9.神の誉れ
礼拝堂は、校内の奥の方にある。周囲は木々が茂り、昼間は心地よく涼しいのだが、夜は――
「暗くて、気味悪いな」
「うん。こんなところに呼び出すなんて」
どこからか聞こえる夜行性の動物の鳴き声。風が通る音。神経が研ぎ澄まされていく感覚は、アラタにゾンビを倒すゲームを思い出させた。
礼拝堂まで、薄明かりを何とか進む。
「ここ、だよね」
見慣れていない扉の前で、アラタとリオンは足を止めた。
「ああ」
アラタはぐっと、力をかけた。扉が押し込まれる。
「こんばんわ。アラタ君」
暗いのに慣れた目が、たくさんのロウソクの灯りに驚いて細まる。
入り口から遠い奥の方、パイプオルガンの前にオガノはいた。天井近くまで高く張られたステンドグラスが、彼を囲んでいるようだった。
「それと、リオン君ですか? いつの間に仲良くなったのかな。まあ、いいか」
(アラタ、あの楽器)
アラタの端末の中、エンデが話しかける。
「アラタ君。君は以前から授業には興味がない様子でしたね。授業に興味が無いのかな。それとも、信仰心がないのかな。それとも――」
ジャーーー、ン
「「っ!?」」
オガノの手が、鍵盤に振り下ろされた。全身に襲いかかるような音が響き、アラタとリオンは体を強張らせる。
「疑っているのかな? この世界のことを」
(アラタ、あの楽器、危険だ!)
「リオン君も、ずうっと学校に来てませんね。どうしたのかな。お母様が亡くなられて悲しいのかな、それとも」
オガノの足元で何か蹴られた。カラカラと音を立ててリオンの方へ転がってくる。スプレー缶だった。
「何か、悪さでも覚えたかな?」
どくり、どくり、どくり、アラタとリオンの中で血が嫌な巡り方をする。
「君たちは、善くない。ああ、善くない。この世界の神を信じない」
(アラタ――)
「ハレルヤッ!!!!!!!!!」
オガノの手が一層大きく鍵盤を叩き始めた。音が体を殴るように響く。耳が劈かれるようだ。アラタとリオンはたまらず、一歩下がった。
「神を!!!!!!!!!!!!!」
開いていたはずの扉が、ガンッと閉まる。
「讃えよ!!!!!!!!!!!!!」
「う、ぐっ!」「ううっ!」
――ただの轟音じゃない。音が、動いてる。僕たちを狙って、攻撃してる。これは、オガノ先生の力?
「っつー!!! アラタ、あいつ叩くぞ!!!!!」
「うん!!!!!!」
リオンはスプレー缶を両手に持って、床に素早く描く。
〈Jump!〉
右上にリオン、左上にアラタが飛ぶ。
アラタの中のエンデが、天井を走るように駆けた。
ジャ、ジャジャシャジャー!!!!!!!!!
音が、追いかける。
(でも、こっちの方が、速い!)
オガノまでの距離が縮まる。
体を翻しながら、リオンは礼拝堂の椅子に描いていく。
〈CLASH〉
ガチャガチャガチャと椅子が音を立て始める。
「俗な音を、立てるなーーーーー!!!!!!!」
〈BEAT〉
「せんせー! こっちならお好みで!?」
床がドクドクと鳴り始める。礼拝堂が、パイプオルガンが、揺れる。
(オガノ先生の音が少ない! 狙える!)
アラタはオガノの頭上。
――一撃、入ればいい!
「……クソガキが」
包み込むような、パイプオルガンの音色の後、
バリンッ
「え?」
ぱきぱきぱき、いろんなところから音がする。ガラスの、割れる、音。
「アラタ!」
リオンの声を聞いた直後、アラタは体に衝撃を覚えた。背中から、腹に抜き出ている。これは。
「ステンド、グラ、ス?」
地に膝をつき、血を吐いた。
「ちっ!」
リオンが舌打ちする。描いたものは順々に効力を失う。リオンの力は長時間持続しない。
「教えてあげよう、クソガキども」
オガノがピアノ椅子から立ち上がった。アラタの髪を引っ張り、顔を上げさせる。
「音色も、そしてステンドグラスも、私の創造物だ。そして――」
「この世界も創り物なんだよ。私はこの世界を創り、管理している、神の1人だ。君たちは――」
アラタの体がごろんと転がされた。
「偽物なんだよ」
「くそ! キチガイめ」
リオンがアラタを抱きとめた。出血がひどい。
「偽物の命よ。讃えよ、神を――」
「ええ」「讃えるよ。俺の神を」
「なっ!?」
アラタ、リオンと別の人影が、オガノの背後から跳ねた。
エンデとチル、それぞれの一撃がオガノに入る。
「知ってて、飛び込んだのか?」
「う、ん。エンデが気付いてたんだ。楽器と、ステンドグラスが危ないって」
エンデがアラタを背負い、チル、リオンと走る。
「知ってて、先に飛び込んだのか?」
「敵を欺くには、まず味方からって言うし。呼び出されたの、僕なのに、リオン君に危ない目合わせちゃいけない、から」
「アラタ、しゃべるの止めて。出血がひどい」チルが止めた。
「ああ。早く病院に――」
サヒナに連絡しようとリオンが携帯を出すと、
「病院には連れて行かない」
チルが告げた。
「は?」
「アラタはこっちで治す」
「こっちって――」
アラタの、家だった。
「キッズ相手に、随分こっぴどくやられましたねえ。オガノ先生」
「サ、サヒナ、先生?」
「ふふ、心配で来ちゃいました。あらあら、肋骨がやばーい折れ方してますねぇ」
「な、なお、せ」
「治しますよぉ、誰の傷でもね。医者なので。そうそう、さっきまで女の子が覗き見してたみたいですけど、大丈夫ですかぁ? あなた――自称神の発言に、ショックを受けてなければいいけれど」
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