第11話・序章ⅩⅠ「針の魔物」
「・・・私はもう大丈夫だ。あの三人の治療を頼む。」
国主が自分の治療をしていた聖職者に命じた。
「は・・・はっ!」
深々と一礼し、聖職者は城壁の上から離れる。近侍が一名、聖職者の護衛を兼ねつつ先導する。魔物がいない、別方向の門を開けるためだ。
程なく、狼型の魔物をこちらに誘導した大盾部隊から伝令が走ってくる。
「針の魔物が動きだしました!」
報告を聞いた指揮官は今一度、狼型の魔物の絶命を確認した後、馬に乗り、針の魔物の対処をしている大盾部隊の方に向かう。
「狼型の魔物は殲滅した!後はこいつだけだ!目の前の敵に、集中しろ!!」
指揮官の報せに、士気が一気に高まり、喚声が上がる。
「囲め!!」
指揮官の指示で大盾部隊が針の魔物を包囲する。
---ピピッ。
針の魔物は一瞬、足を止めたが、すぐにまた街に向けゆっくりと歩き始めた。その目はやはり赤く妖しい光を放っている。
「大盾で突き上げろ!」
ゴンッ!
魔物を正面から突き上げる。前足が地面から離れ、針のない腹の部分が露出する。
「今だ!戦槌で叩きのめせ!」
--ゴッ!
先頭の兵士が振りあげた戦槌が、魔物を顎を捉える。
--ズゥン・・・!
--ガン!ゴォン!ガキッ!ドゴッ!
仰向けに倒れた魔物を戦槌で滅多打ちにする。相変わらず、生き物とは思えない金属質な肌だ。一撃を加えた者は皆、一様に戸惑いの表情を浮かべている。
「攻撃やめっ!下がって、囲め!」
---ピピッ・・・ピッ・・・
再び、少し距離を取り、囲む。魔物の体はあちこちが凹んでいる。しかし、尻尾を器用に丸めると、クルッと回転し、何事もなかったように再び赤い瞳を正面に向ける。
「くっ、バリスタ、放てぇ!!」
---ガション!ヒュゴォッ!!
城壁に設置された大型弩砲から巨大な鋼鉄の矢が次々と放たれる。
---ズドッ!ガインッ!カンッ!
魔物周辺に矢が殺到する。すぐ傍に着弾した矢は地面に大きな穴を開ける。そして、数本の矢が魔物に直撃した。・・・はずだった。着弾の寸前、魔物は針の向きを変え、収束させる。その姿は盾のようだ。矢は魔物に弾かれ、貫くことはなかった。
「ひるむなっ!魔道士隊、やれっ!」
魔道士から一斉に火球が放たれる。これまで村に近付く魔物を追い払った火の魔法。これまでは魔物の手前に落とし、進行方向を変えるために使われていたが、今回は違う。
--ボシュッ!ボシュッ!
次々と魔物に直撃する。魔物の周辺に火柱があがる。
--ピ・・・。
魔物が動きを止める。
---ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・
それを見た傭兵部隊が、水薬に使う拳大の小さめの丸瓶をスリングに込め、回し始める。
「傭兵部隊、今だ!!」
「これでも喰らいやがれ!!」
傭兵部隊が丸瓶を魔物めがけて投擲する。
--ガシャ!ガシャン!・・・ゴォォオオ!!
火柱が一気に大きくなり、辺りに熱風が吹き荒れる。瓶の中は水薬の代わりに油で満たされていた。
--ピピ・・・ピ・・・。
甲高い魔物の声が聞こえる。炎の中からのそのそと魔物が出てくる。その体は黒く焦げ、動きはさらに鈍くなっていた。
「いけるぞ!もう一度だ!」
指揮官が魔道士隊に、再攻撃を指示しようとしたその時、魔物の目が妖しく揺らめいた。
---ズガッ・・・ドスッ!
「ぐ・・・はっ!」
盾の形をしていた魔物の針がまた形を変え、一本の角のようになり、その体が弾け飛ぶ。これまでの鈍重な動きとまるで違う。ランスを構えた騎兵の如く、一瞬で包囲していた大盾兵を捉えた。構えた大盾ごと鎧を纏った兵の体を貫く。魔物は乱暴に首を振りまわすと、串刺しにされ、ぐったりと動かなくなった兵を投げ捨てた。
リーバ達は、聖職者による治癒魔法を受けていた。徐々に体から痺れが抜けていく。が、全快には程遠い。指揮官が気になったのか、副官は遠眼鏡で状況を確認しようとしていた。
「・・・なんということだ・・・」
魔物が次々と兵士に襲いかかる姿。あちこちに転がる死体。戦意を失い、背を向けて逃げようとした者が背中から魔物に貫かれ宙を舞う。阿鼻叫喚の地獄絵図。それでも指揮官は必死で立て直そうとしているが、戦線が崩壊するのも時間の問題に見えた。
茫然自失としている副官の様子に、ただならぬ事態を察したのか、リーバは副官から引っ手繰るように遠眼鏡を手にし、自らも状況を確認する。
ギリッ・・・
リーバは強く歯を噛み締めると、針の魔物に向け走り出した。
「いけません!まだ治療中です!!」
聖職者が叫ぶ。
「よ、よせ!!リーバ!!戻れ!!」
その叫びを聞き、ハッとしたギルド長も叫ぶが、リーバが振り返ることはなかった。
副官とギルド長も後に続こうとしたが、リーバよりも重傷だったのか、ふらふらとして足元がおぼつかない。その様子を見た近侍が、これ以上無謀なことはさせぬと、二人を抑え込み、治療を続けさせる。
前線は混乱を極めていた。先程まで意気揚々としていた兵達は完全に浮き足だっている。指揮官が必死で鼓舞し続けているお陰で、辛うじて潰走は免れているものの、態勢を立て直し、反撃に移ることができない。
「(どうする?バリスタでは奴の動きを一瞬止めるのが精いっぱい、効果は薄い。かと言って、今の奴の動きでは、到底火球は当てられまい。魔道士を下げ、雷で攻撃するか?・・・いや、駄目だ、とても時間を稼げない。)」
思案している間も、魔物の攻撃は止まらない。一人、また一人と倒れていく。
「一度退け!退いて部隊を立て直すんだ!!」
走りながらリーバが叫ぶ。
「何を言っている!」
指揮官も叫ぶ。
「このままじゃジリ貧だ。最悪全滅するぞ。ここはなんとか食い止める。その間に立て直してくれ。」
「できるのか?」
「わからん。だが、時間稼ぎくらいはして見せるさ。考えてる暇はないぞ。」
「くっ・・・。わかった・・・。バリスタ!放てぇ!!」
---ガション!!
巨大な矢が再び放たれる。空を裂き、魔物に食いつかんと迫る。
ピピ・・・!
魔物の針が、また盾のように変化する。
--ガインッ!
魔物の体が、矢を弾く。やはり効かない。だが、足は止まった。
「全軍!城門前まで退け!態勢を立て直すぞ!」
指揮官の号令にリーバを除く、その場にいる全ての兵士が背を向け駆け出す。
ピピピ・・・!
逃がさぬ、と魔物の針が再びランスの形になる。その行く手にリーバが立ち塞がる。
指揮官も退き始めたのを確認すると、リーバは剣を抜き、魔石を起動させる。
---ブゥン・・・
ピピピ!
魔石の起動音に反応したのか、魔物はリーバの方を向く。刹那、猛烈な勢いで突進してくる。
ギャリッ・・・!
ルーンの盾は魔物の攻撃を受け流した。一瞬態勢を崩した魔物に、リーバは剣を振り下ろす。重さがなくなったルーンの剣は凄まじい剣速で魔物を捉える。
---ズバッ!
魔物は咄嗟に体を捻り、直撃を避けたが、ランス状になった針の一部を斬り裂いた。釘を落とした時の様な高い金属音が響く。
魔物が飛び退き、初めて自分から距離を取り、対峙する。
「(すごいな、これ)」
改めて武器の性能に驚嘆するリーバ。これなら、もしかしたら斬れるかもしれない。
---ギィン!
---ジャッ・・・!
何合か、攻防が繰り広げられる。リーバはなんとか盾で防ぐ。が、剣は魔物を捉えられない。完全に警戒されている。魔物は攻撃を終えるとすぐに飛び退き、隙を見せない。目的である時間は、いくらかは稼げた。しかし、ルーンの装備が放つ魔石の輝きも、徐々に黄色く変わりつつある。
「(もう、あまり長くは保たないか・・・。何かきっかけが・・・)」
ザッザッザッザッ・・・
統制のとれた足音が近づいてくる。随分と数が減ったが、決死の覚悟を持った大盾の兵士。その中央には副官の姿が。その後ろに魔道士部隊。さらに後ろには馬に乗った傭兵部隊。手にはスリングが握られている。そこにはギルド長の姿もあった。
魔道士は詠唱を始めた。大盾部隊は持っていた盾を地面に突き刺すと、背負ってきたもう一枚の盾を取り出し、構える。
・・・ヒュン・・・ヒュン・・・
遠くでスリングを振り回す音も聞こえる。
状況を察したリーバは大きく踏みこんで、剣を横殴りに薙ぐ。
--ブゥン!
当然、当たらない。が、魔物は大きく後ろに跳び、距離をとった。
「リーバ殿!下がれ!!」
今度はリーバが大きく後ろに跳び退く。
馬に乗った傭兵部隊が飛び出す。一瞬、魔物の視線がそちらを向く。
--ゴォッ!!
魔道士達の火球が動きを止めた魔物を捉える。次々と火球が着弾し、魔物は炎に包まれた。
「今だ!それっ!」
魔物の横をすり抜けた騎馬が、踵を返し半円を描き戻ってくる。
ヒュン!ヒュン!パリン!パリン!ボゥッーー!
すれ違いざまに油の小瓶が投げ込まれ、火柱がどんどん大きくなる。
ピピピ・・・ピピ・・・
魔物の声がする。
プス・・・プス・・・
煙を上げながら、魔物はゆっくりと炎から顔を出す。後方からリーバが弾け飛ぶ。渾身の力を込め、上段からルーンの剣を振り下ろす。
--ガッ・・・ズシャァッ!!
一瞬、鈍い音がした後、剣は弾かれることなく、一直線に魔物を斬り裂いた。確かな手応え。魔物の頭は真っ二つに斬られていた。
--ブ・・・ゥン・・・。
赤く弱々しく光っていた魔石が色を失い、機能を停止する。
魔物の赤い瞳も、色が薄れ、消え・・・ようとした刹那、一際強く妖しく輝く。
「なっ・・・!?」
リーバが驚愕の表情を浮かべる。頭を割られているはずの魔物が跳びかかってくる。リーバも後ろに跳び退こうとするが、体が、重い。避けきれない。
--ガィン!ルーンの鎧が、魔物の針を弾く。すると、針はまた形を変え、今度はトラバサミのように、両側からリーバの体をがっちりと掴み、挟みこんだ。
「ぐああっ!」
ギリギリと締めあげられ、リーバが苦悶の表情を浮かべる。
リーバを掴んだ魔物の体が熱を持ち、膨れ始める。次の瞬間。
凄まじい轟音と共に、魔物は爆ぜ、四散した。リーバも自らの四肢が千切れ飛ぶ感覚を最後に、意識はそこで途絶えた。
後には何も残らなかった。
「魔物の沈黙を・・・確認。」
絞り出すように指揮官が声を出す。
歓声は上がらない。聞こえてくるのは呻くような、すすり泣きの声のみ。うなだれる者、力なく膝をつく者。この場にいる誰もが、この勝利を勝利と思っていない。この戦いで、一番に称えられるべき者がそこに、いない。
せめて、丁重に弔おう。国主も含め、生き残った者が必死でリーバの遺骸を探したが、装備品の欠片すら見つけることができず、辺りは更に大きな悲しみに包まれるのであった。
~つづく~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます