第8話 時空魔術!(3)

『なんかお尻が寒い感じにゃ』

近所のホームセンターに行って買ってきたニッパーにクルミの分体を憑かせようとしたら、寒いと苦情を言われた。


『はぁ?

霊に尻なんてないでしょうに』

とは言え、肉体がない精神体は魔力漏れや欠落を元の体の一部に感じる不具合として認識する事が多い。


文句を言いつつも目に魔力を込めてクルミの分体を調べたら、魔力が少量ずつながらもダダ漏れ状態になっていた。

これでは数十分で空っぽになってしまう。


『あっちゃぁ。

鋼とプラスチックってどちらも魔力と相性が悪いのか』

前世でも、傀儡術の躯体は骨やフレッシュな死体、毛皮や人形が使われる事が多かった。

金属だったら銀か魔鉄や魔銅と言った、魔力と相性の良い金属か魔力に染まった金属が使われたものである。


化学繊維であろうクマのストラップが大丈夫だったので、プラスチックも大丈夫かと期待したのだが・・・駄目だったようだ。


『どう考えても銀のニッパーなんて売ってないだろうし、ハンドルが骨素材で出来たニッパーもないだろうねぇ。

宝石を嵌め込むのも非現実的な気がするし・・・。

取り敢えず、毎晩根気よく魔力を通して魔鉄化出来るか、試してみるか。

クルミ、魔力が全部抜け切る前に亜空間に収納してみるから、そっちで何か不具合を感じるか教えて』


クルミに声をかけ、ニッパーを収納する。

自分で創った亜空間だが中に目がある訳ではないので、収納した物の状態が変化しても分からない。


ある意味クルミが好奇心を発揮したお陰で分体で試せたのはラッキーだったかも知れない。


『・・・どう?』

クルミに尋ねる。


『何も感じないにゃ』

クマのぬいぐるみが首を傾げようとして本体ごと傾いていた。


まあ、少なくとも魔力が抜ける感覚は無い様だ。

収納用亜空間の中でも時間は流れているので、ちょっと不思議だが。

もしかして亜空間の中って魔力で満ちているのかね?

風船の空気の様に、魔力で収納スペースを膨らまして確保しているのかも知れない。

だとしたら、ニッパーを収納に入れっぱなしにしていたらそのうち魔鉄化するかも?

その代わり、その分収納の容量が減りそうだが。


・・・ちなみに、最初の人生では収納にそんな特性が有るとは聞いてない。

まあ、時空魔術の適性が無かったのでそれ程深くは教えて貰えなかったから、知らない事が色々あっても不思議は無いが。


ニッパーを取り出してみる。

『どう、『お尻が寒い』以外に何か変化はある?』


『多分無い、かにゃ?

元々寒い感じがするからはっきりしないにゃ』


『う〜む。

取り敢えず、数日収納に放り込んでおいてどうなるか確認しよう。

本体を収納して何かあるようだったら困るでしょ?』


『分かったにゃ』

取り敢えず分体で収納を経験して好奇心が満たされたのか、クルミはあっさり合意した。


考えてみたら、そのうち象牙のナイフでもネットで探して、それに犬かイタチあたりの動物霊でも憑けて使い魔化しても良いかも知れない。


日本ではナイフが必要になる可能性はあまり無いだろうが、もしも来世がまた剣と魔法的な世界だった場合は自衛手段は幾らあっても足りないぐらいだ。


実験してみて上手くいくようだったら、魔力が豊富にある世界なら鋭く研いだ骨を使い魔化したら自発的に迎撃してくれる武器をゲット出来るかも知れない。


『そんじゃあ次は、転移だ!』

逃げる事になったら重宝するかもと、これも寒村時代に死ぬ気で頑張って魔法陣を開発した。

転移術は魔力が足りないと転移そのものが出来ないので昏倒はしなかったものの、魔力使用量がやたらと多くて練習の後は非常に怠かったものである。


転移先に何も無いかを確認できるようにはしたが、転移先が視野に入る場所からの目撃を防ぐ方法が無かったので家族が留守の時に家の中で試すしか出来なかったが、あの時ですら数メートルでかなり魔力を消耗した感じだった。

今世では出来ない可能性もある。


寝坊した時に一気に学校まで転移とか出来たら便利なのだが、絶対に無理だろう。

それでも、鍵を無くした時に扉を転移で通り抜ける事ぐらいは出来るかも?

・・・これからは鍵を収納しちゃう予定なので、それさえ習慣化したら鍵を無くす事も無いだろうけど。


『転移!』

今度はベッドの横で30センチ程前を目指して跳んでみた。


『おお!

消えて出てきたにゃ!』

クルミが机の上から歓声をあげた。


『一応転移出来たけど、きっつい〜』

昏倒はしなかったが、がっつり魔力が抜けて思わずそのままベッドに倒れ込んだ。


辛すぎる。

30センチでこれとなると、真剣にマジで非常時に鍵のかかったドアを通り抜ける為程度にしか使えそうにない。

しかも通り抜けた後、暫く隠れて魔力を回復させないと碌に身動きも取れそうも無いから、使うタイミングには要注意だ。


『なんかなぁ。

転生して魔術が使えたら色々ウハウハだと覚醒前は思っていたのに。

ショボすぎる』

思わずクルミに愚痴った。


『覚醒してなかったのに転生とか魔術とか考えていたんにゃ?』

微妙に憐れみを込めたっぽい声音で聞かれた。


なまじ念話だと感情が透けて見えて、ちょっと辛い。


『今時の若者はラノベ状況を色々と夢想して楽しむものなのよ!

だけどぼっとんトイレかスライムが下にいるようなトイレしか無い様な異世界はちょっと嫌だったから、召喚モノじゃなくって転生覚醒シナリオで盛り上がってたの!』

沙耶もラノベ好きだったので、色々な状況に関して討論して盛り上がったのだ。


一番良かったのは地球にダンジョンが出てきて誰もがスキルを手にできる状況。ただしダンジョンからの氾濫は無いし、治安の悪化も政府がちゃんと防いでくれる設定だ。


それがダメなら密かに古代から続いてきた魔術師や陰陽師の系譜を継ぐ人間が、悪霊や悪の魔術師を倒す話。

まあ、こちらはその系譜に生まれなければダメなので、先祖にその血が入っていて隔世遺伝した能力がある日何かの危機に際して突然覚醒!というのが最近のシナリオだった。


まさか『一応かも』としていた『転生した魔術師』の設定が自分に当てはまる事になるとは思っても居なかったが・・・魔力がショボすぎて実用性がほぼ無いというのは想定外だった。


『毎晩使い切ったら増えてくれると良いんだけど・・・』









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