第6話・序章Ⅵ「勇者の資質」

 「こちらも、伝承を調べてはみたんですが、人間の方を招くのは初めてでして。お口に合えばいいのですが。」

ミディエラが合図すると、エルフの女性が皿に盛りつけられた料理が運ばれてきた。木の実に、卵料理、スープに、あれは・・・肉料理だろうか。


「我々はあまり獣の肉は食べないので、味付けにはあまり自信がありませんが、人間は好んで食べると書かれてまして。もし味付けがわかれば教えていただきたいものです。ああ、そうだ。葡萄酒も用意させますね。お酒は大丈夫ですか?」


「は、はい。」

見慣れない料理ばかりだが、一品一品手が込んでいるのは素人目にもわかる。客人扱いとはいえ、こんな歓待を受けていいものだろうか?先程の話でまだ頭は混乱したままだが、それを差し引いても少し恐縮してしまう。


 「では、用意させましょう。---すまない、葡萄酒も持ってきてくれないか。」

程なくして酒が運ばれてくる。先程の女性も十分に美しかったが、遠目にも気品を感じる一際美しい女性だ。・・・ん?


「ルー・・・ミィ?」

いつの間にかドレスのようなものに着替えていた。一瞬別人に見えてドキドキする。俺の声を聞いた途端、尖った耳がまたぴくぴくと動く。なんだか可愛らしい。

特に言葉を発することもなく、二人のジョッキに酒を注ぎ、瓶をテーブルに置く。そのまま一礼して去ろうとしたときに、ミディエラが声をかけた。


 「何をしている?おまえも、座りなさい。」

ビクンッと背筋をこわばらせ、その場で固まる。

「さあ。」

観念したかのように振りかえり、軽く会釈をした後、ルーミィも席についた。

ルーミィにもジョッキが用意され、ミディエラが手ずから酒を注いでいる。


 「オホン。では、長としてではなく、一人の祖父として。リーバ殿、孫娘ルーミィの危機を救ってくださったこと、改めてお礼申し上げる。本当に、ありがとう。」


「・・・(はい?)」

いやいやいやいや、もう駄目だ。頭がパンクする。俺の目には少し歳の離れた兄妹にしか見えない。それが父ですらなく祖父だと?エルフを見た目で判断するとか人間には土台無理な話なのか?


 「い、いえ。助けられたのはむしろこちらで。私一人ではあの魔物には到底敵わなかったでしょう。」


「それでもあなたは逃げなかった。違いますか?」

にこやかにミディエラは言う。

「魔法を使うには集中が必要です。孫バカですが、ルーミィには確かに魔術の才があります。が、いかんせん経験が足りません。元々、ほとんど争いがない街ですから。詠唱中に襲われたらひとたまりもなかったでしょう。」


「・・・・・・。」


 「直させているあなたの武具を拝見しましたが、確かに使いこまれている良い品です。が、あくまで標準的な物に感じました。貫かれた鎧はもちろん、剣は大きく刃こぼれし、盾も芯にヒビが入っておりました。あの魔物に一撃を加えたときに、その強さを感じませんでしたか?


「そうなの?」


「・・・確かに攻撃は通じないと感じました。でも、そこでルーミィ・・さんに助力を・・・」


「今更、さん付けなんてしないでください。くすぐったいです。」少し頬を膨らませてルーミィが口を挟む。


 「ルーミィより聞いた話から察するに、魔物はあなたよりもむしろルーミィを狙っていたのではないですか?」


「・・・!」

「え・・・」

ルーミィはどこか遠くをみつめるように、あの時の状況を思い出しているようだ。少し顔が青ざめている。

 

 確かにその通りだ。それ故に、あいつの攻撃を読みやすくなった。でも、それだけの筈だ。


 「あなた一人なら、ルーミィを囮にして、逃げようと思えば逃げられたはずです。確かに依頼の件はあったでしょう。が、普通は自分の命より他人の命を優先することなど、そうそうできるものではありません。特に自分より強い者が相手だった時ほどね。」


「ですが、俺・・・、いや、私は・・・。」


「リーバ・・・。」


 「あの瞬間、あなたはルーミィを助けるために、自らの命をルーミィに預けました。長年パーティーを組み、お互いに能力を把握した熟練の冒険者同士であってもなかなかできることじゃない。ルーミィも、無意識でしょうがそれを感じたのでしょう。それ故に、あなたの期待に、応えようとした。」


「・・・・・・。」


 「私はですね、リーバ。あなたの行動に、勇者の資質すら感じています。」


「勇者・・・ですか?はは・・・さすがに、買い被りすぎです。」

過大評価にも程がある。体のあちこちが、なんだかくすぐったい。


 「そうでしょうか?」


「そうですよ。」


「あの・・・。お祖父さま、リーバ。」


-----ぐぅぅぅうううう~~


「ふふ。ねぇ、食べましょ?折角のお料理、冷めたら勿体ないわ。感想も、聞きたいですし。」


「ははは。違いない。」



 ---料理は食べたことがないものばかりだったが、どれも美味かった。ミディエラさんが懸念していた肉料理・・・この卵を産んだ鳥の肉だろうか。丸焼きなので見た目が少しグロテスクだ。が、切り分けて皿に盛りつければ全く問題ない。表面には塩が擦りこまれ、香草で香り付けされている。その腹の中には細かく刻まれた野菜と穀物が詰まっていて肉の旨味が染み込んでいた。少しあっさりとしすぎているかもしれないが、十分に美味い。この肉料理だけでも相当時間かかるのではないだろうか。


「リーバ。どうですか?」

少しそわそわした様子でルーミィが聞いてくる。


「ああ、うまいよ。」


「もう。うまいだけじゃわからないわ。もっと、こうした方がいいとかはないんですか?」


「・・・ははは。」

ミディエラが苦笑する。


「ルーミィ?私には聞かないんだね?」


「人間の料理の味付けを知りたいのに、お祖父様に聞いてもしょうがないじゃないですか?」


「確かにそうだがね。・・・ふぅ。なんだろうね、この敗北感は。」

いや、俺を睨まれても、困る。

「で、リーバ殿、どうなんだね?」

少し不機嫌そうに、ミディエラも尋ねる。


ああ、成程。恐らくこの肉料理を作ったのはルーミィなのだろう。

「いや、本当に、美味しいです。ただ、この葡萄酒と合わせるとしたら・・・そうですね。この肉の表面に塩と香草を擦りこんでると思うんですが」


「その通りです。ええと。これが、駄目でしたか?」

ルーミィが割り込んでくる。


「駄目じゃなくて、これにさらに擦り下ろしたニンニクを加えたり・・・この腹の中の詰め物にチーズを少し加えたら・・・コクが出て更においしくなるかもしれない。ああ、繰り返すが、これはこれで、ちゃんと美味いからな?」


「ニンニク・・・?それに、チーズですか?なんだか臭くなりそうですね・・・。人間の味付けは、まだまだ謎が多いですね。」


「ふむ。興味深いね。次の機会に試してみるといい。」



 ---久しぶりに、楽しい食事だった。食事の後、先程の青年がやってきて、まず滞在中に俺が使う部屋に通された。俺の家よりよほど広い。その後も色々な場所に連れていかれ、挨拶する。いくつかの場所で怪訝な顔をされたが、その度、青年が適切なフォローをしてくれた。・・・もし逆の立場だったら、俺はとてもここまで細やかな心遣いはできないだろうと、改めて青年と、ミディエラさんに感謝した。


 問題は何も解決しておらず、これからの自分の身の振り方を考えると不安に押し潰されそうになる。が、ミディエラさんの気遣いに、ルーミィの笑顔に、救われた。そんな気がしていた。


~つづく~

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