第2話 悪い出来事の予想すら出来ない

「サシャ船長。行き先はどうなってます?」


 航海士がサシャに応答を求めた。マルー島から一刻も早く脱出する必要のあったウツボ号は、行き先も決めずに錨を上げていた。


「エンデバー諸島、ジョヘンテかマルボーに向かう」


 航海士が航路の計算に戻ると、サシャの後ろにいた副船長が笑いを堪えるのを諦めた。


「ははっ! エンデバー諸島か! あそこなら金のためなら母親も娘も売るような連中しかいないからな」


 サシャも船倉に転がっている大金を頭に浮かべて笑った。


「手早く、気前良く盗品を売るならあそこが一番。距離も近い」


 笑みを浮かべながら、舵を切るサシャ。

 

 晴れ渡った空の下、追走するカメモの一軍が鳴いてマストを囲んでいた。


「副船長。という事なので船員たちに例の件を尋ねてもらえるかな? 

 加えて大変申し訳ないのだけど、手が足りなようなら君も手伝ってあげてほしい」


 副船長は、マルー島でいけすかない大金持ちを小突き回すという愉快な命令を受けた時と同じように、悪人の笑みを浮かべた。


「ヤロウ共! 船長様は、この船から酒を無くしたいそうだ。船を軽くする事に賛成の者は参加しろ!!」


「「「「船長! 万歳!」」」」


 サシャは海賊の民主性を重んじて、多数決を取らせた。その結果、甲板かんぱん上から船の操縦に必要な船員が居なくなるという稀有けうな体験をしていた。


 帆船はんせんで大洋に出ているのに、甲板にはサシャしかいない。

 波の唸りと船の材木が軋む音だけの聞こえる不思議な時間が流れている。風は追い風で、船は雲も波も追い越していく、海流に乗れば速度はさらに増す予定だ。


 順風満帆とは正にこの事。


「ふんふふーん♪。いい天気ね。悪い出来事の予想すら出来ない」


ズッダーーン!! 


 水平線に稲妻が走り、波の頂点に雷が落ちた。


「えっ!!?」


 驚いたサシャ。そんなサシャの頭上に雨と共に見張り台の斥候からの悲鳴のような報告が届いた。


「せぇぇんちょぉぉ!! 嵐です! 悪魔の騎兵隊のような雲が我々に迫っています! あぁ! 海を破るような大波が見えます!!」


 雷鳴と悲鳴を聞きつけ、船内から怒った働きバチのように飛び出してくる船員たち。

 しかし、全員が酒に酔い、豪胆さと意欲に満ち溢れると同時に波に関係なく千鳥足で歩いていた。


 大粒な雨が甲板に水を張り始めている中を、ほとんど四足歩行で副船長がサシャの元へ駆けつけた。


「船長、何が起きてますか!?」


 サシャの顔は雨垂れで艶があり、髪は全て肌に張り付いていた。


「嵐だ! 総員配置につけ。帆を畳んで、ロープを処理しろ! そして、とにかく祈れ!!」


 船員たちはなんとか嵐の主力が到達する前に体勢を整え、最低限の船員を甲板を残して、船倉へと避難した。


「船長! 右舷、空まで届きそうな大波だ!」


副船長が叫んだ。


「見えてる!」


 サシャは、波に舳先を向け、衝突に備える。


「来るぞ! 捕まれ!」


 大波が、ウツボ号に迫ると、サシャを含めた全員が、波が船の下に潜り込んだように錯覚。

 その実、船は波に持ち上げられていた。

 船は、急角度で波の頂点まで駆け上ると、船の水平とサシャたちの平衡感覚が一瞬だけ戻った。


そして。


「落ちるぞ!」


 今度は急降下で波を滑り降りるウツボ号。足が甲板から離れかけたサシャは懸命に舵にしがみつき耐え凌ぐ。


「うそだ!、ぎゃぁぁ!」


 数名の船員が空へ登るように海に投げ出された。

 

 船は海面に突き刺さり、怒涛どとうが甲板上を洗い流すように駆け抜ける。


「待て、待て、だめだぁぁ!」


 船員とロープの切れた大砲が船外へと放り出された。


 この後も波の殴打が何度も襲いかかりウツボ号は幽霊船のようになっていた………。


「はぁ、はぁ。奇跡だ。私、生きてる」


が、沈没も全滅をしていなかった。

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