紅き瞳の燄使いが罪にまみれて霆燄を墜とせば善絲使いが熱いからちょっと待ってと愚痴を吐く

一黙噛鯣

Ⅰ・紅き瞳の燄使

剛燄 強慾 業欲 豪食 強姦 豪悦 業嘘 業欺・・・

しなやかなに腰の上で踊る長い紅髪が、ぶわりと風に舞う。

紅い唇が半開きに成り覇気と共に呪詛が漏れ出る。

一度閉じた瞳が再び、開くとそこに紅い怨念が宿り燃える。

睨む相手は憎むべき輩。燃やし尽くすべきは怨敵一人。

グイと構えた手の先にブワリと灼熱の刃が宿る。

それでも足りぬと少女は内なる力を全身から絞り出していく。

剛燄 強欲 業欲 豪食 強姦 豪悦・・・


「ま、待てっ。ルルンミルカ。いや。ジャンヌ。

此処でそれを撃つのかよ。この丘ごと燃やすのかよ。味方だって焼かれるぞ?

無茶すぎる。冷静になれ。冷静に。なっ。なっ。話あおう。」

剛燄の燄使いが大地を燃やし尽くす魔法を放とうとする的は自分であると

背の高い亜人は慌てふためき狼狽する。

ちらりと周りを見れば、自分の味方も相手の兵も蜘蛛の子を散らしたように丘を

転がって逃げていく。


「なぁ。待てよ。本当に丘ごと燃やすつもりかよ?

無茶すぎるって。大体、俺が何をしたって言うんだよ。

ただ一寸からかっただけだろ?

なっ?ジャンヌ落ち着けって。後でお前の好きな柔菓子買ってやるから。

大体、俺を燃やしたってなんの意味もないってしってるだろ?ジャンヌ」

「五月蠅い。其の名で呼ぶな。唐変木。剛燄 強欲 業欲....」

幼名を異性の男に気軽に呼ばれ恥ずかしさが更なる怒りを巻き起こし

剛燄の燄使いの瞳が燃える。


剛燄 強慾 業欲 豪食 強姦 豪悦 業嘘 業欺........

暗に墜ちれば悲恋も燃える光にすがれば慈愛も燃える

闇に染まれば想いの人も燃える光を見れば愛しき人も燃える

いと、悲しき乙女の想い、熱となりて、炎となりて、霆燄となりて、

呑み込め、焼き尽くせ、滅し。

我が愛しき貴方こそ、我が怨敵、穿て霆燄


六・罪・霆・燄・・・・


足下の大地が膨らみ燄亀裂が入る。

裂けた亀裂から熱と熱気と怨気が上がる。

こうなれば逃げる事は何人たりとも出来ない。

すぐに丘の縁の地が裂け燄柱が上がる。

凄まじい熱気が押し寄せ、防ごうとして自ずとあげた腕の衣服を焼き上げる。

足下に裂けた亀裂から燄が体を覆い服も肌も燃やし尽くす

内臓が燃えだし筋肉は熱く燃え墜ちる

脚を動かして丘の外周に逃げようにもそこには燄壁が更なる燄を呼び込み体を嬲る

逃げる事も歩く事も出来ず体は燃やし尽くされる。


「止めだ!。変態丸眼鏡。穿て。私の愛しい御方。燄神

剛燄 強慾 業欲 豪食 強姦 豪悦 業嘘 業欺

六・罪・燄・天」


すでに燄しかない大地に天空から燄が振ってくる。

燄は霆柱となり全てを呑み込み焼き尽くす。

全てを燃やし尽くし焼き付くし、滅し尽くす


「燄散・・・」

燄使いの女が短く唇から解呪の言葉を吐くと、

一仕切りの熱を残して燄達は空気に溶け消えて行く。

さすがに体内の魔力を使いすぎたのだろう

燄使いの女はドサリと体を地に落として肩ではぁはぁと息をする。


目の前に広がる全てを燄で焼かれた丘一つ。

そこには燃え残る草木や溶けた岩がぶすぶすと燃殻となって煙を上げる。


烈情 烈愛 純恋 清楚 純罪 ・・・えっと、清蔑 あと一つ何だったけ?

とりあえず、六義恋蘇っと


燃え滅したあの男の声が燻る丘に響く。

「くっ。又か。又駄目なのか。不甲斐ない・・。」

自分が燃やし尽くした丘の地に指を喰い込ませ女は悔しがる。


燃え尽きた丘の一端で燃えかすとなった小さな糸屑が舞う。

一片の糸屑は衣服の物に見えたがそうではない。

燄に焼かれ極端に短くなった糸屑は言霊によって少しづつ長くなっていき

それは互いに絡み合い布となり腑になり骨になり血肉となりて体を成す

やがてそれは人の形を作り出すと大地に脚を付ける


「熱ち。まだ、燃えてるじゃ無いか!ちょっとは手加減しろよ。ジャンヌ」

ブツクサと文句を言いながらも軽口を叩く男こそ

善絲使いのハンニバル・シュルツワイグ・アイゼンホルムソーヌ、その人である。

「五月蠅い、破廉恥丸眼鏡唐変木の変態野郎・・。グハ」

ルルンミルカは鮮血を吐いて地に倒れ伏せる。

「何が、破廉恥なんだよ。生まれたままでしか再生出来ないの。僕の技はぁ〜

やれやれ。聞こえてないかぁ。まぁ、あれだけの魔妖力を使えば精霊様も

そっぽ向くだろう」

ハンニバルはこの世界では珍しい紫黑い髪をポリポリとかきながら

ルルンミルカに近づきよいしょっと声をあげて抱き抱える。

「お前ちょっと太っただろ?この前より重いぞ。節食は乙女の義務だぞ。

聞こえてないか?

お〜〜い。お前等さっさと、手当してやれ。本当に脱魔妖力死してしまうぞ」

ルルンミルカを丘の麓までわざわざ運んでやり、敵兵に引き渡す。

最後に愛嬌で太股を弄るのも忘れない。

「じゃ、後は頼んだぞ。勝負は引き分けって事で記録しておいてくれ

俺も倒れなかったが倒せた訳でもないからな。よろしくぅ」

善絲使いのハンニバルは素っ裸のまま反対側の自分の陣にヒラヒラと手を

振って帰っていく。


「うむ、気が付いたようだね。大丈夫かい?

まどろみの中で少し高音の男性の声が耳届き、ルルンミルカは気だるく瞼を開ける。

「君は無理をしすぎる。限界を遙かに超えた技を使いすぎるんだ。

気を付けるんだよ」

耳に届く巡回医師の声は心地良い。はっきり言って好みだ。

どストライクと言っても良い。

巡回医師ヨアヒムは婬蛭族らしい。

見た目はいかにも清潔感のある医師その物ではあるが

女と雌、時には幼少年までにも手を付けると聞く

。その快楽を味わって見たいと思うが

未だ、それは叶ってはいない。ルルンミルカに対しては開くまでも

医師としてしか接してくれないからだ。


「安定してるとは思うが暫くは安静にしてるように。

それから、例の御人から荷物が届いていたよ。約束の品物と亀狐の肝だそうだ。

敵ながら君の世話を焼くと言うのは、惚れているじゃないかな?彼は」

「そ、そんなはずは御座いません。生涯の敵で御座います。

あんなスケベな変態唐変木」

ハンニバルの話をされて顔を真っ赤にして怒り出す。

半身を起こしたその膝に少し大きな荷物がポンと置かれる。

「兎に角、しばらくは安静にしていたまえ。魔妖力を使いすぎて体が弱り切ってる。

ちゃんと、養生するんだよ。いいね」

素直に頷くルルンミルカの頭にポンと優しげに手を乗せ

彼女がもう一度、頷くと婬蛭族のヨアヒムはゆっくりと天幕を出て

晴天の空雲を見上げる。

「そろそろ一度、帰ろうかなぁ〜。我慢するも辛いし。我が姉も我が嫁も怒ってるだろしなぁ〜」

自分の性と情を呪い巡回医師ヨアヒムは誰にも聞こえぬように一人愚痴る。


[釜から杓で燄を掬い、それを三回繰り返し、熱した石に掛けて上がる熱気に顔を

賦せる灼熱の国]


この国の中心の地となる熱都と周辺の砂漠で過ごすのは特別な石がいる。

涼石と呼ばれる物で、一見すると蒼い宝石となるが中に含まれる冷気が

持つ人の体を包み込み熱波とも炎波とも言われる熱い空気から人々を守る。


最もそんな熱波も意に返さない者もいる。

当然、燄使いルルンミルカもその一人だ。

燄使い。俗に言ってしまえば一種の魔法であり魔法使いとなるが事実は少し違う

ルルンミルカも亜人種族の一人であり種の技として魔妖力という物を生成する

内臓を持つ。

例の三賢者が一人、背が一番高い女史が言うには、精霊学的は極めて希ではあるが

体内で生成された魔妖力を極限まで圧縮すると燄が生まれる。

それを自在に扱うには比類無き努力と才能の果てに、

己を滅ぼす覚悟が無いと仕えない技と言う。

燄使いルルンミルカはそれと知って燄霆えんいかづちを放つ。

一人の男を燃やし尽くすために。


嫌悪し憎悪していても、今は力を使い果たしている。

休息と栄養は必要だった。膝の上の小包みをの封を解くと

そこには確かに医師が言った通りに燄使いルルンミルカの好きな柔菓子と

栄養価の高い亀狐の肝が入っている。

しかし、肝瓶を包んだ白い布を解いた途端、

ルルンミルカは顔を真っ赤に染めて激怒する。

「あ・・・あの野郎。ぶち殺してやる。絶対。絶対。燃やし尽くしてやるぅ」

肝瓶を包んでいたのは女性用の純白の下着だった。

高価な純白の蚕糸を専門の職人が技を駆使して折り上げた逸品である。

「あ・・あの野郎。か、可愛いけど。

何で私の尻の大きさをちゃんと知ってるだぁ〜〜」

白銀の下着は事もあろうに最近ちょっと大きくなったかも

知れないルルンミルカの尻を

ピッタリと優しく覆う大きさ、その物である。

「こ・・これだから・・変態丸眼鏡の善絲は・・・許せない。」


「それで?また、例の女の尻をなで回しててきたのか?絲使いの旦那。」

「まぁ、そういうことにはなるかもだな。鼃の泥棒殿」

王族が滅んだ十三匹の蟾蜍の彼の国。

その主都に潜り込んだハンニバルは、古くさい酒場の一席で木卓に脚を投げ出す男の隣に腰を下ろす。

「疲れたよ。今回は。燄使い様は容赦も手加減も慈悲もないんだ。毎回だぞ?

毎回、性も根も尽き果てるまで燄法を使うんだ。撃たれるこっちの身にも

なって欲しいよ」

注文を取りに来た猫の亜人の娘に水と二つ蛇の唐揚げを注文し

ついでに尻を撫でる。

キャっと声が上げ睨む娘にハンニバルは笑みを返す。

「俺も好色ではあるが。貴様には負けるなぁ〜。絲使いの旦那。

それにしてもあの燄から毎回生きて帰ってくるとはどう言う体してるだよ

。化け物だな。アンタは」

「化け物ってのは酷いな。一寸変わった亜人と言ってくれよ。単純に亜人の技だ。

アンタだって。渋い顔してるくせに化ければ人の頭食いちぎるくせに」

「アハハ。確かにそうだが。お前ほどえげつないわけじゃない。

大体、体を糸屑みたいに出来ちまって

燃やされても炙られてもそこから絲を紡いで元通りになるってのは化け物だろ?」

注文された食事を卓に並べる亜人娘もウンウンと首を立てに振る。

「そう言われてもなぁ。体質だしなぁ。これはぁ〜」

ぼやきつつも亜人娘に睨まれ食事代より多めに代金を卓の上に置く。

心付けと言う奴であり礼儀でもあった。

「それで?鼃の旦那。その糸屑の魔妖使いに用事ってなんだ?

あんなの女の尻を撫でさせてくれるのか?」

「撫でてもいいが、その後、手首がなくなるぞ?それで良いならすきにしろよ。

魔妖使い殿」

隣の卓に陣取る黑革の民族衣装を着込んだハンギズ族の女達と姉弟がクスリと嗤う。


「又、逃したの言うのですか?」高価な貴族机をトントンと指で小突き青年が問う。

男性にしては長く伸ばした金色の髪を左手で額から後ろへと掻き上げてもう一度問う

「又も、獲物を逃がしたの言うのですか?貴方は」

高く澄んだ声は聞く者に心地良く届く

最も、自分が失態を犯して無ければの話だ。

既に失態を犯した従者には恐怖と死刑宣告にしか聞こえない。

トントンと卓を叩く音が変わる。一つのドンと言う拳が墜ちる音だ。

ビクっと体を震わせる従者を見つめる青年の瞼は硬く閉じられている。

生まれついてのめくらであり、光を見た事も感じたこともない。

「はぁ〜〜。また仕留め損ねたのですね。これで何回目でしょう。困った人です。」

自分の周りに何が置いて有るのか位は判るのだろう。

青年は月夜に落ちた暗がりの部屋を淡く照らす揺らめく蝋燭の炎に手をかざす。

すぐに、皮膚が焦げる匂いが部屋を覆う。

かざした手を蝋燭の炎が炙り嬲ると言うのに青年はそれを愛でる。

自分の手の皮膚を嬲り漕がず炎を十分に愛でると・・。


「痴れ者!」

一閃。

青年の怒声が届く前に熱い炎をまとった燭台が従者の頭に突き刺さる。

ブシュ。後から音が聞こえ従者は頭と顔に蝋燭を突き刺したまま絶命する。

バタンと音を立てて崩れ落ちる従者には目もくれず

「片付けて下さい。それと次の子を向かわせて下さい。

今度は仕事が出来る子にして下さいよ」

盲目の目で柱の陰に潜む輩を睨むとそのまま焼けただれた

自分の手の平に顔を向ける。

酷く焼けたはずの手の上で何かが蠢き破れた皮膚が縫い上げられる。

もう片方の手で炎埃を払えば、そこには最初から何もなかったように綺麗な

手の平が肌を覗かせていた。


「彩を知らず恐れを知らず故に人と亜人を蔑み嬲り喰らい尽くす

闇住まいの蝋燭職人?

それ、全部二つ名なのか?短く言っちゃだめなのか?」

「ふむ。そうだ。彼の名を正式に話題にする時は略しては成らない。

しきたりであるし、呪われてしまうからな。

それで彼の名前を持つ者がお前の的であり

お前も彼の者の的って事になるなぁ」


「いま、略したろ?良いのか?呪われるんだろ?」

「俺は大丈夫だ。ミヌの大川の女神に毎月賄賂をちゃんと払っているからな。

お前は駄目だぞ。賄賂払ってないしな。」

蛙の泥棒は大げさにハンニバルをからかう。

「えっと、その彩を知らず恐れを知らず故に人と亜人を蔑み嬲り・・イタ。

舌噛んだろ。くそ、兎に角、その輩がなんで俺を狙うんだよ?」

「あ、呪われますね。」「呪われるな。」

「呪われてしまいますね。ねぇ、兄さん」

「ウンウン。妹よ。あの人は呪われるね」

隣の卓でひそひそと従者達が又嗤う。


「なんで僕が狙われているんだよ?ジェシカに追われるだけで

正直手一杯なんだけども。」

「愛されているからですよ。その御方に。ププ」

黑い革の民族衣装に身を包む女が紅い舌をペロッと出してみせる。

「会った事も知り得たこともないんだぞ?ましてや男の好かれても困るんだが」

「会った事もない男に好かれるとは中々の甲斐性ですね。魔妖使い殿。

いっそ男の尻を撫で回す趣味を持てば良いのではないですか?」

「良かったら僕の尻をお貸ししますが、御代を鼃の旦那様に払って下さいね」

「まぁ、お兄様たら。クスクス」従者達は客人のハンニバルに臆面も無くからかう。


「お前達、あまり客人を虐めるな。こんな顔でも結構繊細な性格な奴なんだぞ。

多分な。それにお前が燄使いの女に追われるのは女の私怨ではないだろ?

例の件で彼奴の国の王を怒らしたからだ。あんな事を起こされちゃ国を治める者と

しては許せるはずもない。国の兵も騎士も全部出してお前を追うだろうよ」

「あれは、不可抗力だ。むしろ巻き込まれた方は僕なんだ。」

卓の上で拳を作るハンニバル。

あまりに話に夢中になりすぎて鼃の泥棒の従者に蛇の唐揚げをつまみ食い

されているのに気づかない。

「兎も角、逃げ切るのが先だと思うが、今回ばかりはきついだろうな」

と鼃の泥棒が顔をしかめる。

「逃げ切るのも撃って出るのもきついって事かい?」とハンニバル。

「そうだな。お前さんは逃げ回るのが得意だけども、今回の相手は無理だろう。

かと言って撃って出るのも分が悪いな。相手は徒党をくんでるし、お前一人だろ?

覚悟を決めるか、この国に籠もって露天商にでもなるかだな。」

「幾らこの国が人種を排斥してるからってむりだろ?ジェシカも

その御人も亜人だろ?結局逃げるには限界があるって事になる」


「こんな所だな。聞かれた事は応えたし、精々逃げ回ることだな。

善絲使いの御人、おい。行くぞ。」蛙の泥棒の声を合図に従者が椅子を蹴る。

去り際に、振り向いた青年が卓の上の伝票と空っぽになった皿を指刺す。

「え??あっ。これ僕が払うのか?ぐへ。なんだこの金額。

食事代ところか宿代まであるぞ

オイ。待ってくれぇ。高過ぎるだろ」と慌てるハンニバルの顔の前に亜人娘が手を

出して支払いを促してくる。結局高すぎる食事代をハンニバルは払うことになった。


強盗、強姦、殺傷、拐かし、詐欺。並ばればきりがない悪党家業のその殆どが黙される暗街で猿顔の男は的の男を見つけた。確かに猿顔ではあるが猿の亜人ではなく

自分の顔が猿に似ている。いや、猿のほうが自分の顔を真似ていると男は仲間に話し

自分は歴とした人種の男だと言い張る。


猿顔の男が受けた依頼は奇妙な物だった。

的人の風体こそ詳細に教えられたが内容が変わっている。

路地に誘い込んで殴るとか拐かして樽に詰めて塩海に沈めるとか言うのでもない。

更に細かく指定項目まであった。


蒼い旅燕尾服を着込み銀縁丸眼鏡(伊達眼鏡らしい)を掛けた痩せた男に

封のされた書簡(添付の羊皮紙)を該当人物の鞄に忍ばせる事。

変わりに小物を一つ盗んでくること。

但し、それは戦闘に使う武器の類いではあってはならない。

開くまでも当人の迷惑にならないような生活品に限る。

書簡は必ず当人が夕食を取る迄に忍ばせる事

それ以上遅くても早くでも否とする。

書簡は二日間隔で忍ばせる事。

尚、当人にばれ、仕事が失敗となった時点で契約は無効とし

汝の頭と胴体は二つに切り分けられると知れ。


何とも奇妙な仕事ではあったが給金は破格であった。

確かに変わった仕事ではあるが猿顔の男にとっては容易い事でもある。

面倒なのは的人の動きである。

朝にこっちに行ったかと思うと昼には暗街を出てしまい

夕方にはまたひょっこり帰ってくる。

良く分からない奴だな、とは思うが隙はあった。

むしろありすぎるくらいだった。

こうしてハンニバルに世にも奇妙な脅迫状が届く事になる。


それに最初に気が付いたのは宿付の世話焼き妾女だった。

「アラ?旦那様?。水石鹸がありませんよ?」

ハンニバルに旅鞄をガサゴソ漁ってから言う。

「そんなはずないよ?一昨日露店で買い求めたばかりだし」

世話焼き妾の後ろから顔をだし旅鞄を覗く。

「あら、こんな立派な書簡封を持ってるなんて高貴なお仕事でも

なさってるですか?」

「いや。僕はただの商い商だよ。てか?そんなもの持ってないけど?」

「でも、これ旦那様のお名前じゃないですか?ほら、当て先がそうなってますよ」

「あれれ?そんなもの受け取ってないけど。見せて貰える?」

怪訝そうに立派な書簡封を受け取る。


拝啓。我が愛しき善絲使い様

ミヌの大川も女神の気まぐれで今年も凍り付く季節になりました。

凍え凍り付く凍面から美しい白鳥も凍りついて首だけ出して苦しむそんな時期で

御座います。


この度、彼の方からご依頼を受け貴方様の首と腸を譲り受ける事にいたしました。

出来るだけ残酷に首をもぎり取り腑を引き抜いて差し上げますので楽しみにして

頂きたいと存じます。

又、私事で御座いますが。

幾つかお聞きしたい事もありますので返信のほどお願いします。


質問1

胸が大きいのと尻が大きいのはどちらがお好きですか?

それとも両方でしょうか?

質問2

黒の下着と白の下着はどちらがお好みでしょう?

質問3

多少ぽっちゃり体型でも許容範囲でございましょうか?

いえ、それほどでもないのですが、最近体重がちょっと増えたので(涙・・・。)


では、貴方様の腹を引き裂いて腑を引きずり出す日を楽しみにしております。


愛しの善絲使い・ハンニバル・シュルツワイグ・アイゼンホルムソーヌ様


逝かせ殺しの魔女より


「うん。脅迫状だね。これは」

「はい。恋文ですね。これは。」

ハンニバルも世話焼き妾も同時に頷くが双方の意見に食い違いがある。

「どう見てもこれは殺してやるぞと言う脅迫状じゃないか?」

「旦那様は乙女心を判っておりません。これは殺したいほど恋い焦がれていますと

言う乙女心その物じゃないですか。

まったく男と雄ってやつは本当、鈍くさいですわ」

「いやいや、どう見ても脅迫状だと思うけども?それに返信しろって

言われてもなぁ」

「駄目です。ちゃんと返事書いて上げないといけません」

「そんな事言っても、どうするんだよ?」

訝しげに顔をしかめるハンニバルであったが

「任せて下さい。ほら、だって名前が書いてあるんですよ?

菟手紙に出せばいいんです」

「良く分からないけど、関わりたくないなぁ〜」

頭を掻きながらハンニバルは愚痴る。

「私が出して上げますから。さっさと返事書いてください。

ちゃんと質問にも答えるですよ」

その夜、奇妙な脅迫状の返信にハンニバルは頭を悩ませる。

元々こう言う文章を書くのが苦手でもあったし元より脅迫状の返信など

書いたことはない。

あれこれ世話焼き妾に言葉尻を手直しされ出来上がった手紙は本当に恋文

その物であった。


軍や貴族が何かを伝達する時は専用の伝令兵やそれに類似する物を使うが

庶民達も手紙は書く。故郷を離れた輩が親に近況を知らせたり

色恋の恋文。借金の催促。裁判の召喚状。

それを一手に引き受けるのが専門の職人達だ。

脚が早い種族が一般的にこの仕事を担う事が多くなり、大抵の場合は疾菟族が多い。

背は低いが脚の速さは亜人一と噂されるが彼が神髄を発揮するのはそこではない。

手紙の当て先が大体判る程度でも彼らは届け先人の所に必ず届ける。

遙か二つ目大陸の火氷河で遭難した登山家を家族が心配し菟手紙を使ったところ

僅か十日で登山家の居場所を割り出しきちんと手紙を届けている。

補足ではあるが菟手紙は書簡や手紙を届けるだけであり遭難救助などはしない為

彼の登山家は一人で火氷河から脱出しないとならなかった。


逝かせ殺しの魔女の家とあまり目立たないが

しっかりと表札のある戸口をトントンと菟手紙の配達人が叩く。

正確にはモフモフと濁った音だ。疾菟族の手は長い毛で覆われているからだ。

モフモフ・・・。一寸時間を置いてもう一度扉を叩く。


「あら?どなたかしら?

あらあら、兎さんなのね。御免なさいな。ちっちゃくてよく見えなくて。

何?私にお手紙なのね。珍しい事。お仕事の依頼かしら?

それと拷問器具の請求書かしら?」

「中身までは知りませんが送り主は善絲使いのハンニバル様ですね。

あ。受け取りの印下さい。此処と、此処と、あと此処ですね。」

「ぜ・・。善絲の・・だ・・旦那様から・・お・・お手紙ぃぃぃぃ」

おそらく逝かせ殺しの魔女であろう女は歓喜に体を激しく打ち振るわせて身を捩る。

少しぽっちゃりの体をガクガクと震わせ受け取った手紙に穴が開くのじゃないかと

心配になるくらい凝視している。印を下さいと強請る疾菟が差し出した書類に適当に名を書き込むと大事そうに胸に抱え拷問部屋へと階段を降りていく。


「逝かせて・・くれ・・。」

大事そうに手紙を抱えて階段を降りて来た逝かせ殺しの魔女に

哀願する声が力なく届く。

「んもう。大事な所なのにぃ〜。何で邪魔してくれるのかしら?

何だっけ?賄賂を受け取らない役人っだっけ?貴方。もう、どうでも良いのよ。

貴方なんかね。最初から暇つぶしだから。」それでも請け負った仕事なのだろう。

一度鏡台の上にハンニバルからの手紙を置き、丁寧に皺を伸ばしてから

壁に据え付けてある拷問具を選ぶ。何か楽しげでありそれはまるで

舞踏会に着ていく服を

あれこれと迷い選ぶ幼い少女のようでもある。

「これは、すぐ終わちゃうしぃ。こっちは余計に時間が掛かりすぎるのよね。

どっちがお好みかしら?お役人さん。さざ波のような緩い快楽の果てに抜き取られるのと味わった事のない絶頂の果てに引っこ抜かれるのとどっちがお好み?」

可愛げな少女の眼を役人に向けて微笑むが、どちらを選んでも

それは絶命を意味してた。


「あの魔法使いさんの胸の谷間、中々迫力があって素敵だったかも。むふふ」

逝かせ殺しの魔女の名をよく知らぬ菟手紙の配達人は一人ほくそ笑みながら

鞄の中にモフモフとした手を突っ込みかき回す。

「これとこれは近場だから、纏めてしまってもよしっと。

あう。これは即届けじゃん。忘れてたしぃ。しかも国越えじゃん。

まずい、これは不味いのです。あわわわっ」脱兎の如く

文字通り脱兎の如く配達人が跳ねて行く。


to be continue.....

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