第40話

 三上はぐふふふと気味の悪い笑い声を出した。


「立花と別れた後、電車と接触して頭を打ち付けたよ。今頃生きてるかなぁ?」

「うぅ……うー……!」

「何言ってるのかな?」


 三上は嬉しそうに笑いだした。


「そうそう。俺が押したの。だからもう俺が捕まるのは時間の問題かもね?」


 藍は動揺して視線を彷徨わせた。今朝の事故の影響で電車が止まっていたことは、はっきり覚えている。それに、白谷からメールの返事は無かった。三上が嘘を付いている可能性はあるがそれを確かめる方法はない。


「それから、この部屋ね」


 三上は嬉しそうに指を指した。先程までドアの前に冷蔵庫など置かれていたのが片付けてある。


「ここに立花の友達がいるよ」


 藍は目を見開いた。三上と部屋のドアを何往復か見たあと低く唸った。 


「害虫は駆除しなきゃいけないと思ったんだ。咄嗟に連れてきたから手荒なことをしてしまって、相田さんには申し訳ないよ」 


 藍は衝撃のあまりワナワナと震えた。


「死んでないよ。生きているよ」


 三上は立ち上がると、藍にも立ち上がるように鎖を引いた。まるで飼い犬だ。藍がやっとの思いで三上に連れられてドアの前まで移動すると、三上はドアノブに手をかけた。藍は荒く呼吸をしながら後退る。扉を開くと異臭が鼻を付いた。そこには、暗闇の中で、手足をロープで縛られ所々が赤く腫れ上がり傷ついた桜がいた。


「うっ……うぅっ……!」


 桜はこちらを向くと無言で二人をじっと睨んでいる。藍は首を振った。


「相田さん。悪いのは俺なんだから、大切な友達まで睨むのはやめたほうがいいよ?」


 そういうなり、三上は桜の腹を踏みつけた。桜のうなるような悲鳴があがる。


「この……害虫が! お前の目で立花を見るな!」


 三上は腹を蹴り上げると部屋を出てドアを閉めた。あまりの光景に藍は理解が追いつかず立ち上がることすらできなかった。それを見た三上は藍を横抱きにしてベッドへと運んだ。ベッドに置かれた藍は体を丸めてじっとした。


「泣いてるの? 悪いのは全部俺なんだから。立花は泣く必要なんてないよ」


 藍は何も答えず身動きも取らなかった。そんな藍を三上は抱きしめた。


「女の子って、なんて柔らかいんだろう」


 藍の体を最初は優しく撫でていたが、すぐに服の中に手を入れて弄り始めた。反射的に藍は拒否反応を示した


「んーー! んーー!」

「最後に楽しませてもらおうかな」


 三上は藍に馬乗りになると藍の大きなフリルの付いたブラウスのボタンを一つずつ外し始めた。


「夢見てるのか? こんな幸せがこの世にあるなんて? あぁ……」


 いつもの三上の顔ではなかった。目は欲望を称え口元は嫌らしく笑っている。急なことで藍は驚きのあまり涙に濡れた瞳を瞬かせた。藍が大人しくしているのを確認するなり、三上はボタンを全て外しブラウスをゆっくりと広げた。


「んー! んー!」


 藍の反応を楽しむかのようにわざとらしく肌に指を這わせている。


(あぁ……嘘でしょう。ファーストキスもこいつに勝手にされたのに)



 怒りのあまり藍はされるがまま、意識は別のところへと向かっていた。それは、あの幼い夏の日。ベランダでプールで遊んでいた時。母はリビングにお茶を取りに行っている。藍はプールから上がるとベランダをペタペタと歩き、知沙ちゃんのお母さんが顔を出した隔て板へと向かった。記憶通り、隔て板からニュッと顔を出したのは知沙ちゃんのお母さんだ。背中から黒い靄が立ち上り、その中には悲しそうな顔の生霊が取り憑いている。


「どうして、生霊が背中に憑いてるの?」


 藍が口を開くと、知沙ちゃんのお母さんは驚いた顔をした。


「生霊?」

「背中にピタリと憑いているよ。知沙ちゃんのお母さんは、私のことが嫌いだったの?」



 知沙ちゃんのお母さんは目を見開いた後に笑った。


「……嫌い。大嫌いよ。あなた、まるでお嬢様のように気取っているじゃない。あんたはいつも良い子ぶってて、いつでも可愛くて何でも知沙より早くできる。 ……反吐が出るわ!」

「じゃあ、どうして? どうして私に優しく接してくれたの?」


 知沙ちゃんのお母さんは両手で顔を覆うとわっと泣き出した。


「良いお母さんでいたかった。良い人でありたかった。良い妻でありたかった。なのに私は何もかもが上手く行かなくて。でも、立花さんは違った。仕事もして家事もして、藍ちゃんは良い子でお利口で可愛くて……」

「私には恨まれる覚えは無い」

「あるわ! あんたみたいな子がいるからあの人は隣の藍ちゃんはしっかりしているとか言うのよ! もう限界なの! あんたのせいでうちの子は二人とも浴室で死んでるわ。あなたも一緒に連れて逝ってやる。あんたがいなければ、私は死ぬ必要なんて無かったのよ!」


 藍はあまりの理不尽さに怒りで笑いだしたくなるのを堪えた。


「私は何の関係も無いじゃない。なすり付けないで」

「擦り付けていない!」


 藍は知沙ちゃんのお母さんの身勝手さに堪えきれずにとうとう笑いだした。


「くっ……ふふ……あはは……あははははは!! 」


知沙ちゃんのお母さんは無表情で立っている。


「あなたは今死ぬの。そのまま人に責任を擦り付けて逝けばいい」

「いいね。あなたはいいね」


 藍はハッとした。


「お前もそうやって生きていくんだ。私の生霊が見えるの? それは、お前を殺したいから! だから、お前に見えるんだよ! お前に殺意を持ってるから。だから私に生霊が取り憑いているんだよっ!」


 知沙ちゃんのお母さんは大声で叫ぶと、笑いながらズリズリと手摺りから身を乗り出した。

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