Ⅵ・白顔の怪人

重く腫れ上がった片瞼を何とかこじ開けるとそこには

白塗りのやたら大きい顔がある。

「教えてくれ。ポングルだ。戦将棋だ。儂にポングルを教えてくれ」

状況が解らず、それでも両の瞼を開けて見ると目の前には見たこともない

白い化粧をした巨人が体を丸めて此方をじっと見つめている。

それは純粋な子供が新しい玩具を前にキラキラと輝かせているそれだった。

体を見てみると黒い薬草包帯が彼方此方に巻かれている。

恐らくは目の前の怪人が手当てしてくれたのだろう。


大きな体を丸めて大木切り株に腰を下ろす怪人の前には戦将棋の基盤と駒が

整然と並べてある。

どうやらハンニバル達を助けてやった変わりにポングルと言う戦将棋を

教えてくれと言う事らしい。

体の彼方此方が軋み痛むが助けてくれた礼はしないとならない。

ハンニバルは重く痛む腕を動かし、やがてはポングルの名士となる怪人の前に

最初の一手を刺してみせる。


ポングル。

有り体に言えば戦将棋となる。

最も有名な刺し手は冬城壁の守り手。豚芋男爵と言う男だ。

彼は太った体軀には似合わずポングルにおいては男神モモチさえも凌ぐと

言う腕の持ち主である

ハンニバルは豚芋男爵に四度挑み、三度負け、一度勝った。

偶然と運が良かったと今でも思っているが、一勝出来たのは勲章と言える。


ポングルは遊びではあるが、実際の戦その物でもあった。

主に模擬戦と言われる基盤と駒を使って知力と策略で勝負を行うが

逆に実戦と称して人と亜人と兵士と策士たちが己の腕を競いあう競技でもある。

時には戦として行われる場合もあり、財や土地、領土を掛けて戦さながらの

戦いが繰り広げられる事さえある。


実際の所、非常に複雑であり駒の動き一つ

ルールも多種多様のため打ち手の頭脳が試される。

馬鹿でも無頓着でも阿呆でも出来るとと言う訳ではない。

一人前の打ち手と認められるには努力と才能が必要な競技である。


「あらあら。お目覚めになったばかりなのに。御人様に無理させていけませんよ。

怪人様」

木作りの小屋に薄い布を軽く纏っただけの女性が食事を持って入ってくる。

白い艶めかしく光る肌を大きく露出させている。


「いや、構わない。体は痛むがそれは別だ。何より、此方の御人は筋が良い。」

信徒に襲われ目覚めたばかりだと言うのにハンニバルは怪人が打つ一手に関心

しながら顎を撫でる。

「ふむ。そうなのか?未だ解らんのだ。覚え立てで駒の動きも掴めない」

何処か嬉しそうに体を揺らして怪人が笑う。


「荒削りではある。しかし、才がある。これは気が抜けんぞ。ところで・・。

善絲使いのハンニバルと申す。貴殿の名は?」

「魔森の主の一人。白顔の怪人と皆は呼ぶ。名はブフォンだ。」

「宜しく頼む。それと助けてくれた事に感謝を。白顔の怪人殿。

だが、次の一手は甘くないぞ」

「礼はいらん。善絲使い殿。儂はポングルが打ちたいのだ。それで良い。

うぉ?これはきついぞ?うむむむ・・・。」

ハンニバルが刺した一手に怪人は頭を抱える。


その夜。怪我が酷いと言うのにハンニバルと怪人は膝を付きあわせポングルを

二戦打った。

それが済むと反省会とでも言うのだろうか。

自分の打手の何処が良くてどこが悪いのかを怪人は真剣に聞いてくる

ハンニバルはそれに答え、尚且つ駒の動きや細かいルールを教えてやる。

黒い包帯草で体をグルグル巻きにした男と白化粧も落とさず

不気味な顔のまま子供の様に目を輝かせて話に夢中になる怪人

二人の談義は新しい陽が昇る頃まで絶え間なく続く。


「御人殿達は又、将棋もどきで御座いますか?

怪我もなさって動けないのは確かですが

四六時中、木の板とにらめっこと言うのは殿方の趣味は解りませんわね」

貴族風の言葉使いを話す怪人に飼われているらしい女性が興味なさそうに

言い捨てる。

「しょうが無いんですの。御主人様もポングルの事になる食事処か夜伽も

おろそかになるのです」


白顔の怪人の巣は変わっていた。

確かに魔森の中にあるし、人も来ない。丸太造りではあるが見た目よりも

しっかりとした建物が並ぶ。

怪人とハンニバルが庭先でポングルを打ち合う主人小屋を始め、

怪人に飼われていると自分で言う女達の小屋。

それは幾つかある。近くの川から水を引く水溝。

魔森で狩ってきた獲物を捌く解体小屋と補完庫

女達が強請って作らせたと言う大きな夜伽小屋。

どうやら怪人は精力旺盛らしく一人や二人の相手では満足しない事もあるとかで、

その為に大人数で夜伽が出来る様にと作られたらしい。

少し小さいが2匹の姉妹の雌犬2匹を飼っていると言う犬小屋もあった。

人里離れ魔森に潜む怪人の巣という物のそれは小さな村とかわりなく

それを全部白顔の怪人一人が作ったと言うのは驚きである。


「その駒は右と後ろにしか動けないが、門と橋を守るのには役に立つ」

「ふむ。なるほど。しかし、仕込み槍兵の位置どりが解せんのだ。

どうして此処に置くと決まってるのだ?」

「決まってるというわけじゃない。そこに置けば門を破って入ってくる駒を

背後から襲うのに都合がいいだろ?伏兵と闇兵の違いも教えないといけないな。

伏兵は・・・」木版に向かってあれこれと語る男二人に

「木版遊びも良いですけど。此方の話も聞いて欲しいです。

要は構って欲しいのです」

何やら陰険な顔付でユシアムリリンと怪人の飼われ女が寄ってくる。」

「随分と楽しげなのは良いのですよ?怪人様。ちゃんと相手もしてくれますし

ただ、一寸、気になる噂が流れて来ましたの。

例の商い貴族のオバサンの使者からですけど」

飼われ女は怪人の膝に腰を下ろし薄い布から肌を晒して甘えながら告げる。

「お前もあれくらいの色気があれば夜伽もはかどるのだが」

木作りの駒を弄びがらハンニバルが呟く

「駄肉、駄肉って言うからです。

私だってボワレさんに負けない位の艶もありますの。」

「それで、聞いて欲しい話って言うのは?」いじけるユシアムリリンを黙して促す。


「ええ・・。私達なりに商売の真似事をしてるんですけどね。

その商い相手から妙な噂を聞いたんですよ」

白顔の怪人の顔を優しげに撫でながら飼われ女のボワレは話を続ける。


魔森に長い間、巣を構える白顔の怪人では在るが敵がいないわけではない。

当人は気にしてはいなし、魔森を荒らないのであれば無視してる。

しかし、この森の近くに居を構える領主は怪人を目の敵にしていた。

今までも度々、狩人を送り込んだり山狩りをしている。

最も未だ怪人の巣にも辿り付けてはいない。

されど、先日のハンニバルの一件から領主が率いる狩団に

黑廃の衣服を纏った輩加わったと言うのだ。

その数はおよそ五十。狩団の私兵が百五十となれば、合わせれば結構な大群となる。

伽面は魔森の一角に拠点を構えつつ有り、近辺の魔森を荒らし始めていると

さえ言う。


「それは少しおかしいじゃないか?彼奴等は僕らが刻印とやらを

持ってないと知ってるはずだぞ?

ネタはちゃんとばらしたじゃないか?

それなのに今更五十の手練れを送り込んでくる意味が分からない。」

ハンニバルは羊皮紙にポングルの注意事項を書き込みながら言う。

「一人逃がした。わざと」ぼそりを怪人が言う。

逃がしたのは分けがある。敵兵を全員〆るのはむしろ簡単だ。

しかしそれは警告にはならない。

重傷を負わせるくらいに抑えて逃がし雇い主への警告とするのが定石である。

「それは全然、構わないが・・・」訝しげに首を捻ると

「ああ。あの人でしょ?御主人様に因縁を結んでる・・・。ほら背の低い信徒さん。

もし、あの人が刻印が私達の手に未だあるって言いふらしたら・・・?」

「彼奴か?何で僕が目の敵にされているのか、よくわからないだけども。

それはありえるな。僕の首を狙う口実が無くなるのはヤバイと言う事だろう。

しかし、参ったなぁ〜。黑廃の手練れ五十人に私兵もいるんだろ?

幾ら怪人殿が暴れてもなぁ〜〜。僕の怪我も未だ治りきってないしなぁ〜」


「狩って見せろと言えば狩ってみせるが、それより魔森が荒らされるのは困る。」

「なるほど。やれないことはないが時間が掛かる。長引けば奴等の事だ。

魔森を焼くかもしれん。

そうなると困るな。厄介事を持ち混んでしまったと言う事かぁ」

羊皮紙の上で墨棒を指で回しながら思案する。


「あの方に頼んでみたらどうでしょう?」怪人の膝に腰掛けるボワレが提案する。

「彼奴は嫌いだ・・・」ぼそりと怪人が眉をひそめて呟く

「怪人様。それは解りますが此処は少しの我慢です。ねっ。ねっ」

しなを作るボワレに仕方なく頷く怪人


「あの方って?」ユシアムリリンの問いにボワレは何やら楽しそうに答える。

「この魔森にはもう一人、主様と呼ばれるお人がいるのです。

何て言うかかなり変わった方で御座いましてぇ〜。

話が出来るかどうか分かりませんが訪ねて見る価値はあるかと思います。」


魔森の西に住むのが白顔の怪人。

魔森の北に巣くうのが黑肌の魔人

怪人に首を千切られるか魔神に頭を割られるか?

どちらにしても一人で魔森にはいるな。

と、近隣の村では言われている。


「情けない姿だなぁ〜。まったく自分でもそう思うけども、やっぱり情けない。」

白顔の怪人が用意してくれた薬は確かに良く効いた。おかげで杖を突く必要はあるが

何とか一人でハンニバルは歩けるようになった。

「感謝しないとですね。皆様には。それにしてもこんな姿、

あの燄使いのお嬢様が見たら大変ですわねぇ」

ケラケラと笑うユシアムリリン。ツンと軽くハンニバルの腰を押す。

「こらこら。押すな。こっちは病み上がりなんだ。大体、主人が怪我してるだぞ。

少しは労れ。駄肉娘。

それに、ジャンヌに見つかったら大変だぞ。黑廃の奴等より厄介だ。

怪我してる僕を見たらここぞとばかりに燄を吐いて魔森を全部燃やし尽くすに

違いないぞ。あっ。コラ。押し倒すな」

いつも駄肉娘とからかわれてる腹いせにおぼつかない歩みの主人の腰を押して遊ぶ

逝かせ殺しも魔女。


「ほら。この辺です。此処にいればきっと会えます。

あっ。こっちかしら?善絲使い様、もう一寸此方で。ええ。その辺で。」

わざわざ草木の茂る場所にハンニバルを立たせる元貴族のボワレ。

言われた場所に立ってみると、なるほどそこは絶景とも言えるだろう。

気使いでもあったのだろう。怪我をしてるハンニバルが身を寄せる大木が横にあるし

視界に入る開けた場所は広く、淡く光彩を放つ草木。

空を舞う地鶏の雄の声とそれに応える雌の声

魔森の奥にひっそりと在り、一寸した癒やし森と言う感じだ。


「なるほど。此処は良い場所だ。気が休まる。うんうん。」

涼しくもありほのかに温かい風がハンニバルの体を包む。


ドンっ。

大きな刃物が大木に突き刺さってから、その後に音が聞こえた。

「えっ?」

音がした方を見ると自分が体を寄せていた大木に深々と大斧が突き刺さってる。

「頭、下げて下さい。頭っ。身を掲げて」ボワレの甲高い声が響く。


咄嗟に杖を投げだし頭を下げると、その上を疾風が奔り、

その後からビュンと音が鳴る。

「何だ?何が飛んで来てるんだ?」

ハンニバルの頭があった場所を通り過ぎた斧は大木に当たったが

そのまま太い幹をグシャっと砕いて

その先の大木に深く突き刺さる。


「手斧です。手斧で御座います。ほら。逃げて。場所を変えないとっ」

大木な声が響くが既にボワレと駄肉娘は大木の裏に回り込み根本に蹲ってる


「お、オイ。当たった木が砕け散ったぞ?斧って木に刺さるじゃないのか?

当たった大木が砕け散るってどんだけ勢いがあるんだ。

あんなの手斧とは絶対いわないぞ

アレは戦斧だ。戦斧に違いない。どうしろって言うんだ。こんなのぉ〜」


焦って杖を手放してしまい尻餅を付き脚をひらいたその場所に衝撃が鳴って巨大な

手斧がドンと突き刺さる。

「ひぇ〜〜〜〜。これは危ない。危なすぎる。

夜伽ところか用も足せない体になるぞ」

自分の股間の僅かその先で深々と地面に刺さった戦斧の冷たい輝きにハンニバルは

心底身を縮める。


「いらっしゃいます。黑肌の魔神様で御座います。言葉が通じないかも知れません。

以前、私が来た刻はそうで御座いました。ご武運を!」

悲鳴にも似たボワレの声が上がる

「頑張れぇ〜〜。善絲使いの御主人様ぁ〜。応援してますよぉ〜〜」

斧が絶対当たらない方向の大木の根本に蹲って声を上げる案内人と従者。


「な・・なるほど。この場所の意味がわかったよ。

此処だけ開けてる。つ・・つまり斧の射線が良く通る場所なんだな。

・・・ウンウン。

そして、僕は従者に見捨てられ。あの斧に股間を切り砕かれるわけだ。

それはあんまりだろう。なんとかしてくれぇ〜〜。

未だ嫁も娶ってないんだぞぉぉぉ〜〜」

斧が跳んでくる音以外しない魔森の中に悲痛な叫びが轟く。


一際太い大木の影に何かが揺らめく。

それは人影であろうが、大木その物に見える。

のそりと脚を進める人影のそれに他の大陸にも脚を運ぶハンニバルでさえも

その大きさには目を見張る。

ゆっくりと向かってくる人影の体の大きさは異様だった。

そして、ボワレが言った手斧は本当に手斧であった。

今、片手に握るのが本来の大きさの斧で有り、

腰に付けているのが先ほどの手斧となる。

ハンニバルが戦斧と見間違えたのは黑肌の魔神に取って投げるのに

丁度良いくらい小さい斧であり手斧と言う事になる。

本気で振り回すのは手にする斧であり、それは巨斧である。


ドスドスと大きな足音を踏んで近づいてくる人物の背丈は大きい。

異様なほどである。

褐色と言うより、もう少し黑色に近い肌であろう。瞳が青く綺麗である。美しい。

そう感じたのはその自分が女性であると気が付いたからだろう。

逞しい腕と上体、しかしそれ以上に女性らしい大きな胸とふくよかな腰。

確かに女性ではあるが、体中に括られた魔森の動物の骨々は

魔神としての不気味さを増している。

長く伸ばした黑い髪を鋤いてハンニバルを見下ろす。

スゥスゥと息をしては吐き出す音さえ巨躯にふさわしい豪快さだ。


置かれた状況が解らず目の前に立ちふさがる巨人をほぼ垂直に

見え上げるハンニバル。

まさに空を見上げると言うのはこのことであろう。

そうしないと黑肌の魔神の姿を視界に収める事は出来なかった。


開いた脚の間に突き刺さった手斧を身を屈めて軽々と抜き去った巨人の女は

まじまじとハンニバルをじっと見つめる。穴が開いてしまうほど強い眼力を

向けている。


「おまえ。出っ張りがない・・・。雄か」それは野太くもあり品のある声だった。

「えっと、生理学的に言えば男性であり雄である。それは間違いない。」

地面に転がったまま、巨人の女を真っ直ぐ見つめて答える。

「あっちの二匹は出っ張りがある・・・。雌だな」

「うん。そうなるな・・・」大木の根本で蹲る二人に視線をずらして答える。


「教本によると、雄と雌は夜な夜な合体するそうだ。本当か?」

巨人の眼光が鈍く光り獲物を睨む。

「教本によらなくても。男と女。雄と雌は合体する。

いや、違うな。契ると言うか?交尾言うか?夜伽と言うか?

改めて言われると言葉に詰まる。」


「交尾と言うのか?教本には書いてなかった。

その交尾をすると気持ち良くなると言うのは本当か?」

手にした巨斧をブンと回して黑肌の魔神はハンニバルに問いかける。

その問いはこの場にふさわしくはないが真剣その物だった。

「ふむ。気持ち良いのは確かだが、その種類は色々あるな。」

「詳しく頼む。」どかりと大きな尻を地に落として黑肌の魔人は

ハンニバルに顔を覗き込む。

魔人と言われ恐れられてはいるが、結構な美人でありマジマジと見つめられると

気恥ずかしい。


「待ってくれ。ちょっと待ってくれ。アンタだって淑女だろう?

雄と雌の交わりくらい知ってるだろうに。何で今更?もしかして、何歳なのだ?」

あり得ないと思ったが確認の為にハンニバルが顔を上げていく

「亜人数えで十と六だ。もうすぐ十と七になる。」黑肌の魔神は平然と答える。

「お待ちになって下さい。その背丈で十六歳なのですか?」

あまりの驚きに隠れていたボワレが顔を出す。

「うぬ。我は半黑巨人族だ。それ故に母は魔物に潜んで私を産んだ。」

「ああ。納得で御座います。この御方が半黑巨人だどすると解ります。

苦労なさってるはずです」

「半黑巨人族?あまり聞いた事ないと思うのだが・・・。」

首を傾げるハンニバルにボワレが教える

「彼の二つ目の大陸に巣を構える巨人族です。数も多くはないと聞きますが

何しろこの体です。見世物や労働力として排斥される事が多いのです。

最もこの一族の方々を捕らえるのは数で押すしか在りません。

恐らく母上様は巨人狩りに遭われて魔森に逃げ込んで

この方を産み落としたのでしょう。もしかしてそれからお一人で?」


「うぬ。幼い頃は母と一緒だった。でも眠りに付いて久しい」

魔神は少し瞼を閉じる。

「なるほど、それは大変な思いをしたな。うんうん」

尻餅を付いたまま巨躯の乙女を見上げる。


「試して見たい・・・。」ゴソリと巨躯を動かし、

その場で身につけていた衣服を魔神は脱ぎ捨てる

その姿は黑褐色の肌をした女神その物の美しい姿であった。

黑胃い肌には艶が乗り色が映える。雄も男も心底見惚れるだろう。

一際大きな形の良い双房、引き締まった腹にふくよかな尻。

この状況で無くても一度は抱いて見たいとその体に触れようと掲げた手を

ぴしゃりとボワレが叩き落とす。

「節操が御座いません。節操が!。それに慎ましく無ければいけません。

おいそれと雄に肌を晒してはいけませんですよ。魔人の淑女様」

「慎ましくとはなんだ?」本当に意味が分からないのだろう魔神は

目を丸くして聞き返す。


「とりあえず、衣服を来て下さい。魔神様。ハンニバル様もシャンとして、

変な所おッ立ててないで本来のご用件を進めないと。

たくぅ。怪我してるくせに雄共はまったく、これだからぁ」

「おっ立てると言うのは何処を立てるのだ?それは何だ?」

と魔人は真剣に聞いてくる。

「これは、教育が必要だぞ。しかもちゃんと教えないと大変な事になるかもしれん」

「宜しく頼む。」魔森の北側に君臨する黑肌の魔神は素直に頭を下げる。




白顔の怪人ブフォンが黑肌の魔人マリリヌを嫌う理由は単純な物だった。

亜人の中でも一際、体軀の大きい白顔の怪人だが半黑巨人の魔人より背が低い。

ブフォンは自分より体が大きく、背が少しだけ高い魔神をフンっと鼻で笑い

嫉妬の眼差しで見つめる。

「出っ張りはないが・・・?横に膨らんでるぞ?この雄は。」

困惑しかりの顔で魔神は怪人を指刺す。


それでもにらみ合ったのは最初だけで、同じくらいの大きさの体軀の苦労を

分かち合えるのだろう

怪人も魔神も張り合いはする物の比較的旨くやってる様子でもある。

馬鹿力では魔人が勝つが器用さと繊細さでは怪人が勝る。

怪人が巨鹿を取ってくれればそれを怪人が器用に捌き皆に振る舞う。

端から見てると結構良い感じで似合いであるともみてとれる。


「怪我の方も大分良くなって来たみたいだし、

そろそろアタシの相手をしてください。」

プゥと頬を膨らませていじけるユシアムリリンがはらりと衣服を捨て置き

「怪我は治ってきたが、黑廃の連中を相手にする手はずで忙しいのだが・・・・。」

「そんなのは頭の良い怪人様に任せておけば良いのです。だから構って下さい。」

文句を言う割にはユシアムリリンが服を剥ぎ取るのを拒まないハンニバル。

「まぁ、少し位なら・・・。」と熱く火照ったユシアムリリンの体を嬲り出す。


「お?始まったぞ?」

「始まりましたね」

「・・・なんか股の間に顔を埋めてるぞ?」

「あれは前戯という物です。淑女の嗜みですよ」

「・・・今度は雄の上に雌が乗っかってるぞ?」

「あれは雌の特権でございますね。好きなように腰を振れるので。嗜みですね」

「こ・・・今度は雌が獣みたいに四つん這いになったぞ?」

「あれはもっと激しくと強請っているのです。嗜みで御座いますわね」

「うむ。結構恥ずかしいと思うのだが・・・。」

「それが良いで御座いますよ。魔人様」

ひさしぶりのハンニバルとユシアムリリンの営みを覗くのは

勿論、魔人とボワレである。

都合3回も交わった二人の営みを最初から最後まで盗み覗き

あれこれ教育を受けながら魔人マリリヌは雄と雌との交わりについて勉強していた。


「さて、黑廃の輩共の人は魔森の東の丘当たりにあるようだ?

どう責める?怪人殿。」

少し大きめのポングルの木版が用意され、丁寧に敵の兵駒と

ハンニバル達の駒も並べられる。

「そうだな。儂等の兵力は少ないが力では負けない。正面突破が一番効果があるが

それでは、面白みがないしな。それに力で勝ってもあの数は厄介だな」

兵駒を弄びながら怪人が答える。

「此方の戦力は魔神殿と怪人殿が殆どとなる。

何か工夫が必要であるのは確かだろうなぁ〜で?魔人殿はどう考える?」

先ほどからチラチラと鋭い視線を投げてくる魔人に問いかける。

「え?えっと?よ、良く分からん」急に問いを投げられてと言うよりは何処か

恥ずかしそうに魔人は目をそらす

「おいおい。大丈夫か?腹の具合でも悪いじゃないだろうなぁ〜。

シャンとしてくれよ。魔人殿」

困り顔で文句を言うハンニバルに「うむ。」と短く答えた物の

その顔は真っ赤である。

夕べ初めて雄と雌の交わりを見せつけられたばかりで恥ずかしさで胸が

一杯だったのだ。

その相手が目の前にいれば乙女としては当然の反応だろう。

隣でボワレが意味ありげに微笑んでさえいる。」

「兎も角だ。正面突破は粋ではあるが、その前に策を練るとしよう。

提案はあるか?」

気を取り直して先へと話を進めるハンニバルの股間当たりに魔人マリリヌの鋭い視線がずっと突き刺さっていた。


「随分と人手を集めた物だな。下呂被りの信徒殿」

「その名で呼ぶな。叩き潰すぞ」

同胞にさえ獲物を向ける殺気を放ち背の低い信徒は睨み付ける。

「そう怖い顔をするな。折角可愛い顔をしてるだ。お前結構モテるだぞ?」

「五月蠅い。」ゴウと言う風が鳴って戦棒混が凪ぎ払われる。

声を掛けた信徒は軽く身を交わし笑ってみせる。

「目的を忘れるなよ。見失うと技が鈍るぞ。下呂被り殿」

からかう信徒に今一度、戦棒混を振り上げるが、そこで止める。

確かにそれは言えていた。心が曇れば技も鈍る。

どこかで頭を冷やすべきなのかも知れない。


嫌な夜が明ける。

三日三晩生温かい雨が降り続き、それがやっと開ける。

かなりの量の雨が降ったと言っても良いだろう。

黑廃教徒と狩人達が陣取る地面は彼方此方は水と土が混じり合い小さな泥沼が

出来ている。

脚を泥に取られ歩き難い。それでも都合二百の兵達の士気は高く

目を真っ赤にそめて進軍して行く。

放った斥候が白顔の怪人の巣を見つけたと言うのだ。

間違いなくその場所であり、怪人と刻印を持つ雄の亜人の姿も確認出来たと言う。

それは開けた場所でもあり、狩りをするには絶好の場所でもあるらしい。


「あまり良い場所とは言えないな。」

黑廃教徒の指揮信徒は駝鳥馬から下りて当たりを見渡すと良い放つ

「そうだろうか?あの木蔵の当たりが伽面の巣であろう?開けてもいるし責めやすい

多少、泥濘ぬかるむではいるが進めない事はない。

数で押し切ればすぐに終わるだろう。」

同じく駝鳥馬の背を降りた背の低い信徒が、腰の戦混棒を触りながら言う。

「斥候の報告はどうなっている?伽面は此処にいるのか?」

長い顎髭を撫でながら指揮信徒は部下に問う

「問題ないようです。でかい男の姿と幾人かの人影を確認してると言う事です。

間違いなく例の輩でしょう。此処は好気と睨みます。」

返って来た言葉に指揮信徒は頷く。

「よし、進軍しよう。念の為。火矢の射程に入るまでは静かにだ。

射程に入ったら突撃させろ」

場慣れした指揮信徒の命令と作戦は定石であった。

虚を突くのには静かに迫る方が良いとなる。


泥濘む足下ではあるが信徒兵も狩人も心得ている。

それほど長い距離ではないが、腰を落とし頭を草木に伏せて

じりじりと怪人達の巣に近づき射程に入ると背の布巻き矢を引き抜き油瓶に浸す。

後は号令を待って火を付けて放つだけだ。

黑廃の指揮信徒は定石通り火矢と放ち奴等の巣と魔森を焼いてしまうつもりだった。

巣に火矢を放てば燃える。燃えれば行き場を無くした獲物が飛び出てくる。

そこを五十の信徒兵と百五十の狩人が襲い掛かる。

単純ではあるがもっとも効果的な狩りの手順である。


叢に潜み進み、火矢の射程が怪人の巣に入ったと知らせが届く。

自らも沼地のその奥に歩を進めた指揮信徒が立ち上がり号令を掛ける。


「刻は来た。我が黑廃教団に仇成す者に鉄槌を!火矢を放て!。突撃だ。」

「刻は来たれり。我が黑廃教団に仇成す者に鉄槌を!」

信徒達が復唱し怒声が上がる。

狩りの刻だ。血と肉と骸の刻だ。

狩りが始まる。それは黑廃教徒の至福の刻だ。

抑えきれない殺戮の宴が始まる。それは甘美で優雅で残酷な宴だった。


油瓶に布巻き矢が浸し番える、

ギリギリと引き火ぼられる鏃の先に松明が添えられると

ボンと炎が上がり沼の大地にメラメラと憎悪の灯火が幾つも灯る。

ヒュンと風を斬りさき火矢が空を飛ぶ。

炎と煙が線を引き、怪人達の巣に組み上げられた大木に突き刺さり

すぐに燃え上がる。

それはあっという間に燃え広がった。空からは幾百もの火矢が降り注ぎ戦は始まる。

辺りの草も木も燃え上がり地獄絵図となって行く。


「そろそろだ。出てくるぞ。構えろ。」

後方から飛んでくる火矢を身を屈めてやり過ごし

出てくるであろう獲物を撃つべきと長槍を構えた先兵が見たものは

慌てふためき巣から逃げは走って来る獲物ではなかった。

槍の先兵は手練れだった。幾つもの処刑に立ち会い。人も亜人も仕留めてきた。

それでも自分の番が来るとは思った事は一度もなかった。今日、この時までは。


「シュ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」と白い煙が上がったかと思うと

怪人の巣の大木が動く。

鎌首を持ち上げたのだ。その後にガラガラと大木が崩れる。

「なっ。なんだ?アレは何だぁ」動いた物の動きを追って顔を上げる。

それは黒い鱗を纏い鎌首を上げる大蛇。

紅く目を燃やし。シュ〜〜〜〜と三つ叉に別れた舌を出す。


「大蛇?大蛇って?こんな所にいるのか?」槍の先兵が大蛇を見上げると

長く太い大蛇の体には無数の火矢が刺さって鱗を熱く燃やしている。

「まさか?怪人の巣だと思ってたのは、大蛇の体?・・・ぶぎゃっ」

答えを悟った瞬間に槍の先兵の体の上にドンと鈍音が響き。

その体は黑い大蛇の胴体に潰される。


「引け。後退しろ。」束で潰された槍兵達の目の前

で又一つ、太い鎌首が持ち上がる。

その大蛇も体に火矢を突きさしたまま体を持ち上げ打ち下ろす。

その度に兵は潰される

「た・・退却しろ〜〜。下がれぇ〜〜〜」

怒声と悲鳴が上がると三匹目の大蛇が地を這い

走り逃げる信徒と狩人を口の中に納め食いちぎり呑み込んで行く。


体に無数の火矢を突き刺され憎悪に満ちた三匹の大蛇たちの食事が始まる。

此処は魔森の三蛇沼。

白顔の怪人も、黑肌の魔人のその人も又、避けて通る魔森の真の主人の魔巣である。



Guest character from THE COULROPHOBIA 白顔の怪人(ブフォン)

飼われ女ボワレ


to be continue…..

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