第3話 精神感応

「お帰り。

もうすぐ晩ご飯よ〜」

猫霊を憑けたクマのストラップを手に帰宅したら、母の声が台所から響いてきた。


「は〜い」

企業戦士・・・と言う程バリバリでも無いっぽいが、それでも職場の同調圧力に晒されて毎晩8時近くまで働く事が多い父親は、基本的に平日の夕食には同席出来ない。

スノボ狂いな兄は北海道の大学を選んだ為夏休みにしか姿を現さないので、夕食は基本的に母と二人で食べている。


「考えてみたら、大学生になったら私も何処かに下宿する可能性もゼロじゃないから、今からお料理や洗濯をちょっと手伝って身につけておこうかなぁ」

ふと、夕食を食べながら思いついたことを口にした。


「あら。

凛まで遠方の大学を選ぶつもりなの?

家事の手伝いをしてくれるのは嬉しいけど、お母さん寂しいかも〜」

冗談まじりに母が言葉を返す。


「やっと高校受験が終わったばっかりだから大学の事なんかまだ全然考えてないけどさ、考え始めた頃には大学受験で忙しくなっていそうじゃない?

高校の部活では身体を動かす系のにしようかなぁとも思っているからどのくらい余力があるか分からないけど、早い目に家事を覚えておいて損は無いよね」


魔術をどの程度生活の中で生かしていけるかは不明だが、普通の企業にOLとして働く自分はあまり想像出来ない。

黒魔導師のスキルを活かして探偵業や占い師で食っていく可能性もある事を鑑みると、少なくとも社会人になる頃には同居していない方が家族との軋轢を軽減できるだろう。


凛の自立精神を比較的尊重してくれる両親だが、娘が探偵や占い師になるのを歓迎するとも思えない。

同居していなければ『スタートアップとして事業を始めたの』で適当に誤魔化す事も可能・・・かも知れない。

少なくとも、実家に遊びに来ていない日には職業選択に関して話し合おうと言われないで済む事は確実な事を考えると、家賃の節約より独り立ちを優先すべきだろう。


その為には収入が必要だけど。


「まあ、自分の事を自分で出来る様になるのはいいんだけど・・・急がなくて良いのよ?」

母が引き止めたいけど止めるべきでは無いと感じているかのような、微妙な表情をした。


「まあ、何にせよパラサイトシングルになるつもりはないから。

そう考えると家事は身につけなきゃ」


もっとも、寒村で妻として、そして母親として何十年も生きたのだ。

農業もだが当然家事も全てやっていたので、現代風調理もコツを掴めばなんとかなる・・・と思いたい。


考えてみたら、今の家の台所に置いてある調味料の殆どを使った経験が無い。

基本的に塩と香草を素材に揉み込み、薪ストーブで焼くか煮るしか料理のやりようが無かったんだよねぇ。


それでも頑張って色々と工夫をしてみたものだが・・・明らかに今世の方が料理は美味しい。

前世での食事は、塩以外の調味料をうっかり忘れたキャンプ料理に近いと思う。

非常に素材の味を活かした調理方法だったが、品種改良もしていない野菜や穀類と塩・香草では味の方はかなり原始的だった。

香辛料が格段に安くなった今世なのだ。きっと料理方法を一通り習ったら美味しい食事が作れるようになるに違いない。


◆◆◆◆


「さて。

まずは・・・精神感応かな?」

黒魔導師である私が人に対して使う可能性が高い術は思考誘導だろう。

そして誘導する為にはまず相手の精神に触れる必要があり、その為に使うのが精神感応の術だ。


ちなみに、前世では特殊な魔道具を使わなければ術を行使する際の魔法陣は認識できなかったが、今世には色々な測定器がある。


少なくともスマホに録画出来ないことは確認しておく方が無難だろう。


出来ればサーモグラフィーカメラも確認したい所だが、高校生のお小遣いでの購入は難しい。

取り敢えず、病院とか空港のような場所で術を掛けないようにすれば大丈夫・・・だと思いたい。


それはさておき。

『スクリーンに私の胸から上が映っている?』

カメラを自分方に向けて携帯をホルダーに立てかけ、スクリーンをクルミに確認してもらう。


『ばっちりにゃ!』

クルミが前腕を振って答える。


『じゃあそのタッチペンで録画ボタンを押して』


以前100円ショップで買ったものの結局使っていなかったタッチペンをクルミが槍の様に構え、ふんっと勢いをつけてスマホの録画ボタンをタップした。

可愛い。


『赤丸が四角になったにゃ!』


クルミの知らせに、慌てて精神を集中して魔力を練り上げる。

『精神感応!』

内面世界に精神感応の魔法陣を描き、練り上げた魔力を通す。


反応が鈍いものの、精神が広がるのか感じられ・・・一階にいる母の心に触れた所で術を解除した。


今世では必要に迫られ無い限り、出来るだけ人の心は読まないつもりだ。


実質的には王族や高位貴族の奴隷だった最初の人生では、王族や宰相の政敵や魅力的な異性、捕虜や有力商人等の心をひっきり無しに読む様に命じられ、その際に側にいた命じた人間の精神まで否応無しに触れる羽目になっていたせいで人間の卑しさや自分勝手さは嫌と言うほど見せつけられ、人間には完全に幻滅していた。


だが。

寒村でひっそりと周囲に埋没して暮らしているうちに気が付いたのだが、良識というものがストッパーとして存在する社会でなら、人間は意外と悪どい考えや自己中心的な思いを口に出したり実行に移したりしない。


他者からの視線が直接無い時ですら、自制できている者が想像以上に多かった。

人って実はかなり臆病で用心深いのかも知れない。


ただし、最初の人生の様に硬直的な階級社会の高位者には良識がストッパーとして効かないので、状況把握は重要だ。


村社会なら人はそれ程悪事を働かないと言う事に気が付いてから、寒村時代の人生では人の心を必要がない限り読まない事にした。

悪どい事を考えていても、それを行動に移さないなら最初から外部から見えている行動だけで相手を評価した方がお互い幸せにやっていける。


代わりに、善行をしたいと願っているのに他人の目を気にして実行に移せない優柔不断な人間の『善意』も認識されなくなるが。


それはさておき。

夫や彼氏から二股を疑われる様な行動を見せられたらがっつり心を読ませて貰うが、現状において両親や兄の心を読む必要は無い。

下手に読んで気まずくなるのは哀しいし。


『どう、何か視えた?』

深い息と共に過去の葛藤を吐き出す。

目を開いた私はクルミに尋ねた。


『吾輩には視えたけど、スマホには映って無かったにゃ!』

タッチペンを再び槍の様に前方へ突き出して録画を止めたクルミが答える。


『どれどれ』

スマホを手に取り、録画を再生してみた。


水色のカーディガンを着た自分が、膝に手を置いてじっと座っている動画が流れる。

何も宙には映っていない。

スローモーションで再生しても変化はなし。

『たしかに見えないね』


ひとまず安心と言ったところか。

少なくとも外で魔力を使った際に、スマホで録画されてネットに晒される危険は無さそうだ。


ネットで調べてみたら、サーモグラフィーカメラも数千円から数万円で売っている様なので、大学生になってバイトでお金を貯めたらそちらも試してみよう。


魔力は一種のエネルギーなので、何らかの形で地球の物理特化型計器でも計測できる可能性はある。


大学では理工学部に進んで、何かそれっぽい分野を研究するついでにMRIとかで計測も出来ないだろうか?


もっとも、一人で計器を動かせないとなると協力を頼んだ相手から情報が漏れて自分がモルモットにされかねないので要注意だが。


今世では隷属化の術は存在しない。

少なくとも公にはなっていないし、ネットで検索しても出てこない。

だが、権力者が首を突っ込んできた場合、家族がいるのでからめ手による拘束は可能だ。


黒魔導師なので治療や延命と言った権力者が最も好む術は出来ないが、思考誘導や精神感応だって政治家にとっては十分魅力的な道具であり、私がそんな能力を持つと知られたら全力で取り込もうとするだろう。


そして取り込めないと分かれば脅威を消すために命を狙ってくる可能性すらある。

平和ボケした日本で権力者がどの程度躊躇なく血を流すかは知らないが、下手に目をつけられ無いように用心するのが最適解だろう。


使い勝手の良い術を起動する魔道具を何らかの形でこの物理特化の世界で再現し、世界の役に立てると共に老後用の資金源としたい所だが・・・自分の身を守る為には細心の注意を払わねば。












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