第3話 第一異世界人発見

「腹が減っているのか?」 

 

 ゆっくりと後ろを振り向きながらそう言うと、視線の先に居た小柄な少女はコクコクと頷いた。 

 

 第一異世界人発見である。 

 

 どうやら言葉は通じるようだが、参ったな。ストレージの中には食料が色々入っているが、こちらの世界でストレージの扱いがどういうものなのかわからん以上、いきなり使ってみせるのはよろしくない。 

 

 こんな所でいきなりラーメンを食ってる事自体おかしいのだが、それは置いといてだ 

  

「食いかけで良かったら食うか? その様子じゃ暫く碌なもんを食ってないみたいんだろ?」 

 

「……あ、ありがとう!」  


 気づかれないよう、ストレージから木製のフォークを取り出し、食いかけのラーメンと共に手渡すと、恐る恐る食べるということはせず、はじめから全力で勢いよく食べ始めた。 

 腹が減っているのもあるのだろうが、ズルズルと見事な音を立て啜って食べていて非常に好感が持てる。外国人はラーメンを啜るという行為に難儀すると聞いていたが……この娘さん、すげえな。特に苦労する事無く、ラーメンとはこうやって食うものだと言わんばかりにズルリズルリと召し上がっていらっしゃる。 

 

 もしも普通にこの世界に召喚されて、このまま一生を過ごすというパターンだったならば、きっとこの子は正しくヒロイン候補になるに違いない。日本人適性力がある素敵で便利な存在だと言えよう。きっと、主人公が作る日本の料理に胃袋を掴まれ、なし崩し的に旅の仲間に。そして、共に成長し、やがて2人は―― 

 

 ――が、悲しいかな俺は1年どころか長くとも数ヶ月で帰ってしまう事になっている。なんたって女神との契約は短期の仕事だからな。良くも悪くも長期滞在は出来ねえわけだ。


 ちょーっとだけお邪魔しているだけの余所者である俺がさ、現地人と下手に深く縁を結んでしまえば互いに辛い思いをする事になるわけじゃん。ここは適度に距離を取りつつ、ちょっと仲良しさんくらいの付き合いでこの世界の案内人になってもらうことにしようじゃないか。 

 

「ぷはぁ! ありがとう見知らぬ人! 初めて食べた料理だったけど、とっても美味しかったです!」 

 

 ナーリン、そう名乗る銀髪に猫耳を生やした少女の餌付けテイムに成功し、近くにあるという街まで案内してもらうことになった。 

 

「そうなんですかー。アルタイルさんは遠くの国からやってきたんですねえ」 

 

「ルーチェでいいぞ。うむ、海の向こうの向こうの更に向こうから来たのでな。言葉が通じたのは助かったが、ここらの地理も風習も全くわからないんだ」 

 

「海を超えてきたんですねー。すごいなあ、海ってどんな所なんだろう? 聞いた事はあるんですけど、広くて水があるってのしか知らないんですよねえ」 

 

 ……どうやらこの周辺には海がない、それどころか海を見ずに一生を終える者が多いレベルで海からかなり離れた場所らしい。 

 

『あれれー? おかしーなー? 海からここまでの間、誰かと出会って話を聞かなかったんですかー?』 

 

 なんてエグい質問が彼女から出ることはなかったので助かった。

 何かを察して気を使ってくれているのか……いや、この子が少し残念なだけだろうな。

 

 今の俺はヌオンで遊んでいたままの格好で、こちらの世界からすると妙な姿に見えるのだと思うのだが、それでも先程木を切り倒すのに使った大剣を担いでいたため、ギリギリ冒険者の類に見えてくれているようだ。 

 

「ルーチェさん、冒険者……なんですよね? この国のギルドには登録ししてるんですか?」 

 

「いや……それどころかギルドがあるのを今知った所だ。そうか、この国にもギルドがあるのか。それを聞いたら登録しないわけにはいかないな」 

 

 森を抜けるまでの間、何度か魔獣に襲われたが、全て俺の大剣で返り討ちにしてやった……のだが、最初の獲物を倒した時に―― 

 

「すごい……これはチーズ……いや……魚かも」 

 

 ――と、ナーリンが何か妙なことを呟いていたのが聞こえてしまったのだが、きっといま討伐した魔獣の報酬で食べられるものを考えていたのだろう。 

 

 なんともちゃっかりとした腹ぺこ娘だこと! と思ったが、俺は腹ぺこ美少女が大好きだ! 報酬を分けてやれば暫く行き倒れる事もなかろうと、倒した魔物は放置せずきちんと持って帰って納品することに決めた。餌付け程度ならそこまで情がわくこともなかろうからな。友達の猫にチュウルを与えるようなもんさ。 

 

 しかし、そうなると流石に獲物の運搬方法に困るな……まあ、この娘なら大丈夫か……と、謎の信頼感でストレージに魔獣を収納してみせた所―― 

 

「わあ! ワームボックスを使える人初めてみました! すごいなあ、便利だなあ、いいなあ!

……ワームボックスまで使うなんて――これは魚どころじゃなく、肉かもしれない!」 

 

 ――と、大興奮だ。どうやらこの世界にも普通にストレージと似たものはあるらしいな。反応からすれば、誰でも使えるようなものでは無さそうだが、伝説級のスキルなんてものでもなさそうだ。この様子なら、ちょっとレアな技を持つ冒険者くらいに思われそうだな。これを自由に使えるのとそうでないのとでは作業効率が大きく変わるからな、普通に使えそうなのはありがたいぜ。 

 

 しかし、今度は肉と来たか。この娘さんはどれだけ腹ペコキャラを主張すれば気が済むのだろうか。しかたがないな、ここは後でうまい飯でも振る舞ってやるとしよう。ニートみてえな俺だけども、家事はそれなりにできっからな。前の世界の時だって、仲間やミルクシアに色々作ってやったもんさ。


 ……っく! ミルクシアの事思い出したらちょっと泣けてきた……! あのたわわなお胸が恋しいぜ! 

 

 そんなこんなで、腹いせのように魔物を狩りながら移動する事……何時間だろう? 夢中になっていたのでわからんが、ナーリンが疲れた顔をしているあたり、結構歩いたんだろうな。まあ、なんだ。とにかく俺達は街に到着した……のだが、なるほど今の俺はたんなる怪しいにいちゃんだ。あっちの世界のクセで普通に門を通ろうとしちまったが、国家と言うごっつい後ろ盾が無いとこうなるわけか……。 

 

「ギルドカードも金も無い? それじゃここを通す訳にはいかないぞ」


 街に入ろうとする俺に衛兵という大きな大きな壁が立ちはだかったのでありました。

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