第3話・序章Ⅲ「ルーミィ」

 リーバが森に入って数日。視られている・・・そんな気配を感じる度に臨戦態勢を取るが、襲いかかってはこない。しばらくするとフッ・・・と気配が消える。その正体は用心深い魔物なのか、それとも森の住民であるエルフのものなのか。細心の注意を払いながら気配が消えた森の奥に向けて、少しずつ進む。闘ってもいないのに、心身が疲弊する。

「ふぅ・・・今日はこの辺にしとくか。」

 日を重ねるごとに、視線を感じる頻度が増えてきた。魔物であればその巣、もしくはエルフの集落が近いのかも・・・。そんなことを考えながら野営を続ける。

 単独ゆえ見張りはおらず、熟睡はできない。魔物ならば夜に襲ってきそうなものだが、今のところそれもない・・・・・・。


 「・・・うっ・・・?ああ、いかんな。」

頭をポリポリと掻きつつリーバが呟く。何時間経ったのか、深い森ゆえ差し込む陽光は少ないが、日は完全に昇っているようだ。ここ数日の疲れが溜まっていたのか完全に熟睡していたらしい。


 「やれやれ、よく無事だったもんだ。」

と苦笑した。傍らに流れる川で顔を洗い、深呼吸する。入った時から感じていたが、空気も水もとても澄んでいて美味い。

「これが仕事じゃなくて、休暇で川遊びしにきたんだったら最高だったんだろうが。さて・・・と。」

気を取り直し、探索を続ける。襲われなかったことで、魔物ではない何者か、即ちエルフが気配の正体である可能性が高まった。気配の消えた先も決まって川伝いだ。こちらを排除するつもりなら間違いなく昨夜にやられていたことだろう。誘導されている気すらしてきた。


 しばらく進むと、開けた場所に出た。これまでの獣道ではない。明らかに手の加えられた「道」だ。何かしらの集落が近くにあるのは間違いなさそうだ。リーバは警戒しながら、道を進む。

「・・・ん?声・・・いや、これは何かの歌か?」

甘く澄み渡る高音の歌に誘われるまま、リーバは歩を進める。


 「・・・あ・・・」

リーバは目を疑った。暖かい春の朝日のように輝く、長くたなびく金の髪、透き通るような白い肌。伝承に聞くエルフの女性そのものだ。その美しさに思わず見惚れてしまう。

 エルフは枯れた木に向かって歌っているようだった。慈愛に満ちた、それでいて不思議と強さを感じる歌声。しばらくすると枯れ木はほのかな白き光を放ったかと思えば、みるみる瑞々しさを取り戻し、力強く息吹き始めた。それを確認した彼女は、優しい微笑みを浮かべつつ、その幹を愛おしそうに一撫でする。

 「(これは・・・魔法・・・なのか?)」

リーバの知る回復魔法とはあきらかに系統が違うものだった。これがエルフの力なのか・・・。


ガササッ---・・・


 「・・・・!」

ピンッと尖ったエルフの耳がピクンと動く。気付かれた---!


 「しまっ・・・」

次の瞬間、エルフとおぼしき女性は一目散に逃げていった。とんでもない身軽さとスピードだ。とてもじゃないが追いつけそうにない。これもエルフゆえなのか。


「ま、待ってくれ!怪しい者では・・・あっ」


 ガシャガシャと、金属音を出しながら走る自分に気付き、立ち止まって自らの状態を改めて確認してみる。こちらは武装している上、剣を抜いている。

「そりゃ・・・逃げるよな、普通。」


ガクッと肩を落とし大きくため息をつく。仲間を呼ばれるかもしれない。引き返すか?いや、さっきの動きを見る限り、追撃されたらそれで終わりだ。エルフは弓の扱いに長けているとも聞く。

「はぁ・・・引き際、逃したなぁ・・・」


 彼女が撫でていた枯れ木・・・だったものに触れてみる。木こりの斧すら弾きそうな、生命力に溢れる木だ。リーバは素直に感動した。同時にどうしてもあの女性とちゃんと話をしたい、そう思った。彼女は見る限り丸腰だった。ということはこの辺りにはモンスターの類はほとんどいないのかもしれない。まぁ、あの身のこなしなら逃げるのは容易いのかもしれないが。


「・・・よし。」

覚悟を決めたリーバは剣を鞘に納め、兜も脱ぎ、ゆっくりとエルフの女性が去った方に向けて歩き始めた。いきなり射られればそれまで。魔法を放たれてもそれまで。それでも、とにかくこちらに「敵意はない」ことを示すことしか今のリーバにはできなかった。「道」は続いている。この先にきっと彼女と、その同胞たちがいるはずだ。


 「きゃああああっ!」

絹を裂くような悲鳴が木霊する。さっきの彼女か?リーバは駆け出す。

「な・・・んだあれ・・・」

彼女の前に見たこともない魔物がいる。いや、あれはそもそも魔物なのか?狼のような姿形をしているが、妖しく輝く赤い瞳、全身が鉄板で作られているかのような異様な姿。時折「ピピピ・・・」といった鳴き声かどうかわからぬような音も立てている。何より、「生気」を感じない。が、ぞくぞくと背筋に寒気が走る嫌な感覚。敵意は間違いなく感じられる。

「これがまさか、報告にあった魔物なのか?」

 情報を整理する間もなく、魔物の赤い瞳が揺らめいたと思った刹那、それは彼女に飛びかかった。


ゴッ・・・!

「・・・むっ!」

自分でも意外だった。気付けばリーバは無意識に彼女の前に立っていた。かざした盾で必死で魔物を受け止め、同時に鞘から剣を抜き、そのまま薙ぐように払う。

ギィン・・・!

やはり金属の様な肌だ。刃が弾かれる。


「大丈夫か!?って、言葉通じるか?」夢中で叫ぶ。

「は、はい!」戸惑いながら、彼女は答えてくれた。幸い、言葉は通じるようだ。


 魔物は距離を取り、こちらの様子を見ていた。相変わらずピピピピ・・・と奇妙な音がする。一撃を加えた部分は少しへこんでいるようだったが、まるで気遣う様子はない。効いていないのか。これではとても逃げられそうもない。


「こちらの剣はあまり通じないようだ」

「・・・そうですね。私の肌は貫けそうですが。」

頬を膨らまし、少しムッとした様子で返す。こんな時なのに、緊張感が少し足りない気がする。思わず笑みがこぼれる。

「ははっ。驚かせてすまなかったな。」

「・・・それで謝っているつもりですか!」やはり緊張感が足りない娘だ。余程肝が据わっているのか。

「リーバだ。ここを切り抜けたらちゃんと詫びる。だから、今だけ協力しないか?・・・えーっと・・・」

「・・・ルーミィです。わかりました。」ボソッと呟く。

「助かるよ、ルーミィ。っとお!」


---ガィン!!


サイドステップから再度飛びかかってきた魔物の攻撃。慌ててルーミィとの間に割り込み、受け止める。


---ブゥゥン!


今度はかわされた。スピードでは相手に分があるようだ。このままではまずい。

「ルーミィ、何かないか?」

「魔法ならなんとかなるかもです・・・でも。」

「何だ?」

「少し時間がかかるんです・・・。その間に襲われます。」

「・・・いきなり信じろっていうのは無理だと思うが」

「無理ですね」

食い気味に彼女が即答する。思わず苦笑する。


「なぁ・・・このままでは二人とも危ない。」

「・・・・・・そうですね。」

「なんとしても防いでみせる。その間に魔法で攻撃してくれないか?」

「・・・防ぎきれなかったら、呪いますよ。」さらっと怖いことを言う。

「なら、呪われないように頑張るよ。」

「・・・あなた、変わってますね。」

「たまに言われる。」

「いつもじゃないです?でも、わかりました。リーバ。」


ルーミィが歌い始めた。でもさっきと違う。声が二重に聴こえる。

「なんだ?」

ズキン・・・一瞬頭痛がした。かと思うと頭の中に直接ルーミィの声が聞こえる。

「(今、二つの魔法を詠唱してます。一つは雷撃の魔法。もう一つは風の加護の魔法。)」


---ギャリィン!

魔物の攻撃をいなしながら、彼女の声を聞く。反撃がないと感じるや魔物は続けざまに襲いかかる。

---ガッ!!---ゴッ!!

このままでは捌ききれない。次の瞬間、若草の匂いがした。

「(風の加護、いきます!)」

体が軽い。武具の重さが、消えた。一瞬戸惑ったが、これはいい。

「これならっ!」


--ドガン!!

魔物の攻撃に合わせて今度は剣を一閃する。相変わらず刃は弾かれたが、確かな手ごたえ。

奴の体は更にへこみ、火花のようなものが散っている。少しは効いたのか。


魔物は警戒したのか、また距離を取り、様子をうかがっている。

「(あと、もう少しです。合図したら伏せてください!)」

無言で頷く。


ピピピピ・・・!何かを察したようにまた不気味な音を出した魔物は、猛然と突っ込んでくる。


「くっ!!」

「(今です!伏せてぇぇ!!)」


ビシャアアアアアアン!!

彼女の体から紫電が放たれ、大きな弧をえがきながらそれは魔物に直撃した!



プス・・・プス・・・

魔物は黒こげになり、体中から煙を噴き出し、動かなくなった。なんとも恐ろしい威力だ。


「ふう・・・」

「助かっ・・・たの・・・?」

二人して、へたっ・・・と、その場で座り込む。


ハッとしたリーバは、身を正し、剣を鞘に納め、スッとルーミィに差し出した。

「?」

「君に危害を加えるつもりはなかった。国の依頼で森の調査に来た。周囲を警戒しながら森を歩いてたら君の声が聞こえたんだ。いきなり男が剣をちらつかせて近づいたら身の危険を感じて当然だ。本当に申し訳ない。この通り、謝る。どうか許してくれないだろうか?」


 「・・・ぷっ。あはははは!」一瞬、きょとんとした後、声を出して笑い始めた。

「ちゃんと謝るって言ったからな。」あんまり笑うもんだから、少し照れくさい。

「敵意のないことはわかりました。今回は許してあげます。」

「ありがとう。あと、先程の戦いも、君のおかげで助かった。本当にありがとう。」重ねて礼を言う。

「それは、お互い様です。守ってくれてありがとうございます。」ルーミィも少し照れくさそうに返す。

「それで、調査といいましたか?今の私たちの国はどことも国交をもってないはずですが。」

「ああ、無断でこの森に入ったことも謝る。」

「それはもういいです。何度か見かけましたが特に森を傷つけるようなこともしてませんでしたし。ただ、剣は毎回抜いてましたね。少し怖かったです。」

どうやら感じていた気配は彼女だったようだ。

「森の近くで魔物を見たという情報があってね。本当であればエルフにも伝えるべきだと。」

「国交もないのにですか・・・?ああ、成程、そういうことですか。私が言うべきことではないと思いますが、先程申し上げた通り、私たちの国は何処とも国交がありません。当然、魔族とも、です。」察しがいいようで、すぐに釘をさされた。

「ははっ。それで、さっきの魔物は?この辺りではよく見るのか?」

「いいえ。この森には時々はぐれた魔物が迷い込みますけど、私もあんな奇妙な魔物ははじめてです。それもこんな、街の近くに出るなん・・・」


---ゾクッ!悪寒が走る。恐ろしいまでの殺気。


黒こげの魔物の目が妖しく、今までになく強く、輝く。その視線の先にはルーミィがいる。ピ・・ピピ・・ピピピピピピピピ・・・!力を振り絞るような嫌な声がする。まだ、終わっていない。

「危ないっ!!」

「えっ?きゃあっ!」


嫌な予感がして、夢中で彼女を突き飛ばす。次の瞬間、赤い光が細剣のような鋭さで、リーバの体を貫いた。そして、魔物の目の光は完全に、消えた。


「ぐぁ・・・・」

「・・・リーバ!?リーバ!・・・バ!しっ・・りし・・・」


ルーミィの声がだんだん遠くなる。リーバの意識はそこで途切れた。


~つづく~

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