第2話・序章Ⅱ「妖精の森」

 勇者。いつしか魔王に挑む者をそう呼ぶようになった。古の時代より繰り返されたと言う魔王と勇者の戦い。しかし、この千年、魔王に打ち勝った勇者は現れていない。

 リーバ。幼き頃より古の勇者の英雄譚を読み聞かせられ育てられた者。巨悪を倒し弱き民を救う勇者に憧れるのは必然だったのかもしれない。リーバは、特別に強い者ではなかった。しかし、どんなに劣勢でも決して諦めぬ心を持ち、誰よりも鍛練を重ねる者であった。

 ある日、村の家畜が少数の魔物に襲われた。彼を含む村人数人がそれを目撃した。リーバは砦に応援を頼むよう友人に伝え、単身立ち向かった。


---ヒュン!----ブゥン!


が、リーバの攻撃は魔物を捉えられない。空を斬る刃の音だけが虚しく響く。


「・・・・!ならっ!」


 彼は逃げなかった。そして攻撃を牽制のみにし、家畜たちの前に立ち塞がると、ひたすらに守りを固めた。彼にとって無限とも言える長い時間が始まった。


---ガァン!---ゴッ!!

「・・・グゥッ」


 石の棍棒を振り回す魔物の攻撃を避け切れない。ジリジリと追い詰められていく。しかし、致命傷だけはなんとか負わないよう必死で立ちまわる。

どのくらい経っただろう。幾度となく攻撃を受け流した剣を持つ腕は痺れ、何度かかすめた頭部への打撃で意識は朦朧としていた。それでも彼は逃げようとはしなかった。


----ヒュン!---ヒュォン!---ズドッ!!


 失いかけた意識の中に鋭い風切音がした。


「かかれぇ!!」


 砦の援軍だった。弓の斉射の後、数名の兵が突撃してくる。程なくして聞こえる魔物の断末魔。一瞬振りかえり、家畜の無事を確認した彼の意識はそこで途絶えた。


 

 「・・・っつ!」

重く、軋む体。激痛に耐えながらリーバは目覚めた。村の診療所だ。傍らには砦に援軍を頼みにいった友人たちが涙を流し喜んでくれていた。家畜の飼い主もしきりに頭を下げている。その後、一部村の柵が壊され、彼らが発見する前に家畜が数頭やられた以外に、特に大きな被害はなかったと知らされた。


 彼の心中には「村を守りきれた充足感」と「魔物を倒せなかった無力感」が渦を巻いていた。肌で感じた魔物の脅威。「このままでは駄目だ」と、リーバは決意を固めた。


 事件の後、村を守るようにもう一つ砦が増設された。見張り台も追加するという。

リーバは、領主より村を守った褒賞として、「戦士」の称号と簡素ではあるが長剣と鎧が贈られた。


 称号があれば、人類の勢力地内、国境を越えた自由な移動が保障され、各地のギルドから情報も得られる。ギルドを通じて依頼をこなせば、対価も稼げる。俗に言う冒険者だ。


 傷が癒えたリーバは、砦での正式な戦闘訓練を終え、家族、友人に別れを告げ、村を出た。それから数年。


 リーバはそれなりに名を知られるようになっていた。華はないが、堅実な戦いぶり。若さに任せず、確実に依頼をこなすベテラン。そんなリーバを指名して依頼する者も徐々に増えてきていた。


「妖精の森の調査」…この依頼がギルドの掲示板に貼られた時、ギルド内の酒場がざわついた。

 妖精の森、世界樹と呼ばれる城の如き巨木の麓に広がる森。人間より遥かに長い寿命を持ち、極めて高い知能、魔力を持つエルフと呼ばれる種族が住む地。エルフは、この千年続く人間と魔族との戦いには関せず、静観を決めつけていた。別名「迷いの森」とも呼ばれるこの森に、魔族も攻め込もうとはしなかった。

 

 その妖精の森の近くで、魔物の目撃情報が相次いだ。

「妖精の森を調査し、魔物との関係を調べよ」

 万が一、魔族がエルフと接触し協力関係を結ぼうものなら、人類にとって存亡の危機になりかねない。逆に魔族がエルフを攻めようとしているのなら、共闘して恩を売る絶好の機会だというのが、依頼主である国主の言い分だ。

 国主自らの依頼は、莫大な報酬を伴うが、危険も大きい。相手が未知の種族・土地であるなら尚更だ。冒険者の誰もが目を通すが、一考した後、去っていく。


 ギルド長が、おもむろにその依頼書を剥がすと、冒険を終え一息つくリーバの前にどかっと座る。


「誰も手をつけようとしねぇんだわ。」

「そうだろうな。冒険者も命あっての物種だ。無理強いはできまい。」


 間が悪いことにギルド内でも上位の者は他の大規模討伐等に向かっており、不在。そこで、実績のあるリーバに白羽の矢が立ったのだ。


「こんな依頼だ。完璧は求めてねぇ。お偉方だってその辺は弁えてるさ。」

「・・・・・・・。」

「お前さんなら、引き際は見誤らないだろう。僅かでもいい、情報が欲しいんだ。」

「・・・・・・・。」

「頼む・・・リーバ。」


 いつも軽口を叩くギルド長が神妙な面持ちだ。ギルド長本人も、この依頼の重要性を察しているのであろう。駆け出しの頃、割のいい依頼を融通してもらった恩もある。口も酒癖も良くはないが、メンバーを好んで死地へ送るような悪い奴じゃあない。断れば、表には出さないだろうが、彼の立場も悪くなるだろう。


「・・・・・・・ふぅ。条件がある。」

「なんだ?」

「俺一人で行く。一人で出来る分だけの調査量だ。それでいいか?」

 しばしの沈黙の後、

「・・・ああ、恩に着る。生きて戻ってくれればいい。」


 リーバの身を案じ、同行を求める者が何名か名乗り出たが、リーバは丁重に断った。その夜、ささやかながら、ギルド長主催の壮行会が行われた。


 明朝、ギルド長が町の門まで見送り、リーバは妖精の森に向けて旅立った。


~つづく~

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