第22話・第一章Ⅷ「魔力付与」
「・・・これで・・・んぅっ!」
リーンが魔珠に膨大な魔力を注ぎ込む。どんな魔法を付与すべきか、その希望を他の魔将に尋ねてみたが、一様に同じ答えが返ってきた。「真の力を解放したときに、魔王様の役に立てる魔法を」と。それはリーンも同じだった。これ以上あの方を傷付けさせはしない。自然と魔力を込める腕に力が入る。
「・・・っ!いけませんわ、リーン。焦りは禁物。あなたが参ってしまっては何にもなりませんことよ。」
注がれた魔力を糸のようにどこまでも細く圧縮し、束ね、刺繍を編み込むが如く魔珠の中に展開し、魔力の紋を刻んでいく。その精緻な加工をしていたネレスが、ともすれば暴発しそうな魔力を注ぎ続けているリーンにそっと手を添え、たしなめる。
「わ、わちきとしたことが・・。申し訳ありんせん。ネレス、許してくんなまし。」
ハッとしたリーンは、魔力を制御し、最大出力に近いながらも、一定量の安定した魔力を魔珠に注ぎ始める。
ローグ殿が持ちかえった魔珠の鉱石。元々口数の少ない彼は、ほとんど何も言わず鉱石だけを置いて一言「後は頼む」と告げると、また気配を消し、部屋を去って行った。いくらローグ殿とはいえ、水晶龍の縄張りに単身足を踏み入れるなど、口で言うほど簡単ではなかっただろうに。もっと誇ってもいいようなものだ。あんまりすんなり手に入ったので錯覚してしまうが、極めて貴重な品だ。絶対に無駄に出来ない。そんな緊張感しかない作業にもようやく終わりが見えてきた。最後の一つ。この魔力付与が終われば、魔将全員分の魔珠が、ようやく揃う。
「大丈夫ですわ、リーン。この付与はあなたの魔力供給が肝ですの。大変ですが、その調子でお願いいたしますわ。」
ネレスは優しい口調で話しかける。
「わちきより、ネレスこそ、魔力を圧縮して編み込むなんて無茶をしていんすから、気張ってくんなまし。」
魔軍の誇る二人の魔女による、妖しくも美しい魔力の円舞曲。金色の糸が魔珠の中で踊り、複雑極まるシンメトリーの美しい紋様を紡いでいく。
ネレスが魔力を編み終わると、魔珠は一層強く金色の光を放った後、その光は魔珠の中心部に吸い込まれていく。魔珠が一瞬、闇色に染まった後、黒真珠の如き、静かな光を湛え始めた。成功だ。
「ふぅ~~~。」
「はぁ~~~。」
二人は力無く崩れ落ちると、大きく息をつく。
「さ、さすがに疲れんした・・・。」
「お、おつかれさまですわ・・・。」
「そ、それはお互い様でありんす・・・。」
息も絶え絶えに、そんな言葉を発しながら、二人はここ数百年感じなかった達成感に包まれていた。しかし、恐るべきは魔珠の持つ力。並の魔石なら一瞬で砕け散るような魔力を注ぎ続けた。しかもそれを圧縮し、幾重にも増幅してもビクともしない。
「こ、この魔珠、どれだけのうわばみでありんすか?」
「ま、全くですわね。でも、おかげで、満足のできる逸品に仕上がりましたわ。」
恐らく、二人の全魔力を注いだとしても、まだまだ余力を残すであろう。正に圧倒的。逆に、二人だからこそ成し得た作業。どちらか一人だったならば、魔珠の力に呑まれ、自らの魔力を際限なく奪われ、昏倒していた可能性が高い。
ほぼ力を使い果たした二人は、立ち上がることをしばし諦め、大の字に寝っ転がった。頭がくらくらする。頭上の世界がぐるぐる回っている。
「・・・これで・・・これで、大丈夫でありんすよね?」
久しく感じていなかった感覚を噛み締めつつ、絞り出すようにリーンが呟く。
「ええ・・・きっと・・・!」
相変わらず回る天井を眺めつつ、しかしはっきりとネレスが答える。
傍らには、自らが真球に加工し、魔力付与を施した魔珠が見える。その魔力の基礎は魔軍最高のリーンのもの。秘宝とも呼べる代物に仕上がったと自負している。本来なら、魔王様に献上したい程の品。しかし、今回は違う。「増幅」という、付与の基礎こそ、六つとも同じだが、それぞれの魔将専用とも言えるように調整している。この魔珠に関してだけは、魔王様よりも我々が使った方が遥かにその力を引き出せるはずだ。
勇者の魔石自体は大したことのないものだ。もちろん魔石は貴重だが、魔珠のそれとは次元が違う。魔王様は、恐らく「風の加護」だろうだと仰っていた。だとすればあくまで初歩的な魔力付与に過ぎない。肉体も感覚も強化しない、一時的に武具自体の重さがなくなるだけ。肉体を鍛え上げるほどにその体感的な効果は薄れていくはずだ。が、勇者はその使い方が尋常じゃなく巧い。常に使うのではなく、ここぞ、という一撃に使ってくる。これが本来は弱き者であるはずの、人間の知恵だというのか。恐らくあの一撃も、この僅かの差を活かすことで、ついに魔王様をも捉えたのだ。それについては、認めざるを得ない。
それにもう勇者は弱き者ではない。限りなく魔王様に近い、絶対的強者になりつつある。苦痛に歪むあの顔。文字通りの『死』の痛みを幾度となく魔王様により与えられた者。並の精神なら復活しても発狂して廃人になりそうなものだ。その痛みを与えた相手にまた挑むその胆力。魔王様が『不屈』の勇者と呼ぶだけの力が彼には確かに備わっている。
今回の魔珠は、本当によく出来た。リーンの助力によるところが大きい。彼女には感謝しかない。おかげで私は加工にだけ集中できた。魔石と比べれば数十・・いや、数百倍にも及ぶ効果をもたらしてくれるはず。それに・・・
スッと腕を伸ばし、リーンの投げ出された小さな手をネレスはキュッと握る。
「リーンの想いがこれだけこもってるんですもの。負けるはずがないわ。」
にっこりとネレスが微笑む。
「な、なななな、何のことをおっしゃっているのでありんすか?」
ボッと顔を真っ赤にしながら、リーンが狼狽している。
「あらあら?私は別に『魔王様への想い』とは一言も言っておりませんのに。なんとも可愛らしいこと。うふふっ。」
「・・・!!ネレス、あまりからかんせんでくんなまし・・・。」
リーンは顔を手で覆い、ジタジタと身悶えさせ、まるで生娘のような反応を見せる。
---バァァァン!!
部屋の扉が勢いよく開かれる。ドカドカと足音を立てながら、魔将オードが入ってくる。
「どうだ二人とも!そろそろ出来たか?・・・ん?何で二人して床で寝ている?」
ワナワナと体を震わせ、羞恥と怒りで顔を紅潮させる一人の魔女。
「・・・おなごの部屋に、ノックもせず、勝手に入りんせんでくんなまし!例えオード殿であっても許しんせん!!」
部屋の壁にかけられていた無数の戦輪が唸りをあげてオードに襲いかかる。
「・・・え?よ、よせって!のわぁああああ!!」
オードの絶叫が辺りに響き渡った。
~つづく~
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