第3話 先輩の苦しみ
自分の想像力の産物であるサヤカと会話し続けたことにより、私の会話力は成長し、クラスでも数人の子と前のように緊張することなく話せるようになった。
そして部活でも同じ学年の子とは、お互いの作品について意見を交わせることまでできるようになった。
これも全部サヤカのおかげだと笑いながら、今日も雨が降っているので傘をさして帰ろうとしたところで。
「浅倉!」
「あれ、相楽先輩?」
今日は最後まで残っていた部員は私達だけで、先輩は部室の鍵を職員室に返しに行って別れた筈。
下駄箱から声を掛けられて、薄らと頬が赤くなる私へと近づいて来る。
「せっかくだし、途中まで帰らないか?」
「え」
「途中まで一緒だろ? 何か最近部活でも積極的だし、そんな浅倉とちょっと話したいなって思ってさ」
思ってもみない申し出に、「はいっ!」と強く返事をしたら笑われた。
相楽先輩とは、やっぱりまだ緊張する……。
ドキドキしながら傘をさしてチラ、と上を見ると、そこにサヤカは映っていなかった。少しだけ疑問に思っていると、「浅倉はさ、」と話し掛けられる。
「はい」
「俺のアドバイスで見えるものが変わったって、言ってくれただろ? それが作品にも影響して良い方向に変わってくれて、正直ホッとした。変な変わり方したらどうしようって、ちょっと思っていたから」
「え?」
真っ直ぐ前を向いてゆっくりと歩く先輩の横顔は、どこか痛々しい。
私も、気になっていたことを訊ねるべく、口を開いた。
「どうしてあの日、先輩は今の先輩のルーツを話してくれたんですか? 自分が変わるきっかけになった、先輩にとっては大事な話ですよね?」
あんまり人には話したくないだろう、ある意味挫折の話。
先輩はフッと息を吐くと、隣を歩く私に少しだけ微笑んだ。
「つまらないって言ったヤツと浅倉が、似てたんだよ」
「似てた?」
「うん。物静かで、真面目で、人と群れずにいつも一人でいるところが。だから浅倉のことは気になって結構見てたりしてた」
突然の暴露にドキッとするが、私のはただのどうしようもなかった性格なのにと、ちょっぴり浮上した気分がすぐに沈む。
「だからそんなヤツにあんなこと言われて、冗談とか言うヤツじゃなかったから刺さったんだよ。それから俺、そいつのこと気になりだしてよく話し掛けたりしてさ。アイツは迷惑そうな顔してたけど。で、そんな俺がウザかったのかソイツ……山川って言うんだけどさ、雨の日に自分の傘に向かって一人で話し始めたんだよ」
言われたことに、先程とは別の意味でドキリとする。
「傍から見てそんな行動するの、気味悪いだろ? そんな迷惑だったかって思って、それから話し掛けるのやめて、暫くして。山川は、ある日ぱったり学校に来なくなった」
「え……」
「初めは病欠とか言われていたけど、大人は皆変な顔してて。学校でも色々言われていてさ。何か、家に帰ってないって聞いた」
「ゆ、行方不明って、ことですか?」
少しの間を置いて、ゆっくりと頷かれる。
「だから、俺が構ったせいでそうなったのかって、思う時がある。そうじゃないって思いたくて、部活でも色々話し掛けたりしたのかもな。絵を描く時だけはその世界に没頭できるし。……逃げているだけなのかもしれないけど」
「……」
私は何も言えなかった。
才能もあって、人柄の良い先輩が抱えていた悩み。人と会話できなくて絵に逃げた私と、辛いことを絵で埋めようとした先輩。
私に話してくれるのは、話してしまうのは、その山川という人を重ねているからだろうか。……こんな時、明るいサヤカなら何て声を掛ける?
傘を見ても、彼女はいない。
考えながら足を動かしていると、「ここまでだな」と先輩が呟いた。
「俺、こっちなんだ。悪かったな浅倉。暗い変な話して」
「あ、いえっ」
「じゃあまた明日な!」
先輩は笑ってそう告げると別の道を歩き始める。
慌てて「お気をつけて!」と挨拶をしたら、ヒラヒラと手を振ってくれた。
その背を暫く見送って、私も帰らなきゃと歩みを再開させる。上を見上げ、小さく呟く。
「サヤカ……」
『呼んだ~?』
途端、ピョッと横から出てきたかのような動きで登場した彼女にビクッとして、思わず傘から手を離しそうになる。
『わわっ! ちょ、また投げ捨てられるの勘弁だから! あの時本当に目が回るかと思ったもん!』
「いたの!?」
『いるに決まってるじゃーん。アタシ、傘の妖精だよ?』
じゃあ何で今まで出てこなかったの!?
不安になったでしょ!?
「なんで」
『出てこなかったって? だぁってアタシが出歯亀しちゃうと雰囲気台無しになっちゃうじゃん。ショーコのために空気読んであげたんだけど~?』
「うぅっ」
ニヤニヤしながら言われて言い返せなくなる。
確かに先輩と二人ってちょっと浮かれたけど……!
まだ人の動きのある道だったので、いつものようにサヤカと話せるあの場所まで移動して、改めて傘の内側にいる彼女を見つめる。
歩いている間も『行け、行け、ショーコ! ゴールはもうすぐ~!』と煩かった彼女は、今ではもう首から上の部分しか見えなくなるほど私との距離が近くなっていた。それだけサヤカと仲良くなれたという証だから、嬉しく思う。
「何だかサヤカ、触れそうだね」
そう言うと、彼女も嬉しそうに笑ってくれる。
『ショーコも会話できるようになって、友達増えたよね! 憧れの先輩とも普通に喋れるようになって、アタシのおかげ!?』
「そうだよ。サヤカがいなかったら、私ずっと俯いて歩いていたもん。ありがとう」
『えへへ~お礼言われちゃった! アタシ、ショーコの傘に出てこれて本当に良かった!』
本当に嬉しそうに言われて、私もはにかむ。
「私も。サヤカはもう、大事な私の友達だよ」
『本当? じゃあ――』
『――代わってくれる?』
傘の内側から出てきた腕が、私の腕を掴んだ。
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