第3話

 閉じられたカーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいた。夜はあれほどにも明るかったLEDの光も昼の太陽の光には敵わなかった。たとえカーテンの隙間から漏れてくる一筋の線であっても、どれほどワット数の多いLEDの光でも圧倒してしまう力が太陽の光にはあった。赤・緑・青の三色からなるLEDの光に対して、太陽の光には自然界に存在するあらゆる光を含んでいることがそのことの単なる理由ではなかった。太陽の光には人工の光にはない何か神秘的な力が秘めているように思えてならなかった。

 徹は遮光カーテンの隙間から差し込んでくる太陽の光によって朝を感じていた。徹にとってそれは一日の始まりであった。徹の部屋の遮光カーテンは一日中閉じられたままであった。今でも忘れられないあの日の朝に閉じられてから一度も開けられたことがなかった。だが、カーテンは最後まで閉められてなかった。2つのカーテンの接触部分の磁石同士が接触すれば隙間を完全になくすことができた。遮光カーテンによって外界の光を全くシャットアウトすることができた。そして昼間でもLEDのライトを消せば完璧な闇を作り出すことができたはずであった。やるきになればカーテンの隙間をなくすのに数秒ともかからなかった。しかし徹はあえてそのことをしなかった。カーテンから今漏れているわずかばかりの太陽の光が徹と外界とを繋いでいる唯一のものに思えてならなかったからである。

 徹の部屋にはオーディオセットがあった。中学入学祝に父の雄一郎から買ってもらったものであった。このオーディオセットにはCDプレーヤーやカセットテーププレーヤー以外に、アナログレコードプレーヤーが接続してあった。今までアナログレコードを買ったことはなかったが、雄一郎から譲り受けたものがかなりあった。アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダの英語圏の1960代、1970年代のものが多かった。徹は自分が持っているCDの曲以外を聞いてみたくなったときがあった。その時彼は初めてレコードを手にとった。彼は部屋でラジオを聞いていることが多かったが、以前ビートルズ特集の放送を聞いたことがあった。そこで流れていたビートルズの曲でまた聴きたいと思った曲がいくつもあった。彼は父からアナログレコードの入ったラックごと譲り受けていた。ラックを開けるとアーティストごとにわかりやすくレコードが配置されていた。一番枚数が多いあるアーティストのレコードが一番取りやすいところにあった。そのアーティストはビートルズであった。当時日本で販売されていたアルバムがほとんどあった。ビートルズのアルバムがリリース順に揃えてあったが、その年代順とは関係なく『オールデイズ』というアルバムが最初にあった。徹はそのアルバムを抜き出した。アルバムのジャケットには印象的なイラストがあった。透明なビニール袋からジャケットを取り出した。そのジャケットからレコード盤が入っている紙袋を取り出した。その紙袋からレコード盤を取り出して、アナログレコードプレイヤーにセットした。A面を表向きにしてセットした。プレーヤーのボタンを押すと、針がひとりでに動き出してレコード盤の上におりた。いきなり歌声が飛び込んできた。「シー・ラヴズ・ユー」である。体中に衝撃が走った。初めて聞いた曲である。


「今日も徹は学校へ行きそうにないか」

徹の父、松山雄一郎はトーストにのせたバターをバターナイフでのばしながら言った。

「いつもと同じ調子で、下に降りてくる様子は全然ないみたいね」

徹の母、香は焼き上がったばかりの目玉焼きを載せた皿を、テーブルの雄一郎の座っているところに置きながら言った。

「最近徹は部屋で何をやっているんだろう?」

「あなたが徹の部屋に置いてあげたレコードを聞いているみたいよ」

「何を聞いているんだろ?」

「徹の部屋の前を通った時ビートルズの曲が聞こえたわ」

「ビートルズか」

「あなた、今日は帰り何時頃になります?」

「いつもと同じくらいかな」

 

 車を車庫から公道に移動させた後、雄一郎は車の窓越しに徹の部屋の方を見た。部屋のカーテンは閉じられたままであった。沈鬱な顔で雄一郎はブレーキペダルに乗せた右足をアクセルペダルへと移した。隣町にある大型電気店の支店と系列のパソコンショップに勤める雄一郎は、毎朝20分ほど車を走らせて通勤している。雄一郎は電気店のPCコーナーの担当になってから2年ほどになる。今月はいくつかのメーカーで新製品が出ている。それらのカタログにはすべて目を通している。インターネットで旧モデルと照らし合わせて、それぞれのモデルの特性を熟知できるようにしている。今月は朝の車の中での20分は重要で、新製品について客に説明する場面を頭の中でイメージしながら運転するのである。しかし、今日は雄一郎の頭の中でイメージしているものは違っていた。電気店に着いてから、もう一人のPC担当者に新製品のカタログを渡して、彼がWEB等で独自に得た新製品の情報を伝えて、その後本社に向かうことになっていたのであるが、そのことと関係していた。

 支店の電気店に寄って、もう一人のPC担当者に説明して本社に向かった。本社に着いたのは家を出てから2時間後であった。それでも約束した時間までにはまだ余裕があった。雄一郎は本社ビルのロビーに入り、受付で自分が来たことを伝えると、ロビーにある長椅子に腰を下ろすと、カバンから企画書のコピーを取り出した。彼は自分が書いた企画書を見ながら部長に企画を説明している自分をイメージし始めた。彼がそのイメージをし終えると同時に受付から彼を呼ぶ声が聞こえた。

 雄一郎が営業部長室のドアをノックすると、すぐ入るようにとの返事があった。雄一郎が営業部長室に入ると、部長はデスクに座ったままで企画書を読んでいるところであった。

「企画書ご苦労さまでした。一つ質問したいことがありますがいいですか?PCインストラクターへの謝礼はどのよう捻出しようと考えていますか?」

「PC購入者に一定の割引率というものがあります。それを当てようかと思っています」

「インストラクターをどのようにして集めるつもりですか?」

「店舗の掲示板とホームページで公募しようと思っています」

「この割引率から捻出した謝礼で応募する人が出てくるように思えないんですが」

「私の知り合いで、生涯学習センターで事務をしているものがいるんですが、彼が言うにはPCの講座を開きたいと言う人が毎年増えているようなのです。自分の身につけた技術をボランディアで活かしたいという人がかなりいるようなのです。ですから謝礼とかは気にしないでとにかく教えてみたいという人がかなりいると思うんです。少なくとも各支店に一名くらいのインストラクターは集めることができると思うのです」

「インストラクターの公募のポスターとホームページはどうしますか?」

「ポスターはデザインから印刷まで私がやります。ホームページはこの会社に入る前にいくつかのホームページ作成会社でアルバイトをしたことがあるんです。部長からIT部に話しを通していただけるとありがたいのですが」

「君がそれを全部一人でやるとすると時間はどれくらいかかりそうかね?」

「一日いただければ十分です」

「分かった。早速IT部に連絡しよう。その日は出張扱いにできるように手続きをとろう」

「ありがとうございます」

「特別な予算を計上しなくてもできるみたいだから、この案件は役員会を通す必要もないみたいだね。今月中に支店長会議を開いてこの計画を伝達しよう。その時は君も出席してプレゼンの手伝いをしてくれるね」

「わかりました」

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