第8話・序章Ⅷ「前兆」

 翌朝、旅立ちの準備を整え、ミディエラに挨拶をしようとしたが人の気配がない。


「ん・・・?おかしいな・・・?」


外に出ても、何かいつもと雰囲気が違う。きょろきょろしながら様子を窺っていると、街の入り口が何やら騒がしい。


「ああ、おはよう、リーバ。」


「おはようございます、ミディエラさん。」


ミディエラをはじめ、沢山のエルフが見送りにきていた。なんだかくすぐったい。

「忘れ物は、ないですか?」

いつも通り、穏やかな口調でミディエラが尋ねる。


「大丈夫です。・・・あ、いえ、私の、元の装備品を一式、忘れたままです。」


「・・・ふふ。それは迂闊でしたね。どうされますか?」


「先を急ぐので、置いていきます。申し訳ないですが、私が取りにくるまで保管をお願いできますか?」


「困りましたねぇ。生憎、倉庫はいっぱいでして。仕方がないのでルーミィにでも預けておきましょう。ただ、女の子の部屋にはいささか無骨な代物です。なるべく早く取りに来てください。いつまでも置いていると、あの子に怒られそうですので。」


「ははは。努力します。」


「・・・待ってますよ、リーバ。いつでも戻ってきてください。」


「はい。ありがとうございます。ルーンの装備品も大切に使わせていただきます。」


「手入れが必要になったらいつでも言ってください!」

目をキラキラさせながら工房主が言う。この人は、相変わらずだな。


 ひとしきり、みんなと別れの挨拶を交わし、街を出る。ルーミィは、見送りには来なかった。弱った木がないか見て回ってるのだろうか。少し寂しいが、また会えるさ。そう言い聞かせながら、歩を進める。


しばらく進むと、ぶかぶかの兜を深々と被った女の子が立っていた。見覚えのある兜だ。


「そこで拾ったんです。確か私に剣を向けた野蛮な人間がつけてたものだと思うんですけど。」


「・・・ああ、そうかもしれないな。」


「落とし物として、街で預かっておきますので、心当たりの者がいたら取りにくるように、人間の国の人に言っておいてもらえますか?」


「ははは・・・わかったよ、ルーミィ。」


「・・・はい。」

小さな包みを持った手を突き出し、受け取るように促す。・・・これは焼き菓子の類だろうか。


「レンバスという、エルフの携行食です。口に合うかはわかりませんが、良かったら道中で食べてください。」


「ありがとう、いただくよ。」


「リーバ・・・。」


「大丈夫。戻ってくるよ。」


「きっと・・・ですよ。」

ルーミィの声が震えている。

「じゃあ・・・行ってらっしゃい。」

ごしごしと目を拭いながら、必死で作った笑顔を浮かべる。


「ああ・・・、行ってきます。」

なんとか、そう伝え、手を振り、歩きだす。


 小一時間歩き、いくらか気持ちが落ち着いてきた頃、さっきもらったレンバスを一枚、口に入れる。・・・おお、美味いなこれ。これならいくらでも・・・いや、何だこれ。みるみる満腹感に包まれる。・・・すごいなエルフ。これなら当分、食料の心配はしなくて済みそうだ。


そう言えば、この森にいる間はほぼ無制限って、言ってたな・・・。試してみるか。


---ブゥゥン


魔石の力を起動する。装備品から重さが消える。起動を終えた剣を鞘に納め、歩き出す。これは楽だな。でもこれに慣れたら筋力も落ちそうだ。今回のように急ぎの時以外は、移動時にはあまり頼り過ぎないようにしよう。森の外に出たら時間制限も付くらしいからな。基本は、やはり戦闘時の切り札として使うべきだろう。それに・・・


 不意にそわそわして、体のあちこちに手を当て、身につけているものを逐一確認する。重さを感じないとはそういうことだ。持っているのかどうかわからなくなる。

「これはなんとも・・・落ち着かないな・・・」

と魔石の効果の凄まじさを感じつつ、苦笑する。


 魔物の気配にだけ注意しつつ、ズンズン進む。このペースなら行きの半分の時間もかからないだろう。レンバスは、移動しながらでも気軽に食べられるのが非常に助かる。これなら強行軍で一気に行った方が逆に安全かもしれない。


 時折小休止を挟み、二日程歩き続けた頃、森の入口が見えてきた。

「おっと。では・・・。」

剣を抜き、魔石の力を停止させる。


---ブゥ・・・ン


「うお!?」

ガクンと、膝を付きそうになる。歩き続け疲れた体に、ズンッと感じる枷にも似た重み。予想していたとはいえ、この反動はなかなかキツい。

でも、ここまでくれば大丈夫だろう。明日中には街に戻れる。俺は野営の準備をした。


 翌朝、街に向けて歩き出す。何も変わってないはずの道。だが、何か違和感があった。

「・・・なんだ?」

違和感の正体に気付けぬまま街への道を急ぐ。


 街の方角から馬に跨った兵士がこちらに走ってくる。

「・・・!貴様、何者だ!ここで何をしている!?」

こちらに気付いた兵士は少し驚いた様子を見せたあと、強い口調で問いただす。


「俺はリーバ。戦士の称号を持つ冒険者だ。」


「冒険者だと?貴様、通達を聞いていないのか!」

何やらひどく苛ついているようだ。通達?何のことだ?


「依頼を受け、ある場所の調査をしていた。その帰りだ。しばらく街から離れていたので、通達のことは知らない。何かあったのか?」


「依頼だと?・・・済まないが、依頼書を見せてくれ。」

兵士は、国の紋章とギルドの紋章が書かれた札をこちらに見せた。


通常、冒険者が受けた依頼の細かな内容を外部に漏らすことはない。一旦、冒険者の手に渡った依頼書を外部の者が閲覧するには、国、ギルド双方から特別な許可がいる。その許可証をその兵士は持っていたのだ。


 ただならぬ雰囲気に、リーバは素直に依頼書を見せた。兵士は落ち着かない様子で依頼書とリーバを交互に見ていたが、やがて納得した様子を見せ、

「国主の依頼を受けたのは君だったのか。まさか、一人か?」

「そうだ。」

「帰りと言ったか・・・。よく戻ってこれたな。」

兵士は驚嘆の面持ちでリーバに話しかけると、

「乗り心地は良くないかもしれないが、乗ってくれ。状況は走りながら話す。ギルド長と国主が、君を探している。」


 よく見ると、立派な馬だ。普通の軍馬より、一回り二回り大きい。一見、気性は荒らそうだが、よく訓練されているのか、この兵士の手綱に素直に従っている。許可証を持たされるくらいだし、それなりに身分の高い兵士なのかもしれない。


 重装備の兵士に、野営具まで背負った冒険者を乗せてもびくともしない。やはり良い馬だ。


二人を乗せた馬が、兵士の合図に合わせ走り出す。力強い走りで、周囲の景色が一気に流れていく。そんな中、違和感に気付いた。森の中で感じていた、小動物達の気配がまるでないのだ。森の中では魔物や大型の獣の殺気ばかりを気にしていたが、思い返せば、来た時よりも小動物の気配は色濃く感じた気がする。森の中に逃げ込んだのか?・・・何故?


そんなことを考えていると、焦げ付くような異臭が鼻をつき、喉を刺す。兵士の背中越しに、うっすらと立ち昇る煙が見える。その数は、進むごとに増えていた。

兵士が、重い口を開く。


「・・・今、街にいる冒険者は、臨時の傭兵として、街の守りにつくよう通達がでている。見たこともない魔物数体に襲われ、既に周辺の村々がいくつも滅ぼされた。・・・その魔物が、街に近づいているんだ。」


~つづく~

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