第2話 傀儡術

「物理特化の世界もあるだろうと言う理論は読んだ事があったけど、本当に存在していたとはね・・・」


沙羅とのショッピングから帰宅して部屋に戻ったら、忘却術が解けた。

早速今世のスペックを確認する。


幸い、覚醒直後のてんぱった状態で急いで一時的な忘却の術を掛けようとして起動できたお陰で、地球でも魔術が不可能では無いことは既に確認できている。


これだけ魔素が希薄だと、下手にじっくり考えていたら『出来ないかも?』という疑惑に囚われて自縛で魔術が使えなくなっていたかも知れない。

既に一度成功しているので大分と気が楽だ。


「取り敢えず・・・自分に掛ける精神的なのは出来るから、次は傀儡術かな?」

コアに色々条件を刻み込む付加術によるゴーレムが最初の人生ではメジャーだったが、黒魔導師が使うのは死霊と契約して躯体に取り憑かせるタイプのゴーレムで、こちらは傀儡術と呼ばれていた。


傀儡術の方が手軽に比較的ハイスペックで使い魔もどきなゴーレムを造れるのだが、死霊を使うと言う一点で人気が無かった。


勿論丁度いい人間の霊が居るならばそれを使うのも可能だが、人間の死霊は自分に友好的でかつ繋がりが存在する家族や先祖の霊でも無い限り理性的な行動を取らせる為にかなり大量の魔力を必要とするので、現実路線では猫や犬の霊が手頃な対象だ。


戦争とかで敵を殺せ〜なんて言うのは簡単に出来るんだけどねぇ。

元々死霊って生者を敵視しがちだし、戦場で死んだ兵士の霊は敵国兵士に対する敵対心マシマシ状態だし。


そんなこんなで殺戮には非常にお手軽な人間の霊だが、日常生活での平和的な利用にはかなりの労力を要する。先祖や親戚の霊が都合よく彷徨うろついているんじゃない限り、傀儡術ゴーレムを使い魔的に利用するならもっとあっさり死んだ動物の霊の方が無難だ。

まあ、動物の霊でも虐待されて殺された様な怨みを溜め込んでいのをうっかり選ばないよう、気を付ける必要があるけど。


「公園にでも行けば野良猫の死霊がいるかな?

躯体の方は・・・取り敢えずこれで良いか」

ストラップに付けた15センチほどのクマのぬいぐるみを手に、下へ降りていったら母が声を掛けるてきた。


「あら?

また出かけるの?」


「ちょっとさっき寄った公園に忘れ物したっぽい〜。

直ぐに帰るから」

簡単な契約しか結ぶ気は無いので、成功するなら直ぐに終わるはず。


覚醒していないにしても黒魔導師として素養がある私が今まで霊や魔術の存在を信じて居なかったことからも分かる様に、魔素の薄い地球ではそうそう死霊が目に入ることはない。


思いっきり魔力を目に集めて集中すれば『辛うじて視える』程度なので、今まで魔力を意識してこなかった私が平和に過ごしてきたのはある意味当然なことであり、またオカルト系のヤバいホラースポットに近寄らなかった先見の明の結果とも言える。


前の世界でも普通の人間にまで目撃されるほど力を溜めている霊は、相応の怒りか恨みを抱えていた。

ごく稀に自然の気が溜まるパワースポットもどきな場所で偶々死んだ霊が力を得ることもあるけど、周りが怨霊に近い霊ばかりだと余程芯が強い魂でないとあっさり闇に染まりかねないし。


魔素が薄い地球でもそこら辺は大して違いがない様だ。

ゾンビが伝説以外で存在しない(多分)ので、霊が死骸に取り憑いて動かすアンデッド化に必要な魔力は自然発生出来ないレベルなんだろう。


実は秘密裏に陰陽師がゾンビや悪霊を倒して回って金を貰っているのだとしたら、将来的な就職先としての選択肢にはなるかも知れ無い。

給料が良ければだけど。

黒魔導師はゾンビや悪霊系の対処は得意なんだよねぇ。


コネが無いから、有象無象な詐欺師集団の中から頭角を現して正当な拝み屋(?)として認めてもらうのは難しいだろうけど。


ちなみに『魔素』とは自然に漂う、魔力になりうるエネルギーの前段階的な『何か』。

最初の人生で通った魔術学院では『魔力は魔素が生体などに取り込まれて変化した事で意志に反応する様になった一種のエネルギー』だと教わった。

本当かどうかは知らないが。


公園まで歩いている間にちょくちょく確認したが、魔素の性質は前世と違わない様だ。

圧倒的に量が少ないけど。


何が魔素を生み出すのか、どうしたら魔素を効率よく魔力へ変換できるのか、どうして同じ環境にいても個人が作り出す魔力量に差が出るのか。


そして何故同じ魔素を変換しているのに、個人によって使える魔術の適性に違いが出るのか。


どれも最初の人生では魔導師や学者が目の色を変えて研究したものの、推論しか生み出せなかった疑問だ。


それはさておき。

今回求めているのは、霊視の術を自分に掛けてやっと認識出来る程度に温厚で普通な動物霊だ。

下手にエネルギーが有り余っている霊に躯体を与えてポルターガイストを起こされたりしては都合が悪い。


高校デビューしてすぐに、悪霊憑きなんて評判がたったらお先真っ暗だ。


『霊視!』

公園にたどり着いた私はこんもりとした茂みの影にあるベンチに腰掛け、該当する魔法陣を脳裏に描いて魔力を流し込んだ。


無事に術が起動したのを感じて閉じていた瞼を開き見廻したところ、何体かの霊がふわふわと彼方此方で遊び回っているのが目に入る。

主に猫の様だが犬も2体ほどいるっぽい。

小さいのはネズミか、それとも鳩だろうか?


犬の霊は飼い主の元にいる事が多いのだが・・・良い飼い主に巡り会えなかったのか、それとも公園での思い出が楽しくて遊びに来ているのか。


取り敢えず、霊体になっても走り回りたがる犬はストラップサイズのぬいぐるみに取り憑かせるのには向いていない事が多いので無視して、代わりにこちらに興味を抱いているっぽい猫の霊に声を掛ける。

『これだけの魔力をあげるから、暫くウチの子にならない?

実験とか調査に協力してくれたらその際にも魔力を渡すわ』


『もう一声にゃ!』

意外にも、霊が交渉の声を返してきた。


『あら、話せるの?』

霊が交渉で対価アップを求めることは珍しく無いが、使役慣れするまでは野良猫霊だと大抵『もっと』とか『仕返しを手伝ってくれるなら』と言う様なふわっとした思念が伝えられてくる事が多い。


『こう見えても撫でさせてやる代わりに餌を貰う契約をしていたにゃん。

契約主が帰って来なくなったから外に遊びに行って車に轢かれたけど』


撫でさせてやる契約・・・。

まあ、前世でも飼い主のことを奴隷呼ばわりする猫にそこそこ遭遇したから、こんなものなのかな?

どこの世界でも、猫は上から目線らしい。


『じゃあ、これだけでどう?』

最初に提案した魔力から1割アップぐらいした量を提示する。

使役契約を続ける限り継続的消費になるので、魔力の回復量が分からないこの世界ではあまり沢山提供する約束をしたら早期に契約解除する羽目になってしまう。


『OKにゃ!』


合意を受けて、猫の霊をクマのストラップの存在に重ねる。

『分かっていると思うけど、人目がある所ではその身体を動かさないでね』


いや、考えてみたらストラップのクマが動いたらおかしいなんてことは、猫の霊には分からないか?

そんな事をちらっと考えたが、あっさり猫の霊が入ったクマが頷いた。

『分かったにゃ!』


『ちなみに、なんだって語尾に『にゃ』って付けるの?』

ラノベでは獣人の口の構造上特定の音が発音しにくいとか、文法の違いのせいとか言った設定が多いが、これは地球の猫の霊なのだ。

語尾が『にゃ』となる必要性はない。


『前の契約主が吾輩に話しかける時の口調がこうだったにゃ』


なる程。

赤ちゃん語ではなくニャンニャン語で猫に話しかけるタイプの飼い主だったらしい。


そこまで可愛がっていたのに『帰って来なくなった』とは、どうしたのだろうか?

残業続きで帰宅が遅れたせいで猫が脱走し、交通事故で死んだのだとしたら・・・かなり切なそうだ。

それとも病気になって入院でもする羽目になったとか?

まあ、単に猫に飽きて飼育放棄した言う世知辛いケースもあり得るが。


『名前はなんだったの?』


『クルミちゃんにゃ!』

クマが胸を張って答える。


『じゃあ、クルミって呼ぶね』

猫にはちょっと斬新な名前な気がしないでも無いが、幸いクマのストラップは茶色いのでクルミとうっかり声を出して呼んでもそれ程違和感はないだろう。


高校生にもなってぬいぐるみに名前をつけて話しかけるキャラだと思われたら甚大なる精神ダメージを受けそうなので、一人でいる時でも絶対に何があろうと心話で話し掛けるつもりだけど。


さて。

帰ったら、次は魔法陣が人目に映るかの確認かな。


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