第2話 真の帰還、そして再び――

 異世界で数年を過ごした俺だったが、召喚された当日に当時のまま戻されたため、見た目上は何ら変わらない以前のままだったのだが、長きにわたる異世界生活に慣れきってしまい、暫くの間まともに日本生活を送る事が出来なかった。


 5年だぜ? 5年も濃密な日々を送ってたんだ、日本でのしょっぱい記憶なんて薄れちまうだろうよ。


 そもそもまだ実家ぐらしだったわ俺。どっかのアパートでも借りてバイトでもしてたような気がしてたんだけど、それあっちの世界の話だわな。冒険者稼業で金を稼ぎながら宿ぐらししてた記憶とごっちゃになってたわ。


 いやあ、実家っていいですよね。じっとしててもご飯が出てくるんだ。だからさ、これ幸いと1週間位だらだらしたのかな? そうしている内に思い出したんだよ、ああ、そういえば俺って半ニートだったわって。だよな、じゃなきゃおかしいもんな。平日ゴロゴロしてても怒られねーんだから。


 高校を卒業した俺は、そのまま進学・就職をするという道を選ばずに「取りあえず1年好きに暮らして考えるわ」と、ニートのような生活をしていたんだわ。親もそれを許すような緩い人たちだからな。


 魔術やスキルが使えてしまうのは嬉しかったな。そりゃそうか。ミルクシアとイチャついてた世界で得た力やアイテムが無かったら次行く世界で即死しかねんもんな。


 ……まあ、その力のせいで両親や弟妹に要らぬ心配をあせてしまったわけなんだが。


 あっちの世界って風呂が一般的じゃねえんだよ。王宮とか貴族の屋敷にしかねえわけ。せいぜい少しお高い宿屋で水桶とタオルが出される程度だ。だから向こうでは魔術で身体を清めることが多かったんだけど、そのノリでついついクリーンで身体を清めていたんだわ。あれ楽ちんだからね。気が向いた時に『クリーン』ってやるだけで服を含めて全身ピッカピカになるんだもの。俺ってそこまで風呂が好きじゃねえからな、入らなくていいなら入らねえわけですよ。そしたら5日くらい経った頃に「あんたいい加減に風呂に入りな」と母ちゃんにキレられちまった。まあ、そうだよな。魔術なんてものがないとされている世界なんだ、傍から見りゃあ風呂にも入らねえわ洗濯もしねえわで、なんとなく臭うような、汚いような感じで見られちまうわけだ。



 まあ、風呂事件はまだよかったんだ。もっとヤバかったのがウサギ事件だな。


 小腹が空いたなと、裏山に行ってウサギを捕まえてきたんだわ。向こうでは肉の現地調達は常識だったからな。ヒョイッと手掴みで野うさぎを捕まえてさ、さて解体してやろうかと庭で〆ようとしていたところに来たのが父ちゃんだ。

 動物好きの父ちゃんからそれはそれは悲しげな顔で説教をされてなあ……『お前はなんなんだ? 最近少しおかしいぞ? 将来はゆっくり探せばいい、ただし野生化するな』としみじみ言われたよ。


 ウサギさん? ああ、生け捕りにしてたからな。放してやったらすっげえ勢いで山にすっ飛んでったよ。


 そんな日々を一ヶ月くらい送ったのかな、同様の事をちょいちょいやらかしては両親や弟妹たちから『文明社会に返ってきて』と正されている内に(ああ、そうだった、文明社会ってそうだったなあ)と少しずつ日本での常識を取り戻してね……ようやく真の意味での帰還を果たす事が叶ったのさ。


 いやほんとヤベーわ異世界。まさかここまで意識を変えられているとは思わなかったぜ……女神が言ってた適正ってのはそういう事なのかもしんねえな。


 ようやく家族から窘められるようなことも無くなり、そろそろ街に出ても変な顔されるような真似はやらかさないだろうと、久々にショッピングモールへと繰り出した。いやあ、引きこもってたわけじゃあないんだけどな、ここまで人が多い所に来るのが久々でちょっとドキドキしちゃったね。


 そんでも久々に書店を冷やかしたり、ゲーセンで発散したり、服屋や靴屋を覗いたりしているうちにすっかり地球人であるという心構えを取り戻した感が出てきてね。ああ、そうだよなあ、やっぱ血を流さず金を稼いでこそだよなあ、いつかストレージのお宝を換金出来た暁には欲しい物をたんまり買って、親や弟妹にもプレゼントを……と、これから来るであろう明るい未来に胸を躍らせたところで腹が鳴った。


 モールには様々な店が入っているが、今の気分はチープなメシかなあと、フードコートに足を運んだ。ここはここで様々な店があって目移りしてしまうが……そうだな、今の気分はラーメンだ。金もねえしな! というわけで、如何にもフードコートで売っているラーメンでござるといった顔をしている『しょうゆラーメン』をオーダーする。


 この、如何にも醤油味という色合いのスープに、大げさなほどに黄色く染まった太めの麺。青々としたほうれん草に、申し訳程度に乗っているペラいチャーシュー。さらにシナチクと葱も負けじとちんまりしているのだが、半分にカットされたゆで卵まで入っているのだから許してやろう。そうそう、これだよこれ。しょうゆラーメン四百五十円! 値段相応と言って良いのかわからんが、見た目も味もまあ、こんなもんだろって言うフードコートのラーメン!


 受け取ったラーメンにクソデカ缶に入った胡椒をさっさかかけて、しっかりとトレイを握り、いざ空き席へ!


 どんぶりから立ち上る湯気が鼻腔をくすぐる。ああ、腹減った! お、空席みっけ! いざ、いかん! 食の未来へ!


 ……なんてアホな事を考えながら歩いていると……足元がぐらりと揺らいだ気がした、と思ったら――おかしいな。さっきまで俺の鼓膜を楽しませてくれていたクソお子様達の奇声が止み、代わりにjungle03.aacみたいなSEが鳴り響いている……っていうか、いつからこのモールは野性味溢れる内装になったんだ? フカフカの草の絨毯に、鬱蒼とした緑の壁! まさにネイチャー系モールの新境地やー!


 って、ちがうよね。

 

「熱々のラーメンと共に召喚されたのは俺がはじめてなのでは」 

 

 召喚と言ったものの、今回の召喚主は神界に居る女神様であるため周囲には誰も居ない。

【気配探知】を使ってみれば、近くに何らかの反応はあるものの、どうやらこちらには気づいていないようだ。 

 

「ま、先にやることやっちゃいますか」 

 

 ストレージから大剣を取り出し、手頃な樹木を一閃する。うん、なかなか良いテーブルになったぞ。 

 

 大きな切り株となったそれにトレイを乗せ、同じく輪切りにした木を椅子代わりに置いてラーメンを食べる。 

 

 やることって、ラーメン食う事かよって思うかも知れませんがね、俺は腹が減っているからラーメンをオーダーしたの。それにラーメンだよ? さっさと食わねば伸びてしまうだろ! 伸びてしまったラーメンが好きだという人もいるけどね、俺はやっぱり熱いうちにハフハフと食うのが好きなの!

 

 ゆえに何より優先して片付けるべきはラーメンなのだ。たとえ、どこぞの令嬢が賊に襲われていようが、古龍が現れようが知ったこっちゃ無いね。今の俺にはラーメンに勝るものはないのだから。


 ああ、美味い。地球から転移直後にヌオンのラーメンを啜ったのは俺が初なのでは? まさかこうして異世界の地でフードコートの味を堪能する日がくるとは夢にも思わなかったぜ。 

 

 しかし、ヌオンのラーメン屋さんには悪いことをしたな。まさかあんな所で召喚されるとは思わんかったから、店の食器をそのまま持ち込んでしまったわ。 

 

 ま、どうせまた帰る時間は合わせてくれるんだろうし、食い終わったら食器とトレイを収納しておいて、帰ってからしれっと返却カウンタに置けば問題なかろうて。 

 

 うまいうまいと食べていると、強烈な視線を背後から感じた。どうやら先程探知に引っかかった存在が匂いに誘われてフラフラとやってきたようだが……まあ、ある意味これもテンプレ的な展開ってやつかな。 

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