第50話 所在地

「で、次に考える必要があるのは場所ね。

工房や事務所をどうするか。

ここを使うのは学生の間はまだしも、卒業後に本格的に起動し始めたら無理があるわ。

そうすると、いつぐらいにどんな場所を借りるかも考えておくべきよね」


名前が決まり、碧が次の検討事項を挙げてきた。


確かに、符を作るためのテーブルや素材を置いておく場所が必要だし、作業途中の素材とかをいつまでも碧のリビングに放置する訳にはいかない。

お守りや安眠グッズとかも作るなら更に素材が多くなるだろう。

安眠や肩凝り解消グッズに形だけでも機能性のある物を使うとなったらそれらの仕入れも起きる。


私が学生寮を出るまで一々碧の家にお邪魔して作業するのも長期的には微妙だが、まだ本格的に働けない学生時代に別の部屋を事務所用にわざわざ借りるのもちょっと勿体無い。


どうするか。

現時点での会社登記に関しては碧のマンションを使わせてもらうにしても、事業の長期的展望として話し合っておく必要はある。


一応、この件に関しては色々と考えて、ワンルームマンションや激安アパートの相場なんかも調べたのだが・・・イマイチそっち方面で満足できる結論には辿り着けなかった。

なのでちょっと違う方向の解決策を考えてみたのだが、どう思うかな?


「この際、大きめなファミリー用の3LDKか4LDKの部屋を二人で借りて、一部を事務所用にするのってどうかな?

ルームメイトとして同居に関する決まりは最初からしっかり話し合っておかないとパートナーシップそのものが破綻しそうだけど・・・ある意味、ちゃんと色々話し合っておいても破綻するなら、学生の間に失敗しておく方がリカバリー効きやすいし」


大学を卒業して本格的に働き始めてビジネスが拡大したら、住む場所の一部を事業で使うなんて言うのは長続きしないだろう。

事務員あたりを雇う事になったら流石に狭いだろうし、事務所利用が最低限なままだとしても我々のどちらかが結婚を考える様になったら同居は当然解消だ。


だが、お互い上手く一緒にやっていけるのかを確認している手探り状態の今ならハウスシェア+事務所という状態もありではないだろうか?

どうせ私は学生寮を出ないと退魔師として働くのに色々と支障が出そうだし。


両親にどう説明するかに関しては、ちょっと知恵を絞る必要がありそうだけど。


私の提案に碧は暫し考え込んだ。

私は邪魔にならないよう、碧が集めた起業に関する資料に黙って目を通し始める。


寒村時代は一家全員で一部屋ちょっとの小屋で暮らしていたんだし、今だってプライバシーが微妙な学生寮暮らしだ。私にとって二人でのハウスシェアなんてどうと言う事は無いが、碧にはそれなりに大きな変化かも知れない。

よく考えて我慢できそうか判断して貰わないと、部屋の契約と引越しをした後から『やっぱ無理』と言われても面倒だ。


「・・・やってみるのもありかな?

ここのリビングを4年間使い続けるのは無理があるし、かと言って別に事務所を借りるのは勿体ない気がするし、どうしようかとは私も悩んでたのよねぇ」

やがて、碧が頷いた。


一人で起業するならリビングや食卓の端で作業をするのでも良いのだが、なまじ二人でビジネスをやるとなるとどちらか片方にだけ負担が掛かるのは不味い。

例えその分を資金的に補償するにしても、どれだけの金額が心理的負担や不便に相応するか正確に測る方法が無い事を考えると、長期的にはどちらか(もしくは両方)に不満が蓄積していくだろう。


がっつりスペースが必要な程大々的にスタートするつもりが無いと言うのも問題の解決を難しくしているし。


なのでファミリー用の家を二人で借りるのが一番手っ取り早く経済的なのだ。

まあ、同居が上手くいくかどうかはこれからの二人の努力次第だが。


「流石に二人で暮らす場所はそう直ぐに見つからないかもだから、取り敢えず事務所の住所はここにしておいて、新しい場所が見つかったら変更しよう。

そうなると後はソフトが勝手に作ってくれる電子定款を読み込んで問題が無い事を確認するのと、印鑑の購入ね」

碧がプリントアウトしていたチャートを見ながら提案する。


「そうね。

なんかこのデジタル化時代に態々印鑑をオーダーしなくちゃいけないなんて馬鹿みたいだけど」

碧が愚痴る。


「でもさ、退魔協会なんてデジタル化を完全無視しそうじゃない?

そうなると会社登記とか契約とか税務関係で印鑑が必要なくても、協会関係の書類だけはいつまで経っても印鑑を押して無いと承認しないって言われそう」

まあ、退魔協会関係でどう言う書類が発生するのか知らないから、杞憂かも知れないが。


碧が顔を顰めた。

「あ〜。

・・・確かに。

あそこってなんだかんだで融通を色々利かせてくれることもある癖に、邪魔したい時は今まで誰も気にしてこなかった形式上の細部に拘って徹底抗戦するって父親が言ってたわ。

印鑑なんてきっと最初にぐだぐだ言ってくるポイントだろうね」


融通が効いて内部の論理で忖度しまくりな、なぁなぁ文化か。

まあ、黒魔導師時代の王宮もそれに近かったが。


ちょっと憂鬱。

よし、協会関係は出来るだけ碧に任せよう!

碧の横で白龍さまが浮いてれば、協会の幹部も変な事は言い出しにくいだろう。


いざとなったら天罰を落としちゃえばいいんだ。

頑張れ碧!










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る