第5話・序章Ⅴ「世界樹の加護」

 リーバは自らを名乗り、挨拶を済ませると、促されるまま席についた。

「さて・・・何からお話するべきでしょうか。」

ミディエラは、穏やかな表情を崩さぬまま、静かに語り始めた。


 「まず、この街におけるあなたの立場ですが、私の客人という扱いになります。先程あなたをここに連れてきた者があなたの身の周りの世話を命じています。彼との同伴、という条件はありますが、もしご興味がお有りなら、この街を自由に見て回られても構いません。警戒を解けと言うのは無理な話ですが、まずはご安心ください。」


 「入っておいて何ですが、人間である私がここにいても大丈夫なんですか?」


「仰る通り、あなたを快く思っていない者が一定数いるのは事実です。」


 意外にもあっさりと告げられる。最初から伝えるつもりだったんだろうか。

「それ故の処置だとご理解いただければありがたい。身の回りの世話というのには、護衛という意味合いもあるのです。」


「成程。心遣い、感謝します。」

もちろん、監視という意味もあるだろう。が、それにしても破格な待遇だ。


 「今更ですが、ここはエルフの街という認識で間違いないですか?」


「はい。森の中心、世界樹の根元に広がる私たちエルフの街です。おおよその話は、ルーミィから聞いていますが、何故、一人でこのような所まで?いささか無謀すぎではありませんか?・・・ああ、気を悪くされたのなら申し訳ありません。」


「いえ、仰る通りです。本来なら隊を組んで進むべきでしょう。実際、仲間達からも、そういう申し出がいくつかありました。」


「では、なぜ?」


「まず、期日の余裕がなかったというのが一つ。この森に詳しい者もいませんでしたし、人が増えるだけ、余計に時間がかかると思いました。深い森の中、もし誰かが途中ではぐれたりでもしたら、それこそ目も当てられません。」


「ふむ。」


「私たちにとって未知の地である以上、常に周囲の警戒、つまり臨戦態勢を取らざるを得ません。野生の獣もそうですし、何より魔物の目撃情報があるわけですから。」


「・・・ん?それならやはり隊を組むべきではないですか?いくら時間がないとは言っても命を落としては何もなりません。」


「ルーミィさんにはすぐに勘づかれましたが、魔族とエルフが手を組んだのでは?と疑う連中もいたんです。それを含めての調査でした。」


「・・・そんなこと、明言してもいいのですか?私、一応、ここの長ですよ?」


「構いません。・・・元々、交渉事にあまり向いていないみたいで。」

リーバはバツが悪そうにポリポリと頭を掻く。


「ははは。いいでしょう。今のは聞かなかったことにしておきます。で?」


「もちろん、私も森のこと、エルフのことは知りません。ですが、魔族と繋がっていると確信しているわけでもありません。」


「・・・・・・」

ミディエラは黙って頷く。


「その状況で、武装した人間が隊を組んで森を進んだら、と考えました。野盗の類に、もっと大袈裟に言えば、人間によるエルフへの侵略行為と、もし誤解されてしまったら、ここに来たそもそもの意味が失われます。」


「・・・その為に命を落とすことになっても?」


「私は王に仕える騎士ではありません。王の為に死んでもいいと思ったことはありません。ですが、私の行動が原因で、人がエルフとも争うようになるのは嫌だったんです。」


「・・・よくわかりました。人間を、という訳にはいきませんが、あなたは信じるに値します。」

ミディエラが笑顔で応える。


「ありがとうございます。」

リーバも笑顔になる。


「なので、申し訳ないですが、人間の国と同盟・・・という訳にはいきません。こちらに争う意思がない旨を記した書状があります。人間の国とは違う製法で作られた紙を使っていますので、信じてもらえると思います。国にお戻りの際はこちらをお持ちください。」


「やはり、不戦を貫かれるのですね。」


「はい。同盟を組めば、否応なくここも戦火に巻き込まれるでしょう。エルフはここにある世界樹を守らねばなりません。万が一、魔族が一方的にこちらに攻めてくるようなことがあれば、我らは全力で戦いますが、こちらから争う口実を魔族に与えるつもりはありません。」


「成程、わかりました。敵対の意思がないというだけでも随分安心させられると思います。その、世界樹とは何なんですか?」


「この世界が生まれたと同時にある大樹、もし、この樹が失われたら、世界そのものが失われる、そう伝え聞いております。我らエルフは代々、この森、この世界樹を管理している種族なのです。」


「世界樹はエルフの世界にとって極めて重要なものなのですね。では、私たちを襲った魔物の正体はわかりますか?」


「我々も調査を続けていますが、今のところ何も掴めておりません。申し訳ありません。」


「そうですか・・・。後、私の体のことですが・・・」

一番の疑問を聞くことにした。自分で言うのもおかしいが、致命傷だったはずだ。それにあの青年は、私が丸二日眠っていたと言っていた。たかだか二日で治る傷だとは到底思えない。


「・・・そうですね。お伝えしましょう。」

ミディエラが一瞬視線を下に落とした後、改めてリーバを見てこう言った。


「これはご内密に願いたいのですが、あなたが浸かっていた槽はエルフの中でも知る者の少ない、極めて特殊なものです。」


「・・・・・・。」


「あの槽を満たしていた水は世界樹の樹液、我々は『命の雫』と呼んでいます。」


「命の・・・雫?」


「本来はごくごく少量の命の雫を、特殊な水で薄め、水薬にして使います。人間の世界だと・・・エリクサーと言えばわかりますか?」


「・・・!!」

お伽話で聞いたことのある、言葉。物語の中で、深い傷を負い心も挫け、倒れた勇者が、奇跡の力を持つ薬を用いると、たちまち全快し、再び立ち上がる勇気を得たという話。その薬の名前が確か霊薬(エリクサー)。まさか、実在するというのか。頭がおかしくなりそうだ。思わず絶句する。静観するのも尤もだ。もし、今の話が本当なら、エルフにはエリクサーを作る技術があり、独占しているということだ。こんなことが他勢力に知れたら、その製法を巡っての戦争は避けられない。


「そ・・・そ、そ・・・」

駄目だ、舌がうまく回らない。


「ん?」


「それこそ、私なんかに伝えて、い、いいのですか?」

なんとか、声に出すことができた。


「言ったでしょう?私はあなたを『信じる』と。それに、余程の夢想家でもなければ、今の人間の世界で、信じる者はいないでしょう。少し寂しくもありますが。

・・・やはり、あなたは真っ直ぐな人ですね。それ故に少し辛いですね・・・。」


「・・・辛い?それはどういう・・・」


「そう、本来は薄めて使うものです。世界樹はこの世界を支え、その枝は天上の世界にまで伸び、冥府の世界にまで根付いていると言われています。その樹液は時を支配する力を持つとさえ。本来、生き物には強過ぎる力です。」


「・・・・・・。」


「あの槽には特殊な魔法がかけてあります。命の雫を薄めるのでなく、逆に濃縮する力を秘めています。」


「え・・・。」


「ここに運び込まれた時、あなたの命の灯は既に消えていました。普通の方法ではどうあっても命を繋ぎとめることはできません。」


「・・・・・・。」


「反対する者もいました。正直、それは私も含めて、です。」


「え・・・?」


「太古の昔、あの装置が作られ、その技術だけは伝承されてきましたが、私の知る限り、あの装置を使った者は誰もいません。我々にとっても一種の賭けでした。ですが・・・」


「・・・・・・。」


「あの子が泣いてたんですよ、あなたの傍らでずっとね。出会ったばかりの、しかも種族も違う男の為に。・・・・・・正直、少し嫉妬しそうになりました。」


「・・・・・・(ん?今、ボソッと何て言った?)」


「結果はどうあれ、取れる手段があるなら使うべきだと。最後には皆、納得してくれたと思います。」


「そんなことが・・・。ですが、私にはその恩を返す方法が思いつきません。」


「いえ・・・むしろ謝らなくていけないのはこちらなのです。」


「・・・え?」


「・・・結論から言いましょう。今、あなたの体には、濃縮された『命の雫』が血液の一部として流れています。」


「それは、どういう・・・」


「厳密に言うと、今のあなたはもう『人間』という種族ではなくなっています。言うならば、この世界で初めての『世界樹の加護を受けた生物』です。前例がないので断言はできませんが、恐らく、あなたはもう人間としては死ねません。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 悪い冗談だ・・・。頭の中が真っ白になった。何も考えられない。


---ぐぅぅぅぅううう~~


静まり返った部屋の中、盛大に響き渡る。こんな時でも腹の虫は空腹を主張する。今ほど、こいつを忌わしく思ったことはない。恥ずかしいやら情けないやら。


 「これは大変失礼しました。そもそも食事にお誘いしたのは私だと言うのに。さあ、続きは食事を摂りながらにいたしましょう。」


~つづく~

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