第12話・序章ⅩⅡ「帰還」
「---・・・ッ!!!?・・・ッ!!!」
耐え難い激痛。皮が灼かれ、肉が千切れ、骨が砕け、内臓が破裂する。リーバは千切れ飛び体から離れた部分を含め、全身の痛みを感じていたが、思考の全てを痛みに掻き消され、その理由を理解できずにいた。叫びたいのに声すら出ない、出せない。文字通り、死ぬ程痛い。そんな時間が幾程続いただろうか。
ある時を境に痛みは急速に治まっていった。体を動かす。飛び散ったはずの四肢の感覚が確かにある。が、何も見えない、聞こえない、静寂の世界。
「(・・・俺は、どうなったんだ?)」
相変わらず状況がわからない。普通なら間違いなく即死だ。
「(・・・うっ)」
魔物の炸裂の瞬間を思い出しそうになって、反射的に思考を停止した。またあの痛みを思い出しそうになった。
『命の雫』が関係しているのだけは間違いない。確かあの時は・・・そう・・・水の中にいて・・・
「ん・・・」
相変わらず何も見えないが、あの時に似た感覚。身の回りを包んでいるものは水状のものだ。そう認識すると、見えないながらに自らの状態がなんとなくわかってくる。
ゆらゆらと自分の意思に関係なく体が揺さぶられる感覚。どっちが上か下かもわからないが、そう、波間に揺られているような・・・このまま、どこかに、流れ着くのだろうか・・・。
あの爆風はどれくらいの威力だったのだろう・・・他の皆は無事だろうか・・・。狼型の魔物といい、あの鉄の塊のような魔物は一体なんなんだ・・・。診療所・・・いや、研究所が正しいのか。所長は何か掴めたんだろうか・・・。わからないことだらけだ。また頭の中がぐるぐるしてきた。
ふ・・・と、脳裏に一人の少女の顔が浮かぶ。気品があるようで騒がしい。ころころと表情が変わる泣き虫な少女。一緒にいるときは不思議と気持ちが安らいだ。
「また・・・会いたいな。」
素直に、そう思った。
--さっきまで何も感じなかった目の前に光を感じる。その光の方に向けて歩く・・・いや、泳ぐ感覚に近いかもしれない。そして・・・
「え・・・!?」
世界が拡がる。重力を感じる。これは・・・落ちてる感覚・・・
---ドッパァァァァァアン!!
「きゃあああああ!?」
今度は間違いない。水の感覚だ。いや、温かい・・・これは湯か・・・。・・・湯?
「・・・ブハッ!!」
水面から顔を出すと、美しい金色の髪に、ほのかに桜色に染まり上気した白い肌。その髪とその肌に滴る湯が光に反射して、どこまでも美しい光景が広がっていた・・・。
「ッッッッ!!」
--パァァァァン!
反射的に繰り出された平手打ちが、完璧な角度で頬にクリーンヒットする。
---バッシャーン!
俺は再び、湯の中に叩きこまれた。
---・・・
「まぁ、おかけなさい。あなたの話の内容如何によっては、私はあなたを厳しく詰問しなくてはなりませんが・・・くくっ・・・」
リーバはミディエラに促され席につく。横には怒りの感情を露にしたルーミィが頬を膨らませながらプイ!と顔を背け腕を組みながら座っている。さっきから何度も謝っているが、怒りが収まらないのか、全然許してもらえない。ミディエラは子供のように怒るルーミィの様子が余程おかしいのか、笑いを堪えながら話している。
「ふふ・・・まぁ、色々言いたいこともあるわけですが。まずは・・・おかえりなさい、リーバ。」
「・・・おかえりなさい。」
ルーミィも続いて、小さい声で呟く。
どこまでも暖かい言葉だった。どこか強張っていた体の力が、ふっと抜けていくのを感じていた。
「ただいま・・・。」
自然と口に出た。ミディエラは満足そうに頷いた。
「で、どうして浴場に?まさかとは思いますが、覗くつもりだったのですか?」
「ち、違いますよ。私にも何が何やら・・・。私が村を出てから、どれくらい経ちましたか?」
「え?・・・そうですね、二月くらいでしょうかね。」
「二月!?二月ですか!?」
「え、ええ・・・。それが何か?」
「・・・私自身も混乱して・・・信じてもらえないと思いますが・・・。」
リーバは自身に起きたことを出来うる限り説明する。妖精の森で遭遇した魔物と同じ種類の魔物が人間の村をいくつも滅ぼしたこと、同系統だと思われるが全身を針で覆われた新たな魔物が現れたこと。・・・恐らく自分はその魔物の道連れに殺されたこと、水に包まれたような、不思議な空間にいたこと・・・。
はじめはにこやかだったミディエラの顔が険しくなる。ルーミィもいつしか顔から怒りが消え、心配そうな顔でこちらを見ていた。
「一応、すぐに検査しましょう。武具もお預かりして、一度調べましょう。」
ハッとした。そうだ、確かに、体と一緒にバラバラに砕けたはず。情報を整理すると俺はエルフの公衆浴場に落ちたはずだが、その時には装備一式はしっかり装備したままだった。
「お手数をおかけします。」
「何を言いますかリーバ。少なくとも私達の前では、遠慮はいらないですよ。・・・ああ、でも孫娘の同意なく一緒にお風呂に入ったりはしないでくださいね?」
「お祖父様!」
「ははは・・・。ああ、そうだ、ルーミィ。あれをお渡ししてはどうですか?」
「え・・・・・・。はい。」
ルーミィが席を立ち、奥から何かを両手で支えながら持ってくる。服だ。
「本当はもっとちゃんと渡したかったんですけど、どうぞ。なんか色々台無しだわ。」
「その服、ルーミィが仕立てたんですよ。着てやってください。」
ミディエラがにこにこしながら伝える。
「え・・・?」
「・・・お祖父様、今日は余計なことをおしゃべりし過ぎじゃありませんか?」
顔はにこにこしていたが、目が笑っていない。鋭い視線がミディエラに向けられる。
「おお・・・。ははは、怖い怖い。では私は所長に検査を頼んできますので。着替えたらリーバも来てくださいね。」
「わかりました。」
---・・・。
一瞬、二人の間に無言の空間が広がる。
「・・・ルーミィ、ありがとう。着させてもらうよ。」
「お祖父さまが、あなたがいつ帰ってきてもいいようにって、あなたの部屋、結局そのままにしています。そこで着替えてください。」
「あ、ああ・・・。」
ミディエラさんにも後でしっかりお礼を言わなければな。
「ちゃんと測ったつもりですけど、もしきついところがあったら言ってくださいね。すぐ直しますから。」
「検査が終わったら、食事にしましょう?あんなことがあったから、話したいこといっぱいあったのに、全部ふっとんじゃいました。ゆっくり食べながら、思い出させてもらいますからね。」
「わかった・・・。ぇーと、ルーミィ・・。」
「なんですか?」
「さっきはすまなかった。改めて・・・ただいま。」
「うん・・・おかえりなさい、リーバ!」
ようやく機嫌を直したのか、ルーミィはリーバに笑顔を向けた。
~つづく~
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