第29話 メンヘラシミュレーション

「上がっていいよ」

「お、お邪魔します……」


 流れに逆らえない俺は、とうとう雨衣の自宅へとお邪魔していた。雨衣の家にお邪魔したのっていつ振りだろうか。俺がまだ小さな頃、慣れない土地に不安を抱いていた時だったか。

 新しい土地に引っ越して来たばかりの俺と玲夢は、両親に連れられて四人のご家族に挨拶回りに行った。

 両親が仕事で忙しい時は、あいつ等の家に預けられ一緒に一日を過ごした事もあったが……。

 あの頃から幼馴染はずっと、俺の行く先々に現れ俺の自由を奪っていくようになった。

 俺が今日は遊べないと断れば、いきなり家まで訪ねて来たり、友達と遊ぶとなれば付いてきたり。

 そんな監視生活がずっと続いていて、スマホは変えたし勝手に登録されたLINEもブロック削除。

 追跡アプリをいつの間にかインストールされていたが、それは既に削除済み。しかし、位置情報をOFFにすれば居場所がバレる事は無いことに最近になって気付いた。俺はパソコンだけではなく、スマホの操作もまだ慣れていないようだ。つまり、機械音痴。

 

 そして久々に雨衣の家に上がらせて貰うと、バーベナの爽やかな香りがベランダの方から微かに漂ってきた。


「今も園芸で働いてるのか?」

「うん。お母さん、昔からお花が好きだったから」


 そういえばそうだったような気がする。過去を頭の中で巡らせてみると、一気に昔の……まだ俺が小さかった頃の記憶が刻まれていくようだ。

 って何思い出に浸ってるんだ、俺は!

 折角雨衣と二人になれたんだ。他の三人がいつ来てもおかしくはない。

 だったら俺が今するべき事はなんだ? 雨衣の家で寛ぐ事か? いや、違う。

 一人一人を攻略していく事じゃないか! 目線を雨衣の頭上にやり、目を凝らすと好感度がうっすらと見えてきた。


 あれ? 何かいつもと違う?


 好感度は相変わらずMAXなのだが、レベル2にランクアップしていた。


「はぁぁぁ!!? なんだよ、これ!」

「み、みぃ君……?」


 待て待て待て。落ち着くんだ、俺!

 学校に居る時はまだレベルなど上がっていなかった。学校の帰り道も好感度はそのまま。

 ならいつだ? こいつはいつ、好感度レベルが2に上がったんだ? おかしいだろ!


 好感度を下げる所か、次々に上がってしまう幼馴染達。いやまだ一人、紫乃が残っている。

 紫乃は今の所、好感度レベルは上がってない筈だ。

 どういう事だ……? 好感度ゲージは俺にだけしか見えないし、霧崎に相談したって普通に女の子の攻略程度にしか思ってないだろう。

 俺が霧崎に「実は、幼馴染限定で好感度が見えるんだ!」なんて言ったらあいつの事だから、「は? 病院行きますか?」なんて言われそうだ。

 それに、昔からこの好感度ゲージが見えていた気がする。もしかすると、玲夢のギャルゲーシミュレーションを見ていたからかも知れないが……。それか、俺の思い込みって事も考えられる。まさかな……。

 俺が過去の事を思い出していると、雨衣が不安そうな表情で見つめていた。


「みぃ君、大丈夫?」

「な、何が?」

「また難しい顔してた」


 俺ってそんなに顔に出やすいのだろうか。自分の顔をぱんぱんっと叩くと、雨衣がびくっと肩を揺らした。


「悪い。何でもない」


 昔の事は一旦忘れ、俺はメイド喫茶での会話の事を思い出した。

 幼馴染達のという事に関しては、俺に取ってはゲームの一環でもある。それは玲夢も知ってる筈だ。

 しかし、俺が本当に幼馴染達の好感度が見えるとは、流石の玲夢でも冗談を言ってるようにしか聞こえないだろう。そして俺は、雨衣に一つの疑問を聞いてみた。


「あのさ、メイド喫茶で言った言葉あるだろ? もしこの世界がゲームならって」

「うん、したよ。それがどうかしたの?」

「いや、お前からゲームと言う単語が出るのは珍しくて気になったというか……」

「……」


 どうしてもあの言葉が関係ないとは言い難い。雨衣は俺と同じで、ゲームに興味がないはずだ。

 それとも最近になってゲームに興味が出てきたとか? 幼馴染の事をあまり深く知ろうとは思っていないが、何となく気になってしまった。


「……。他の三人からは止められていたんだけど、みぃ君に隠し事はしたくないしね」

「雨衣?」


 さっきまでの彼女とは裏腹に、真剣な面持ちで奥の部屋に俺を誘導する。今から何か大事な事でも話すって事だろうか。

 奥の部屋に行くと、バーベナの花が壁際に寄せられていて、俺の鼻腔をくすぐってきた。


「何でこの部屋?」

「お花の香りって気持ちを楽にしてくれる効果あるでしょ? だから話すならこの部屋が一番良いかなって思ったの」


 なるほど……。確かにこの部屋ならバーベナや、他の花の香りで気分が癒やされていきそうだ。


「で、何を話してくれるんだ?」

「その前に一つだけ良いかな?」

「ん?」

「み、みぃ君は私達の事嫌い?」

「え?!」


 メンヘラだから別にそこまで驚く事でもないのだが、この雰囲気で言われると流石に驚いてしまう。


「どうしたんだよ、急に……」

「……」


 確かに俺はお前達が嫌いだ。俺の自由を今まで全て奪ってきたこいつ等は、今更好きにはなれない。

 だけど、昔からずっと一緒に居たからか、幼馴染としては大事かも知れない。しかし……。


「何でそう思うんだ? 少しネガティブになりすぎなんじゃないか?」

「……」


 雨衣の好感度ゲージが少しだけ減った。もしかしてこのままいけば、他の三人よりも先に、メンヘラ自称彼女を攻略出来てしまうのでは? だったらハッキリと嫌いだと言ってしまえば良い。

 頭ではそう思っているのだが、なかなか口に出す事が出来ない。


「そうだよね……。みぃ君の言う通りかも知れない。私、少しネガティブになってたかも……」


 雨衣の好感度ゲージがどんどん下がっていく。このまま俺の事を嫌いになって……。ん? 急に好感度ゲージが止まったのだけど。


「だからって、紫乃みたいにポジティブにはなれない。だってこれが私のだから」


 え? 今何か大事な事言わなかったか?

 やばい、聞き逃した。


「あ、もうこんな時間。続きはまたいつかするね」

「は? 今度じゃなくて、いつか?」

「うん。今話しても、みぃ君信じてくれなさそうだから。後、今の話は他の三人にはしないで」

「わ、分かった……」


 雨衣の最後の言った言葉……。何故俺はこういう時に限って聞き逃しちゃうんだよ!


 好感度ゲージはストップしたままだが、次の日になったらまたMAXになってるんだろうな。

 そんな事を考えながら俺は、雨衣の家を出たのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染(達)が自称彼女な件。攻略中! 天馬るき @tenma_ruki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ