第2話
1
|国際夜行性動物保護機関《International Nocturnal Animals Protection Organization》──通称INAPO。
表向きは
それが、彼女──ヒバリが本日から所属する組織であった。
吸血鬼に関する活動をするため、勤務は夜の九時からになる。帰宅ラッシュも過ぎ、
「じゃあ、その人のことここで待ってればいいんですね?」
刈り上げ寸前くらいまで短く
『ああ、名前はシキョウ君。歩く花鳥風月みたいな顔してるさかい、直ぐにわかんで。警察署には着いた?』
「目の前です。デカ……大きいですね」
少なくとも十階以上はあるだろう直方体の建物をほとんど
『ほな千代原さんに先に連絡しとこ。さぶいし、シキョウ君遅れるようなら先に中に入れてもらえるように言うとく』
「チヨハラさん?」
『そこの警察署の刑事さん。
へえ、とそう興味があるわけではなさそうな声音で返事をする。電話相手──宮月は、『ほな仲良うね!』とどこか含みがありそうなことを言い残して電話を切った。
関西──否、京都弁だろうか、とヒバリは考える。おそらく出身がそうというわけではないだろう。男にしては高い声と跳ねるような口調、そして妙に軽薄な雰囲気は、非常に
端末には、直前まで表示していた画面が映し出された。宮月から送られてきた、今回の事件に関する資料だ。一番上の行に『マンション七階から落下したと思われる十七歳女性。首に
──『
自分とそう
白い肌に白い髪、白いコート。瘦せっぽちな雪だるまのようなシルエットの男だが、顔立ちは人形作家が一生分の技術を集結して制作したように整っている。
思わず
「シキョウさんですよね。崎森ヒバリです。よろしくお願いします」
男──シキョウは、薄く開いた唇から
──……シャイなのかな……?
ヒバリは前向きな女だった。冷たくなった手の平をポケットに戻して、後を追った。
ロビーはそれなりに広かったが、制服やスーツ姿の男女の中で白い衣服は目立った。シキョウは階段下辺りで誰かと話しているようで、背の高い彼に隠れてしまっているものの、黒いスーツ姿の男性だとわかる。
「シキョウさん、置いていかないでください」
駆け足で近寄ると、話し相手がヒバリに気付いたようだった。
都会の洗練された大人の男性、といった風な人物だった。三十代半ばほどだろうが、なんとなく年齢がわかり
年上の男性に少し
「ああ、
「え、あ、はい」
「千代原です」男性が笑みを深め、胸に手を当てる。「宮月さんが、『バスケ部員みたいな女の子』って言ってたんだよ」
実際高校生時代はバスケ部員だったため否定し辛い例えだ。一歩踏み出た千代原が差し出した手を取り、握手する。
「よろしくヒバリさん」
「よろしくお願いします、千代原さん」
よろしくと言われたらよろしくと返す。これがだいたいの反応のはずだ。ヒバリは横に立つシキョウを見上げたが、本人はどこ吹く風で遠くを見詰めている。
「待たせてしまって申し訳なかった。揃ったことだし、行こうか」
階段に足をかける千代原。「行くって?」とヒバリが問うと、穏やかな目が細まる。
「『現場から立ち去った男』のところ」
上の階を指差され、ヒバリは資料の内容を思い出した。
──今日、一月九日の午前二時に、十七歳の少女が死んだ。
第一発見者は彼女の母だった。夫と寝室で眠っていると、『ドン』という大きな音で目を覚ます。室内で何かが落下したのかと考えたが異変はなく、娘の部屋を見るとその姿がなかった。室内をもう一度確認し、その五分後、リビングのベランダの鍵が開いていることに気付き下を
真夜中かつ駐車場には大きな照明は設置されておらず、更に七階と高所であったため、誰かが横たわっていることはわかったが倒れているのが自分の娘だと確信が持てなかった母親は、エレベーターで一階まで下り状況を確認しに行った。顔を見て娘であるとわかり、救急車を呼んだ。救急車が到着するまでの間心肺
救急隊員が到着し心肺蘇生を続行したが、病院で死亡が確認された。
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