が出来ると言い切ったら、依頼主はまだしも退魔協会は怪しむかな。


退魔協会が紙人形の手配に関わっていないなら、依頼主が改めて退魔協会に依頼するのが一番だね。


「不可能では無いかも知れませんが、不確実ではあるので一度退魔協会と相談して頂けますか?」

碧が依頼主側にお願いする。


「そうですね。

当主様とも相談致します。

今日はどうもありがとうございました」

中田さんが頭を下げてお礼を言ってきた。

ふとベッドをみたら、呪詛返し(とその前のイジメ)で体力と気力が尽きていたのか、『お嬢様』は眠りについていた。


こんなしっかりしてそうな人でもイジメにあうんだねぇ。

妬み・僻みの反動って怖い。







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