07話.[黙ってしまった]

 十二月になった。

 世の中はもうすぐクリスマスだということで盛り上がっているが、正直、俺としては冬休みはいらないぐらいだった。

 家にいるぐらいなら授業を受けていた方がマシだ。

 また、悠介や中籐とだって話せるわけだから学校はいい場所だと思う。

 だが、これも結局叶うことのないことだ。

 しかも都合が悪いときだけこう言い出すのは卑怯者としか言えないしな。


「なんか最近は微妙そうだな」

「姉貴と喧嘩したんだ」

「え? あのお姉さんと?」


 俺に姉はひとりしかいないからそのお姉さんとしか言いようがない。

 事実あれから全く話していないんだからそんなもんだろう。

 多分、これからあの空白期間みたいになるはずだった。


「悠介は中籐と喧嘩なんてするなよ」

「そりゃまあそんなことにならないよう気をつけるけどさ」


 もう放課後だから公園にでも行くことにした。

 こういうマイナスの事情から利用することになって申し訳ないが、なんか真っ直ぐに帰る気にはなれないから仕方がないことだと片付けてほしかった。


「はぁ」


 毎日がつまらないのは自分のせいだ。

 つか、話せればそれでよかったのに姉が勝手に勘違いするから……。

 正直、姉も被害者ムーブをできるような立場の人間ではないと思うんだがな。


「山本さん、さっきお姉さんを見ましたよ?」

「そうか、どこにいたんだ?」

「えっと、あなたの後ろで、ですかね」


 振り返ってみても当然誰もいなかった。

 当たり前だ、そこまで鈍感というわけではない。

 側に誰かがいれば視線とかに敏感な女子じゃなくても気づくというもんだ。

 彼女は少し不思議ちゃんなところがあるから特に気にならなかった。

 中籐が急にこんなことを言い出したら心配になるが。


「その様子だとまだ仲直りできていないようですね」

「もう一生このままかもな」

「それは嫌ですよね、そういう顔をしています」

「まあ、そりゃあな」


 家族とぐらい上手くやれなければ外で他人と上手くやることなんて不可能だ。

 俺が悠介や中籐といられているのは向こうが我慢してくれているから、合わせてくれているからでしかない。

 自分の力でなんとかやれているなんて自惚れたことは一度もない。


「簡単に仲直りする方法がひとつありますよ」

「教えてくれ」

「それは謝ってしまうことです」

「はは」


 謝っただけでなんとかなるなら戦争とかそういうのはなかったよな。

 やらかした後に気づいたところでもう遅いんだ。

 何故なら相手はそれまでに何度も我慢してきているからだ。

 で、やっちまったと気づけるのはやらかしてからでしかないから怖いという話だ。


「む、結構効果があるんですからね? そもそも、そうしていつまでも別行動をしていたところでいいことなんてなにもありませんよ」

「それは正しいな、避けて違うところで過ごしていたってなんにもすっきりしないことは俺でも分かっているんだ」


 仮に話せなくなるにしてもあんな終わり方にしたくないという考えがある。

 それこそ学校のために出ていくことになったとかならともかくとして、いまのままだと理由がマイナス寄りすぎるから。


「でも、動くのが怖い、という感じですか?」

「そうだな、誰だって真っ直ぐ拒絶をされたくないもんだろ?」


 本来ならあそこではっきり言うのが姉という人間だったんだ。

 それなのにあんな言い方をして去ってしまったもんだから調子が狂うんだ。

 気持ちが悪い、一緒にいたくない、そう言われていたんであれば俺はもっと気持ち良く過ごすことができていた。

 Mというわけではないが、少なくとも曖昧で意味深な発言をされただけで終わっているいまよりはマシだと言える。


「私はそうやって真っ直ぐに動く方法しか考えられないですからね」

「多分、それが一番だけどな」

「決めるのは山本さんです、時間もありますからゆっくり考えてください」


 彼女は「それでは」と言って歩いていった。

 気づけば現れて、言いたいことだけ言って去っていく不思議な存在だった。

 まあでも、嫌いな人間というわけではないから気にならない。

 それにどうしたってひとりで過ごすのは退屈な時間としか言えないからな。

 それでも二十時ぐらいまで時間をつぶしてから帰った。

 いま姉と遭遇すると悪い雰囲気にするからリビングには行かなかった。

 気にせずに客間の床に寝転び、暗闇の中でも分かる茶色色の天井を見る。

 なんにもする気になれなかったからそのまま寝たのがまあ悪かった。

 もう十二月だ、なにも掛けずに寝たら風邪を引くのは普通のことだ。

 少し出勤の時間が遅い母にだけ説明しておいたから問題ない。

 久実や姉に気づかれなかったわけだからそれでいい。


「あ゛あ~」


 風邪なんて久しぶりに引いた。

 こうして平日の午前中に部屋にいることが信じられなかった。

 ただ、普段寝ているリビングではなく客間という点では新鮮だと言える。


「太郎」

「えっ?」


 熱が高すぎて幻聴かと思ったが再度「太郎」と聞こえてきてそういうものではないということが分かった。

 普通の社会人と同じで週五とかのはずなのになにしているのか。

 たまたま今日は休みだったとかそういうことではないのは分かっている。

 だって姉の弁当を作ったりしていたのも俺だからだ。

 つか、名前だけ呼ばれてもどうしようもないという話だった。

 そもそも俺が寝ていた状態だったのであればホラー展開としか言えない。


「入ってこいよ」


 そこでやっと暗い顔をした姉が入室してきたという……。


「私のせいよね、私が約束を破って迷惑をかけてしまったからよね」

「違うぞ、俺が遅い時間まで外にいたりしたからだ」


 客間で過ごすこともできたのにそんなことをしたからだ。

 姉への気持ちが悪い発言とかも含めて全部自業自得で片付けられることだ。


「……それだって私のせいじゃない」

「まあ、一切関係ないってことはないけどさ」

「それなら私に移してちょうだい」

「無理だ、姉貴が休んだら他の人に迷惑がかかるからな」


 俺が休むのとは訳が違うんだ。

 俺も姉も冷静ではないことは確かなようだった。

 とにかく、風邪を移さなくて済むように話すにしても廊下からにしてくれと頼んでおく。


「そもそも部屋を譲ってもらった時点で迷惑をかけてしまっているわよね」

「姉貴にこういうところで寝られるぐらいならそっちの方がよかったんだよ」


 これはシスコンだからとかではなかった。

 家族だからこそだ、しかも戻ってきた理由がアレだったからな。

 あのときの姉に必要だったのはひとりでいられる時間だと思ったから。

 それになにより、その状態で俺が呑気にすやすやベッドで寝られなかったからだ。

 姉の部屋を譲ってもらった久実に今更我慢させるのは違うだろう。


「ま、ここだって布団を敷いてしまえばいい場所だけどな」


 リビングにすぐ移動できるし、トイレだって普通に近い。

 また、誰かが来てもすぐに対応することができるというのも大きいところだ。

 そもそもベッドの方がいいだろとか勝手に考えただけなので、姉のためになったのかどうかは分からないままで。


「だから気にするな、渋々譲ったってわけではないんだから」


 元々早く起きて家事をしなければならない人間にとってはリビングは楽なんだ。

 少し寝坊しても久実の声というアラームで気付けるから問題はない。


「そんな顔をするなよ」

「だって……」


 これだけぺらぺら喋ったり、考えごとをしたりできるのに休んでしまってよかったんだろうかと後悔している自分がいる。

 姉がそんな顔をしていると余計にそう感じてくるから勘弁してほしい。

 というか、この時点で露骨だよな、と。

 だって姉と話せたというだけで元気になってしまっているんだから……。


「まるで姉貴が風邪を引いてしまったような感じだな」


 体を起こしてみても特に辛いとかそういうことはなかった。

 でも、移したくないから近づくことはしない。

 これが本来の正しい距離感なのかもなと内で呟いた。


「腹減ったからなにか作って食うかな」

「それなら私がやるわ」

「じゃあ頼むわ」


 さっきからひとりでぺらぺら喋っていたから喉も乾いてしまった。

 流石になんでもかんでもやってもらうのは違うから自分で動く。

 その際は離れてもらっておいたから多分大丈夫だ。


「よかったよ、変なことを言い出さなくて」

「変なこと?」

「ほら、キスする前に馬鹿な発言をしていたからさ」

「あ」


 俺しか聞いていないんだからなかったことにしておけばいい。

 付き合いたいとかそういうことではなく、俺はただこれからも話せたらいいと考えているだけだから現状維持で問題ないんだ。

 ただ、姉の方はまた誰かを見つけてどこかにいってしまう可能性があるのは確かなことだった。

 だからまあ、そういうときがくるまではという風に言っておけば大丈夫だ。

 いつかは絶対に姉離れしなければいけないときがくるんだからな。


「……自分が言ったことぐらい守るわ」

「待て待て、そんなことを守られても俺が困るからやめてくれ」


 キスだってアレなのにそれ以上のことなんてできるわけがない。

 それに処女とか処女じゃないとか正直どうでもいいことだった。

 モテる人間だったら過去になにかをしていたっておかしくないことだ。

 まあ、十人以上の男とそういうことをしていたら流石に引くが……。


「あの約束を守ってくれればいい」

「久実のために動く、よね?」

「そうだ、久実が元気よく過ごせるように俺達は頑張ればいいんだ」


 それから少し時間が経過した後に姉作の昼飯を食って大人しく戻ってきた。

 風邪人であれば寝るのがしなければいけないことだから仕方がない。

 いまはとにかく寝て、治ってからゆっくり話せばいいだろうと片付けた。




「あ、いた」

「そりゃいるぞ、俺も学生だからな」


 一日登校しなかったというだけで教室が新鮮に感じた。

 やっぱりこうして人間が集まって賑やかになるってのはいいことだな。

 流石に平日の午前中に家にいるのは静かすぎて気になることだった。


「私達が相手をしないから拗ねて不登校になったかと思っちゃったじゃん」

「おいおい、そこまで弱い人間じゃないぞ」


 そんなクソメンタルだったらとっくに不登校になっているぞ。

 心配してくれているんだろうが、彼女はナチュラルにこちらを馬鹿にしているような気さえしてくる。

 別にそういう感情からふたりの邪魔をしたとかそういうことでもないのにどうしてなんだろうか?

 極端な行動をして「そんなことないよ!」と言ってもらうために動いたというわけでもないんだぞ……。


「お、今日はいるな」

「どっちも酷い人間だな」

「な、なんでだよ、心配してたんだぜ?」


 やめよう、こういう発言をしている時点で似たようなものだ。

 教室に留まっているのもあれだったから廊下を歩くことにした。

 冬は何故か空が澄んでいることが多いから見ていて飽きない。

 雨なんか降ったら凍え死んでしまうからこれからも頑張ってほしかった。


「いいよねー、風邪を引いてもお姉さんが看病してくれるもんねー」

「飯は作ってもらったな」

「おお、しかも久実ちゃんもいるんだから最強だよねー」

「それが残念ながら一昨日から話せてないんだ」

「え」


 それも久実が悪いというわけではない。

 俺が姉経由で移したくないからと言ったからだと思う。

 仲良くしたい男子だっているわけだし、いま風邪を引いている場合ではないと考えたんだろう。


「え、久実ちゃんと話せてないとかマジでやばいじゃん」

「そんなにか?」

「そうだよっ、あんなにお兄ちゃん大好きな久実ちゃんが話しかけてこないとかやばいよ!」


 彼女は「逆に久実ちゃんが風邪を引いていたんじゃないの?」と重ねてきた。

 ちなみにそのこともちゃんと確認してあるから問題ない。

 あくまで普通の元気な妹そのものだ。

 そもそも調子が悪かったら姉が気づかないわけがないから。


「中籐、兄なんてすぐに忘れられるんだよ」

「なにその顔……」


 色々なことに興味を抱く年頃だからだ。

 兄なんて家に帰ったらいるただの野郎でしかない。

 そんなことよりもどうすれば楽しめるかを考えるだろうし、いつまでも可愛げがあるままでいてくれることを望むこと自体が間違っている。

 まあ、そう考えているのに期待してしまうのが俺の弱いところだった。


「そっかー、もしかしたらもう兄離れの可能性もあるよねー」

「そうだな」

「そうしたら山本は泣いちゃいそー」

「元気よくいてくれれば十分だ」


 少なくともこれまでみたいにべったりということはないからな。

 前にも言ったように、不仲とかにならなければそれでよかった。

 挨拶をする程度になってもいいから喧嘩はしないようにする。

 そういうのを守っておけば家にいたくないなんてことにもならないだろう。


「それに悠介と中籐がいてくれているからな」

「本当にたまにだけだけどね」

「いいんだよ、カップルの邪魔はなるべくしたくないからな」


 予鈴が鳴ったから教室に戻る。

 一緒にいるにしてもふたりきりではいたくなかった。

 理不尽に敵視されても嫌だから来るならセットで来てほしい。

 だが、そうなると今度は中籐のために時間を使ってやってほしいとなるから難しいところだった。

 なにも考えずに自分の気持ちだけを優先する人間であれば悩まずに済んだが……。

 授業が始まるとすぐに静かになるところも好きだった。

 自分のしたことが全部自分に引っ付いてくるんだから当然と言えば当然だが、誰かひとりでもそうしない人間がいたら狂うからこれはいいことだと思う。

 なんて偉そうに考えつつ放課後まで過ごした。


「なんか心配だから山本の家に行くね、あ、今日は悠介はいないけど」

「いいのか?」

「ちゃんと言うから大丈夫だよ」


 ならとしっかり連絡させてから学校をあとにした。

 彼女がこう言っているのに疑ったらそれこそ悪いことになりかねないからな。

 きっと悠介ならそんな馬鹿なことをしないでいてくれるはずで。


「なんだ、お姉さんはいないんだ」

「働き出したからな」

「山本とふたりきりだと襲われそー」

「女子なら誰だっていいわけじゃないんだ」

「む、それだと私に不満があるみたいじゃんか」


 この話は延々平行線になるからやめておいた。

 飲み物を渡して久実が帰宅するのを待つ。

 で、その久実は三十分もしない内に帰ってきてくれたんだが……。


「お兄ちゃんなんて嫌いですから」


 俺についての発言はこれだけだった。

 その後は中籐が少し気にしつつも三十分ぐらい話しただけ。


「ま、マジで嫌われているとはねー」

「理由を言ってもらえないと直しようもないよな」

「風邪とは違うからねー」

「上手いな」


 家まで送ってまたあの公園にやってきた。

 地味にあの不思議ちゃんに会えるんじゃないかと期待している自分もいた。

 私って◯◯じゃないですかという発言以外は正しいからなんか聞きたかったんだ。


「なにをしているの」

「って、これはまた珍しい人間と遭遇したな」


 姉まで冷たい顔に見えるのは地味に傷ついているからなのか?

 それとも、馬鹿な行為をして風邪を引くような人間だからだろうか。

 まあいい、久実のことを頼んだぞということを言っておいた。

 久実関連のことであれば断らない人だから心配はいらない。


「あまりにもお客さんが来なくて早く上がることになってしまったの」

「大丈夫なのか?」

「分からないわ、私はとにかく働くだけよ」


 そうか、心配していても知ることなんてできないから意味はないか。

 姉にこうして見られてしまったら時間つぶしなんて不可能だから帰ることにした。

 単純にまた風邪を引いたら面倒くさいことになるというのも影響している。


「久実は変わっても私は変わらないから安心してちょうだい」

「別に変わったっていいよ」


 自分のためにこう過ごしてほしいなんて考えても言わないよ。

 なんでも元気でいてくれればいい、そう片付けておけばいい。

 その結果として近くから誰もいなくなったとしても仕方がないことだ。

 姉のしたいことを優先してくれと言っておいた。

 姉は少し納得のいかないといった顔で黙ってしまったのだった。

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