第3話 パーレイ
サシャは、夕日の沈む水平線を眺めながら呟いた。
「あの嵐を
どこからかまたカモメが飛来してきたので、少なくとも暴風は去り、陸地も近くにあるのだろう。
サシャは、冷えた体を酒で温め、副船長はランタンを灯しながら、パイプにも火を灯した。
————その時、見張り台から、また悲鳴じみた報告が飛び込んだ。
「せぇぇええんちょぉぉおお! 左舷! ヴンドニア王国海軍の戦艦がいます!!」
「ふえぇ……!! どんな確率よ!」
サシャは、望遠鏡を取り出して、昼と夜の交わり始めた海の果てに目を凝らした。
まだ慌ててはいない。斥候の見間違いで旧知の海賊船だという可能性もゼロではないのだから……。
汚れの目立つ望遠レンズ越しに、ヴンドニア王国の国旗である杯を抱えたヒドラの紋章が見え、船体サシャの船の3倍ほど大きく、船側にはびっしりと大砲が並んでいる軍艦が見えた。
「大砲もこの船より多そう。………向こうの片側だけでもこの船の倍はありそうね」
帆船と舷側砲の時代。船の強さは搭載する大砲の多さで計られた
まだ砲弾は純粋な鉄の塊で爆薬を仕込めないので、船への破壊力、対人殺傷能力も限定的だった砲撃を数で補ったからだ。
大砲を多く積むには、それに見合った船の大きさが必要になり、船が大きいという事は、船員も多いという事になる。
この時代の海戦は、砲撃戦と船への移乗攻撃で決する事が多い。砲撃戦で、敵の航行能力と船員を負傷させた後、敵の船に乗り込んで制圧するのが定石。
つまり、大砲の数、船員の数のどちらをとってもサシャの船には優位性がない。
まず、海軍はこちらを海賊と気がついていない。これは有利なポイント。
また、サシャの船には海賊を示す黒旗の他に、この海域を航行する全ての国の国旗を持っているが、どの旗を掲げても海軍はこちらに停船を命じ、検査する事が出来るのであまり意味はなかった。
同盟国ならその身分を照会して解放。非同盟国なら、運が良ければ無傷で、悪くても多少積荷を奪われるくらいで済む。
問題は海賊の扱いだった。海賊は問答無用で攻撃される。降伏しても基本的には死刑だ。
突拍子も無く非常に難解な問題を抱えたサシャ。さらに悪い事に時間はサシャよりも海軍の肩を持っている。
海賊船の女船長は、
「諸君。
サシャの提案に、下っ端の船員は権利を行使して「戦うなんて、自殺行為だと」意見を申し出た。
サシャが反論。
「私に考えがある。戦うのでは無く、敵に向かって逃走する」
反対、賛成がほぼ同数で意見が割れ、迷信を大事にする船乗りたちは、運勢の下り坂にいる自分たちが賭けに出るのをためらっていた。
「不幸が怖いなら、海神からセイレーンやマーメイドにまで喧嘩を売る女の船に乗るな」
サシャの一喝で数人が賛成に移り、サシャの計画が承諾された。
————————————————————
「船首に火薬樽を全部括り付けろ」
サシャはそう命令しながら、自分が“イカれてる”と思った。
船の攻撃手段の一つに衝突がある。文字通りの体当たり攻撃だ。
サシャは、それをウツボ号の長い船首に火薬の樽を吊るして行うと考えた。
狙うのは敵船の船尾。操舵装置や船長室などが設けられた区画で、この部位は窓が多く特に脆く損害を発生させやすい。航行能力に損害が出れば、こちらが逃げれる確率が生まれる。
しかし、この決死の攻撃は、こちらも船首上部が壊滅する事は間違いない。
そうなれば最良でもメインの帆が一つ使えなくなり、風向きに航海が左右されるようになる。最悪は沈没だ。
「全速前進! 海賊旗を掲げろ! 我々が何者かを思い知らせてやれ!」
帆がしゅるしゅる通りて風を掴むと、船は一気に加速。
船首の爆薬がブドウの房のように揺れ、マストの頂上には黒い旗がはためいた。
敵船もこちらの動向に気がつき、戦闘帆を広げ、砲門の蓋が次々と跳ね上がられる。
先行したのはサシャだが………先手を打てるとは決まっていない。
その時、敵のはずの戦列艦のマストからヴンドニア王国海軍旗が降りた。
「——なっ!?」
代わりに白旗が上がれば降伏の証だが………サシャは、その旗の色と意匠を確認して、目が飛び出そうになった
「なっ、なっ、なんで? 海賊旗!!??」
巨大な戦艦の頂点風に揺れたのは、黒地に眼球の入った
「船を止めろ! 止まれ! 舵、面舵いっぱい!!」
ウツボ号は、戦艦に突っ込む直前で急旋回し、船側同士を擦らせながら、衝突を回避。
ウツボ号は戦列艦に太陽を遮れ、城壁のように高く、要塞のように重厚な船の上から大きな羽のついた三角帽のシルエットが顔を出す。
「サシャ! 俺の船にぶつけやがったな!!」
よく知った怒号を受け、女船長は呟く。
「
停船したウツボ号の船首で海鳥が鳴いた。まるで笑い声のように。
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