第2話 自称傘の妖精
「え……?」
すぐ近くから聞こえたその声に恐る恐る、後ろを振り返る。
けれど誰もいない。正確には友達と帰っている複数の生徒はいるけれど、声が聞こえるほどの距離にはいなかった。
「え? そ、空耳?」
『違うしー。ほら上見て、うーえー!』
言われて見ると――さしている傘の内側に私と同じくらいの女の子が、『おーい』と手を振るのが映っていた。
「きゃあああっ!!」
思わず悲鳴を上げて傘を放り投げる。
傘から『わああぁぁっ!』と声が上がるが、そんなリアルに聞こえる声にも耳を塞ぎたくなった。
なに!? なに!?
傘、傘に女の子が、声が……っ!!
土砂降りの中で悲鳴を上げて、傘を投げた姿を見ていた生徒が何事かと見ている。
すごい勢いで身体が雨に濡れるのもあって、慌てて投げ捨てた傘を拾う。
ドキドキしながら私の気のせい、気のせいでありますようにと願いながら持ち上げて見ると、けどやっぱり女の子は映っていて。
「ひっ」
『あータンマ! また捨てたら今以上にヒソヒソされるよ! 頭おかしい子って思われちゃうよ!』
同じことを繰り返そうとした瞬間にそんなことを言われ、頭のおかしい子、という言葉にギュッと持ち手部分を握りしめる。
というか、こんな有り得ないものが見えて聞こえている時点で、既に頭がおかしくなっている気が。
『取りあえずさー。人いないトコ行こうよ。ほらほらレッツゴー!』
『ゴーゴー!』と楽しそうに明るく告げてくる声に、恐怖を感じて仕方なかったけれど捨てて呪われるのも全身びしょ濡れになるのも嫌だったから、言う通りにした。
暫く歩き、人気のなくなったところでチラリ、と内側を見る。そこにはやはり、女の子が楽しそうな顔をして映っていた。
『取りあえず自己紹介させてね! アタシ、サヤカ! 青い傘に宿る妖精だよ!』
「よ、妖精?」
『そ! ずぅーっと見てたよ! いっつも暗ぁい顔してアタシのことさしちゃってさ! そんな陰気降り散らかしてどーしたい訳? いい加減我慢できなくなって声掛けちゃったよ!』
ペラペラ話してくる自称傘の妖精に、頬が引き攣る。
「み、見てた? ずっと?」
『俯いて歩いていたから気づかなかったでしょー? えっへへ』
えっへへって。
笑いながら言われても、普通いるなんて思わないし傘も見上げて帰らないと思う。
恐怖は消えないけれど自分の見ている幻覚だと思っているからか、何故だか緊張はしていない。この自称妖精が明るいからだろうか?
「……これも想像力? 先輩の影響が変に出ちゃったのかな……」
『なーにブツブツ言ってんの? でさ、ショーコにアタシから提案があるんだけどもー』
「わ、私の名前なんで知って」
『書いてあるじゃーん。普通にパッチンて留めるところに名前書いてあるじゃーん』
この傘はボタンで留めるタイプの傘。
パッチンはそのボタンのことを言っているのだろう。そして確かに巻くところに『浅倉 祥子』と名前を書いている。
……というか、私の想像で生まれたのなら私の名前を知っていてもおかしくはない。
『いいかなっ? 提案なんだけど、暗ぁいショーコはアタシとお喋りして明るくなろうよ!』
「え?」
『え?じゃなくて。見たとこ一緒に帰るような友達もいないみたいだし。人と話すの苦手じゃない?』
言われたことにドキッとする。
「に、苦手」
『やっぱり。アタシといっぱい会話してさ、会話慣れしたら? そうしたら人と話せるようになるし、友達もできるよ!』
『どう? どう?』と急かしてくる声に考える時間は与えてくれないけれど、しかしその提案は私にとってはとても魅力的なものに思えた。
自分の想像に願望が出たようで恥ずかしいけれど、こんな一人も友達のいないどうしようもない性格を変えるきっかけになるかもしれないと、自称傘の妖精――サヤカに頷いた。
「うん。私、頑張る!」
『その意気、その意気! じゃあ早速なんだけどさー』
そうして暫くサヤカと拙いながらも会話を続け、さすがに身体が冷えてきたので中断して家に帰宅した。
不思議な体験にどこか心がフワフワとして、あんなに恐怖を感じていたのに、今ではすっかりサヤカとの次のお喋りが楽しみになっている。
サヤカの会話は巧みで、私が言葉に詰まってもちゃんと待ってくれたりした。
自分の言葉をゆっくりでもちゃんと話すことができて、とても嬉しかった。
◇+◇+◇+◇+◇+
翌日の天気は薄らと曇っており、授業を終えて部活の時間になる。
この頃にはすっかり空は雨の降りそうな曇天となっていた。
昨日の昼休憩以来の絵の続きを描いていると、また相楽先輩がひょっこり見に来てくれた。
「お。何か随分雰囲気変わったなぁ」
「……はい。あの、先輩がアドバイスしてくれたおかげです。何か、見えるものが変わった気がします」
「へぇ。そう言ってくれると嬉しいわ」
照れたように笑う先輩に、心がポカポカする。
そのまま先輩は別の部員のところへと行ったけれど、私はずっと顔のニヤニヤを抑えるのに必死だった。
そうして校舎を出る頃には雨が降り出し、青い傘をさす。
見上げるとサヤカはやっぱりいて、両手で手を振っている。クスッと笑って、けれど人のいる場所では話せないから昨日と同じ場所へと向かった。
『何か今日は嬉しそうじゃーん。いいことあった?』
「うん。あのね、サヤカのおかげで憧れの先輩と普通に話すことが出来たよ」
『へぇ。良かったじゃん! ……あー、もしかしてその先輩、好きな人だったり?』
ニヤニヤしながら言われたそれに、パッと頬に朱が走って傘を持っていない手をブンブン振る。
「そ、そんなんじゃ……! ぶ、部活の先輩で、サヤカが生まれるきっかけになった人だよ!」
『へ? なにそれ?』
「だから想像力……って、あれ? 何かサヤカ、昨日より大きくなった?」
目を瞬かせて聞くと、彼女はプックと頬を膨らませた。
『ショーコ失礼! アタシそんな一日で太らないよ!』
「えっ。そ、そうじゃなくて! 何か昨日より距離近くなったかなって思って」
昨日は全身が見えていたサヤカだけど、今日は腰から上しか見えない。
弁明したらサヤカは『あ、そっち?』とホッと息を吐いている。
『それはね、アタシとショーコの仲がアップしたってことだよ! 仲良くなったらどんどんショーコに近づけるよ!』
「そうなの?」
『そうなの! ショーコの顔にあるソバカスの数だって数えられちゃうよ!』
「えっ。そんな変なとこ数えないでよ!」
変な縛りのある自分の想像に苦笑して、冗談も言い合ったりしながらサヤカとその日も話し続けた。
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