第4話 現代社会と魔術

「う〜ん、相変わらず総魔力量は分からないけど、一晩で全部回復する、と。

後は毎晩魔力を空っぽにしたら魔力が増えるかだね」


前世の魔術に『鑑定』や『ステータス』と言った様な便利な解析用の術は存在しなかった。

なので総魔力量もHPも分からないが、取り敢えず昨晩は精神感応の感応範囲を可能な限り広げる事で魔力を消費して魔力切れで昏倒する様に寝た。


ラノベでは魔力切れを引き起こすことで『魔力が増える』と言うケースと『死にかける』と言うケースがあるが、少なくとも前世では魔力切れで死ぬ事は無かった。

昏倒するだけだ。

それで総魔力量が増えるかは気絶するまで魔力を使う人間はほぼ居なかったので不明だったが。


最初の世界は魔素が豊富だったので魔力の回復が早く、それこそ大規模攻撃魔術でも連続でぶっ放さない限りそうそう魔力がすっからかんになる事は無かった。


私が知っている魔術は魔法陣を使う。

ラノベにある様な、呪文を唱えて術を行使すると言うのは無い。

脳裏で魔法陣を描き、魔力を通すだけなので無詠唱と言っても良いかも知れない。

適性がない属性の術だと、形を暗記していても何故か脳裏に魔法陣を生成出来ない。

魔術学院を卒業して自分が実質奴隷扱いである事に気付いた時に、元素系の魔術を何とか使える様になろうと必死に暗記したが、火花ひとつ生み出せなかった。


ラノベによくある、適性無視で便利に使える生活魔法なんてのも無し。


まあ、考えてみたら精神に干渉できるからあそこまでギチギチに制約を課され、奴隷モドキとして便利使いされていたのだ。

元素系の魔術が使えたところで利便性が上がって更に酷使されることはあっても、状況が良くなる事は無かっただろう。つまりあれは完全に無駄な努力だった。


まあ、それはさておき。

魔力の流し込むタイミングを決める為の癖で術名を頭の中で唱えるが、口には出さずに術を起動する。これは寒村に転生した際にがっつり練習して身に付けた癖なので、今更痛い言葉を吐く必要は無い。


ちなみに最初の前世での魔術行使者は、この魔法陣への親和性の高さによって魔法師、魔術師、魔導師と言う名称でランク付けされていた。


魔法陣を教わって暗記する事で脳裏にそれを描いて術を行使できる様になった者が魔法師。

それに加えて魔法陣を魔力で物に付与して魔道具を作り、他者による魔術の行使を可能に出来る者が魔術師。

更に、起こしたい現象について深く考察し、集中する事で必要な魔法陣を創り出せるようになった者が魔導師。


勿論、魔導師も魔道具は作れる。

それに加えて、魔導師は実現したい現象に集中して魔力を込めると、徐々にそれを具現化する魔法陣が脳裏で形になっていくのだ。


集中するだけで複雑な魔法陣を完成させるのには下手をすると数年から数十年も掛かるので、基本的に魔導師は過去に開発された魔法陣やそれに関する理論を学び、新しく創ろうとしている魔法陣にそれらを当てはめてその形を推測する事で完成を早めようとする。


そこら辺の推測が上手い人間が魔導師として尊敬されたのだ。

戦時中でも無ければ総魔力量はそれ程重要では無く、それを増やす事も重視されず研究しようとする者も居なかった。


が。

地球では魔素が薄いし、術を使うのに必要な魔力量も多い気がする。

精神感応を100メートル程度広げるだけですっからかんになった程だ。

感応した人間の心を読もうとしない限り然程魔力を必要としない精神感応は、魔素が薄い寒村時代でも探知だけだったら1キロぐらいは余裕で広げられたし、魔導師時代には10キロぐらいできた。

そう考えると、今世はとんでも無く魔素が薄い。


もしも今世が寒村時代の前世と繋がっているとしたら、ある意味地球の環境における魔素の激減って恐竜の絶滅以上に大きな変化だったんじゃないだろうか?


もしかして、恐竜が絶滅したのも魔素が激減する様な何かが起きて体を維持できなくなったからかも・・・なんて考えも浮かんだが、考えてみたら隕石が落ちた痕跡はメキシコあたりにあるらしいから、関係ないか。


取り敢えず、現状の魔力量では新しい魔法陣を創るのにも差し支えそうなので、魔力切れを繰り返すことで総魔力量を増やせると期待したいところだ。


とは言え。

精神や魂に働きかける黒魔導師なお陰か、ある程度の術は体内の魔力で賄える。

傀儡術だって成功したし。

そう考えると下手に物理的現象を生み出す元素系の魔導師よりも、目立たない上に応用が効いて省エネな黒魔道師で良かったのかも知れない。


元素系の魔術なんて現代ではあまり必要ない。

火を起こしたければライターがあるし、台所でコンロのツマミを押して回せば欲しいだけの強さの炎が提供される。


水だって蛇口をひねれば出てくる。お風呂の水を自力で賄えるのだったら水道代を節約できるかも知れないが、この魔素の薄さではでは湯船に水を満たすだけで昏倒し、翌朝それを沸かして入る事になりかねない。

それだったら普通に毎月数千円の水道代を払った方が良いだろう。


学生でも大抵のバイトは時給千円近いのだ。

昏倒するほど頑張っても翌朝まで風呂に入れない不便さを考えると、大人しくバイトした方が良い。


風だって、暑ければ自分で風を起こさなくても扇風機やエアコンで涼める。

エアコンが壊れた時には便利だろうが・・・冷風にしようと思ったらかなりの魔力が必要になるので、数分ですっからかんになりそうだ。

魔力切れで昏倒するので暑さを意識しないで済むかも知れないが・・・意識がないうちに熱中症になってそのまま目覚めないなんて事になったらシャレにならない。本格的に暑くなってきたら電気代をケチらずにエアコンを使うべきだろう。


回復や治療、延命の術は今世でも需要はありまくりだとは思うが、医療免許を持っていない人間が治療行為をするのは禁じられている筈。

そうなるとそれで金を取るのも違法行為かも知れないし、違法じゃなくてもヤバい連中に目をつけられて軟禁一直線な気がする。


この世界は魔物が存在しないようだから、普通に生活するなら攻撃魔術は必要ない。

変質者や頭のおかしい通り魔に襲われる様な場合だって、黒魔術の方が人目を引かずに敵を無力化出来るし。


精神に関わる術が多い黒魔導師だった自分の魔術はそれなりに現代社会でも使えそうではあるのだが・・・精神科医にでもなるのでない限り、残念ながら思いつく使い道はあまり感心できない方向が多い。


洗脳術を使って新興宗教の教祖とか。

思考誘導を使って詐欺師とか。(占い師も含む)

精神感応を使ってお偉いさんの心を読んでインサイダー取引とか。

もしかしたら馬の疲労感を認識できない様に状態異常の術を掛ける事で短期的に限界突破させて競馬で選んだ馬を勝たせる事も可能かも?

そこら辺の霊に協力して貰って情報収集して探偵業を営むのが唯一詐欺的行為をせずに金を稼げる手段な気がするが、これも大卒女性の職業としては微妙だ。


それ程罪もない利用方法として、試験でのカンニングに使っても良いかも・・・と最初の人生でもちょろっと考えたことはあるのだが、あれって結局のところ周囲の人間が都合よく自分が知りたい問題の答えを考えていて、しかもそれが正解でなければ意味が無い。


側に成績が良い人間がいたらその人物と試験の最初からずっと同調するのも手だが、答案がそっくり同じになったら採点時にバレる。


魔術師の卵が集まる魔術学院ですら精神感応を使ったカンニングの予防に殆ど労力が割かれなかったほど、現実での活用は難しいのだ。


精神に掛ける術で集中力を高めたり眠気を覚ますモノもあるので、それらを活用するのが一番現実的な利用法だろう。

でも集中力を高めた所で、自分で勉強する必要があるのは変わらない。

魔術で睡眠学習的に知識を取り込む事は出来ないのだ。


つまり。

現代社会では魔術が使えても、悪事に利用する以外では殆ど活用方法が無い。


魔道具には便利な物もあったけど、あれは使用者の魔力か、魔物から取った魔石を動力源にしていた。

地球の一般的な使用者は当然の事ながら魔力を自分の意志で流したり出来ないし、魔石を入手するのは魔物のいない地球では至難の業だろう。


結局のところ、良心を捨て去って悪事に身を染めるつもりが無い限り、異世界から地球に転移・転生しても異世界知識や魔術でのヒャッハーは難しい。

まあ、地球から異世界に行っても内政チートや産業革命モドキ経済チートは現実的には無理だろうけど。


権力者のバックアップ無しに、既得権益に喧嘩を売る様なぼろ儲け事業が潰されない訳がない。

例え話を聞いてくれる権力者がいたとしても、知識を吸い取られてポイ捨てか、良くて雇われ店長だ。


まあ、落ち目とはいえ一応経済大国の日本で、普通に良い家族に恵まれたのだ。

この幸運をしっかり享受して普通に頑張ろう。





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