第6話 時空魔術!
『さて、今日は時空魔術を試すぞ〜!』
前日の躓きは、何とか出来る日まで捨て置くべし。
今朝はいつもの春休みの様に寝坊した後、元気に起き上がってクルミに宣言した。
『今度は上手く行くと良いにゃ』
失敗すると思っているのか、半ば慰める様にクルミが返す。
『これは前世で使えていた魔術だから、大丈夫な筈だよ?!』
思わず抗議する様に心の声を上げる。
『黒魔導師は精神と魂に魔力で干渉できる、それしか出来ないって言っていたじゃにゃいか。
時空魔術は精神でも魂でも無いにゃ』
クルミが赤子に話し掛けるか如く、淡々と指摘する。
『くう〜。
猫の癖に賢しいんだから!』
思わずクルミを摘み上げて頬をグニグニと潰す。
が、ぬいぐるみだけあって、痛みは感じない様だ。
『猫は元々賢いにゃ。
魂になって更に知恵が付いたから、クルミは無敵にゃ!』
クマのぬいぐるみが胸をはりながら答えた。
『犬と違って全然芸も覚えない癖に〜。
まあ、それはともかく。
転生して時空を超えたことで適性を得られたのか、生まれ変わったら使える様になっていたのよ。
最初の人生では使えて無かったから魔法陣を詳しくは知らなくて、開発するのに滅茶苦茶時間が掛かったけど』
クルミを机の上に戻しながら時空魔術に関して説明した。
転生で違う時代と世界に魂が転移した為か、生まれ変わったら適性が増えていたのだ。
寒村で覚醒したら、黒魔導士時代には感知できなかった亜空間が感じ取れ、どれだけ動き回っても自分が何処にいるのか分かる位置情報に関する本能の様なものが身に付いていた。
意識していなかったが、今世でも道に迷った事は一度もない。
一度地図で行き方を確認した場所は、マップアプリとかを見なくても頭にすっきり思い浮かぶので『女が地図を読めないなんて都市伝説よ!!』と密かに思っていたぐらいだ。
『我々猫が何で『芸』なんて下らないものを覚える必要があるにゃ?
そんなのは人間に媚びる犬にやらせればいいのにゃ。
まあ、それは兎も角。
時空魔術が使えるなら、さっさと見せるにゃ!』
相変わらず上から目線な猫霊だった。
『はぁ。
主の方が偉い筈なんだけどなぁ。
まあ良いや。
収納!』
ラノベ風に言うならばアイテムボックスの魔術である収納の魔法陣を脳裏に描き、魔力を注ぎ込む。
ゲームのインベントリとは違って一度広げれば出し入れはかなり楽なのだが、亜空間を開き自分用のスペースを設定するにはがっつり魔力を使う。
収納は大きければ大きい程便利なので、一晩かけて回復した魔力を全て注ぎ込もうと朝まで待っていたのだ。
ちなみに、前世で一生懸命広げた亜空間はどこにも感知できなかった。
同じ魂なんだから再アクセス出来るかと密かに期待したのだが、時か場所かが離れ過ぎているらしい。
ちなみに今世で新規に開こうとした亜空間だが。
アクセスそのものは一応問題なくできたのに、広げる為に必要な魔力が想定以上であっという間に尽きてしまった。
精神感応の範囲が狭かったのは魔術行使がやりにくい何かが地球の空気にあるからかもと思っていたが、どうやら魔素が薄いせいで体内で生成されている魔力が少ないのが原因だったらしい。
『あちゃあ』
魔力が抜けて、意識が薄れてきたのを感じて慌てて目の前の机の上に頭を横たえる。
ギリギリ意識を保てる程度だけ流し込んだつもりだったのだが、流し込み過ぎたようだ。
昏倒しながら、『失敗した時の事を考えてベッドで寝転がってやるべきだった』と後悔したが・・・まあ、ちゃんと机に頭を横たえるだけの時間はあったから問題は無い、筈。
◆◆◆◆
『起きたかにゃ?』
魔力が多少戻ったらしくて目が覚めたところ、クルミが声を掛けてきた。
『まあねぇ。
だるぅ〜』
魔力枯渇による昏倒は総魔力量に対して5%程度戻ると意識が回復する。
これは魔素が黒魔導師時代より薄くなった前世で、時空魔術を使おうとして何度も昏倒して確認した現象だ。
幸い、覚醒直後は時空魔術の魔法陣が分からなかった為に昏倒する程魔力を使わなかったが、やっと収納の魔法陣を完成させてからは魔力を枯渇せずに使うコツを掴むまでそこそこしょっちゅう倒れたものである。
第二子の出産前後だったので(だから比較的動きが取れず暇だった)周囲には疲れてうたた寝しているのだろうと思われたが、あれが覚醒直後だったらかなりの病弱と見做されて結婚も出来なかった可能性もある。
今世での結婚はさておき、突然昏倒するところを見せたりして家族を心配させない様に気をつけねば。
今世は寒村時代よりも更に魔素と魔力が少ないので、総魔力量が少ない代わりに5%分の回復も比較的早かったようだ。
魔素が少なかったら魔力の回復も遅れそうなものだが。
回復速度は総魔力量や魔素の濃度に比例していないのか?
何とも不思議な現象だが、早く回復してくれるに越したことはない。
それはさておき。
開いた亜空間へ知覚を伸ばしてサイズを確認する。
『ちっさ!!』
思わず失望にボコンと机へ頭を再度戻してしまった。
『どうしたにゃ?』
『昏倒するだけ頑張ったのに、収納スペースが一辺30センチ程度の立方体サイズしかない。
これじゃ中型リュック一つ分程度だよ』
黒魔導師時代に会った時空魔術の使い手は、大型倉庫一つ分ぐらい楽に収納出来ると言っていた。
自分で魔法陣を開発できたんだから時空魔術に関しても魔導師な筈なのだが、適性が微妙だったのか、魔力が足りなかったのか知らないが、寒村時代でも小型の物置程度のスペースしか確保できなかった。
そして今回は中ぐらいのリュックサイズ。
ガッカリである。
収納だったら現代でも役に立ちそうなのに。
衣替えで使わないシーズンの服を入れたり、旅行に必要なものをガンガン入れて楽したり、場合によってはスノボやテニスラケットあたりを入れてレジャーに行ってもいいと思っていた。
・・・まあ、考えてみたらレジャー系は誰かと行く事が多いだろうから、荷物がないと不自然か。
そう考えると、リュック一つ分だったら重い食料品の買い出しや、通学時の教科書や参考書の持ち運びに便利かも知れない。
生活や金稼ぎに実用的なレベルには厳しいが(密輸に使うのでない限り)、ちょっとした便利使いにはまあ良いか。
『ちなみに、吾輩もその亜空間の中に入れるんかにゃ?』
クルミがぽすんと凛の頭の上に乗って尋ねた。
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