第23話・第一章Ⅸ「送致」

 「・・・あ、あっぶねぇ・・・。」

自分の顔の前でリーンの戦輪をなんとか白刃取りにしたオードは冷や汗混じりに呟いた。周囲の床には辛うじてかわした無数の戦輪が深々と突き刺さっていた。


「リーン・・・、お、お前なぁ・・・。こんなん当たったらシャレにもならんぞ。」


「なら、次からはノックぐらいしてくんなまし!」

フン!と寝転がりながら吐き捨てる。



「・・・これは一体何事だ?」

オードの叫び声を聞きつけ、魔将ガイが駆け付けた。そして・・・


「皆、大事ないか?」

その後ろからヒョコっと魔王様が顔を出す。


「・・・!?ぴゃいっ!」

魔王様の姿を確認したリーンはガバッと体を起こし、ふらふらする頭をなんとか支え、背筋を伸ばし正座する。ネレスも一礼し、姿勢を正した。魔王様は部屋の様子を一瞥すると、何かを察したのか、ふぅ、と小さく溜め息をつくと、


「いきなり部屋に踏み込んだのか?オードよ・・・、お前はもう少し礼儀を覚えろ。同じ魔将とはいえ、リーンもネレスも女性だぞ。まぁ怪我がなくて何よりだ。」


「め、面目ありません・・・。」

ひどくバツが悪そうな顔をしながら、床に刺さった戦輪を抜き、集め始めた。


「リーンもだぞ。何があったか知らんが、いくらなんでも戦輪を持ちだすのはやりすぎだ。もしオードが怪我でもしていたら、我はそちを罰せねばならぬところだ。」


「も、申し訳ありんせん・・・。」

リーンは、しゅんとして俯いた。


「もうよい・・・。二人とも魔将の立場と責任があることを忘れるな。部下達にも示しがつかぬであろう。次からは気をつけるようにな。・・・ん?」

部屋に転がる球体に魔王様が気付いた。


「・・・ほう、これは魔珠か。・・・ふむ、どれも良く出来ておるな。」

一つ一つ丁寧に手に取り、感慨深そうに眺めている。


「これを加工したのはリーンとネレスか?」


「は、はい。リーン殿に魔力を供給していただき、私が編み込みました。」

ネレスが答えた。


「大したものだ。これほどの力を持つ魔珠はそうそうないぞ。それで二人ともこの有様か・・・ふふっ。あまり無理をするでないぞ?」


「は・・・はっ。」


 続いて魔王様は、少し意地悪な笑みを浮かべ、ガイに訊ねる。

「・・・成程なぁ。ガイよ、龍族の調査とは、こんなお宝にも巡りあえるものなのだな?」


「は・・・。い、いえ。」


「我が把握している魔珠の数と計算が合わないんだがなぁ?ガイよ。」

ニコニコとしながら魔王様がガイに詰め寄った。


「・・・・・・・。」

蛇に睨まれたカエルのように、普段沈着冷静なガイが、だらだらと冷や汗を流しながら狼狽している。


「・・・ふ、ふはははは!」

魔王様は突然腹を抱えて笑い始めた。


「よい、よい。このところのお前達は、ずっと我の命令を待つばかりでつまらぬと思っていたところよ。」


「お、お咎めになられないのですか?」

おずおずと、ガイが訊ねる。


「軍務に支障が出ているようなら咎めるがな。ローグ不在の間、そちたちはよくお互いを支え合い、何も問題は起きておらん。ならば、自らを高める努力をしている者がいるだけだ。咎める必要などないではないか。まぁ、出来れば次からは相談ぐらいはして欲しいがな。」


「は・・・はっ!」

ガイは深々と一礼する。



 「・・・さて。では・・・。」

魔王様はおもむろにリーンに近付くと、そのまま横につき、しゃがんだ。


「・・・え?」


「・・よっと。・・・随分軽いな。ちゃんと食べておるのか?」

魔王様はリーンの背中とひざ裏に腕を差し入れると、そのまま抱きかかえた。


「~~~~!魔、魔王様!?お、おやめになってくんなまし・・・っ!?」

突然の状況に、リーンは耳まで真っ赤にしている。


「無理をするな。魔力を使い切って立てんのだろう?部屋まで運ぶゆえ、今日はゆっくり休むといい。」


「は、はいぃ・・・。」

リーンは観念したのか、魔王様のされるがままに運ばれている。が、真っ赤に染まったその顔は、とても幸せそうに見えた。



 「あらあら・・・。よかったわね、リーン。」

微笑ましそうに眺めながらネレスが呟く。魔王様とリーンが出ていったのを確認し、自分も部屋に戻って休もうと立ち上がろうとしたが、やはりうまく立ち上がれない。困った。ガイ殿にお願いして、肩を貸してもらおうかと思った時、不意にネレスの体が持ちあがる。


 「・・・あら?あらあら?」

ズズズ・・・と床から影が浮かびあがる。ローグだった。


「・・・部屋まで、運ぼう。」


「ふふ・・・じゃあ、お願いいたしますわ。」


「・・・ああ。」


ネレスもローグによって部屋に運ばれていった。



 これから始まるであろう、激しい戦いの前、束の間訪れた平穏な時間だった。



~つづく~

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