第4話
時間は既に二十二時半を回っていた。レキに『忘れ物』を届けに行くべく、シキョウは仕事用の携帯端末でINAPOのデータベースを利用した。
INAPOは吸血鬼の保護及び人間との共存を目的としている。約半世紀前の設立時、設立に協力した吸血鬼の呼びかけによってこの理念に賛同する吸血鬼はINAPOに登録され、保護を受けられるようになっている。この登録内容には現住所や仕事、どのように暮らしているかの観察記録があり、INAPOの職員であれば専用の携帯端末でいつでも内容を確認することが出来た。倫理的に考えれば完全にプライバシーの侵害であるが、何せ彼らに人権は存在しない。吸血鬼達も、それを承知で登録していた。
レキの家はそう遠くない、東新宿の古いアパートだった。道中一言も会話をしなかった二人だったが、レキの自宅に近付いてきた辺りで、とうとうヒバリが口を開いた。
「私は宮月さんに吸血鬼についてはあんたに教えてもらえって言われてるんですけど」
「……」
「余計な会話はしなくていいですし、私もあんまあんたと話したくないと思い始めてるんで雑談は無視してくれていいです。ただ最低限のコミュニケーション取ってもらっていいですか」
「吸血鬼って、INAPOと各行政機関の一部以外には秘匿されてるんですよね。私もINAPOに来るまでそんなファンタジーな人がいるなんて知らなかったですし」
「それって、仮にレキさんに何らかの罪がある場合、法律で裁けるんですか?」
等間隔で設置されている白い街灯が、シキョウの横顔を照らした。少し間が開いて、薄い唇が開く。
「
「じゃあ、刑罰は受けないんですか?」
「人間側では。吸血鬼の罪は、吸血鬼側が裁く」
シキョウがそう言って、足を止めた。目の前の短い階段を上がったところに、幽霊
扉の横にある曇りガラスを確認すると、部屋に明かりはついていないようだった。普通ならば深夜に部屋の電気がついていなくても不自然なことではないが、レキは夜に活動する吸血鬼だ。昼間に睡眠を取る性質上就寝しているとは考え難い。
黄ばんでいるインターホンを押すと、安いチャイム音は鳴るものの、応答はなかった。
「まだ帰ってないんですかね」ヒバリが扉に耳を寄せる。「それか居留守とか?」
「……中にはいない」
静かな声だが断言したシキョウを見上げると、「音も臭いもしない」と無表情でつけ加えられる。そういうのがわかるものなのか、と小さく頷いた。
せっかく千代原がお膳立てしてくれたが、帰るしかないだろうか──そう考えていると、シキョウが前触れなくぱっと振り返った。釣られて背後に視線をやると、階段を、一人の少女が上がってきていた。
暗くてあまりよく見えないが、十代後半ほど──鈴木由貴と同じか少し上くらい──のように見えた。厚手のジャケットを着て、明るい色の髪をお団子にしている。彼女もこちらに気付いたのだろう、動きを止めきょとんとこちらを見てから、
このアパートの住民だろうか。確かに深夜に見慣れない男女二人組がいたら怪しむだろう。ヒバリが会釈すると、彼女は少しずつ近付いてくる。
レキさんと同じ一階の住人かな──そう思い、一歩下がって隣室の扉の前を開け、彼女を待つ。何か訊かれたときの言い訳を考えていると、少女の足が止まった。
──ヒバリと、シキョウの目の前で。
「あの……レキ君のお友達ですか?」
少女が口を開いた。思わぬ質問にヒバリが言葉を詰まらせると、シキョウが背後から「新宿警察署の者だ」と答えた。
「鈴木由貴の件について事情聴取をしたが、その際彼が忘れた物を届けにきた」
少女は、『鈴木由貴』というワードで眉尻を下げ、悲痛そうに唇を引き結んだ。それから「そうなんですか。親切にありがとうございます」と強がるように笑った。
「レキ君、この時間いつもお散歩に行ってるんです。駅の方……あと三十分くらいで戻ると思いますよ。あ、上がって待ってますか?」
持っていたトートバッグを漁って鍵を取り出す少女。ちらりと見えた
真夜中の時間に出歩き、吸血鬼の家を訪れ、あまつさえその鍵を持っている。彼女の素性が想像出来ず、ヒバリは「あの、貴方は?」と尋ねる。
「
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