転生しても、現代社会じゃ魔法は要らない子?!

極楽とんぼ

覚醒!

第1話 取り敢えず、忘れよう。

「天井が白い・・・」

寝起きの悪い凛にして珍しく、目覚ましにも母親にも起こされる事なく眠りから覚めた。


そのせいか、何か・・・違和感を感じる。


「こんな天井だったっけ?」

普通のマンションによくある白い天井だ。

小学6年の時に両親が35年ローンを組んで購入した新築なので、まだそれ程黄ばんでもいない。


大抵の朝は遅刻寸前まで寝ていて飛び起きる羽目になるので、天井をのんびりと眺めることは余り無い。

だが、昼寝する際や夜の就寝時に見慣れた天井である。

特に何か変わっている様子も無いのに、そこはかとなく違和感が漂う。


「木目が無い・・・」

ぽかりと水の中を上がってくる空気の様に浮かんだ感想を呟き、自分の言葉にふと疑問を感じた。


何故、木目のある天井を『当然』と感じる?

私は首都圏生まれで首都圏育ちだ。天井に木目がある様な日本家屋の部屋に住んでいた経験は無い。

中学時代の修学旅行で泊まった旅館の天井には木目があったかも知れないが、友人とのお喋りに夢中だったので天井なんて記憶にない。


どこで木目のある天井を見たのか。

思い出そうとして・・・突然脳裏が光に埋め尽くされ、真っ白になった。



「凛?

起きてるならさっさと顔を洗って朝ご飯を食べにきなさ〜い!」

下から母親の声が響いてくる。


「まだ起きてない〜!」


いつもの休日用の返事を返しながら、ボフリと枕に顔を埋めた。


「マジか。

転生ラノベ経験なんて実際にある訳ないよね〜ってついこないだ沙羅と笑っていたばかりなのに」


◆◆◆◆


怒涛な記憶の奔流が収まり、落ち着いて情報を整理してみたところ、記憶にある最初の人生は魔術が普通にある世界での黒魔導師としてのそれだった。


黒魔導師とは精神や魂に干渉できる魔術に特化した魔導師。

戦場での大規模戦闘には向いていなかったものの、社会での悪用の可能性と権力者にとっての利便性が高すぎた為、黒魔導師は能力が発現した瞬間から王家が認めた人間の為のみにその力を振るう様に子供の頃から精神を制約されて育ち、成人したら更に強固な制約を科されて自殺すら出来ないレベルで雁字搦めにされる。


同じ魔導師でも、普通の火や水と言った元素系の魔導師や回復・治療・延命に優れた白魔導師は国から優遇され貴族にもちやほやされたのに対し、黒魔導師は実質国家の奴隷だった。


学生の頃は『許可無しに力を使わない』『国から出ない』という制約は科されたもののそれ以外はほぼ自由で、国に仕える将来に期待を膨らませながら頑張っていたものだが、学校を卒業してからは『黒魔導師の力が悪用されると如何に被害が出るか』を傲慢な王族の命令で直近に実感する羽目になった。


例え人としての倫理どころか権力者の優遇に大幅に偏る貴族法にすら反している命令でも、制約で縛られた黒魔導師には異論の声を上げることすら許されない。


己が行なわされた暴虐な行為に心をすり減らしていた最初の人格に転機が訪れたのは、とある遺跡で冒険者が大量の遺物を発見したのが発端だった。

冒険者が命を賭けて見つけ出してきた貴重な古代文明の遺物を『自発的に献上する』よう精神を捻じ曲げる為に呼び出された私は、命じられた通りにそれらを巻き上げた後、ついでとばかりに遺物の中に混じっていた古代文書の研究も命じられた。


その中にあった魔法陣の一つに刻まれていたのが、魂をリセットをせずに次の人生へと続けさせる転生の術だったのだ。


古代文明の記憶を持つなどと主張する人間の話は聞いたこともないし、解読した魔法陣が完全な物かも不明だったが、『術を試すことは命じられた研究の範疇である』と自らに暗示することでまんまと自殺することに成功した。


本当に転生するとは夢にも思っていなかったが。


転生先の『知性のある存在』としてゴブリンが含まれていたのも予想外だった。

確かに『ゴブリン並みにバカ』という言い回しはあったが、まさかゴブリンが古代文明において転生先に値すると見做されているとは考えもしなかった。


転生術は15歳で覚醒する様に設定されていたので、2番目の人生でゴブリンとして記憶が覚醒した時はすでに寿命で死ぬ間際だった。


下劣な王族に良い様に酷使される黒魔導師どれいとして生きるよりはマシとは言え、ゴブリンとしての人生も楽しいものでは無い。そう考えるとラノベにある様な生後直後や幼児での覚醒が無かったのは幸いだった。

覚醒した段階で既に老衰まで秒読み状態だったのは微妙に納得がいかなかったが、奴隷生活から解放されただけで良しとしようと納得しての往生だった。


そして。

次の人生で15歳に誕生日に朝に辺境(多分)にある寒村の農民として覚醒した時は心底驚いたものである。

転生の魔法陣が一度限りでは無かったとは。


幸い、辺境の寒村まで民の魔術的素養のチェックに人を派遣する様な余力のある国では無かったようで、私に魔術的素養は発見されなかった。


と言うか、かなり魔素が希薄な地域だったので、もしかしたら中世とか古代の地球だった可能性もゼロではない。

黒魔導師時代とは言語が違ったし、魔術を使う存在が巫覡シャーマンと呼ばれていて、彼らは貧しい小作民の前でその魔力を使うところを見せなかったので、本当に魔術が存在したのかも不明だ。


現代よりは魔素があったが、最初の世界よりは段違いに少なかったので、地球の魔素が徐々に減少している最中だった可能性もあり得るかも知れない。

太古の地球にはある程度の魔素があって妖怪や魔術師が存在したものの、魔素が何らかの理由で減っていったせいでそれらが伝説にのみ残る存在になったと考えるなら、前世が古代地球だった可能性もゼロではない。

まあ、地球でも最初の人生の世界でもない、魔術があるけど魔素が薄い中途半端に異世界ファンタジーな世界だったのかもだが。

『魔物』と呼ばれる脅威が村の外に居ると言われていたが、女であった私は実際にそう言った存在との戦いに駆り出される事は無かったので、黒魔導師時代に見たことのある魔物と同じだったかは不明だし。



15歳で既に結婚が決められていて覚醒した翌日が結婚式だったが、相手は悪くない男だった。

必要に応じて時折術で周囲の人間の思考を誘導する事も出来たので、3度目の人生はさして悪いものではなかった。


貧しい地域だったのでほぼ恒常的に空腹だったし、40代で不作な年に流行った風邪であっさり死んでしまったが。

歴史も地理も教わらない様な貧しい小作民だった為、前世との時空的関係は死ぬまで分からぬままだった。


そして今回。

魔法はお伽噺にしか存在しない物理特化な世界である。

早生まれなお陰で中学3年生の3月に覚醒した私は、どうやら新しい高校生活を新しい記憶と共に始めることになったようだ。



◆◆◆◆


「今日は沙羅ちゃんと遊びに行くんじゃなかったの?」


「昼食べた後に待ち合わせだから時間は余裕〜!」

自信満々に答えながら母の準備した食事に手を伸ばす。


暫し布団の中で現状把握に努めたあと、友人と遊びに行く予定だった凛はこう言う時のために転生が続くと分かった前回の前世で開発しておいた術を使ったので、覚醒直後でも行動に違和感は無い。


明らかに魔素が希薄な地球で魔法が起動するかは微妙だったが、幸いにも自身に働きかける精神魔術は体内の魔力だけでなんとかなった様だった。


と言う事で『命の危険が迫らない限り前世の記憶を意識できない忘却術』を一時的に自分に掛けた凛は、中学最後の春休みを満喫するために遊びに出て行ったのだった。






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