第22話 お家デート

 ――ゴールデンウィーク初日。


 学生の皆が楽しみにしているゴールデンウィーク!!

 休みは短いが、学校に行かなくて良いし、一日中家でゴロゴロ出来るし、テレビも自由に見れるし、ゴールデンウィーク最高だーーー!!!


 自分の部屋で浮かれていると、ピンポーンと言うインターホンの音が聞こえて来た。

 少しすると下の階から母さんが俺を呼ぶ声がした。

 今で忙しいから後にして欲しい。

 そんな時だ。誰かが階段を駆け上っている足音が聞こえ、嫌な予感がした。


「やった! 私が一番乗り!」

「え、し、紫乃!?」


 突然俺の部屋のドアが勢い良く開かれ、肩を少しビクリと震わせた。


「何で紫乃が俺の部屋に……?」

「くーちゃん忘れたの? ゴールデンウィーク、デートしよって約束したじゃん!」

「はぁ!? いつ? どこで? 何時何分??」

「何小学生みたいな事聞いてるの?」

「こっちは真剣なんだが!!?」


 俺は隅っこの方で身体を丸めたまま、開けられたドアの前に立っている紫乃を見つめる。

 紫乃は俺の許可無しにお構いなく、部屋へ入ってくると俺の近くまでやって来た。


「ほら、他の三人が来る前にデートだよ! くーちゃん!」

「ちょっと待て! まだ着替えてない!」

「何で着替えてないの? 約束したじゃん……。今日はデートって……」


 紫乃の目にあったハイライトが段々と薄れて来ると、ヤンデレと化していた。

 デレデレのくせに、ヤンデレ化したらヤンデレ自称彼女が二人になってしまうじゃないか!

 ここは穏便に済ませたいとこだ。


「実はこないだから体調があまり優れなくてだな、本当は凄く凄く凄く凄ーーく、デートを楽しみにしていたんだが、げほっげほっ、残念な事にげほっ、風邪を引いてしまってげほっ、風邪を移すと悪いからげほっ、行けなくなってしまったようだ。げほほー!」


最後のは不自然だっただろうか?


「……」


 暫くの沈默が俺の部屋で流れた。カチコチと時計の針が小さく音を鳴らしている。

 そして、紫乃は口を開いた———。


「無理していたの? ごめんね、気付いてあげられなくて!」


 この時俺は、紫乃がアホで良かったー!

 なんて、こいつには悪いが思ってしまった。

本当にすまない。


「あぁ、そうなんだよ。だからデートは……」

「お家デートだね♪」

「……は?」


 相手が体調悪いって分かったら素直に帰るのが普通だと思っていたのだが、予想が外れてしまった。

 紫乃は俺の手を強く握りしめ、真っ直ぐに見つめてくる。


「大丈夫だよ、くーちゃん♪ 今日一日中、くーちゃんの看病をしてあげるからね」

「看病……?」

「私が料理してるとこ今まで見た事ないでしょ? だから、今日は特別に私がくーちゃんの為にお粥を作ってあげるの!」


 紫乃は握っていた俺の手を離すと、エプロンを身につけた。

 いくらなんでも準備がよすぎる彼女を見て、俺は言葉が詰まる。


「少し待っててね。おばちゃんにキッチン借りて来るよ!」


 俺が口を開くよりも先に、目にも留まらぬ速さで部屋を出て行った。

 行動力があって逆に尊敬してしまう。

 変に誤魔化すのは良くなかったかも知れない。暫く待ってみると下の階からダダダダと勢いよく階段を上がってくる足音が聞こえてきた。

 人の家でドタバタするのは止めてもらいたい。


「はい、お待たせ!」

「早かったな……。それは?」

「お粥だよ! くーちゃんがいつ熱を出しても良いように每日練習してた甲斐あったよ♪」


 エプロンを身につけキッチンに向かった彼女だが、腕に自身があるものだと思い、少しだけ期待していた俺がバカだった。

 作ってくれるなら折角だし、食べない訳にはいかないだろう。

 然し、今!

 俺に差し出されたお粥からは悪臭がぷんぷんと鼻を突いて、食べる気にはなれない。

 これ、本当にお粥か!?


「はい、食べさせてあげるから口開けて!」

「は!? 食べれる訳ないだろ!」

「もしかして照れてるの?」


 ちげぇよ!!

 お粥から変な悪臭みたいのが漂っているし、何の罰ゲームだよ!

 絶対これ食べたら死亡フラグが立つぞ!!


「食べてくれないの? 折角くーちゃんの為に練習して、くーちゃんの為に女子力磨いて、くーちゃんの為にお粥を作ったのに……」

「うぐっ…」


 目を潤ませながら俺の顔を見つめ、紫乃は何かを訴えている。

 この技は女子の得意技、うるうる攻撃!

 この攻撃は世界中の男達を魅了する技だと聞く。ここで俺が紫乃の思惑通りにハマる訳にはいかない。


 1、ハマる

 2、ハマらない

 1、ハマるルルル

 2、ハマラナナナナイ


 選択肢が誤作動を起こし始めてる!

 これは相当難易度が高い攻撃なのだろう。

 やばい、本当に熱が上がってきた。


「あっ!」

「な、どうし……んぐっ!」


 俺が口を開いた瞬間を狙っていたのか、悪臭を漂わせているお粥を、スプーンで掬い俺の口の中へ放り込まれた。


「どう? どう? 美味しい?! ねぇ、何で黙ってるの?」


 紫乃が必死に俺に呼び掛けるが、意識が遠退いていく———。


         ◇


 『ここは……?』

 『まだ17歳なのにこんな所に来てしまうとは』

 『え?』


 視界がはっきりと見えて来ると、俺は彼岸花に囲まれ倒れていた。

 松葉杖を持った老人が俺の方を見て溜め息を吐いている。

 俺死んだのか!?


 『情けないのぅ。食物でここに来る奴は初めてじゃ』

 『あの!』

 『何じゃ?』

 『ここって天国とかですか?』

 『ふーむ。その境目じゃ』

 『境目?』

 『大丈夫じゃ。お前は食物で気絶しただけじゃろうし、すぐに目を覚ますじゃろうて』



 そして次の瞬間———。



「あれ、俺生きてる?」


 目を覚ますと自分のベッドに横になっていて、重たい身体を起こした。

 今何時だろうと壁に掛けてある時計を見れば、時刻は7時を指している。

 どうやら俺は長い時間、眠っていたようだ。

 流石に紫乃は帰っただろうし、他の幼馴染達が来たのかも分からない。

 もしかしたら俺が寝ている間に来ていたが、俺がなかなか起きないから皆帰ったとかだったら、それは悪い事を———。

 いや、逆にこれで良かったのかも知れない。

 俺のみっともない姿を見た四人は、俺に幻滅し嫌いになってくれた方が都合が良い。

 そして一緒に居る時間が無くなれば周りから「最近、あの子達と一緒に居ないね。良かったら私達と一緒に遊びに行かない?」って誘われるかも知れない。

 何もかも上手くいきそうな気がしてきた!!


 ベッドから起き上がり、布団から出ようとしたが重圧が掛かっていて少し違和感を覚えた。

 何か嫌な予感がした俺はそっと、重みがある場所へ視線を移してみる。


「……な、何でこいつが?」


 とっくに帰ったと思っていた彼女が、紫乃が俺の布団の上に顔を埋め、すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。

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