第14話・序章ⅩⅣ「旅立ち」

 「うぅ~~む、不思議なこともあるんですねぇ~・・・」

リーバは工房主に今回のいきさつを説明した。人間独自の加工技術があると思いこんでいた工房主は、露骨にテンションが下がっていた。


「あ!では今度は、この仮説が正しいかどうか、世界樹の樹液を加工に利用する方法がないか研究してみましょうか!ふふふ・・・忙しくなりますよぉこれは・・・!」

めげない人だ。エルフの技術の新たな地平線でも拓く気だろうか。


「・・・あまり危ないものは作らないようにしてくださいよ。危険と判断したら、すぐ止めさせますからね。」

ミディエラはやれやれと首を振った。


しかし、生きている武器か・・・。立てかけられた剣を手に取り、今一度確認してみる。・・うーん、見た目は何も変わっていないが。・・・いや、変わってないのがおかしいんだ。バラバラどころか、傷も見えない。


ブゥ・・・ン・・・


「あ、しまった。」

両手で構えをとった時、力を入れ過ぎてしまったのか、魔石を起動させてしまった。


「・・・ん?」

以前より少し、魔石の輝きが強くなっているような・・・?


「・・・!ちょ、ちょっと!見せてください!」

工房主がリーバから剣をひったくろうとする。


「あ、危ないですよ!渡しますから、待ってください!」

慌てて、魔石を停止させる。まるでおもちゃを取り上げられた子供だ。


「離れなさい!全く、あなたはなんでこう落ち着きがないんです!」


ミディエラに一喝され、シュン・・・となる工房主。しかし、俺が鞘にしまった剣を渡すと、バタバタと走り始めた。しきりと、剣や鎧の魔石部分を見つめては何やらメモを取っている。かと思えば何やら怪し気な装置を持ちだして武具の魔石部分を調べ始めた。


呆気にとられていると、満足のいく結果が出たのか、うんうん、と頷きながらツカツカと歩いてきた。


「この魔石も力を増してますね。」


「・・・はい?」


「どうやら自己修復だけでなく、成長してるみたいですよこの剣。以前よりも魔石内に蓄積される魔素の最大量が増幅されてますね。」


「それはつまり・・・」


「ここではあまり意味はありませんが、森の外でこれを使う場合、より長い時間機能するはずです。いやー、成長する武器、まさに生きてますね!実に興味深い!ふふ・・・ふふふふ・・・・!」

今後の研究が余程楽しみなのか、工房主は何やら笑っている・・・少し怖い。


「・・・行きましょう、リーバ。武具は後でお返ししますので・・・。」

どこか別の世界に旅立ってしまった工房主を放置して、工房から出る。確かに、落ち着くまでしばらくそっとしておくのがいいかもしれない。



 ミディエラの部屋に戻ると、ルーミィが食事の準備をしていた。空腹を促すいい匂いがする。


「もうすぐ出来ますから、座って待っててください。」


促されるまま、ミディエラと共に席につく。次々と料理が運ばれてくる。


「(あ・・・これは・・・)」

最初に出された肉料理だ・・・。前と少し違う・・・チーズの匂い?ついつい、まじまじと見てしまう。


「ふふふ。驚きましたか?あの子、ずっと練習してたんですよ。私も何度試食に付きあわされたことか・・・」


「お・祖・父・さ・ま?」

また目だけ笑ってない笑顔で、ルーミィがミディエラを見つめ・・・いや、睨んでいる。あのミディエラさんが縮こまっている。やはり孫娘には弱いようだ。

程なくして、料理を運び終えたルーミィも席につく。


 「で、では、いただきましょうか。」

まだ少しルーミィに気圧されたまま、ミディエラの一言で、食事が始まる。俺は早速、肉料理に手を伸ばす。上品な味だが、前とは明らかに違う。ニンニクとチーズが加えられている。それに合わせて、少し香辛料も変わっているようだ。


「うまいっ・・・!」

以前食べさせてもらったものも、あれはあれで十分美味かったが、より味に深みが増していた。そのままくいっと、葡萄酒を流し込む。


「ルーミィ、本当に美味しいよこれ!」

ルーミィはその様子を見て満足そうに微笑んでいた。


それから色んな話をした。俺がエルフの街を出てからのこと。他愛もない話。時折ミディエラさんがルーミィをからかっては、また怒られる。とても楽しい時間だった。



 楽しい時間は瞬く間に過ぎ、夜が更ける。食事の後片付けを終え、改めて三人で座る。


「リーバ。これからどうされますか?あなたさえ良ければ、このままこの街に住んでいただいても構いません。むしろ、私やルーミィは、それを望みます。」

ミディエラは切り出す。ルーミィも頷く。三人の間にしばし、沈黙が流れる。


「・・・もし、あなたが望むなら、今回、あなたの身柄はエルフが保護したという文書も用意しましょう。状況から考えて誤魔化すのは非常に厳しいでしょうが・・。」

リーバから返事がないので、ミディエラは人間の街に未練があると考えたのか、別の提案をする。しかし、ミディエラの表情は暗い。それは、人間の醜い本質を察してのことだろう。魔王という、人類にとって共通の敵が存在して尚、複数の国が存在する種族。主義、主張、宗教。それぞれ信じるものが違う。お互いを表面上は認めつつも、迎合して一つになることはしない。


もし、俺が「不死」の存在だと知れたらどうなるだろう。初めは、重宝されるかもしれない。が、人間は基本的に未知のものに対して極めて臆病だ。ギルド長、ギルドの仲間たち、もしかしたら国主も。受け入れてくれるかもしれない。だが・・・きっと、彼らがやがて土に還っても、俺はこの世に残るのだろう。その時、次の世代が俺を見た時、きっと未知の恐怖から俺を排除しようとするだろう。


「・・・申し出は正直とてもありがたいです。ですが、今すぐとはいきません。」

リーバが重い口を開く。


「リーバ・・・。ではやはり人間の街に?」

ミディエラが悲しそうな顔をしている。


「いえ・・・。戻れません。もう私は死んだことになっているでしょう。ミディエラさんの厚意に甘えて、仮に誤魔化せたとしても、年月が経てばいずれバレます。」


「残念ながら・・・私もそう思います。では、どうすると?」


「魔族に・・・出来れば魔王に会おうと思います。」


「・・・!・・・会って・・・どうするのです?」


「あの魔物の正体、未だにわからないんですよね?」


「・・・・・・はい。手は尽くしていますが、全く進展はありません。」


「私は人間がなす術なく無残に命を奪われていく様を見ました。たった数体の魔物にです。情報がない以上、決めつけはできませんが、人間やエルフを襲う魔物である以上、一番疑わしいのはやはり魔族でしょう。ならまずは魔族に聞くのが一番早い。」


「理屈はそうです。ですが、もはや使者を立てて話を聞くような状況ではないでしょう。」


「ええ。なので力ずくです。」


「・・・何を言ってるんですか!」

普段はどこまでも温厚なミディエラがテーブルを強く叩き、激昂する。


「魔族は何よりも力を尊ぶ種族だと幼い頃から聞いています。例え他種族であっても、強さには敬意を払うと。」


「確かに今の魔王はそうです!ですがこの千年、一度でもその魔王を力で屈服させることができたのですか、人間は!」


「仰る通り、『人間』は魔王に勝てていません。ですが・・・」

それを聞いたルーミィは、声をあげて泣きだした。


「それ以上は言わないでください・・・。いくらあなたでも・・・」

ミディエラはわなわなと肩を震わせている。


「・・決して、ミディエラさん達を責めるつもりで言っているんではないんです。」


「・・・なら!どうしてそんな命を粗末にするようなことを言うのです!我々は魔王と戦わせるために、あなたを復活させたのではないんですよ・・・。」

ミディエラの瞳は潤んでいた。


「ですが、私はこれまで人間の仲間たちに支えられたのです。魔族の脅威に晒されたまま、見て見ぬ振りをして、この地に移り住むことはできません。」


「今回は復活できましたが、次もそうなる保証はありません。」


「・・・はい。」


「あなたは先程ルーミィの料理を美味しいと言ってくれました。味覚、嗅覚、即ち五感は今まで通りあるのでしょう?」


「ええ。」


「じゃあ当然痛みも感じる。リーバ、あなたは今回・・・耐え難い苦痛を味わったのではないですか?」

リーバは無言で、頷く。


「例え魔王を倒しても、誰にも称えられず、報われない。それでも人間の為に動くと?」


「・・・その時に、そんな愚か者でも、ミディエラさん達に迎えていただけるのであれば、私は救われます。」


「はぁー・・・」

ミディエラは大きく息をつき、天を仰ぐ。一筋の涙が頬を伝う。


「やはり、あなたは勇者ですね。」


「ただ我儘なだけですよ。」


「・・・・・・約束して。」

ルーミィが顔をくしゃくしゃにして、呟く。


「どんなに無様でもいい。情けなくてもいい。途中で諦めたって絶対に責めたりしない。だから、ちゃんと、『帰って』きて。勝手に土に還ったりしたら、死んでも許さないから!」

ぎゅうっと力いっぱい抱き締められる。


「先に言われちゃいましたね・・・。」

ミディエラもやってきて、リーバとルーミィを優しく抱き締める。リーバの頬にも涙が伝っていた。


「ルーミィ・・・、ミディエラさん・・・。」

そこまで言うのが精いっぱいだった。こんな自分の為に、種族すら違う自分の為に、本気で感情をぶつけてくれる。泣き、怒り、この身を案じてくれているのが嬉しかった。必ず、この人達の所に帰ってくる。リーバはそう心に誓うのだった。



 そして、リーバはエルフの街を後にする。後に『不屈(たおれぬもの)』と呼ばれる勇者。今はまだ、名も無き戦士である彼は、魔族の勢力地に一人赴こうとしていた。


~つづく~

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