第1章 第16話
輝夫はリビングルームでテーブルを挟んでテレビと反対側に置かれたソファーに足をブラブラさせながら座っていた。膝の上にスケッチブックを置いて、右手で鉛筆を握っていた。
「マイケル・ジャクソンが亡くなったんだね」
「50歳は早かったわ」
「原因は睡眠薬みたいだね。専属の医師が取り調べを受けているみたいだね」
「命を失うほど睡眠薬を使うなんて、ストレスが多かったのかしら」
「ジャクソン・ファイブという黒人の兄弟のグループがあって、そのメンバーで子供の頃から活躍していて、その頃の『ベンのテーマ』が印象に残っているな」
「わたしは『スリラー』のビデオがとても印象に残っているわ。踊りも歌もすごいわ。あそこまで激しいダンスをしながら歌えるなんて、マイケルが最初かしらね」
「僕は『ウィ・アー・ザ・ワールド』がとても印象にのこっているな。マイケルはあのビデオ制作で中心的に動いていたからね。すごいね」
「音楽界は本当に惜しい天才を失ってしまったのね」
テレビではマイケル・ジャクソンのミュージック・ビデオ『ビリー・ジーン』が流れていた。輝夫は最後までじっと見ていた。ミュージック・ビデオが終わって、コマーシャルが流れていた。輝夫が開いているページは何も描かれていない真っ白なページであった。真っ白なページをしばらく見ていた。輝夫の耳元で『ビリー・ジーン』の曲が微かに響いていた。スケッチブックの白いページに『ビリー・ジーン』の薄っすらとした映像が浮かんだり消えたりしていた。やがてその映像ははっきりとした鮮やかなものになった。やっと聞き取れる位の微かな『ビリー・ジーン』がはっきり響いたものになっていった。映像は動きを伴うものになっていった。輝夫は鉛筆を持った右手が自然に動き始めるのを感じた。自分の意志とは関係なく動き始めているのを感じた。
「見てごらん、輝夫の今描いている絵。とても4歳とは思えないよ」
「いつの間にこんなに上手にかけるようになったのかしら。絵の描き方を誰からも教わったことないのに」
輝夫は、スケッチブックの上で動いていた右手が突然止まるのを感じた。瞼が重くなり開いていられなくなった。体全体が暗闇に覆われているのを感じた。体全体が少しずつ浮かび始めた。体中が心地よい暖かさに包まれていった。
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