第7話・序章Ⅶ「ルーン・ウェポンズ」

 あれから数日。朝は俺が目覚めた診療所(研究所らしいが)へ行き、検査。昼からは鍛練を兼ねて森へ狩りに出かける。初めは止められたが、いくら客人扱いとはいえ、ずっともてなされるのはあまりに心苦しい。そうミディエラに伝えると、最後には許可してくれた。案内係の青年は弓の名手らしく、あまり俺の出番はない。俺もある程度は弓も扱えるが、この青年の足元にも及ばない。それでも森での立ち回り方、体捌きなど、学ぶことは多い。獲物を背負って帰る道中、余裕があるときには木の実や果物などもいくつか採り、持ちかえる。いい筋トレだ。街のエルフ達の中にも、俺と話をしてくれる人が増えてきた。少しずつだが、馴染んできたのかな・・・。


 食事は基本、ミディエラ、ルーミィと一緒に摂る。獲物が獲れた日はルーミィに料理の質問攻めにあう。俺は料理人じゃないと何度も言ってるんだが。俺は酒場で食べた肉を必死で思い出しながらルーミィに伝えたが、どれも初日にふるまわれた肉料理より余程簡素だ。それでもルーミィは必死でメモに書きだしていた。好奇心旺盛なことだ。騒がしいが、なんだかんだで嫌な時間ではない。一つ気になるとすれば、ミディエラの奥さんも、ルーミィの両親も紹介されていない。家族の話は食事中の話題にも出てこない。でも、さすがにこちらからは聞けないな。


 「うーん・・・。」

翌朝、診療所の所長が何枚かの書面を見比べながら唸っている。


「何かわかりましたかね?」

たまらず聞く。


「通常、命の雫は、傷を癒す過程で、徐々に体内に吸収され、やがて排泄物として体外に出るんですが、やはりあなたの体内、正確には胃の内容物ではなく、血管内に濃縮された命の雫がそのまま、残ってますね。」


ミディエラの「人として死ねない」という言葉が重くのしかかる。

「仮に、今また死ぬような目に遭ったらどうなるんでしょう?」


「体内に命の雫が残っている以上、大きな傷を負えば作用するとは思いますが、データが何もありません。それがどんな形で現れるかは正直わかりません。」


「・・・試してみますか?」


「・・さすがに笑えない冗談ですね。」

いつも笑顔を絶やさない温和な所長に、ギロッと睨まれる。


「・・・すいません。」

普段優しい人ほど怒ると怖いというからな。不用意な発言をしたことに後悔する。

彼らは本気で俺のことを心配してくれているのだ。その思いを茶化しちゃいけない。


検査を終え、自室に戻ろうとすると、ミディエラの姿が見えた。


 「リーバ殿。今、よろしいかな?」

ミディエラについてくるように言われ、工房のようなところに連れていかれる。

「武具の修復が終わりましたのでお返しいたします。」


 修復?確かに、シルエットだけ見ればそうだろう。だが・・・これは別物だ。戸惑っていると、工房主を名乗るエルフがやってきた。


「あなたがリーバ殿ですね!ご説明します!結論から申せば、リーバ殿の武具は、損傷が激しくてですね!このまま修復するのは難しいと判断しました!そこで!!」


「はぁ・・・。」

矢継ぎ早に捲し立てる。その独特の雰囲気に圧倒される。


「まずはこの剣を!」


これは・・・木剣か・・・?いや、木剣の外側に金属の刃がついている・・・と言うより、木の部分の境目から根のようなものが金属に埋め込まれて・・・癒着している?どんな加工技術なんだ・・・。それに柄頭には何か宝玉のようなものまで。ん・・・?この刃の色合いも、どこかで・・・。


「あの後、魔物の死体を回収し、調査をしました。相変わらず魔物の正体はわかりま

せんでしたが・・・。しかし!その皮膚は、まさに金属そのもの!しかも、あなたの剣より遥かに高い硬度を持つことがわかりました!」


目を輝かせながら相変わらずの早口で話し続ける。息継ぎのタイミングがわからない。これもある意味、才能だな。


「いやー大変でしたねぇ!未知の金属!職人泣かせですよぉこれは!加工する為にあらゆる魔法を試す日々を・・・」


「少し落ち着きなさい。リーバ殿が驚いておられる。もっと情報をまとめて、簡略にお伝えしなさい。」

ミディエラが、やれやれと言った感じでたしなめる。いつもこうなんだろうか。


「・・・失礼しました。この剣は、柄頭から剣身まで、世界樹の根から削り出したもので、私たちの弓もこれで作られています。木製ではありますが、驚くほどしなやかで粘りがあります。このままでもリーバ殿の剣と同等以上の性能があると自負しておりますが、魔物の皮膚を加工して貼りつけることでさらに強度と切れ味を増しております。皮膚の重さを考慮して削り出しましたので、今までの剣と同じ感覚で使えるかと。」剣を鞘にしまい、スッと差し出す。


 相変わらず話したくてウズウズしている感じだが、先程よりは随分抑えた口調だ。

試しに鞘から抜き、構えてみる。驚いた。確かに体に馴染んでいる重さだ。


 「そのまま、今度は両手で強く絞るように握ってみてください。カチッとした感触がくるまで。」


言われるがまま、徐々に力を込め、握ってみる。少しブニブニっとした感触。確かに粘りがある。手に吸い付くようだ。・・・こうかな?(カチッ)


---ブゥン・・・


柄頭の宝玉が淡く緑に光ったと思ったら、剣が上に跳ねあがる。


「うおっ・・・!?」

この感覚にも覚えがある。


「その魔石には、風の加護、という魔法が込められています。一時的に重量を感じなくなりますので、使いこなせばより素早く、力強い攻撃が可能になるでしょう。グリップを強く握ることで発動し、もう一度握りこめば停止します。起動時の光は、緑、黄、赤の順で魔石内の魔力の残量が減っていく様子がわかります。魔石の力は、周囲の魔素を取りこんで蓄えられます。この街の周囲は、世界樹の魔素に満ちているのでほぼ無制限に使えますが、森の外では、一度使い切ると恐らく一晩は使えなくなると思いますのでご注意ください。」


「は、はぁ。」

魔石だったのか。こんなの、一介の冒険者がもてる代物じゃない。国主に認められた最高位の冒険者に褒美として与えられるか、それこそ軍の総大将が持つくらいしか俺は知らない。


「鎧や盾についても同様の構想で作られています。魔石の力は、剣の状態に連動するようにしています。」

よく見ると、鎧や盾の基礎部分にはあの魔物の皮が使われ、目立たない位置に魔石が埋め込まれている。


「さすがに、ドワーフの名工の作る武具には及ばないでしょうが我ながらいい出来だと思っています。是非、使いこなしてください!」

工房主は自信に満ちた笑顔を浮かべ、そう言った。


「・・・・・・・。」

嬉しさと戸惑いが絡まった感情。そこに、ある懸念が頭に浮かび、言葉を失う。


「どうしました?お気に召さなかったですか?一応、元の装備も可能な限り直させてはいますが、残念ながら元通りの性能とは・・・」

ミディエラが少し寂しそうな顔をしている。


「いえ。自分には分不相応な装備です。感謝こそすれ気に入らないなんてことはありえません。・・・ですが、万が一、この装備がエルフの街で作られたものだと知られれば、この街に災いがもたらされることにならないでしょうか?」


ミディエラは、優しい笑顔を浮かべながら、

「・・・やはり真っ直ぐな人ですね、リーバ。世界樹を材料に用いていることを心配してくださったんだと思いますが、世界樹は本来ありふれたものです。根は人間、魔族の勢力地でも探せばあるはずです。」


「ですが、それを加工できる者がいると私は自分の国で聞いたことがありません。ましてや、金属と癒着させる技術なんて・・・」


「異なる素材を繋げる技術ですね。我々はコンポジット、と呼んでいます。過去にはドワーフをはじめ、色んな種族の職人が使えたはずですが・・・これは交流を絶った弊害でしょうか・・・。」


 一考して、ミディエラは続ける。

「しかし、問題はないでしょう。魔族、特に魔王に近い高位魔族は、エルフよりも長命と聞きます。過去には間違いなくあった技術です。多少怪しまれるかもしれませんが、証拠もない。どこかの遺跡やダンジョンで人間が発掘した程度にしか考えないでしょう。」


「ですが・・・!」


「リーバ。私は言いましたね、あなたを『信じる』と。あなたは偶然が重なっただけだというかもしれない。でも、結果としてルーミィを助けてくれた。文字通り、命を捨てて、ね。」


「・・・・・・。」


「あなたの意思を確認できる状態ではなかったとはいえ、あなたを蘇らせた。あなたを人間と呼べない生物にしてしまい、今も悩ませている。その責は私達にあります。これに関してはもう、詫びようもありません。」


「・・・・・・。」


「あなたはどう考えているのかわかりませんが、あなたはこれ以上ない形で我々に対して礼を尽くしました。尽くされた礼には、こちらも礼をもって返すべきです。その礼の後には好意も生まれるでしょう。」


「ミディエラさん・・・」


「この装備品はお詫びの品ではなく、我々の好意です。この好意、あなたの意思で繋いでもらえませんか?そうすれば我々の好意も報われます。報われた心はやがて、闘志と不屈という形で、あなたの心も支えてくれるはずだと、私は信じています。」


「・・・ふぅ。・・・やっぱり、ずるいですね。到底敵わないや。」

大きく息をつくと、リーバはおどけてみせる。


「あなたよりは随分長く生きていますからね。」

ミディエラは意地悪そうな笑いを見せた。


「さて、では銘を決めましょうか。」


「銘、ですか?」


「コンポジットソードとかには、さすがに名付けたくないんですよ。あなたが聞いたことがないと言ってただけにね。できればリーバ。あなたに名付けて欲しい。エルフ固有の名前にならないような名を。」


「うーん・・・そうだなぁ・・・。風の加護を持つ装備ですか・・・。」

「(そう言えば、ルーミィが最初に使った魔法だったよな・・・)」

「ルー・・・」

思わず口に出てハッとする。ルーミィソードとか、流石に恥ずかしすぎる。


「・・・ル?なんですか?」

ミディエラが意味を探して難しい顔をしている。まずいまずい。


「ルー・・ン・・・そう!ルーン!ルーンソード、ルーンアーマーとかってどうですかね?」


「ルーン・・・か。太古の人間の言葉で確か・・・秘密?でしたか?」


「魔術が込められたとか、そんな意味も、あったような・・・」

工房主も唸りながら言葉の意味を探そうとしている。


「うん、いいですね。それでいきましょう。」


なんとか誤魔化せたようだ。咄嗟に出た言葉にしてはよかったかもしれない。


 これで旅立ちの準備は整った。期日も近い。一度、報告に戻った方がいいだろう。その後のことは・・・またその時に考えよう。


 その夜の夕食の時、リーバは一度、国に戻る旨をミディエラ達に伝えた。ルーミィは不安そうな顔をしたが、ミディエラは静かに頷き、了承した。


~つづく~

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