Ⅶ・白顔の怪人と黑肌の魔神

「大蛇です。化け物です。三匹も」

大声を上げる伝令兵の報告を聞かなくても指揮信徒は解っていた。

それほど離れていない場所にもいたし、何より鎌首をもたげ暴れる三匹の蛇は

大きかった。

いちいち声を上げて叫ばなくても悲惨な現状は手に取るように解る。


「逃げましょう。あんなのは無理ですぅ。逃げましょう・・・ぐぇ」

恐怖と涙で顔を濡らす伝令の顔が弾ける。

ビュンと言う音は後から耳に届く。何かが飛んて行く先で次々と兵の体が

弾け裂けて行く。

殺気を感じ頭を下げた上を又、ビュンと音がなりかすめた先の兵士の体に

大きな戦斧が突き刺さる。

指揮信徒が振り向けば。そこには一際大きな体軀の輩が二つ。

左の巨躯の影が腕を振り上げる度に戦斧が飛んで兵の体を砕き裂く

右の巨躯の影が拳骨を振り回せば兵の頭がボンと潰れ飛ぶ。


あれが魔森の主、黑肌の魔人。白顔の怪人か。

心の中で、そう思っては見ても恐怖は消えなかった。

いとも簡単に兵を斧で凪ぎ払い。いとも簡単に人の頭を握る潰す。

それは魔人も怪人とも言わず。まるで二匹の鬼である。


つまりは騙された。

騙されたのだ。策にはまったと言う事だった。

伽面は三匹沼の主達が雨後に沼の外に体を出すと知っていて

その近辺に木蔵を組んだのだろう。

それと知らず火矢を掛けた我等の愚行を嘲笑い

逃げ出す我等の後方を抑えて攻めて来たのだ。

既に三分の一の兵は大蛇に喰われ、その被害は時間と共に増えて行く。

今更、態勢を整え直そうとしても無理だろう。自分達は確実に狩られて行く。


手斧を投げると敵兵の信徒の体が裂けて飛ぶ。

手に持つ巨斧がを振れば狩人の体が二つに切れて飛ぶ。

血霧が宙に舞えば腑が地面に捨て落ちる。

魔人の巨斧は殺戮の為にあった。そしてそれは飢えている。


「囲め。囲むんだ。囲んで槍で突け」怒声が上がりすぐに仲間が応じる。

数人に囲まれた魔人マリリヌは進む脚を止め立ち止まる。

「お前等出っ張りが無いな?雄か?」と興味津々な顔で聞いてくる。

突拍子も無く、この場に似つかわしくない問いに顔を見合わせ

とりあえず頷く信徒兵。

「うむ。そうなんだな。うんうん」

魔人は深く頷くと一歩進んで信徒の前に立ちふさがる。


まるで子供遊びの鞠蹴りの様に少しだけ粋を付けて魔人は大地を蹴り上げる。

ゴウと風音が響くと魔人の強靱な脚は信徒兵の股間を蹴り上げる。

「ギャ!」短く悲鳴と嗚咽が上がって信徒兵の体は空中高く舞い上がった。。

地面にドスンと墜ちれば男の股間は完全に砕け散り急所を潰され絶命する。


「何やら雄には急所があると聞いてな。それを蹴飛ばすと、

どんな雄も一撃だとか?

最近知ったのだ。やはり勉強は大事だなぁ」意味深に口元を歪ませて魔人が笑う。

とんでもない事である。魔人が子供が鞠を蹴るように男達の股間を蹴り上げるだけで

急所ところか下半身全部の骨を砕かれ空中で悶絶して絶命するのだ。

自分達は耐える事の出来ない苦痛と恥辱の中で悶え死ぬのだ。

「待ってくれ。我々が悪かった。許してくれぇ〜〜」

本能的に武器を捨て股間を守ろうとする信徒を

「フンっ」と吐いた息だけが聞こえ巨斧が回転し、首と胴と血霧と腸が千切れ飛ぶ

「うむ。急所の蹴りは役に立つな。やはり勉強は大事だ」

ぼそりと魔人は呟くと次の獲物を探して歩き出す。

その後も彼女は至る所で信徒兵と狩人の股間を蹴り砕いて回る。


むんずと掴んで握るとぐしゃりと信徒兵の頭が潰れる。

そのままヒョイと投げれば脳髄を撒き散らして次の狩人の体に当たる

倒れ込んだそいつの上にドズンと靴を下ろせば勢いで腑が潰れ飛ぶ。

白顔の怪人の腕が唸れば敵兵の胴体が千切れ飛んでい行く。

信徒兵が握る槍も狩人が放つ鏃も怪人には関係がなかった。

突き出した槍を怪人が無造作に掴み振り回せば突き手の体が宙に投げ飛ばされる

放った槍はいとも簡単に太い手で払われ、ドスドスと足音を鳴らして距離が

詰まればごつくて丸い張り手が飛んでくる。運悪くそれに当たってしまおうものなら

顔が腫れるのではなくて首が跳ぶ。

とてもじゃないが近寄る事さえままならない。


「我が愛しき教祖様。そして教団の為に。逆らう輩に・・ぐぇ」

ハンニバル達の策にまんまとはまった指揮信徒は、責めて一太刀浴びせようと

白顔の怪人につっこんで行ったが、

いとも簡単に太い腕に掴まれ分厚い胸板と太い腕の間に挟まれる

「魔森を荒らすな。」一言重く言い放つと白顔の怪人は抱き抱えた指揮信徒の体を

絞り千切って魅せる。

ドザリと二つに千切れた体を地面に捨てると白顔の怪人は

次の獲物を睨み探し歩き出す。


自分達が獲物の巣だと思っていたのは三匹の巨大な体を持つ大蛇の巣だった。

今でも大蛇は怒り狂い生き餌を求めて地面を這い周り同胞の体を喰い漁る。

自分達が責めていると思っていたが策に嵌められ後方から二人の怪物と

一人の男が責めてきた。

白顔の怪人は腕を振り回し同胞の頭を潰す。

黑肌の魔人は手斧とは言えない戦斧を投げつけ、当たればボンと頭が裂かれ飛ぶ。

総勢二百の兵を集めても、たった三人に叶わないとは誰もが思わなかった。


三人目。

黑廃教団が忌みする男。善絲使いのハンニバルである。

不思議な事に怪人と魔人は兵共の相手をするがハンニバルは違った。

ぶらりと両手を下げたまま凄惨な戦さ場を歩き回っている。

まるで探し物をするかのように時々立ち止まっては手でひさしを突くって踵を

上げて辺りを見回す。

当然、信徒兵が斬りかかるが、善絲使いの体は糸屑の様に風に舞い、

挑んだ兵は狐につままれた様に脚をもつれさせ地面に転がる。

暫く風に舞った絲屑はその先で再び善絲使いの体を折り上げる。

つまりは幾ら槍をついても、剣を払っても善絲使いの体は傷一つ負う事もなく

戦さ場を歩き回る。


伽津が探しているのは自分だと背の小さな信徒は解っていた。

互いに怨敵と知っていれば、その姿を見つけるのも容易い。

背の低い信徒は真っ直ぐ善絲使いの前に姿をさらし、自らの怨敵と相対する。


「おうおう。やっと見つけたよ。見覚えのある信徒殿。

いやいや、遭いたくてずっとさがしていたんだ。うんうん。見つかって良かった」

本当に捜し物が見つかって良かったとでも言うような安堵の声が漏れる。

「それでな。聞きたい事があったんだよ。

お前さんは何故ゆえに執拗に僕を狙うんだい?」

まるで子供にでも話掛ける様に優しげな声で問う。


「知れた事。初めて相対した時。お前は糸屑になって逃げた。

その時、吐瀉物を残して。それを被ったのが私だ。

以来。いらぬ、二つ名で呼ばれるようになった。」

背の小さい信徒は汚名となったあの時の光景を思い出し、

憤怒と鬼に形相に顔を歪める。

「あれ?そうなのか?それは悪い事をしたな。確かあの時は食い過ぎたんだ。

たまの休養ではめもはずしたしな。いやぁ〜すまん。すまん」

ハンニバルは迷惑を掛けたと潔く謝り、ぺこりと頭を下げた。

「今更、何を謝ると言うのだ。あれ以来、屈辱を舐めてきた私の怒りを思い知れ」



腰に括った戦棒混をカチャリと組み上げてブンと回し斜に構える。

「黑廃教団が使徒。エリヌ・ポチャヌ・ミリ。参る。」

初手から最大の力を振り絞り、撓る戦混棒をハンニバルに向かって凪ぎ払う。

確実に捕らえた頭の脇でゴンと固い刃物が戦混棒に当たる。

重い一撃を受けたそのまま体を回して綺麗にいなすハンニバル。


戦混棒を受け流して魅せた道具の形は変わっていた。

短剣と言うよりは短い手刀とでも言うのだろうか。

しかし持ち手から伸びる刃は直線では無く内側に大きく曲がっている。

まるで鳥類の曲がったかぎ爪の様である。

古く一つ目の大陸のある部族が雁に使う鶏刃という物である。


エリヌの繰り出す戦棒混は鋭く速く風を切りハンニバルを襲う。

凪ぎ払われたと思えば次には鋭く突き出される。

その後直ぐに上段高くから振り下ろされる。

まるで武闘大会で披露される演舞の様に流れ繰り出される技には殺気が乗っている

どの一撃も必殺で有り、ハンニバルも軽口を叩く暇もない。


バチンと鶏刃にぶつかる度にビリビリと腕に衝撃が走る。

受けるのが背一杯でしかないと言うのが正直な所だった。

一度、撃払い。引いた勢いで体を回し円の力と速さを乗せて更に討つ。

小さい鶏刃で受ける度に体を回し受け流す。責める暇も術もない。

確かに戦棒混を握らせれば黑廃信徒のエリヌこそ一番の腕の持ち主だろう。


「どうした。善絲使とやら。結構な歳だとも聞くぞ。受けて流すのが背一杯か?」

「歳って何だ?そんなの何処で聞いた。未だ三十になったばかりだぞ」

「三十にもなれば立派なオジサンだ。お・じ・さ・ん」

勢いが益してギュンと戦棒混が唸る。

裂けるまもなく受けた鶏刃が手から飛ばされるようになる。

元より既にハンニバルの手は渋れて限界を越えさえいる。

それを好気と見てエリヌが放つ。


「止めだ。オジサン。受けて魅せろ。」

必殺であり止めの技が繰り出される。

ギリギリまで引き絞った腕に渾身の力を込めて右から凪ぎ払う。

大きくしなった戦混棒は、ハンニバルの腹を捕らえ討つ。

「グエ。」一度聞いた嗚咽が上がりその手応えがエリヌに伝わる。

更に払った戦混棒を左にしならせ一気に払う。

それも又、怨敵の脇腹を捕らえ鈍い嗚咽が上がる。

血の味を覚えた戦混棒が上段に上がるとブンと音が鳴ってハンニバルの頭上を襲う。


手応えはあった。

確かに戦棒混は怨敵の頭の上に憎悪を込めて振り下ろされた。

しかし、ハンニバルのそれは砕け散ってはない。

ハンニバルは自分の頭の上で左右の腕を組み上げ

その先の弐本の鶏刃で戦棒混を支えきる。

「そんな・・・。」信じられぬ光景の中、更にハンニバルが体を回し切りつける。

鶏刃が斬っているのは固くしなる戦棒混その物だ。

さして力を入れるわけでもなく二度、三度回し戦棒混に添え斬るだけで

エリヌの目の前でボロボロと切り墜とされ地面に堕ち果てる。

「そんな。何故?」必殺の一撃を交わされ長年握ってきた戦棒混を輪切りに

されエリヌは地面に膝を折る。


「オジサンと呼んだな?若人よ。経験の差と言う奴だな。

まぁ、つまり、良く見て良く聞くというのは大事って事だ。

確かにお前の棒は鋭く重い。そう何度も受けられ物じゃない。

何とか受け流すのが背一杯と言う所だろう。受けるのは出来る。

責めるのはどうすれば良い?まぁ、受けるのも責めるの同時にやれば良いんだよ」

子供に何かを教えるようにゆっくりとハンニバルは言い諭す。


重い戦棒混の一撃を鶏刃で受ける。

当然、勢いがあるから戦棒混には切れ目が入る。それを体を回して大きくする。

少しづつ繰り返して全体に切れ目を入れていく。

切れ目が入れば脆くなる。どんなに力を込めて振っても本来の威力は出し切れない。

それであれば受けるのも楽になり又、腕を絡めて切れ目を入れる。

最後にはさして力を加えなくも戦棒混の切れ目をなぞれば

輪切りになって地に墜ちる。


「そんな・・・私が負けた」

「負けたな・・・オジサンに負けたなぁ」

「お・・・オジサンに負けた。」

「オジサン言うな!。復唱するなってば」

歳の事を言われてハンニバルはムッとして言い捨てる。


「見つけたぞ。下劣な善絲使いめ」怒声と共にバラバラと信徒兵共が

集まってく来る。

怪人と魔人が相手では到底叶わない。

一番簡単そうに狩れるのは確かにひょろひょろしたハンニバルだろう。

「やれやれ。可愛いお嬢ちゃんの相手が終わったと思ったのに、

今度は髭面の男共の相手かぁ〜」

疲れたとでもいうように一度、空を見上げてから仕方が無いとばかりに

信徒兵を睨む。

手に持っていた鶏刃をしまい込み両腕をダラリと垂らしてしまう。

これから殺し合いをすると言う感じはなく、ただぶらりと散歩でも始める雰囲気だ。


「まぁ〜。確かに、白顔の怪人と黑肌の魔人。おまけに三匹沼の大蛇と

来たら手に負えないしなぁ〜。楽にやれそうなのは僕くらいだろうなぁ〜〜。

所で君達、燄使いの女を知ってるかい?」

無造作にポリポリと頭を掻き上げ、辺りの信徒兵に問い掛かる。


「燄使い・・・。あの燄使いの事か?大貴族の水脈公の屋敷を燃やし尽くしたとか

いや、村一つ。街一つも燃やし尽くす悪魔の女。燄使いルルンミルカ。

あっ。もう一人いた。燄使いと幾度も戦い、その度に逃げまくる情けない奴。

お前が、そいつか。善絲使いとか言うとてもとても情けない奴」

頭の中の記憶をかき回しやっとの事で善絲使い名を思い出す。


「何か随分情けない男に聞こえるけど・・・確かに僕は善絲使いハンニバルだ。」

「オイ。エリヌ。何故言わなかった。このひょろひょろ男が善絲使いだって。

あの燄使いと戦って逃げ仰せるせるだぞ。情けなくても馬鹿に見えても

燄使いから逃げ仰せる何て出来るはずないんだ。

つまり、此奴も手練れで強者で化け物なんだぞ。」

明らかに狼狽し明らかに恐怖に囚われた震えた声が信徒兵から漏れる。


背の小さな信徒エリヌと対峙した時、ハンニバルは名乗りを上げなかった。

名乗れば善絲使いの技を使わなければならない。

もしそうしていたなら。戦いは一瞬で終わっていただろう。


「我が名は善絲使いハンニバル・シュルツワイグ・アイゼンホルムソーヌ。

その名において紡ぐ、義の行いとなれば善の絲。

烈情 烈愛 純恋 清楚 純罪 清蔑 清純な乙女の鞭

六罪紐裂っ」


ボンと言う鈍く重い音が大地を揺らしハンニバルの体は飛散する。

白い糸屑が風に舞う。

弾け飛んだ糸屑は風に舞うと振れて重なり紡ぎ、幾本の紐になる

尚も風に揺らいだ紐は束に成り、綱と成り、鞭と成る。


善絲が折り紡いだ鞭は、ゴウと風を切ってしなり信徒兵の体を撃ち裂く。

一度、しなり討てば三つの体が引き裂かれ。

二度、しなり唸れば八つの信徒兵の体が撃ち裂かれ

幾度も重なり討たれれば、辺りは信徒兵の血霧と首と手足と腑が撒き散らされる


善鞭が踊る度に悲鳴と苦痛と嗚咽が上がり地獄の絵図が出来上がる。

逃げ惑う信徒兵の足に絡み付き、そのままたぐり寄せた勢いで体に巻き付き

一気に絞り千切る。生きた善鞭は全ての獲物を食いちぎるまで

血と苦痛と腑が巻き起こす快楽に踊る。


目の前で善鞭が踊り撃ち裂く度にエリヌの体には同胞の血や腑が叩き付けられ

真っ赤に染まって行く

それは温かく悲痛であり苦痛であり快楽でもあった。

血と腑をぶちまけられエリヌは恐怖に溺れ快楽に溺れ、

人としての何かを失っていく。


「やれやれ・・あらかた終わったかな?」

善絲の鞭がクルクルとしなり辺りを見渡す

周りに自分が撃ち裂いた死体しかないと知るとボンと音を立てて弾け

鞭は束になり紐になり糸屑と散る。

風に舞った糸屑が体を折り上げると亜人としての体となる。

「鞭に成るのはいいけどもさぁ〜。その後必ず、全裸なのは結構困るだよなぁ〜。

寒いし、風邪を引いてしまう。」

面倒くさそうに足下に散らばった衣服を着込んで咳払いをすると

「よし、帰ろう。お〜〜〜〜〜〜い。魔人殿〜。怪人殿〜〜。

そろそろ終わりにしてくれよぉ〜〜」

辺りを見渡し遠吠えの様に声を上げると

「待っておくれぇ〜〜〜。此奴の股間蹴り上げてから行くからぁ〜〜。」

楽しそうな魔人の声が返り

その後にゴツンと衝撃音と悲鳴が聞こえ三蛇沼の惨劇は終わりを告げる。


「いやぁ〜〜。終わった。終わった。終わったぞ。ウンウン」

勝ち戦の宴時である。


「うんうん。久しぶりに暴れたなぁ〜。うん。勉強は大事だ」

「うぬ。魔森も守れた。後の始末は沼の蛇共が掃除してくれるだろう」

それぞれに声を上げ互いの戦果を語り合う

囲む食事な黑肌の魔人が帰り道で調達した大輝牛の丸焼きだ。

誰もが少し固いが汁の染み出る肉にかぶり付く。


「問題はこの子で御座いません事?」

飼われ女のボワレがハンニバルの横のエリヌを指さす

「う〜〜〜ん。問題と言えるかどうか解らないけど。ちょっとやり過ぎたかな?」

屈託もなくハンニバルは言うが事としては結構な問題かもしれなかった。

「ほら、食べてみろ?旨いぞ」ハンニバルが口元に運んだ肉にぱくりと

噛みつくと咀嚼して呑み込む。

水を運んでやると喉を鳴らして呑み込む。しかし、それだけだった。

戦棒混を振り回しハンニバルを撃とうした黑廃信徒のエリヌは惚けていた。


ハンニバルが黑廃信徒共を惨殺した時

最も近い場所にいて同胞の血と腑を頭から被り突くし

恐怖と殺戮の中で目覚めた快楽はエリヌの意識の何かを奪ってしまう。

常識や意識が抜け落ち人形の様に惚けてしまっていた。

それでも何かにすがりつくのは生きる事への執着と執念なのだろう。


するべき事を成したハンニバルが衣服を正し

きすびを返してその場を立ち去ろうとすると

頭から腑を被ったまま拭い落とそうともせずにヨタヨタと立ち上がりハンニバル

の後ろを付いてきた。

「事は終わったんだ。教団に帰れば良い」と言い捨てたハンニバルの声には

応えず近寄ると袖を握る。

「これは困ったぞ?」と訝しげに顔を覗くこんでも、反応はない。

このままで捨て置いても良いのだろうが、良心が痛む。

結局、近場の川水で体を洗ってやり、適当に体裁を整えてやる。

それでも失った表情は戻らなかった。

怪人の巣に戻った所で怪人とボワレが様子をみてみるが、

顔の前に手を翳しても声を掛けても

エリヌはなんの反応も示さない。只々、真っ直ぐ宙を黙って見つめるだけである。

面倒くさいからお前が世話しろとユシアムリリンに押しつけるが、

今度はエリヌが動かない。


「一時的かもしれませんが、

どうやら心の病気にかかってしまったのかも知れません。

よほど凄惨な戦場だったのでしょう。唯一のよりどころがハンニバル様と

言う事ですわね」

「すると当分、僕が面倒みないといけないのかな?面倒だなぁ〜」

「私が世話しても良いですけど、聞こえてないみたいです。自業自得ですね」

ユシアムリリンが言い捨てる。

「男身よりに尽きるじゃないですか?可愛い女性に頼られてるんですよ」

ボワレの言葉にハンニバルは苦笑するしかなかった。



精霊院教会・その拷問洞窟の一室。

雄の上に腰を打ち付けて、喘ぎ弓なりにのけぞり快楽を貪り狂う。

この雄の味は良かった。良く腰を振り一物を突き上げる。

四つん這いになって尻を突き出してやりたい位だ。

そうすれば悦んでもっと突いて呉れるだろう。

バンと雄の顔を平手で張ると、苦痛に歪んだ嗤いを浮かべ

ズンと腰を突き上げて来る。

「ああ。良い。イイ・・・。」陶酔に満ちた喘ぎが濡れた唇から自然と漏れる。

腰を突き上げられる快楽に溺れながらも雄の胸板に手を付き

「もっと、突き上げなさい。もっと激しくなさい。・・・あぁ。」

快楽に身を任せて登り詰めて行く。

「はっ。はっ・・・あっあっあん。」

小刻みに深く突き上げられる度に快楽は大きくなり

支える腕が震え耐えきれなくなり、仰け反り弓なりに体を反らす。

「ああああああ〜〜〜。」一気に雄の一物から放たれる快楽を秘部で

味わい絶頂に溺れ狂う。

長く尾を引く快楽を存分に味わうとはぁはぁと肩で息をして雄の顔を

優しげに見つめてやる


囚人の身で有りながら美麗な体の女を味わい精を放った満足感に下卑な嗤いを浮かべたその顔に女の白く細い手が重ねられる。

優しげでありそれは愛しい雄を愛撫するかの様な柔らかな物だ。


男の顔が曇る。

愛撫で在るはずの女の手に力が加わる。

グィとあり得ない力が雄の顔の上に加わり悲鳴を上げる暇も無くグシャと音がして

雄の顔は潰れた。

「はぁはぁ。中々良いお味の雄でした。久々に酔いしれました。」

逝き果てた男の一物を咥えたまま、女は嘲笑い手にこびり付いた

雄の脳髄を紅い舌でベロリと舐め取る。


冷たい水と香り油を肌に塗り込み気まぐれな情事の跡を隠し消す支度部屋に声が届く

「教副帝様。例の件にて、例の者が来訪しております。

もしお時間を頂ければ幸いで御座います。」

「あら、もうそんな時間ですの。まぁ少しは仕事もしないと教帝様に

呵られますから」愛らしく美麗な体に教帝僧衣を纏いつつ微笑みを返して魅せる。


精霊印教会

この世界は極端に短い名前を冠する。宗教である。

五つとも七つとも言われるこの世界の大陸を覇する覇宗教と言って良いだろう。

どの大陸にも大きな教会施設を持ち、どの都市にも街にもそれはある。

小さな村にでさえも必ず、属する教司祭が常駐している。

政治には関与しない。経済にも。法律もそうだ。

それは嘘である。表向きはと言う事である。

教義は確かにそれは禁じられてはいるが、教会自身に関わる者が

関心を持たぬとしても政治家・財人・商人はそこに利益を求めて集まる。

力を持つ人が集まれば更なる力となる。

自然の理であるし止める者もいないし止まる事もない。

故にこの世界大陸において精霊印教会の覇を咎める者はいない。


悩みの種が無いわけではない。

この世界は人種と亜人とが入り交じっている。

人種の者でさえもその全てが精霊院教に入信しているわけではない。

亜人に至ってはほぼ皆無と言ってもいいだろう。彼等は種として誕生した時から

独自で独特の宗教を信ずる。

大陸の覇教であってさえも、全てを呑み込んでいるわけでもない。

力の及ばぬ国も地方も都市も未だ、多いのだ。

故に、精霊印教会は進まなければならない。全てを呑み込むまで。


教副帝様は大変、お忙しい御方で御座います。

恐らく歩きながらの謁見で御座いましょう。

と教主司祭はルルンミルカに静かに告げる。

ルルンミルカは訝しげに頷いて紅い絨毯が敷かれた柱の側に立つ。

力の象徴と言えるべき三つの頭を持つ獅子の装飾が施された柱の側で燄使いの

ルルンミルカを呼びつけた主が現れるのをじっと待つ。

三頭の獅子柱から大蛇鷲の大扉までの距離が今回の謁見の時間となる。

歩を合わせて歩いても精々二〜三分と言う距離である

最もルルンミルカは解せなかった。確かに彼女は精霊印協会の信徒ではある。

幼き頃に司祭から洗礼も受けている。

しかし、熱心な信者ではなかった。

自国の軍に身を置き軍人として生きている一兵にしかすぎない。

燄使いと名は知れていてもそれはあくまでも飽くまでも戦事でだけだ。

朝と就寝まえに祈りはするもの十分な布施などはした事はなかった。


音も無く静かに大蛇鷲の大扉の対面の孔雀鯰の扉が開き、静々と教副帝が姿を現す。

精霊印教会に属し地位こそ教帝に次ぐ者と標されているが教帝自身が表に姿を

現さない以上全てを仕切るのは教副帝その人である。

その教副帝が三頭の獅子柱のを通り過ぎると、ルルンミルカは教副帝の後ろに

進み出て歩を合わせる。


ルルンミルカの瞳に焼き付いたのは、艶のある薄桃色の長い髪だけだった。

顔を観る事も出来はしない。その代わり艶やかな声が耳に届く。


「可愛いお顔をなさっているのね。燄使い様は。」

艶やかで耳障りの良い甘い声が届く。

「恐縮で御座います。」目の前を歩く教副帝が女性だとは知っていたが

もっと厳しい声だと思っていた。しかし届いた声は甘く耳に心地良い


短いであろうと知ってた謁見の時間の半分は沈黙である。

それも終わりに近づきそうな距離。すなわち大蛇鷲の大扉が目の前に近づいて来た刻


「邪教徒は滅しなければなりません。それを成して下さい。」

教副帝と呼ばれる女性はちらりとルルンミルカを横目で一瞥して吐いて捨てる。

その口元からは甘く艶やかな声だ漏れるが、瞳は燄使いのルルンミルカ以上に

真紅に燃えさかっている。

「御意に。」深く頭を垂れて下知を譲受するルルンミルカ。


自分に与えられた下知を十分な時間をかけて心の中で繰り返し

顔を上げると既に孔雀鯰の大扉は閉まり、精霊印教会教副帝はその奥に姿を

消している。

ツィと教司祭が歩み寄り丸めた書簡をルルンミルカに手渡す。


そこには細く読みづらい宗教文字が刻んである。


「長寿と繁栄を足で踏みにじり死天使の翼と死の鎌の前に首を差し出して許し請い泣きわめく人の国」


と、一文のみが記されている。

「従者を一人手配済みで御座います。資金も。後はご自由に」恭しく頭を下げて教司祭は歩み去る


慣例通り受け取った書簡の署名刻印を切り取り、胸にしまい込むと残りの書簡を

その場で焼き捨てる。


長く激しい戦になると燄使いルルンミルカは胸に刻み謁見の儀を終えて歩き出す。


to be continue…..

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る