第1話 自称彼女

 4月1日ーーー。


 目覚まし時計の音と外から聞こえる車のエンジンの音で目を覚ます。

 重たい身体をなんとか起こし、開いてない瞼を右拳で軽く擦る。

 大きな欠伸をし背伸びをして、俺はゆっくりとベッドから床に足をつけた。

 両親は朝早くに仕事に出掛け、家には俺と妹の玲夢りむだけしか居ない。

 部屋に置いてある立て掛け鏡の前に立つと、髪はボサボサ、パジャマは牡丹ぼたんが外れて乱れていてダラしない姿が映し出されていた。



「俺、ダサっ!」



 机の上に置いてある櫛で丁寧に髪を梳かしていき、パジャマから制服へと着替えた。

 部屋から出ると丁度妹の玲夢も隣の部屋から出てきた。

 ベージュカラーのミディアムヘアーを、ゆらゆらと揺らしながら、俺の顔を見上げてニコッと笑った。



ぃ、おはよう」

「あー、おはよう」

「今日は寝坊しなかったね」

「俺がいつも寝坊するかと思ったら大間違いだぞ?」

「はいはい。それよりも見てこれ!」



 玲夢はクルッと一回転をして俺に制服を見せてきた。

 青の制服に白のラインが入った、可愛らしい女子の制服だ。

 リボンは学年毎に分けられてるらしく、赤が一年、青が二年、緑が三年となる。

 学ラン服にも同じように、ネクタイの色が赤だと一年、青だと二年、緑だと三年だ。

 因みに俺は今日から二年生だからネクタイの色は青に変わった。


 玲夢は明日から俺の通う、私立海原うなばら高等学院の生徒になる。

 今から待ち遠しいのか届いた制服を着ては、凄い喜んでいるようだ。

 でも気持ちは分からんでもない。

 実は俺も去年の今頃、新しい制服が家に届いた時は凄いはしゃいでしまった。

 すると両親から「煩い!」って怒鳴られてしまったけど。

 あの時の気持が今の玲夢の気持ちなのだろう。

 玲夢が嬉しいなら俺はそれで良い。



 二人でリビングに向かうと、食卓の上にメモ書きとサランラップが敷いてある平ぺったい皿が真ん中に置かれていた。

 皿の下に挟まってる紙を手に取ると玲夢と一緒にそれを読む。



 “温めて二人で食べてね”



 丁寧な字で書かれていたそれは、間違いなく母さんの字だ。

 いつも朝出勤の母さんは每日俺達兄妹の為に朝食を用意してくれている。

 母さんはデザイナーの仕事をやっていて、

 父さんはゲーム制作者の社長だ。

 俺は将来、父さんの跡を継ぐ事になっているが俺だってやりたい事は沢山ある。

 高校をで彼女を作り卒業したら彼女と一緒に良い大学に入る。

 そんな都合の良い話があるのかは分からないが、今は留年しないようにちゃんと出席日数に気を付けたいとこだ。

 俺は朝が凄く苦手だが、今日から高校二年生。

 新学期早々に遅刻などをして、皆の前で恥を欠きたくはない。


 サランラップを取り、電子レンジで10秒温めるとホカホカと湯気が肉じゃがの旨そうな匂いを運んできた。

肉じゃがは俺と妹の大好物だ。

肉じゃががあればいくらでも白米が食べられるのだから。

二人で食卓に着き『いただきます』と両手を合わせ挨拶をする。

味噌汁を啜り、肉じゃがのじゃが芋をお箸で摘む。

そのまま口の中に入れると、美味しすぎて顔が綻んでしまうようだ。

食事を楽しんでいると急に玲夢が箸を箸置きに一回置き、俺の方に顔を向けた。


「ねぇ、兄ぃ。幸せそうに食べてるとこ悪いんだけど、そろそろ学校に行かなくて良いの?」

「え?」


チラッと壁に掛けてある時計を見ると、既に7時30分を過ぎていた。


「やばっ! が来る!!」

「急ぐのは良いけど、転ばないようにね? 兄ぃに何かあったら嫌だから」

「あぁ、ありがとう。気を付けるよ! んじゃ、行ってきます!」

「行ってらしゃい、兄ぃ!」


妹にそう言い残し、俺は急いで自分の部屋に戻るとスクールバッグを肩に掛けた。

そして紐靴に履き替え玄関を出る前にもう一度言う。


「行ってきます!」


どうやら俺の家にまだも来ていないようでホッと肩の力を抜く。

 バス停留所に着くと会社員の人達が結構居て、バスに乗っても座れないのを覚悟した。

 バスから降りて歩いて10分の場所に、俺が向かってる私立海原高等学院がある。

 新しいクラスにドキドキ胸を弾ませながら、校門前に到着。

 右手で自分の胸に手を当て、軽く深呼吸をしてからよし!と、足を一歩一歩前へ進めた。

 クラスの名前が書かれてある掲示板の前には既に沢山の生徒達が群がるように集まっていて、なかなか前に進まない。

 そして漸く生徒の数も減っていき、俺は一番前まで来る事が出来た。


「俺のクラスは……。2—C。去年と一緒か」


独り言を呟いていると、急に後ろから誰かに背中を叩かれびっくりして後ろを振り返った。


「よっ! また同じクラスだな」

「なんだ、颯夜かよ」


こいつの名前は四馬しば颯夜そうや。俺が一年の時に初めて出来た友達だ。

去年、颯夜とは同じクラスだったのだが、まさかまた同じクラスになれるとは思ってもみなかった。


「今日はお前一人か?」

「何が?」

「ほら、いつものあの幼馴染達だよ」

「あー、あいつ等なら置いてきた。って言うか逃げてきた」

「マジかよ! あんなに可愛いのに?」


 颯夜はあいつ等の事を知らないからそんな事が言えるんだ。

 あいつ等は他の人とは違う。

 くせが強いから相手にすると調子が狂ってしまう。

 だから無視が一番だ。

 それに少し怖かったが、俺のクラスにあいつ等の名前は書かれてはいなかった。

 一先ず安心すべきだろう。


 自分のクラスが分かり、颯夜と一緒に教室へ向かうともう席も決まっているみたいで名

前が書かれた紙を剥がし、一番後ろの窓側の席へと座った。


ラッキー席じゃん!!


 何がラッキー席かって?

 それは一番後ろの席なら授業中居眠りをしてもバレないし、先生から当てられる事もない!

 席替えなんて必要ない。

 一年間、ずっとこの席が良い!


 そんな事を一人でふけていると、俺の前の席に女子生徒が座った。

 夢を見てるような感覚だ。

 肩まで真っ直ぐに伸びた薄い茶髪に、前髪を蝶の形をしたヘアピンでしっかりと右に流し留めていた。

 そして彼女は俺の方に身体を向け、ニコッと笑ってくれた。


「おはよう」

「あ、おはよう」


 挨拶を交わし終えると彼女はまた前を向き、スクールバッグから筆記用具を取り出した。

 彼女の名前は華月かづきうた、俺が一年の時からずっと片思いをしてる相手である。


 おはようって言われた。おはようって言われた。

 俺死んでも良い!!

 好きな子には些細な事でも嬉しくなっちゃうもんだ。

 挨拶ぐらいで大袈裟とか言われるかも知れないが、それぐらい彼女の事が好きなんだ!


 あぁ……神様。

 華月さんと同じクラスにしてくれてありがとうございます!!!


 俺は妄想の中で両手を合わせ、神様に向かっお礼を言った。

 一人で浮かれていると廊下の方からざわざわと生徒達の声が聞こえてきた。

 急に騒がしくなった?

 でも俺には関係無い!

 このクラスにはあのは居ないんだ!


 しかし次の瞬間、その幸せが一瞬でぶち壊された。

 廊下に目を向けると、俺はぎょっとなる。


(何で俺のクラスにあいつ等が?)


 そんな事を思っていると、俺を見つけた途端ニコッと微笑み、いきなり教室の中へ入り、俺の座ってる席を囲むように四人の幼馴染達が集まった。


 クラスメイト達が俺と幼馴染達を見てはヒソヒソしてる。

 女子達は白い目で俺達を見ていた。


 今まで話した事の無い華月さんと話せる絶好のチャンス!かと思ったのだが……。

 嫌な予感しかしない。

 俺の額からは冷や汗が流れている。

 クラスメイト達は何々?と言うような素振りで、俺とこの四人の幼馴染達を交互に見ていた。

 すると何を言い出すのかと思いきや、彼女達はとんでもない誤解を生むような発言をして来た。


「あんたが可哀想だから彼女になってあげたのに何で湊は私を置いて行くの?」


「みっ君には私と言う彼女が居るのに。でも安心して? 邪魔する女は例え幼馴染でも殺っちゃうから♪」


「酷いよ…。みぃ君は私の事嫌いなの? 私は愛してるのに。こんなに彼氏の事を想ってる彼女は私だよ?」


「くーちゃんは世界一カッコいい彼氏だよ!

くーちゃんの全部を私は愛してる! 私を置いて行ったのは一緒に登校するのが恥ずかしかっただけだよね!」


「「「「私達付き合ってるもんね!!」」」」



 おいおいおい!

 皆好き勝手言ってますが、俺は誰とも付き合ってねーーー!!

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