第11話 錆びた虫
儂という字は、ワシとよむ。
「今夜の月は、格別に美しい。満月であろうか。鬱蒼とした森の樹木の葉蔭を透かして、まばゆいばかりの月光が、なぜかいつも懐かしく思われる。降りそそぐような月のしずくが、静寂な闇夜に幻の雨音のように響く。狼の奴らが近付いているのだろう。森の獣たちはみんな息をひそめている。鳥の奴らも声をひそめている。ついこのあいだ、鶉の奴がしつこく儂を突ついて空中まで咥えておったが、始末が悪い鳥じゃ。石のかけらや樹の枝に儂をさんざん叩きつけた挙句、手が負えないと判って口からポイと吐き出しおった。儂は地面まで真っ逆さまに落下して、ひどい目に遭うてしもうたわい。落ちた場所が底無し沼で、水溜まりならスイスイ泳げるのに、たまたま目の前の折れた枯れ枝にしがみついたのじゃよ。こんな儂でも酸素と空気がなけりゃ死ぬわい。儂は枝をちょぼちょぼ掴みながら、何とか沼から脱出したのじゃ。儂をクサい泥沼に吐き落としたカンムリウズラめ。儂の名前はラテン語で Phloeodes diabolicus と言う。英語で Phloeodes devil、学名 Tenebrionidae、相対的には硬い悪魔じゃ。和名でコブゴミムシダマシとなっておる。いったい誰が儂をゴミ虫だましと名付けたのじゃ。日本人の昆虫学者は生物差別をしておらんかね。広大で神聖なカリフォルニア大地の荒野と森の番人である儂に、ゴミの虫とは失礼な。今や世界が注目する樹脂金属の強度技術工学の先端を行くお手本の甲虫ですぞ。錆びて見える儂の命名を新たに改称せよ」
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