05話.[逃げないでよっ]

「山本、山本と由梨が話しているところを見ると複雑な気持ちになるんだけど……」


 急にそんなことを言われた俺の方が複雑な気持ちになるんだが……。

 勘違いするな、なにもないと言っているのになにを不安になっているのか。

 普通に一緒にいるようになってから仲良くできているからなのか?

「俺はゆっくり仲を深めてきたのに」と文句を言いたいのかもしれない。


「由梨は俺以外の男子とも話すのにこんな気持ちになるとは思わなくてな……」

「つまり、独占したいってことだろ?」

「いや、流石にそこまで自分勝手な要求はできないよ」

「実は優柔不断な佐島に中籐はもやもやしているかもしれないぞ?」


 たまにはふたりきりで過ごしてみたらどうかと言ってみた。

 特にクリスマスだ、今年ぐらいはそうやって過ごしてもいいだろう。

 大切な存在だと口に出して言えてしまうぐらいなんだから期待している中籐もいるはずで。


「どうしたのー?」

「……由梨が山本と話しているところを見ると複雑な気持ちになるんだ」

「えっ」


 言うんかい!

 本人に言えるのであればわざわざ俺に言ってくる必要なんかないよな……。

 もう一種の牽制のように思えてきたので、ふたりきりでゆっくり話すよう残して教室を出ることにした。


「いい天気だな」


 どんな季節になろうと天候というのはほとんど変わらないから落ち着く。

 これが季節限定の天候とかだったらどうなっていたんだろうか?

 梅雨にはあんまりいいイメージを持っていないから駄目になるかもしれない。

 特に寒いのが苦手な人間にとっては冬なんか最悪なことになるだろう。


「ちょっ、逃げないでよっ」

「おいおい、わざと複雑な気持ちにさせたいのか」


 そんなSなサービスはいらないと思うぞ。

 つか、なんでそれでここに来てしまうのかという話だ。

 だって俺から近づいているわけではないが、俺が理由で佐島は複雑さを感じているんだから。


「違うよっ、あんなこと言われた後でどういう風にいればいいのか分からないだけ」

「簡単だ、はっきりしてやればいいんだ」

「私がもし悠介の言う通りに動くとしたら山本と話せる機会は減るんだよ?」

「ちょっと待て、最近になってまともに話し始めたばかりだろ俺らは」


 別に佐島大好き少女になったところでなんにも影響はないよ。

 あ、なにも影響を受けないわけではないが、佐島のことを気に入っているんならそっちを優先してくれればいい。

 これまで佐島が話しかけてくるまではほとんどひとりぼっちだったんだからな。

 いつも誰かといるふたりと違ってそれぐらいで潰れたりはしないんだ。


「由梨」

「悠介……」


 おいおい、目の前で見つめあってくれるなよ……。

 ここでまた離れると面倒くさいことになりそうだから進むのを待つことにした。


「由梨、別に俺は禁止にしようとかそういう風に考えているわけではないからな? ただ、そういうところを見ると俺が複雑な気持ちになったというだけで」

「うん」

「それに由梨が誰を好きになろうとそんなのは自由だからな、寧ろ幼馴染だから本当に好きな人とそういう関係になってくれればいいと思っているぐらいだ」


 幼馴染だったのか、それなら大切とか言えてもおかしくはないか。

 また、先程彼がぶつけられたのもそこから影響を受けているわけだ。

 傍から見ている分には早く付き合ってしまえと言いたくなる感じではあるものの、きっと本人達にしか見えていない問題というのがあるんだろう。


「……あんなことを言っておきながら?」

「それでもだよ、大切なのは由梨の気持ちだろ?」

「だったら普通は我慢するでしょ、それじゃあまるで私が悠介を選ぶと思っているようにしか見えないけど……」

「俺は由梨とそういう関係になったときのことをよく想像することがあるからな」


 遠回しすぎる、そこは「俺は由梨とそういう関係になりたいからな」でいいだろ。

 なんでそこでヘタってしまうのかという話だ。

 流石の俺でもこういう関係だったら恥ずかしがらずに言うところだった。


「想像、だけでいいの?」

「急かしたいわけじゃないからな」


 はいはい、つまり両片思いから両思いに変わった瞬間を目撃したということね。

 リア充爆発しろとか常日頃から言っている人間だったらこの瞬間に俺は発狂していただろう。

 遠くでされるのと眼の前で見せつけられるのは全く違うんだ。

 ただ、そこは大人な俺だから許してやろうというわけだ。

 そもそもここまできて「す、好きじゃねえよ」とか言う人間だったらぶっとばしているところだった。


「って、山本もいるところでやめてよ!」

「はは、じゃあ放課後ならいいのか?」

「まあ、放課後ならね……」


 戻ることにしたみたいでふたりは仲良さそうに戻っていった。

 俺は窓の外を見て青春だなーなんて呟く。

 まあ、それなりに新鮮な体験かもしれなかった。

 いつの間にか周りの人間がほとんど付き合っているということはあっても、ああしてそういうところを見られる機会というのは滅多にないからだ。

 だが、別に見られなくてもいいというのが今回の感想だった。




「え? 誘われた?」

「うん、急に男の子から遊びたいってさそわれたんだ」


 そういうこともあるか、久実みたいな子なら尚更なことだ。

 聞いてみたら人気者というわけではないが優しくていい子だって話だった。

 ただあまりに急すぎてちょっと待ってと答えてしまったと久実は言う。


「その子はいつも男の子とだけいる子でね、だから急にさそわれると思わなくて」

「嫌なのか?」

「ううん、どうして私なんだろうって気になっているだけだよ」


 疑いたくはないが、兄としては少し不安になる感じだ。

 女友達を誘えないか? そう聞いてみたら分からないと言われてしまった。

 これはあれをするしかない。

 とはいえ、受け入れなければする必要もないことだと言える。


「姉貴はどう思う?」

「別に誘うことぐらい普通じゃない」

「心配とか……」

「ないわね、悪いことをする子なら久実が既に断っているわよ」


 俺より多く生きている人間、他者と関わることが多かった人間がこう言うなら大丈夫か。

 大体、尾行なんてして気づかれて嫌われたりなんかしたらショックで寝込む自信がある。

 姉という常識人がいてくれてよかったとしか言えないな。


「それより、あなたは中籐さんに対して本当にそういう気持ちはないの?」

「ないよ、それに目の前で見せつけてくれたからな」

「両思い、ということなの?」

「ああ、あそこに入り込める人間はいないよ」


 それよりこの姉、あっという間に働き先を見つけてきたわけで。

 先程の久実もそうだが、どうして姉弟兄妹なのにここまで差が出てしまうんだろうか?

 決して現状維持を望んでなにも努力をしてこなかったとかそういうことではないのに……。

 もちろん、同じだけ努力してきたなんていう風には言うつもりはない。

 だが、単純な見た目でさえも中籐があそこまで驚くぐらいのそれになっているわけだからな。


「そんなに見つめられるとまたしたくなってしまうわ」

「姉貴や久実の家族でいられて嬉しいと思ってな」


 もし家族じゃなかったら関われずに終わっていたことだろう。

 たまにああして中籐とか不思議な枠に当てはまる存在が出てくるが、それにしたってきっかけはあくまで俺の友達だからだ。

 だからどんなに異性と話せる環境があっても非モテなことは確定している。

 でも、そこは美人姉妹に任せておけばいいんだ。

 そうすれば途切れてしまうなんてことはないし、両親は安心できるわけだ。


「太郎……」

「なんて顔をしているんだよ……」


 普通はあれで実際のところを知ってどうでもよくなるところだと思うが。

 いや、それどころかなんであんなことをしてしまったんだろうと後悔するはずだ。

 先輩とか同級生とか後輩とかから求められすぎておかしくなってしまったのかもしれない。

 それかもしくは、そもそも普通の恋愛では満足できない脳や体だったのか、というところか。


「飯も食ったことだし、どこかに行くか」

「どこに行きたいの?」

「また波の音でも聴きに行かないか? そんなに遠いわけでもないし、まだ十九時だからそんなに危ないってわけでもないしな」

「分かったわ」


 今日は父がいてくれているからそこでの心配はない。

 だが、


「どこに行くの?」


 そう、この最強の壁を超えられれば、だが。

 この前はあっさり出られたが今回は無理だと最初から分かっていた。

 物で釣るとかそういうことも不可能なことは分かっている。


「ちょっと波の音を聴きに――」

「私も行く!」


 成人している人間がひとりいるということで本来なら問題はないんだ。

 だけどそれが女性ということになると変わってきてしまうわけで、なんらかのことがあった際にひとりでは守ることができないから困るところだった。

 姉ひとりぐらいだったら俺が引き受けることで逃してやることができるが、そこに久実も加わってしまったら正直無理だ。


「久実、たまには父さんに付き合ってくれよー」

「後でする! いまはお兄ちゃん達と海を見に行きたい!」

「健太郎、泣いてもいいか?」


 多分俺が親で娘にこう言われたら同じ反応をすると思う。

 なんか可哀想になってきたし、なんなら言うことを聞いてくれなさそうだったから仕方がないと諦めた。


「父さん、悪いんだけど付き合ってくれないか?」

「そうだな、流石にふたりも行くなら心配になるからな」


 父がいてくれるなら安心だ。

 いまでも色々なスポーツをしているから俺よりも強い、ふたりを守れる。

 また、そういうときに本気になった親というのは怖い存在だと言えるだろう。


「相変わらず久実は軽いなー」

「でも、最近は食べすぎちゃってちょっと体重が……」

「そんなことはないぞ、しっかり食べてしっかり寝るのが小学生のやらなければならないことだからな」


 ちなみに横を歩いている姉も中学生の頃は太ってしまったとかであまり食べていないときもあったぐらいだ。

 本当に太っているのであればそれは気をつけた方がいいが、明らかにそれ以上に減らないだろと言いたくなる腹なのにダイエットしようとするからアホかと言いたくなってしまう。

 病的なまでに細くたってそれをいいものだと見てくれる人間は少ないからな。


「小学生とか高校生とか関係ないわよね」

「ああ、あんな小さくてももう乙女だからな」

「ふふ、私もああして気にしていたから気持ちはよく分かるわ」

「俺はその度に止めた――あ、だから出ていったのか?」

「え? あ、そのことが理由で出ていったわけではないわよ?」


 いやまあ、そんなことは分かっているんだ。

 だが、なにが原因ですれ違いになるのかどうかは分からないから気をつける必要がある。

 要所だけ気をつければいいというわけではないから大変なことだった。


「学びたいことを学べる高校に通いたかっただけよ」

「大学もだよな、それでいい感じの会社に就職することもできたわけだ」


 あの五年間以外はたまに帰ってくることがあった。

 それでも姉は決してこっちに話しかけてくることはなかったというか、家に帰ってきていたことすら気づけない時間帯とかに来ることが多かったというか。

 だから全く話せていなかったというのは大袈裟でもなんでもなく本当のことだ。


「まさかこうしてあっさり戻ってくることになるとは思っていなかったけれどね」

「それは俺もそうだよ、もう一生あのままかと思った」


 確かに家族のはずなのに家にはいないんだ。

 両親も久実も大人でそういう雰囲気というやつを表に出すことはしなかった。

 そりゃもちろん親や妹という立場としてには家にいてほしかっただろうが、そもそも結婚しなくたってひとり暮らしをするために出ていく人間だっているんだから仕方がないことだと片付けるしかないことだったというのに……。


「太郎?」

「正直、姉貴が戻ってきてくれて嬉しいとしか言えないぞ」


 理由がどうであれ、こうしてまた一緒に過ごせるようになったんだ。

 連絡すらなくて元気かどうかも分からなかったあの頃とは違うんだ。


「姉貴からしたらこっちに戻ってくる理由としては最悪なものだったかもしれない、だけど俺は――」

「ふふ、ありがとう」


 父に付き合ってもらっているのにこれではあんまりだということでちゃんと追うことにした。

 正直、こういう話こそ波の音を聴きながらできたらいいと思う。

 沈黙に包まれてもなんとかしてくれる気がするから。

 家族だから気まずくなるということ自体が少ないと言えば少ないがな。


「はぁ、はぁ、疲れた……」

「お疲れさん」

「今日ので運動しなければ不味いと分かったぞ」

「それなら今度から毎日歩くか」

「い、一キロぐらいからで頼む」


 部活をしていた中学と違って体育だけじゃ運動不足感はこちらにもある。

 誰かが付き合ってくれるということならそれはありがたいことだった。


「なにも見えないね」

「夜だからな」


 海を見るために来たわけではないから別にそれでも構わないが、久実からすればもう少しぐらいよく見えると思っていたんだろうな。

 でも、実際はこんなもんでがっかりしてしまったかもしれない。


「俺はちょっと休憩ー」

「私もー」


 いま来たばかりなのにすぐに帰ることになるよりはよっぽどいい。

 横に立っていた姉も座らせてなんとなく前を見ていた。

 見えづらいが確かにそこに沢山の水があることを考えると不思議な気持ちになる。


「お父さん、働くってどういう感じなの?」

「んー、俺としては子どものために頑張らなければならないこと、だな」


 そこは支える身か支えられている身かで変わってくるだろう。

 そもそも人によって楽しかったり、苦痛だと言う人だっているから答えというのはない。

 久実はとりあえずバイトすらもできない存在だから心配する必要もない。

 どうせ高校か大学を卒業したら強制的にどこかの会社に勤めなければならないことだし、いまはとにかく目の前のことに集中しておくのが一番だと思う。

 授業さえ真面目にやっていれば残りの時間を友達と遊ぶことに使ったって怒られたりしない。

 何歳になろうとやらなければならないことをやっておけばそんなもんだった。


「美子、健太郎、久実が元気よくいてくれているだけで嬉しいぞ、だから大変なことが多い仕事だって頑張れるんだ」

「つまり、大切な存在がいるからってことだよね?」

「そうだな、母さんだってそうだ」


 俺は朝食を作るとか夕食を作るとかその程度しかできないが、俺にとっても家族が好きだからできることだった。

 これが不仲だったり、集まっても会話すらない死んだような環境だったら自分の分だけ作って引きこもっているところだ。

 立派な人間ではないから見返りがないと頑張れない。

 それでもなにかをしようとしているだけで許してほしかった。


「私にも家族以外の人にそう感じるときはくるのかな?」

「くるぞ、絶対にいつかそういう存在ってのは現れるんだ」

「あの男の子と仲良くしていたら変わるかな?」

「お、男の子……?」

「最近は毎日いっしょにいる子なんだけど」


 まあ、父親ならそういう反応になるだろうと片付けておいた。

 それより俺の右手を掴んで黙っている姉の横顔を見ていた。

 先程みたいに変な顔をしているとかそういうことではなく、ただ真っ暗闇の海の方を見ているだけでしかない。


「ん? どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 あまり長居しても冷えるだけだから帰ることになった。

 今度は姉が積極的に父に話していたので、邪魔をすることはせずに久実の手を掴んでこちらも歩いていた。


「お兄ちゃんってなにか隠しているよね」

「隠していることなんてないぞ?」

「お姉ちゃんと怪しい感じだった」

「ああ、久実と俺の姉ちゃんは寂しがり屋だからな」


 久実が鋭いのもあるだろうし、姉が露骨なのもあるだろうし、というところか。

 適度に発散させておけばああなることも少なくなくなるだろうからそうしようと決めた。


「私の相手もしてほしい」

「ははは、ずっとしているだろ」


 別にこれから件の男子に会うというわけでもないから頭を撫でておいた。

 そうしたら「ぐしゃぐしゃになる」と言われたからやめておいた。

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