第10話・序章Ⅹ「防衛戦」
リーバーが入ってきた門とは逆側の門。監視台にいる兵がひっきりなしに情報を伝えている。いつでも閉められるよう僅かだけ開いた門の向こう、指揮官らしき人物が部隊を展開させつつあった。ギルドの冒険者で編成された傭兵部隊もそこにいた。
「よう、リーバ、おかえり。帰ってきて早々にお前も災難だな。」
リーバが何度か組んだことのある冒険者仲間が声をかけてくる。
「どんな奴なんだ?」
ほれ、と遠眼鏡を投げ渡される。リーバは無言で遠眼鏡を覗きこみ、魔物の姿を探す。
「もう少し、こっち・・・そう、その辺だ。・・・俺も依頼で結構あちこち行ってるが、あんな奴見るのは初めてだぜ。」
遠眼鏡の方向を横から修正しつつ、少し震えた声でそう言った。
---いた。やはり、あいつだ。狼に似た形をした、金属の塊。それが、三体。その少し後方に、もう一体・・・う!?
さらに異様な形をした金属の塊。全身に逆立つ針状の長い体毛。シルエットはハリネズミのように見えるが、金属の狼よりも更に一回り大きい。冷たいものが一筋、リーバの頬を伝う。
リーバは押しつけるように、遠眼鏡を返す。
「こっちの指揮官はあいつか?」
「あ、ああ。どうした?・・・おい!リーバ!」
駆け出すリーバ。
「・・・ん?おお、リーバ殿。」
指揮官の横にいる衛兵がこちらに気付く。馬に乗せてくれた兵士だった。
「あの狼のような魔物、一度だが倒したことがある。」
「・・・・・・!」
「・・・聞かせてくれ。」
兵士と指揮官が顔を合わせた後、リーバに向き直す。
リーバは、斬れないが衝撃を与えれば少しは効果があったこと、雷撃の魔法で仕留めたこと、目の光が完全に消えるまでは気を抜いてはいけない旨を伝える。
「なるほど。では、奥にいるあいつのことはわかるか?」
「すまない。あいつは俺も見るのは初めてだ。」
「そうか・・・。いや、狼型の分だけでも助かる。しかし、雷撃か・・・。」
指揮官は顔を曇らせる。
「・・・使える者がいないのか?」
少し不安になって、リーバが問う。確かに初めてみた魔法だった。そもそも歌いながら魔法を使う時点で今までの自分の常識が通じてないのだ。
「いや、似たような種類の魔法はあるにはある。だが、それは魔道士が数人がかりで行う大掛かりなものだ。効果範囲が広く、時間もかかる。」
「効果範囲が広ければ、一気に倒せるんじゃないのか?」
「もちろん規模は小さいんだろうが・・・それでも、一人でその魔法を扱えるくらいだ・・・君が助力を受けたその魔道士は余程優秀だったんだろうな。」
「どういうことだ?」
「魔法自体は、魔道士を城壁の上に立たせれば比較的安全に詠唱できるだろう。だが、魔物が城壁に近付かないように食い止める必要がある。柵程度では止まらんだろう。兵士でしっかり行く手を塞ぎ、受け止める必要がある」
「ああ。しかしこれだけの兵士がいるんだ。厳しいが守りに専念すればなんとかなるんじゃないのか?」
「効果範囲が広いってのは、あまり狙う必要がないということだ。逆に言えば、そこまで精密に狙えない。魔物を食い止めている兵士たちまで巻き込んでしまう。」
「そういうことか・・・。」
ルーミィ、やっぱりすごい娘だったんだな。・・・しかし、ならどうする。
作戦が袋小路に入ってしまい、沈黙が支配する。
「どうした?」
豪華な鎧が目に入る。
「こ、国主様!?いけません、ここは危険です。どうか城内へ。」
指揮官が慌てて声をかける。
「ははは。ここを突破されたら同じことだ。たまには国主らしくしなくてはな。で、何があった?」
指揮官が、ここまでの経緯を掻い摘んで伝える。
「ふむ・・・。では私が守護の魔法を使おう。雷の威力を、完全には防げないかもしれんが、それでも、随分ましな筈だ。」
「しかし、国主様!それは!」
守護の魔法は強力な支援魔法の一つだ。物理的・魔法的なものに関わらず、かけられた者への攻撃を軽減する魔法。だが、術者は、軽減した分の威力が跳ね返ってくる。本来は、高位の聖職者が使えるという自己犠牲の魔法の一つ。
「よい、構わん。だが、それでも危険なことには間違いない。誰にやってもらうか。」
国主が体を張るというんだ。国主に仕える騎士がそれに応えない訳にはいかない。
すぐに、指揮官が名乗りをあげるが、横にいた兵士より、指揮を優先すべきだと諫められる。
「私が。」
恐らく副官であろう、リーバを街まで運んだ兵士が志願する。リーバも続いて志願すると、国主が慌てて止める。
「気持ちはありがたいが、リーバ、其方は私の騎士ではない。」
「今は傭兵です。・・・そうですね、危険手当を上乗せしてもらえれば。」
「・・・わかった。決して無下にはせぬ。十分な額を用意させよう。なので、必ず生きて戻れ。よいな?」
「国主。そういうことなら私も一口乗らせてください。」
巨大な戦鎚を背負ったギルド長がやってきた。
「ギルドも金欠でしてね。みんなで宴会できるくらい、上乗せしてもらえると助かります。」
「ははは。相分かった。全く、命知らずな者どもだ。・・・さぁ、急ぎ準備せよ。」
「はっ!」
指揮官の命令を受け、兵士が武器庫から次々と武具を運んでくる。大盾と戦鎚だ。
城壁の上には数名の魔道士と国主。近侍と聖職者もいる。国主の護衛だろう。
--ゴゴゴ・・・ズン・・・ッ・・・
準備を終えると同時に、低く重い音を響かせ、門が閉じられる。
徐々に近づいてくる魔物達。いや、針の魔物はこの距離で既に警戒しているのか、その場をうろうろするだけで、近づいてこない。
---ピ、ピピ・・・
あの嫌な声が聞こえる。やはり間違いない。
ザザザ・・・
自らが門壁になるが如く、大盾を持った兵士、傭兵が指揮官の命令に合わせ、波のように動く。遠巻きに、魔物を半円状に取り囲む。
--ガァン!ガァン!ガァン!
戦鎚で盾を叩き、威嚇する。城壁に立つ、魔道士の正面に向かうよう誘導する。
正面には、剣を構えたリーバ、大盾をかざす兵士、戦鎚を肩に乗せたギルド長。
国主と、魔道士が詠唱を始める。程なくして、体の周りに光の粒子が飛び交い始めた。守護の魔法だ。
横並びの隊列を組んだ魔道士、その両端にいる魔道士が両腕を天にかざすと、無数の氷粒が立ち昇る。さらに、その内側に居る魔道士が杖を薙ぎ払うと突風が起こり、氷粒が上空で高速でぶつかり合った。
--ガィン!ドゴッ!ギィン!
リーバ達三人を敵と認識したのか、狼型の魔物が襲いかかる。
「がぁっ・・・!」
大盾をかざし、その攻撃を一身に受け止める兵士。
「離・・・っれろよっ・・・おらぁっ!!!」
---ブゥゥゥウウウウウウン!ゴシャッ・・・・!!
盾に噛みついた魔物に向け、ギルド長の大型戦槌が地面すれすれから弧を描き、下から掬い上げるように叩きこまれる。鈍い音がして、魔物が大きく吹っ飛ぶ。
なんて威力だ。これではひとたまりもない・・・。
「こ、こいつ、本当何で出来てやがる?岩殴ってもこんなに痺れねぇぞ・・・?」
確かな手応えを感じたギルド長だったが、魔物の硬さに驚愕する。
--ピピ・・・ピ。
「・・・嘘だろ?今のは、腹にモロに入ったはずだぜ・・・」
ギルド長が呆然として魔物を見ている。体は大きく凹んでおり、少し火花もでているが、狼型の魔物はすぐに立ちあがった。その魔物をブラインドにして、もう一体が横に大きく動く。
タタタッ・・・
「危ないっ!」
--ゴォ・・・ン!
ギルド長の前に回り込み盾で防ぐ。以前とは比べ物にならない強度だ。完全に威力を殺し、受け止めた。
--シュバッ!
そのまま、剣で薙ぎ払う。
・・・ピピッ!
何かを察したように魔物が飛び退く。僅かではあるが、魔物の皮膚が裂けていた。
「助かったぜリーバ。お前さん、なかなかいいモン持ってるじゃねぇか」
「ああ。でも、まだだ。あいつら、全然動く。」
三人は再び構えをとる。思わぬ反撃に驚いたのか、魔物達は身構え様子をみている。
---ジ・・・ジジジ・・・。
氷粒は相変わらず上空でぶつかりあっている。やがて、それは薄黒い
「退けっ!!」
指揮官の声が響く。三人は一斉に魔物に背を向け駆け出す。
一瞬、警戒し、動きを止めた魔物だが、逃げ出したと判断するやいなや、大きく踏みこんで追ってくる。その刹那。魔道士が杖を振り下ろすと、凄まじい閃光と轟音が辺りを包みこむ。
「ぐああ!」
蛇が這うように、地面に光が走る。その一部がリーバ達を襲う。
「ぐう・・・」
国主が静かに呻き声を上げる。
シュウゥゥゥ・・・
三人と国主の体からうっすらと煙が上がる。
「国主様!」
聖職者は必死で治癒の魔法をかける。
「・・・問題ない。状況を確認しろ。」
よろよろとふらつきながら、それでも詠唱を続けている。
ガクガクと痺れる体をなんとか支え、三人も立ち上がる。
「・・・生きてるか?」
「・・・ああ。」
「だ、大丈夫だ。」
背を向けた筈なのに、閃光に目が眩んでいる。
・・・・・ピ・・・ピ・・
弱々しい声が聞こえる。
「まだだっ!気を抜くな!」
ようやく視界が戻ってきた。魔物は三体共、黒焦げで倒れていたが、その目はまだ、薄っすらと赤く光っている。
「目だ!あの目を潰してくれ!絶対に奴らの視線の先に立つな!」
痺れが残る体に鞭打って、三人は一斉に飛び出す。兵士の尖った大盾が、ギルド長の戦鎚が、リーバの剣が、魔物の頭部目がけ、振り下ろされる。
---ガシャッ!!
---グシャン!!
---ドシュッ!!
震えるように動いていた魔物の体が、ピクリとも動かなくなる。
「おっしゃあ!!」
ギルド長が声をあげると、城壁の上から歓声があがる。
「狼型の魔物三体、完全に沈黙!」
指揮官の声が響く。
「よく・・・やってくれた。」
声を振り絞り、国主は労いの声をかける。
その様子を、針の魔物が窺っていた。そして、ゆっくりと街に向けて歩き始めた。
~つづく~
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