ⅱ・逝かせ殺しの魔女

水藻に漂う精霊様の加護を受けし乙女の肌の水滴を愛でる獅子頭族の湯治場

燄使いルルンミルカの髪と瞳、そして少し厚めの唇もその色は

燄と燃える真紅である。

勿論、好きでこの色の髪にも瞳にもなったわけでもない。

燄龍族として生まれたからと言って、皆がルルンミルカと同じ髪と瞳を

もてるわけでもない。

むしろ、彼らは魔妖力を持っていてもごく僅かであり、

その代わり秀でた知力を持つ種族である。


軍属騎士として剣を振るうルルンミルカには定期的な休みはない。

軍上司が彼処へ行けとば走り行き、あれを討ち滅ぼせと言えば全てを焼き祓う。

そんな人生をずっと送って来たルルンミルカでも、

今回は養生することを言い渡される。

この間ハンニバルと対峙した時、魔妖力の殆どを使いきってしまったのだ

今のルルンミルカには蝋燭に一本に灯りを灯すくらいしか出来ないからだ。

燄を吐き出せない燄使いはただの駝鳥馬だと上官は言い切る。

暫く休養して来いとも。


チャポンと音がして湯面に波が立つ。

「ああ〜〜、やっぱ、お風呂って良いなぁ〜。華湯だし。良い香りだものぉ〜」

少し白く濁る湯を手で掬い顔を撫でる。

「ぷはぁ〜やっぱり気持ち良いしぃ〜〜。何より彼奴、

丸眼鏡ド変態が居ないのが最高だわぁ〜」

ルルンミルカは湯治場の大浴場で存分に湯浴みを楽しんでいた。


「御一緒しても宜しいでしょうか?燄使いのルルンミルカ様」

柔らかな声が背後から届く

「構わないですよ。それにルルンって呼んで下さい。

アドリエンヌ・オル・ボワヌさん」

既に親しく接する仲であるのにわざと格式ばった言い方をしてアドリエンヌが側に

寄ってくる

「だって、面白いんですもの。燄霆のルルンさんが、

まったりと湯浴みしてるなんて・・」

「あたしだって休みたいわよ。たまには。

彼奴を追い掛けて回すのが人生じゃないわ」


タブンと湯が跳ねてアドリエンヌは豊かな胸を湯面に沈めルルンミルカに

肩を並べる。

ルルンミルカ自身も胸は大きい方だと自分でも思っているがアドリエンヌの胸は

それを遙かに凌ぐ、尻だってそうだ。ぽっちゃりとした肉好きではあるが

ながく旅を続けているらしく四肢は引き締まっている。

細い首には鈴の付いた頸輪をつけており、自分で外す事も出来るらしいが

頸輪の巡回治療士の名の通り、それを外す事はない。

自らに枷を掛けていると言う事らしい。

早く歩く事を嫌い、決して走る事をしない。

「だって、頸輪の鈴が鳴っちゃうから」とアドリエンヌは目を伏せる。

ルルンミルカの肩に首を乗せ、どことなく寂しそうな顔をするアドリエンヌには

訳があった。


アドリエンヌの頸輪には訳があった。

昔の話だけどもと彼女はほくそ笑む。

巡回治療士を営むアドリエンヌはある街で悪党に襲われてしまう。

未だ新米であった彼女は自分の身を守る術も知らず、

その頃は使い魔も持っていなかった。

襲われて貞操を奪われ掛けたアドリエンヌを助けたのはある一人に男であったが

その男も又、悪党だった。

助けたアドリエンヌをその場で組倒し自分の欲望を女の体に吐き出し注ぐ。

不運を呪い泣きじゃくるアドリエンヌの体芯の中で快楽が生まれる。

一度、知ってしまった味はすぐにアドリエンヌの体に刻むこまれ、

自ら溺れ、その場で男の体に四肢を巻き付け悦楽を求めてしまった。


それから暫くの間、アドリエンヌは男に飼われ、男の為だけに喜んで尻を振る。

男は彼女に性技を教え、娼婦に仕立てる。頸輪も嵌められた。

どこに居ても鈴の音で解るようにと特別な物だった。

客との問題を避けるために使い魔さえも買い与える。

アドリエンヌが男の言う通りに従順に尽くすようになると、突然、男は姿を消す。

おもちゃに飽きたようにアドリエンヌを宿巣に残したまま忽然と姿を消してしまう。

実際の所は元々悪党だから危ない輩に命を狙われて逃げだしたとも言われる

アドリエンヌは小さくそして寂しげに笑う。

「何処で何をしてるか解らないけども。もう一度会ってみたいのです」

それがアドリエンヌが今までもこれからも旅を続けるただ一つの理由だった。


「そんな事より。ルルンミルカさんはどうなんですか?

例の御人を恋仲なんでしょう?」と意地悪くアドリエンヌが笑う。

「ちょ。ちょっと何を言い出すのよ。

あんな変態にどうしてアタシが惚れなきゃならないのよ」

怒りでパシャッと水面を叩く。

「だってぇ〜。そのイヤリングって誕生日に貰ったやつでしょう?

気にいってる癖にぃ?いつもつけてるしぃ〜。羨ましいなぁ〜」

一昨年は腕輪で去年がイヤリングなんでしょ?今年は絶対婚約指輪よね?」

意地悪そうにアドリエンヌが言う・

「冗談じゃないわ。ほんとに冗談じゃ無いのよ。

そりゃ。乙女ですもの。贈り物は嬉しいわ。当然でしょ?

でもね。でもね。アドリエンヌ?

毎回、宝石を包んでる物がなんだか知ってる?下着よ。下着。

白い布だ思えばパンティよ!

ちょっと大きな包みだと思えば紅いブラジャーよ。

しっ。しかもサイズがいつもピッタリなのよ。」

バッシャと激しく拳が湯面を激しく叩く。


「七度よ。七度戦って四度、勝ったわ。でも一度負けたのよ。

後は逃げられてるのよ。あの変態野郎に」

「四度勝ったなら良いんじゃじゃないの?」

小首を傾げるアドリエンヌの顔を指先、憤怒と良い放つ。

「四度勝っても一度負けてるのよ。それに結果的に殺しきれていないのよ。

あと少し、あと少しの所でいつも逃げられるの。悔しいったらありゃしないのよ。」


燄使いルルンミルカと善絲使いのハンニバルは確かに七度挑み合っている。

その内、四度はルルンミルカが勝利を収め、負けたはずのハンニバルは

それでも生き残る。

情をかけたわけではないが、なぜかどうやってかルルンミルカの炎霆の渦から

生き残り逃げ追うせる。

それが四度続いた。五度目はいとも簡単にハンニバルが勝利を収め、

憎い事に情けを掛けられる。

残りは勝つとも負けるとも勝負は付かず結局、善絲使いは逃げてしまう。

しかも、しっかりとルルンミルカの尻を撫でまわし寸法を測って、

その後必ず新しい下着が燄使いの元に届く。弄ばれているとルルンミルカは

感じていた。


憤慨して肩を怒らせドスドスと浴場を出て行くルルンミルカを見送りながら

「いいなぁ〜〜。アタシも誰かに想われてみたいなぁ〜。

追い掛けてばかりじゃ辛いもの」

アドリエンヌは、豊かな胸を湯船深く埋めて寂しそうに呟く。


「え?見合い?なにそれ?誰が?え?私?」

湯治の湯から宿部屋に帰って来たばかりのルルンミルカに従者が告げる。

「そんな事急に言われても困るんだけどもお?」

差し出された湯後衣に袖を通しながら

ふと、目を上げると、少し離れた場所に見慣れない輩が数人並んでいる。

いや、待ちかまま得ていると言っても良いだろう。

「あの人達は誰なの?」怪訝な表情で問いかけると従者も困り顔で応える

「お見合い相手の家の方々です。お嬢様にはその気が無いかもしれませんと

お伝えしたのですが何分、好気は今しか無いと仰られておりまして。」

「好気?婚期じゃなくって?婚期ならとっくに逃がしてるわよ?」

まだ若いルルンミルカであるとは言え、貴族風習から考えれば

十分晩婚の時期に入ってる。


ツカツカと背筋を伸ばしてルルンミルカの前に歩み寄って来た鷲鼻の従者に

何か嫌な気配を感じる。

ルルンミルカの下ろした指の周りの空気が淀みうっすらと炎が舞い始める。

鷲鼻の男は上品に笑うと手首を返しその上に水塊を作る。

ルルンミルカは、ハッとして自分の手から炎を消し去る。

それをみて鷲鼻の男も水塊を消し去り後ろ手に手を組み直す。


鷲鼻の男は水術士であり、魔妖力を使い切ったばかりのルルンミルカの燄より

遙かに大きな力を持っていると悟る。

燄使いのルルンミルカに取って水は天敵である。

十分な魔妖力があればある程度は対抗出来る物の、今はそれは出来ないだろう。

水術士達が好気と言ったのは、そのためである。


背筋をシャンと伸ばしルルンミルカの前に立った鷲鼻の男は深々と頭を下げて

「この度は絶好の好機に恵まれ、我等主人・水脈公も大変

、お喜びになっております。

是非とも、ルルンミルカ様にお会いしたいと常々お考えになられておりました。

この機会を恵んで頂いた女神ミヌ様の慈愛に感謝しないければなりませんな。

それでは、ルルンミルカ様。私共とお屋敷の方へ」

鷲鼻の男は一礼すると彼の従者が開いた大扉の方へとルルンミルカを促した。


善絲使いのハンニバルと逝かせ殺しの魔女の脅迫状と恋文の文通が始まってから

十日後



ハンニバルとしては宿を変え、いつの間にか定期に鞄の中に突っ込まれる

謎の脅迫状から逃れたかったがそれも簡単にはいかないと悟る。

何しろ何処へ逃げても隠れても夕刻前には脅迫状兼恋文は鞄の中に入って来る。

日に何回も鞄の中身を確かめ入ってないのを確認して、

ほっとするが夕刻を過ぎて10分前にはなかったのに

改めて見るときっちり脅迫状が入っている。その反対に何か小物が無くなっている。

この仕事を請け負った猿顔の男は良い仕事をしたと言えるだろう。

もっとも、ハンニバルが泊まる部屋付女房はそれに気が付いてた。

夕刻近くになると壁奥からスッと現れ、意外と抜けているハンニバルの鞄を

用意した同じ物とすり替える。

何人か別な輩とも組んでるらしい。それ等がハンニバルと話込んでる間に

すり替えた鞄に脅迫状を突っ込み変わりに小物を掏り取る。

話が終わる前に鞄をまた掏り変える。


ハンニバルがお人好しなのも解るし話好きなのもわかる。

その隙を突いた妙技と言えるだろう。猿顔の男は知恵の回る奴らしい。

部屋付女房がそれを明かさないのは別に猿顔の肩を持ってるわけではない。

単純に楽しいのとハンニバルの恋文の返信を手伝えは給金が増える

と言うだけである。


何回かやり取りした後の最後の脅迫状は一行、一言だけが標されていた。


お会いしとう御座います。愛しの善絲使い様


ただ、それだけだ。

「罠だね。うん。これは」

「告白ですね。愛の告白をしたいんですね。うんうん。これは」

それぞれ思惑も受け取り方も違っているのが、納得して二人は互いの顔を

見つめて頷きあう。

「どうしよう・・・?」

「どうしようって?悩む事なんかないでしょう?

きっとすごく綺麗な御方に違いありませんよ。

お会いになれば良いじゃないですか?」とキラキラとした瞳で彼女は言い切る。

「そうは言ってもさ。何処に行けば良いんだい?日時も場所も書いてないんだよ?

解るはずないだろ?」

「ほんと。善絲使いの旦那は抜けていらっしゃる事。

先方からお迎えが来るに決まってるじゃないですか。

何も書いてないって事は殿方に足を運ばせる煩わしさを与えないと言

う淑女の礼儀ですよ」

「え?そうなの?そういうもんなのか?僕には良く分からないけども・・・・。」

納得いかないと言うような顔のままのハンニバルの手を無理に

引き寝台へと女房は誘う。


朝になればわかりますよ。だから予行練習しておきましょうと

寝台に引きずり込まれた翌朝。

気だるく朝食を済ませ、用事を済ませるために役所へと足を運ぶ。

出来るだけ掛かる手間を省きたいと裏路地に入った途端に

部屋付女房の言った事は現実となる。


用意周到と言うのは手間が掛かることではるが逝せ殺しの魔女という輩は

それも厭わない人物のようである。


とりあえず裏路地にはいると、目の前に客人馬車がドンと止めてある。

それは確かに貴族馬車ではあるが、古く使いこまれ彼方此方痛んでいる。

何にもの犠牲者をこの馬車は逝かせ殺しの魔女の元に運んだのだろう。

よく見ると扉の蝶番や足踏み板には紅黒く血痕さえ染みついている。


「何分古い馬車では御座いますが、中には色々しこんでおりますし存分に

楽しんで頂けるよう

背一杯おもてなして差し上げますの。ご安心くださいませ。愛しの善絲使い様」

少し子供ぽいと言うか、何処か幼く可憐な少女の声がハンニバルの背に掛けられる。

変えられた声に振り向いた途端、相手の姿を見定める前に女性はズイズイと足を進め

ピッタリとハンニバルににじり寄る。

辛うじて垣間見た白くか細い手には裁断用の挟みがしっかりと握られている。


優しく愛おしげにハンニバルの胸元に手を当て真っ直ぐ顔を見上げる

逝かせ殺しの魔女。

愛おしげな眼差しをむけるのが、握った裁ち鋏はしっかりと

ハンニバルの股間に突きつけられている。

刃物を腹や背に突きつけられることはあっても、股間に挟というのは珍しい。

「顔が近いですけど・・・・?むしろ近すぎるのですが。」

あまりに顔が近すぎて目鼻の顔立ちを判別するのがやっとと言う位置に

逝かせ殺しの魔女の顔がある。

「やっと、お会いできたのですよ。お顔をじっくり拝見しとう御座いますの。」

更に顔と体を躙り寄せクリとした丸い瞳でハンニバルの顔を見上げると

同時に股間の挟みを強く押し出す。身を危険を感じ後ろに下がると

古馬車の扉が開く。

魔女がグイと挟みを突き出せば、ハンニバルの足は下がり踏み台を登り

結局、馬車の中に押し込まれてしまう。

ドスンと馬車椅子に尻餅をついた所で魔女が扉を引き締め、壁を叩いて合図すれば

見事に獲物ハンニバルを捕らえ、魔女の拷問馬車は捕巣と向かって走り出して行く。


拷問馬車の壁には所狭しと明らかにそれと解る物が据えている。

「冷えた蒼棘葡萄酒はいかがですか?それとも指爪を二枚くらい剥がしてみるとか?

おつまみには裂虎の太股の薫豚はむを用意してますの。

後々の手間を省いて膝頭を割っていくのはいかがです?」

「酒とつまみは嬉しいですけど。その後ろに続く言葉はもの凄く痛そうだけども」

「愛しい御方ですもの。相応のおもてなしは当たり前でございます。

拷問は痛いのが当たり前で御座います。

そもそも私は逝かせ殺しの魔女でごまいますの。

痛みをともなわい拷問なんて、その術は存じていないですの。」


逝かせ殺しの魔女。

彼の国、暗街の奥深く自宅兼拷問巣を構える彼女は元々は王族の出身と

言われている。

ある戦で王父の命を受けある人物に書簡を届ける事にな、無事に届けたが

幼気な乙女心の持ち主はある種の辱めを受けた後、身を墜とした。

地位を捨て従者を放逐し一人、巣に引き籠もる。

憎き婬蛭族の男を愛し拷問する為に技と腕を磨き、当人が気が付く頃には

逝かせ殺しの魔女と呼ばれ、男と雄からは悪魔と呼ばれるようになっていた。


ユシアムリリン・サク・ヘシカンドーグ第三王女

未だ男と雄の味を知らず、拷問に長けた生粋の拷問業を営む魔女である。

既に成人の儀を暫く前に済ませているとがその容姿は可憐な少女と言えよう。

勝手は銀髪であった物の背腰辺りまで伸ばしたそれは、

好みが変わったのか今は髪粉を混ぜ込み黒紫色に染まる。

褐色の肌ではあるが長く拷巣に籠もるためがくすむ。

かといって不健康そうな印象でもなく、むしろ艶めかしく男をさそう。

顔立ちは丸く目もぱっちり大きい。

お気に入りの柔菓子を頬張る時と、新しい玩具を手に入れた時は

キラキラと瞳は輝き、専用の拷問器具を握ればその瞳はギラギラを激しく燃える。

胸と尻4は大きい。圧倒的でさえある。

黙って菓子茶屋の庭席に一人、佇めば男がよこしまに破顔し、

女さえも欲情した口元を浮かべ

彼女の隣の席に腰を下ろすだろう。その正体を知るまでは。


希な事に拷問馬車の道行きで逝かせ殺しの魔女はハンニバルに一切何もしなかった。

むしろ、丁寧に淑女らしく振る舞い、世間話は元より好物の棒飴を彼に勧めたり

鐵格子のはまった窓越しに映った行きつけの雑貨屋時計店で拷問器具を特注した話

等を得意げに話したりもする。勿論、膝の上には大きな裁ち鋏を

ぎゅっと握ったままであったが。


「大分、散らかってるのですが、奥の椅子にでも腰掛けてお待ち下さいな。

すぐにかたづけますので。衣服は脱いでくださいね。

なにせ、男と女の交わりでございますから。ウフフ。

私がお手伝いさせて頂きますのでお気軽に言って下さいまし」

にこやかに微笑む逝かせ殺しの魔女が手を掛けたのは緑色の液体が入った木桶だ。

満たされた緑色の液体が特殊な物であるのは木桶の表面がつるりと

滑らかなのを見れば解る。

「あ、これですか?ご心配なくですの。少し強い酸が入ってるだけです。

ほら、脱げと言っても恥ずかしがって嫌がる殿方も多いでしょ?

ですからこれをぶかっけてやりますの。

そうすると綺麗に衣服だけが溶けて無くなるんですが、

調合を間違ったりすると体中の毛も溶けてしまったり、それこそ皮膚や肉までも。

おほほ」

小悪魔のように口元に手を添え嗤う少女の言葉にハンニバルは観念して

自分で衣服をほどき出す。

それを見る魔女は残念そうではあったが部屋の片付けが先だと動き出す。

何しろこれから愛しの善絲使いをいたぶれるのだ。しかも好きなだけ。

時間はたっぷりある。そして楽しみは後に取っておく方が歓喜がますものだ。


得体の知れない錬金術の賜物であろう緑の液体を掛けられて衣服ところか

髪の毛が抜け落ち皮膚が爛れては後で色々困るだろう。

よく知らぬ恋仲でもない女性に裸を晒すのは少々気恥ずかしくはあるがそれだけだ。


魔女が進めた椅子は上等な革と布で作られた豪勢な一人掛けの寝椅子だった。

意外なほどに座り心地が良いのにも驚く。

紅い染みや蒼い血の跡が無ければであるが。

周りを見渡すと中々壮観でさえもある。

ありとあらゆる拷問器具のそれが壁に括り付けられ黒光りする大小の手枷足枷。

手の込んだ仕掛けが施されているであろう頸輪。

部屋の隅には磔木枠。反対の角には大きな責水車と川池さえある。

何処からかわざわざ水を引いているのだろう。

ギィギィと絶えず落ち雫水が水車を回す


ハンニバルが座る寝椅子の横の木卓には自分が慣れ親しんだ物が並べ置かれていた。

石鹸・旅方位磁石・地図の切れ端・宿の領収書・ぼさぼさの髪をいつも

解かす虎牙で造った櫛。

いずれもハンニバルの私物で、鞄に脅迫状兼恋文が突っ込まれる代わりに

無くなっていった物達だ。

魔女は恋文を忍ばせる代わりにハンニバルの日用品をかき集めていたらしい。


「私め、一度何かに執着してしまうと、押さえきれなくなってしいますの。

それはそれは大変に拘ってしまって、もう抑えきれなくなってしまいますの。

癖と言えば耳障りも良いのですが、むしろ病的な物かも知れません。くすくす」

部屋の片付けが終わったと言うのか、きりが無いから途中で投げだしたかの

どちらかだろう。あるいは、ハンニバル自身を手に入れ我慢できななくなったかだ。

木卓の上に並ぶ品々から虎牙の櫛を手に取り小さな顔に近づけスンスンと

香りを味わう。

「ああ。堪らない。溜まらないのですの。この香り、この匂い。

この匂いを嗅いで半日中、自分の彼処を弄る回し、慰めておりましたの。

ああ。愛しのハンニバル様。私の愛しいハンニバル様。」


櫛に付いた匂いを嗅ぎ、一人陶酔する逝かせ殺しの魔女。

その本人が目の前にいるのだから髪の匂いを直接嗅げば良いんじゃ無いかと

ハンニバルは心の中で思う。同時にこう言う輩の性癖は独特であるとも知っている。

言わない方が身の為であるのも心得てもいる。


「さて、余興はこれくらいにいたしましょう。

何より私が我慢出来ません。あぁ。堪らない。こんな瞬間が来るなんてぇ。

ああ。もうこれだけで濡れてしまいます。愛しのハンニバル様ぁ」

うるうると歓喜に染まった瞳を輝かせ、ハンニバルの胸板に指を這わせ感触を楽しむ

「ああ。良い。何てきめ細かやなお肌。そして全裸のハンニバル様。

ああ。溜まりません。たまらないのです。これだけで逝きそうですの。」

唇をべろりと舐め嘲笑い。そして寝椅子の横にある仕掛け水晶を押す。


「うぉっ」ハンニバルが驚く。

古く使い込まれた豪勢な椅子の肘起きの上でハンニバルの手に手枷が

ガチャリとはまる。

同時に寝椅子はガチャガチャと音を立て形を変えた。

椅子前足が跳ね上がりそれに押された足首に太い足枷が填まる。

すかさず魔女が慣れた手つきで手枷足枷に鍵を施す。

ニコリと嗤って隠し棒を引けば、寝椅子は更に変形し背もたれが

倒れ座り台と平行になる。

つまり、ハンニバルは平行に成った寝椅子の上に手足を枷で固定され身

動き出来なくなった。

「よいしょっと」声が掛かるとゴゴゴと寝椅子が傾き、体が固定されたままほぼ

直立のままで止まる。

「こんな感じですかしら?もう一寸角度を緩くした方がよろしいですか?」

魔女は少しだけ角度を緩くはした物の結果的にハンニバルは大きな拷問括り台の上に磔とされてしまう。


「これはすごい。凝ってるというか手が込んでるというか。いやいや、素直に関心してしまう。」

「お褒め頂いて有り難うございます。造るのに苦労したのですよ。

では、そろそろはじめましょう」


逝かせ殺しの魔女は据え付けの炎釜に近づき刻印棒をゴソゴソと弄りだし

十分に熱せられてるのを確認してやっと取り出す。

「まずは、お近づきの印に、私の物であると言う御印を刻ませて頂きますわね」

小悪魔所ではない。悪魔そのものに顔を歪め、慈悲もなく焼き鏝はハンニバルの

下腹に押しつけられる。

ジュウ。音とがして煙りがあがり皮膚が焦げる匂いが立ち上る。

「ああ。良い匂いで御座います事。それにしてもさすがで御座いますわね。

鐵の棒が真っ赤に溶けるまで熱したはずなのに、こんな熱いのに

声一つあげもし無いとは。

でも、でも。それでは私がつまらないのです。

泣き叫んで頂かないと楽しめないので御座います。」

下腹に押しつけられた焼き鏝がグイと強く押され更に強く煙が上がる。


悪魔の微笑みを浮かべたまま、焼き鏝を引き剥がすと、その跡にはくっきりと

逝かせ殺しの魔女の紋章。つまりは彼女の所有物という証が刻まれる。

「ぐふふ。こうでなくては。こうであるべきなのよ。男の肌に刻印を刻むこの刻こそ

至極の瞬間。ああ。堪らない。たまらない。逝き果ててしまいそう。ああ。」

魔女はハンニバルの肌に自分の刻印を押し、沸き上がる快感に身を捩り

自らの衣服を掻きむしり千切り捨てる。

あらわになった魔女の体は美しい。大きな胸を自ら手で弄び悶え股間に指を

這わせる。

大きすぎる胸を揺すり、尻を振り磔されたハンニバルに体にすり寄ると

たった今、自分が刻んだ刻印に局部を押しつけ自分の所業に酔いしれ溺れる。


「ああ、良い。この感触。焼き爛れた皮膚の熱い感触。良い。良いのですの。」

焼き爛れた刻印に自らの刻印に局部を押しつけ酔狂とも言える行為に没頭する魔女

手足を固定されたハンニバルの目の前には高揚して湯気さえも上げそうな大きな乳房が揺れ刻まれた刻印の上には熱く火照った魔女の局部が押しつけられ愛液が漏れ押しつけられる。

男であっても雄であっても、痛みと快楽を感じられずには居られない。


刻印に局部を押しつけ男の方に手を掛けて体を上下に揺らし喘ぐ魔女は

快楽を味わう。

「私の物。私の玩具。ああ。堪らない。はぁはぁ。これが良いのぉ。良い。

もっと、もっと。押しつけて擦って爛れた傷跡の上に擦りつけて。ああ・・良い。

良いわぁ」長い髪を振り乱し、乳房を押しつけ尻を振り、それでも足りぬと声を上げまた腰を振る。

魔女は狂おしく乱れ本性をさらけ出し、ハンニバルの体を味わう。


女として雌として膨れあがった欲望に勝てるはずはない。

もっと、最強く激しい刺激と快楽を魔女は求める。

「はぁはぁ。もう、これだけで逝き果ててしまいそうです。

でも、でも、足りないのです。まだ満たされないのです。はぁはぁ。

さぁ。もっと楽しみましょう。痛みと快楽をあじわせてくださいな。」

ゆっくりと腰をあげ、刻印に指を這わせてから魔女は新たな道具へと手を伸ばす。


細くくすんだ褐色の指が握ったのは一際大きな鐵の道具だ。

魔女でさえも扱いには少し手間が掛かるものらしい。

変わった形をしているのは確かだ。

筒状に鉄枠が格子状に君であるが内側は鋭く尖っている。

幾つかの歯車も組み込んであるらしく、魔女が取っ手部分を強く握ると筒の

二重の鉄枠が回転するある程度の大きさまで狭くなると鐵棘がガシャンと

音を立て牙を覗かせる。

「特製でございますの。在る時計職人に造らせたのですが

興が乗ったらしく必要な機能な他に余計な物もくっつけちゃって、

扱いがむずかしいのですけども

え?何をするものかって。それはですね。

此処にですね殿方のあれを挟んでですね。」

実際にやって見せた方が早いと言うのか、それとも恐怖を煽る企みなのか

魔女は頃合いの大きさの木の棒を器具に差し込む。

「ハンニバル様のあれをこれと見立ててですね。

あ。失礼。もっと大きいかも知れませんが。とりあえず、こうやってこの器具で

挟んで握るとですね。」

魔女の手の中で器具が強く握られると鉄枠がぐるりと回転し咥え込んだ木棒を

がっちりと捉ると圧力でガシャンと成って木棒を捻る。

その表面に幾つも棘傷が刻まれる。

「よいしょっと」最後に魔女が力を込めると拷問具の鉄枠がグイと棘刃を

むき出しにして木棒を斬り刻んでしまう。

幾つかに切り裂かれた木片はバラバラと床の上に跳ね落ちる。

「ねっ。楽しいで御座いましょう?じわじわと挟んで最後には切り刻むのですが

どちら方と言うと私はがっちりと一物を咥え込んでそのまま引き抜くのが趣味で

御座いますの。

うふふ。楽しいの。楽しいのですの。さぁ〜始めましょう。

私の快楽のために鳴いて下さいまし。


「さぁ、ついにこの刻が来たのです。

愛しき御方。善絲使いのハンニバル様。一物を引き抜いて頬ずりして。

ああ。引き抜いたそれも。裂いて引き摺り出した腸も私の中に入れて愛撫して

差し上げます。

ああ。何て素敵な至福の瞬間。我こそは逝かせ殺しの魔女。

我こそは貴方に苦痛と快楽を与える魔女

さぁ、鳴くが良い。汚い物をぶら下げた下劣な雄め。」


ギラギラと爛々と狂気に瞳を燃やし。

半開きの紅い唇から唾を飛ばし涎を垂らし、下劣な雄。変態丸眼鏡と呪詛を吐き出し

磔にされたハンニバルに胸と乳を揺らしにじりよる。

捕らえた獲物の一物を挟み込こうと顔を寄せて覗き込む。


「あっ?あれれ?」素っ頓狂な声が上がる。

「あれ?・・・あれれ?・・あの?・・これは・・?これはどう言う事でしょう?」

あり得ない光景に逝かせ殺しの魔女は、虚を突かれ素のままの可愛い声が漏らす。


「あの・・あの・・・・ありませんが?」

じっと見つめたハンニバルの股間はにあるべき物がなかった。

物事を正確に表現するならば、服を脱いで椅子に括り付けられた時には確かにあったそれがない。

きれいさっぱりなくなっている。消滅してる。


「つるつる・・つるつるぺたんで御座いますが・・・?」

訳も解らず理解も出来ず大きな拷問具をもったまま、

真っ直ぐな瞳をハンニバルに向ける。


「あの。あの・・ないですけども?つるつるぺたんでございますの。」

「ないね。確かにつるつるぺたんだね。うんうん。」

「あの、困るのですが?私。これはとてもとても困るのです」

「まぁ、そうだと思うけどもさ。大体、あんなに怖い事を並べて脅したら

あれも逃げ出してしまってもそれは当然の事じゃないかなぁ〜?」

すっとぼけた声が帰ってくる。

「えっと、それでは。私がハンニバル様のあれを脅したから、

怖くなって逃げだと?」

「まぁ、そうだと言うのは簡単だけども。実はそうじゃない。

でも半分は当たってるかもだな。」

「あの。良く分かりませんの。あれが無くなるとは人生最大の謎ですの」


「邪魔だ。顔が近いと言ったぞ。雌豚」

魔女の耳に聞こえたのは確かにハンニバルの声だが、それとも違う。

明らかに邪魔だと嫌悪感が交じる。


「なんですって。このアタシを、め・雌豚ですっ」最後まで言わせて貰えずに

顔の前に大きな手が覆い被さり、グイと押される。

強く押されよろめき下がった逝かせ殺しの魔女の前で善絲使いは立ち上がろうとする


それは無理である。

無理なはずである。なにせ手も足もがっちりと鐵の輪に括られている。

否。魔女の顔を押したのは彼の手だった。

だとすれば少なくても一つの枷は外れていると言う事だ。

何故?鐵の枷が外せたのか?

それは善絲使いが立ち上がろうとするその時を見れば知れる事だった。


ハンニバルは無造作に立ち上がる。

上体を前に出し括り付けられた磔から離れようとすれば

当然、枷に囚われた右手は引っかかる。

しかし、手首は枷にぶつかると、フワリと溶ける。

溶けた右手は辺りに細い糸屑を撒き散らし、未だ溶けてない肘に纏わり付くと

絲屑は絲となり、再びハンニバルの右手を折り上げる。

囚われた両脚も枷が触れると絲屑となり辺りに舞い上がる。

両方一度に外してしまうとバランスと崩して転ぶだろうからハンニバルは注意して

足を出した。瞬きをせずにちゃんと見てないと解らないだろう。

極々短い時間の中でハンニバルは磔台からその身を下ろしてしまう。


「彼の老兵殿の言葉を借りる事になるが。

人種の連中は亜人の技を軽く見過ぎてる。

犬に顔が似てるとか猿顔だとか、指を刺して嗤うけども。

そんな彼らだって、爪で引き裂き牙で骨を砕く。

人種が持つのは知恵くらいだろうに。もっとも、彼らの中にも才がある輩も多い。

どちらが劣ってるとかないんだ。

亜人の中にはすごく変わった技を持つ物も多い。君はそれを知らなすぎる。」

ハンニバルの股間辺りで糸屑が舞い。あるべき物を織り込んでいく。

気が付けば魔女が刻んだはずの刻印も最初から無かったように消えている。


「つ、つまり貴方は。わざと捕まって拷問をされたと。

さ、最初から痛くも痒くもないかったと?・・・そんな・・」

「そうじゃないんだ。体を糸屑に出来ても、それだけなんだ。

痛みもあるし、屈辱も味わった。僕を弄んだ罰は受けてもらう」


Guest character from 頸輪の巡回治癒士:アドリエンヌ・オル・ボワヌ。

and

怠惰で傲慢で臆病な放浪医者が雌喰いを名乗ればぞろぞろと街娘が付いて巡る

逝かせ殺しの魔女(ユシアムリリン・サク・ヘシカンドーグ)


to be continue…..

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