第7話

「受講生のみなさん、前回のパワーポイントの基本的な説明はどうでしたか?演習の時は皆さん楽しそうに取り組んでいるようでしたね。なかなか便利なアプリケーションでしょう?そこで今回から以前説明したように、グループに分かれてグループごとに実際にプレゼンテーションの内容を作成していただこうと思います。前々回の講習会の最後にアンケートを書いていただきましたが、そのアンケートをもとにグループ分けしました。絵画、料理、旅行、映画、音楽の5グループに分けることができました。そしてそれぞれ均等に三人ずつのグループにすることができました。グループ分けの表を前のホワイトボードに今から貼りますのでご覧になってください。グループごとにまとまった形で座席が指定されていますので、その座席に移動してください」

 15名の受講生は全員一斉に前の方に出てきて、ホワイトボードに貼られた表を見て、自分の氏名が書いてある場所を確認してから、その座席へと移動していった。座席移動が終わって、静まったところで進は話し始めた。

「それぞれ3人ずつのグループができたと思うのですが、グループでのテーマを決めてそれぞれ分担を決めて具体的な内容作成を始めて頂いたらいいと思います」


 「山下芳生と申します。アンケート用紙にはレッドツェペリンやディープパープルのようなイギリスのロックグループと書きました」

「一条紗友里と申します。私はビートルズやロッド・スチュアートのようなイギリスのロックアーティストと書きました」

「疋田鶴夫と申します。僕はローリング・ストーンズの『ギミーシェルター』のプレゼンをしてみたいと書きました」

鶴夫はローリング・ストーンズの『ギミーシェルター』と言った瞬間、先週行ったローリング・ストーンズのライブの映像と音が脳裏に鮮やかに蘇ってきた。おそらく最後の日本公演となるだろうと言われていた初日、運良く東京ドームの観客席に座ることが出来た。もちろんアリーナ席ではなかったけれど結構前の席で、花道が東京ドームにしては顔が識別できる距離まで進んでくる設定であった。ミック・ジャガーの軽快な動きでの独特のヴォーカルスタイルは以前テレビで見た時の若かりし時と同じであった。キース・リチャーズの独特のギタースタイルはあまりにもクールすぎた。ザ・ローリング・ストーンズ、中学の時に初めて買った彼らの来日記念アルバム『THE ROLLING STONES ゴールデンプライス』、そのレコード盤に何度針を落としたことか。テレビで見たライブ風景からすると意外と思えたバラード調の曲が少なくなかったこと。当時中学生だった鶴夫が彼らのライブに行けることなど夢の夢であったにも関わらず彼らの初来日を指折り数えて楽しみにしていた。彼らのライブに最初から行くはずもなかったにもかかわらず、彼らの来日が中止になったとき、日本という国がとても遅れた国に思えてとても悔しい気分になったのを鶴夫は思い出した。マイナスイメージの強かった彼らは、当時学校で変わり者に思われていた鶴夫にとって、自分を投影できる大きな存在であった。彼らが否定されたことは自分も否定された気がしてとても悲しい気分になったのを思い出した。やがて日本も彼らの来日を受け入れられるくらい先進国にいくらか近づいたようで、彼らの来日が音楽ニュースで騒がれていたようであったが、その頃の鶴夫の音楽的関心はクラシックやジャズだったので、ライブへの関心はそれほどなかったのかもしれなかった。ライブの後半の頃、バックコーラスのリサ・フィッシャーが前面に出てきて歌い始めた。『ギミーシェルター』であった。彼女のコーラスが入るのは後半であるはずなのにいきなり最初からであった。全身鳥肌がたつ気分であった。やがてミック・ジャガーのヴォーカルが始まる。あまりにもクールすぎる情景であった。一瞬のうちに蘇ってきたライブの高揚した気分は、自分が次の言葉を発しなければ永遠に続いたかのように思えた瞬間の出来事であった。

「このグループはブリティッシュ・ロックということで見事なほどに偶然に共通しているんですね」

「疋田さんはローリング・ストーンズのファンのようですが、先週の来日ライブに行きましたか?」

芳生が期待を込めたような語調で言った。

「ええ、東京ドームでの初日のライブに行ってきました。『ギミーシェルター』が圧巻でした。あの女性コーラスの迫力とミック・ジャガーのクールなヴォーカル。口に出しただけであの光景と音楽を思い出します。思い出しただけであの興奮が蘇ってくるんです」

「実は、僕も先週そのライブに行ってきたんです。疋田さんと同じく初日でした。最近、病んでいまして。仕事が原因なんですけど。妻は僕がローリング・ストーンズが好きなことを知っているから、絶対行くようにと勧めたんです。『ギミーシェルター』は本当にすごいと思いました。心底感動しました」

「すごいです。びっくりしました。あたしも娘と行ってきたんです。同じく先週の初日のライブでした。アーごめんなさい。まだ、自己紹介していないですね。一条紗友里です。よろしくお願いします。でも、本当に偶然の一致ということがあるんですね」

紗友里は目を大きく開いて、鶴夫と芳生を交互に見ながら続けて言った。

「あたしも『ギミーシェルター』には感動しました。鳥肌が立つってこういうことなのかしら。あの黒人女性コーラス、本当にすごいですね。娘も『ギミーシェルター』がすごく良かったと言ってました」

「娘さんもローリング・ストーンズがお好きなんですか?」

鶴夫が笑みを浮かべながら聞いた。

「娘はあたしがローリング・ストーンズが好きだということを知っていて、たまたま先週あたしの誕生日だったんですが。誕生祝いに連れて行ってくれたんです」

「なぜ娘さんは、一条さんがローリング・ストーンズが好きだということを知っているのですか?ローリング・ストーンズのCDを普段よく聞いているとか?」

芳生が目をパチクリさせながら聞いた。

「主人が猛烈なローリング・ストーンズファンだったんです。彼らのレコードとCDをほとんど持っていました。彼はギターの弾き語りが上手で、あたしの誕生日の日に、あたしと娘の前でローリング・ストーンズの曲を弾き語りで歌ってくれたんです。『アンジー』という曲でした。主人は工事現場で働いていたんですが、あたしの誕生日の翌日、工事現場で、事故で亡くなってしまいました」

目に涙を浮かべながら紗友里は言った。

「この際どうですか?3人共ローリング・ストーンズのライブに行っているということで、テーマをローリング・ストーンズにしては?」

芳生が言った。

「3人共『ギミーシェルター』に感動しているということで、ローリング・ストーンズの『ギミーシェルター』にしません?」

涙を手で軽く拭きながら紗友里が言った。

「僕は大賛成です」鶴夫が嬉しそうに言った。

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