06話.[腹が減ったんだ]
十一月になってから分かりやすく変わったことがある。
それは中籐が佐島とだけいるようになったということだ。
これまでも同じような感じだっただろと言われれば確かにと納得できるところではあるが、最近は他の人間と一緒にいたりするとすぐに複雑そうな顔をするから分かりやすいという感じで。
「山本ー、悠介が他の子ばっかり優先するんだけどー」
「常にべったりだったらお互いに疲れるだけだと思うぞ」
「でも、放課後だって何時間も過ごせるというわけではないし……」
「そういうことはちゃんと言っておいた方がいいな」
ただ、いつでも優先してとかそういうことは言わない方がいい気がする。
そういうことが積み重なればやっぱりなしとなりかねない。
いまでも普通に来てくれているということならそれで満足しておくべきだろう。
そもそも佐島が他の誰かといることなんて当たり前のことなんだからな。
「その感じなら放課後は優先してくれているんだろ?」
「うん、だってもう付き合っているからね」
どうしてこう行動力がありすぎるんだろうか……。
お前とは違うんだと言外に言われているような気分になる。
なんか敢えてこっちに来るのも惚気けたいだけなのかと感じてくるぐらいだ。
「そういうことか、だから露骨に顔に出していたんだな」
「え゛、そんなに顔に出てた……?」
「ああ、思いきり嫌そうな顔をしているときとかもあったな」
って、これじゃあ俺が中籐を滅茶苦茶見ているみたいじゃねえかよ……。
勘違いしてほしくないから目立つ的なことを言っておいた。
いやだって事実、盛り上がっているのなんて彼女達のグループぐらいだからな。
「健太郎、俺の彼女を取らないでくれよ?」
「そもそも無理な話だし、そんなことするつもりもないよ」
「ははは、分かっているけどな」
またこれはなんとも呑気というか……。
多分、放課後にある程度の時間を彼女のために使っているからなんだろうが、もう少し彼女の気持ちを考えてやってほしい。
って、だからなんでこれも俺がこんなことを考えなければならないのかという話。
「いつから関係が変わったんだ?」
「あー、実はあの日の放課後にさ……」
「なんでそんな行動力があってこれまで現状維持を続けていたんだ?」
「由梨も好きでいてくれているとは思えなかったんだ」
おめでとうと言っておいた。
正直、活かせるわけでもなんでもないから聞いても意味がない。
中籐の邪魔をしたくないから教室を出る。
十一月とはいってももう中盤を過ぎているから普通に廊下は冷えていた。
「あの」
「ん? どうした?」
「私って普段は眼鏡をかけているじゃないですか」
え……? かけているじゃないですかと言われても普段を知らないから困るぞ。
だが、彼女は全く気にした様子もなく「私の眼鏡、知りませんか?」と。
こうなったら探すしかないから探してみた結果、近くの空き教室で見つけた。
「ありがとうございます、山本さんって優しいんですね」
「お、おう」
結局、彼女はそれだけでここから去った。
予鈴が鳴ったからこちらも戻ることにしたが、ああいうことがあるなら教室で過ごした方がいいと考えを改める。
ああいう不思議ちゃんの相手は無理だ。
相手のペースに持ち込まれても嫌だから気をつけなければならない。
正直、尿意や便意を感じたとき以外は休み時間なんていらない気がする。
必要な授業を受けて帰る、それだけで十分だろう。
まあ、こんなこと考えたところで無駄だとしか言いようがないが。
「健太郎、今日は一緒に帰ろうぜ」
「彼女を優先してやれよ」
「それが女友達に呼ばれて今日は無理ってことになったんだよ」
「あ、じゃあいいか」
たまには佐島と過ごすのも悪くない。
というか、中籐とああいう感じになってからこうしてゆっくり過ごすことも不可能になってしまったからありがたいことだった。
もっとも、向こうにとってはそういうのはないだろうがな。
「急に関係が変わって困っていることってあるか?」
「ある、由梨が笑ったりしたところを見ると抱きしめたくなるんだ」
「彼氏なんだからいいだろ?」
「でも、そうやって自分に甘くしていたら問題だろ……?」
「そりゃ何分かに一回とかしていたらあれだけど、そうでもないなら中籐的には嬉しいだろ」
いままでみたいに我慢をしすぎる必要はないということだ。
ただ、これはあくまで関係ない立場だからこそ言えることでもある。
だから結局そうするかどうかは彼次第なことには変わらない、というか、周りからどうこう言われたところで元々そういうもんだろう。
なんでもそうだが「簡単に言ってくれるなよ」で終わってしまうことだった。
「やばい、物凄くしたくなってきたんだけど……」
「それなら連絡してみたらどうだ? 十九時ぐらいになったら家に行くとかさ」
「そうだな、そうするよ」
変な感じになったときは姉もこんな感じなのかもしれないと想像してみた。
それをしないと前に進めないようになっているのかもしれない。
無理やり抑えることはできても正直他のことに集中していられないようになる可能性がある。
「帰ったら落ち着かないからそれまで健太郎の家にいてもいいか?」
「中籐的には姉といるのも嫌なんじゃないか?」
「あ、不味いか……?」
「いや、ただ言ってみただけだけど」
優先してくれなかったことに不満があっただけで流石にそこまでではないか。
異性と話していたからって怒るような人間でもないだろう。
少しあれな話ではあるが、俺が怒られるわけではないということも影響していた。
「ただいま」
「お邪魔します」
あ、そもそも今日はバイトの日でいないから大丈夫だったことになる。
飲み物を渡して、適当に床に寝転んでいた。
帰ったら姉がいるのが当たり前だったから少し寂しかったりもする。
……そう考えると俺はシスコンとかそういうのに該当する人間かもしれない。
「なんか寂しいな、久実ちゃんもお姉さんもいないのって」
「だな、特に久実がいないと物凄く静かになるからな」
ああいう元気さってのはやっぱり必要なんだ。
自分がそうするのは不可能に近いから他者に求めるしかない。
また、無理やり出してもらっても意味がないから普段からあのような存在でなければならないというところだった。
「佐島も中籐も優しいよな、ああなってからも話しかけてくれるんだからさ」
「でも、今日みたいな感じだと暇つぶしのために利用している感が出ないか?」
「別にそれでもいいよ、ふたりがいてくれなければ完全にひとりだからな」
それならそうやって生きていくが、誰かといられた方がいいんだから内ではどうであれありがたいことだった。
係の仕事とかだって本格的に話し始める前よりはやりやすくなったし、無駄なことなんてひとつもないんだ。
寧ろこちらがなにかをできているわけではないから申し訳ない気持ちになってくるぐらいだった。
もっとも、だからといって自分から離れたりするつもりはないんだが。
「自分の仕事じゃないのになにも言わず代わりにやったりする健太郎を見て近づきたくなったんだ」
「その割には最近まで来てくれなかったけどな」
「ははは、だって迷惑がられてしまう可能性だってあったからな」
「分からないことを言ってきたりしなかったらそんな風に思わないぞ」
あ、ただ目の前でいちゃいちゃするのはやめてほしいと言っておいた。
来なくなる可能性が上がるとしてもだ。
あんなことを言っておいてあれだが、正直こっちと過ごそうとするぐらいなら中籐と過ごしてやってほしいと思う。
優しくていい存在だからというのもあるし、単純に彼の友達である立場としては~というやつだった。
「俺がもう少し早く話していたら変わっていたかもしれないな」
「変わらないぞ、結局両片思いの状態だったんだからな」
「え? はは、別に由梨の話はしていないけどな」
「ふっ、それしかないだろ」
変わるわけもないのに嫌なことを言いやがって。
少しむかついたから移動して脛を攻撃しておいた。
そうしたら「いて」と言いつつ笑っている彼がいたからMなんだということで片付けておいた。
「ただいま」
あら、今日はやけにテンションが低いようだ。
久実はリビングに入ってくるなりそのまま俺の足の上に座ってきた。
そのまま胸に体重を預けてから「は~」と大きなため息をついたという……。
「どうしたんだ?」
「今日体育のときに転んじゃってね」
「本当にそれだけか?」
「最近仲良くしている子の前で転んじゃったからはずかしいんだよ……」
それはまた場所が悪かったな。
怪我の方は酷い感じではなかったから安心できた。
残ってしまったりしたら女子的には気になるだろうから。
「大丈夫だ、馬鹿にするような子じゃないだろ」
「でも……」
もし笑ったりしてきていたら言ってほしかった。
もう一切妹に近づくなよと言わせてもらうつもりでいる。
だが、そんなことは絶対にないだろう。
相手が嫌な人間だったら久実が仲良くするわけがないんだ。
「久実ちゃん、その後はどうなったんだ?」
「あ……、実は保健室までその子が運んでくれました……」
「はは、その子は優しい子なんだね」
「そ、そうですね。あと、……格好いい……子です」
これは近い内に父が泣く日がきそうだった。
逆に母の方は「よくやったね!」と褒めて笑いそうな感じ。
少なくとも俺と姉と比べて遥かに健全な関係を築けているから自信を持っていい。
つか、あの姉ももうすぐ飽きて他の男を探すんだろうな……。
「そうだ、いらない情報かもしれないけどさ――」
彼は色々と中籐とのことを教えていた。
付き合うまでの気持ちなんかも教えていたから少しぐらいは活かせる情報があるんじゃないだろうか。
ただまあ、彼と中籐の場合は幼馴染同士というソレがあるから同じようにできるとは限らないか。
「そういうことに興味があります」
「そっか」
「はい」
っと、俺はゆっくりしていないでさっさと飯を作ってしまおう。
飯を作りながらでも話を聞くことぐらいはできる。
また、未経験者に話を聞いてもらうよりも経験者に聞いてもらえた方が久実的にも安心できるはずだから。
それに俺にはしなければならないことができたからゆっくりもしていられない。
「ちょっと迎えに行ってくるわ」
「あ、それなら俺も帰るわ」
「おう」
最近は十八時半にでもなればどちらかが帰宅してくれるから助かる。
だからこの時間に出たって久実をひとりにしなくて済むというのが大きい。
「姉貴」
「太郎? どうしてこんなところにいるの?」
こちらも早く終わっていてすれ違いに、なんてことにはならなかった。
ただ、いざ実際にこうしてみると若干どころかかなり気恥ずかしいぞこれ……。
「どうしてって姉貴を迎えに来たんだよ」
「どうして? そこまで離れているというわけでもないのに……」
それでもあくまで冷静にを心がける。
別にやっべえ行為をしているとかそういうことではないんだから気にしなくていいだろう。
飯だってちゃんと作ってきたし、やることをやってきた後でなら誰にも文句は言われないとはこういうときにも当てはまるんだ。
「もしかして私がいなくて寂しかったの?」
「いいだろ別に、帰ろうぜ」
だが、もう飽きてしまったのか姉は意地が悪い存在だった。
会話をしながら帰ろうと考えていたのにそれが吹き飛んだ。
つか、頼まれてもいないのにこんなことをする方が悪いから被害者面するのは違うわなと片付けておく。
「待って」
「なんだよ?」
「こんなこと初めてじゃない、本当にどうしたの?」
「佐島と中籐を見ていたら少し羨ましくなっただけだよ」
中籐を除けばまともに話せる異性ってのは残念ながら姉しかいないんだよ。
そういう存在といられるように動くことはなにもおかしなことではないと思う。
理解されたくてしているわけではないからいいんだ。
姉にべったりで気持ちが悪い男だと言われても事実だから仕方がないしな。
「そういうことだったのね」
「そういうことを抜きにしても中籐を除いたら誰もいないんだ」
別に会話ができたらそれでよかった。
ああいう行為をしたくて急いで出てきたというわけではない。
「まだあなたは私に甘えてくれるのね」
「と言っても、甘えたのは小学二年生とか三年生のときが最後だけどな」
俺からすれば五年どころの話じゃなかったことになる。
前にも言ったように、帰ってきたことを両親経由でしか知ることができなかったぐらいだから。
それでも驚かなかったのは姉が既にそのとき、中学生だったからだ。
もうそのときから完成形みたいな感じだったから最近になって会うことになったときも驚くことはなかった。
「それは仕方がないわよ、だって私が他県の学校に通うために出てしまったもの」
「仮に家にいても恥ずかしがって甘えていなかったかもしれないぞ」
「それなら離れたことがよかったのね」
よくねえよ、そのせいでいまでも甘えたい気持ちがあるんだからな。
そりゃ甘えられる側であり、異性である姉的には全く問題ないだろうが、身長だけ大きい野郎がいつまでも姉にべったりというのは問題でしかない。
「太郎」
「……別にこういうことをしてほしくて来たわけじゃない。俺はただ、暗い中姉貴にひとりで歩いてほしくなかっただけだ」
「ふふ、可愛い子ね」
安心しろ佐島、本当にやべーのはこういう人間のことを言うんだ。
自分の彼女を抱きしめたいと思ったぐらいでなんだよという話だった。
それこそただの退屈な時間つぶしのために姉はああいう態度でいたかもしれないのにアホすぎる。
「あなたもそういうことに興味があるのね」
「否定はしないぞ」
留まっていても仕方がないから歩き出したら勝手に付いてきた。
歩幅が一応違うから離れたりしないように先を歩かせる。
じっと見るような趣味はないからなんとなく色々なところを見ながら歩くことをしていたのだが、
「まだ家から離れているぞ」
変なところで止まってしまって困惑した。
ガン見していたわけではないからわざわざそうする必要がないとまで考えて、勘違いしないでくれ的なことを言われるんだと察した。
「……どうしてあなたは昔からそうなの」
「姉貴……?」
「……先に帰るわ」
えぇ、別に気持ちが悪いなら悪いと言ってくれればいいだろ……。
つか、遠回しな言い方をするところが実に姉らしくないと言える。
なんか帰る気が失せたからあの公園にでも行くことにした。
「ああいうのが一番傷つくよなー」
自覚しているなら弁えろよ、という話だったか。
自分の欲求を優先したのは確かだからこれまた被害者面はできない。
「こんばんは」
「危ないだろ」
「私っていつもここを歩いているじゃないですか、だから今日もそれを行っただけですよ」
駄目だ、不思議と相手のペースになっているんだよなこれ。
私って◯◯じゃないですか、そう言われたらもう終わりだ。
知らないよと考えつつも、しっかり聞いてしまっているんだから。
「それより先程の方は綺麗でしたね。すらっとしてて出るところは出ていて、まるで理想の女性像に該当する人のように見えました」
「優しい人でもあるぞ」
「なんと、漫画みたいな人は現実に存在するんですね」
だが、選択を誤ってしまえば相手が家族だろうと終わりなんだ。
まあいいか、あのままだったら確実に姉に迷惑をかけていたから。
この機にシスコンを卒業するというのが一番だと言ってくれているんだ。
「でも、今日はちょっと用事があってこの時間になったんです。結構これって奇跡だと思いませんか?」
「ただの偶然で終わる話だよ」
家の近くまで不思議ちゃんを送って帰路に就いた。
飯は作ったのに食っていないという状態だったから腹が減ったんだ。
それに冷えるし、いつまでもいたところで風邪を引くだけでしかないから。
それなりに上手くやっていこうと決めつつ家まで歩いた。
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