第1章 第12話

 輝夫は子供用の椅子に座ってリビングルームのテーブルの前にいた。テーブルの上には落書き用のノートが開かれていて、脇には色鉛筆のケースが置いてあった。輝夫は橙色の色鉛筆でノートに書いた落書きの絵の部分を塗りつぶしていた。真樹夫と萌子はソファーに座って、テレビ画面を見つめていた。


「バラク・オバマ氏がアメリカ大統領に当選したみたいだよ」

「バラク・オバマ氏って、黒人の候補者でしょう」

「アメリカも変わったね。以前だったら想像もできなかったことだよ」

「これでアメリカの根深い人種差別も変わっていくのかしら」

「どうだろうね。白人の保守派からの妬みが出てくるんじゃないかな・・・という心配があるのだけれど」

「確かに公民権運動で見える形で変わっても、見えないところで残っている根深いものがあるみたいね。アメリカの報道番組で見たことがあるわ」

「それはどんな内容だったの?」

「あるテレビ局がデパートの婦人服売り場に潜入して店員の動向を観察したの。白人の客が試着する時は店員がレジから移動しないでいるけれど、黒人が試着している特は試着室近くまで来て監視しているの」

「それは無意識の内に差別的な行動を取ってしまうということか。そう言えばだいぶ前のことだけど、ニューヨークで地下鉄に乗ろうとホームで待っていたとき、ニューヨークのことだから白人、黒人が入り混じって電車を待っているんだけど。いつのまにか白人は白人で、黒人は黒人で集まっているような光景になっていたんだ」

「そんなアメリカで、黒人の大統領が登場するなんて革命的な出来事に思えるわ」

「サブプライム問題。リーマンショック。株価大暴落。原油高騰。米3大自動車メーカー経営悪化。新大統領の舵取りは大変だね。大嵐の中の船出だね」


 輝夫が落書き帳に描いていたのは最新型のスマホの絵であった。スマホの画面には三本の木が映っていた。右側の木の幹の一部を橙色に染めていた。橙色の色鉛筆をケースに戻した後、輝夫は自分が橙色に染めた部分をじっと見つめていた。橙色の部分がほんのりと輝き始めた。その輝きはだんだんと輝きを増して行った。強烈な眩しい橙色の輝きとなっていった。その眩しさに耐えられず瞼を閉じて両手の手のひらで目を覆った。突然暗闇の中で体が浮いていくのを感じた。ときどき閉じられた瞼の暗闇の中で橙色の光の線が通り過ぎて行った。

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