04話.[頑張りたくない]
「朝か」
体を起こしてひとつ伸びをする。
あんなことがあって寝られませんでした、なんてことはなかった。
寧ろ二十二時には寝て朝の五時半に起きられたんだから健康的と言えるだろう。
俺の寝場所はリビングの床だからこういうときは楽だと言える。
歯を磨いて、顔も洗ってしまう。
早く起きたのならと朝食を作るために動いていた。
「おはよう」
「早いな、まだ寝てていいんだぞ?」
「あなたならこれぐらいの時間に起きると思ったからよ」
平日は特に意識をしているわけでもないのにこれぐらいの時間に起きる。
俺なりに両親や久実のためになにかをしたいと本能が動いているのかもしれない。
まあでも、別に相手に迷惑をかけるというわけではないからいいだろう。
調理だって繰り返したことで人並み程度にはできるようになっているからな。
「できた、っと」
俺は食べたり食べなかったりというところだからどうしようかと考えた。
って、四人分しか作っていないんだから考える必要もないと考える。
早く起きるのは学校までの時間をゆっくり過ごすためだ。
ぎりぎりに起きて急いで行かなければならないのだけは避けたい。
朝からそんなことになったら余裕を持って学校で過ごすのは無理だった。
「太郎、今日から頑張るわ」
「俺もいつも通り頑張るわ」
「ただ、迷惑をかけないとは言ったけれど……」
「姉貴と過ごせる時間も好きだぞ、それに完全に迷惑をかけないなんて無理だろ」
つか、あんなぶっ飛んだことを言い出さなければ別にどうでもよかった。
寂しいなら寂しいと言ってくれれば俺は一緒に過ごす。
甘えたいならそれも気にしないで来てくれれば相手をさせてもらう。
誤解してほしくないから全部はっきり言っておいた。
言ってしまえばキスをしてしまったやばい姉弟だから今更そんなことで引っかかる必要はないとしか言いようがない。
「おはよう!」
「お、今日は早いな」
「今日はお友達といっしょに行く約束をしているからね」
「じゃあほら、しっかり食べてから行かないとな」
「うんっ、あ、だけど歯とかを磨いてこなきゃ」
こちらはその間に洗濯を干してしまうことにする。
姉が手伝ってくれるみたいだから無駄な抵抗はせずに手伝ってもらった。
当たり前のことだったからこの行為自体には全く嫌だとか感じることはない。
「ほら、口の横についてるぞ? そんなんじゃ友達に笑われてしまうぞ」
「取って」
「はは、じっとしてろ」
中学生になったら「は? 話しかけないでゴミ」とか言われてしまうのかね……。
周りの意見を聞いて仲良くしていることを恥ずかしいものだと考えてしまう可能性もある。
だが、そういうときに姉の存在は助かるというわけだ。
姉経由で情報を聞ければそれでいい。
結局俺が現時点でもなにかをしてやれているというわけではないから。
「ごちそうさまでした! 美味しかった!」
「おう、それならよかった」
姉貴もなにも言わずに食べてくれているから問題はないと思いたい。
なにか不満があるなら言ってくれた方がよかった。
作るだけ作って偉そうにするつもりはないからだ。
あとはやっぱり、世辞の「美味しい」という言葉を聞きたくないからだった。
「たまには私が洗い物をするよ!」
「いいよ、久実は元気よくいてくれているだけで十分だ」
「やだ、たまにはお兄ちゃんのために動きたい」
「じゃあ協力してやるか」
「やる! お姉ちゃんには負けないんだから!」
おいおい、争わなくても大丈夫だぞ。
別に姉と久実を比べてどっちがいいとかそういうことを言うつもりはない。
俺が比べられて悪く言われる方だからな。
中籐なんかが見たら「似てないねー」と言うに違いなかった。
「手伝ってくれてありがとな」
「うん、お兄ちゃんもいつもありがとう」
「どういたしまして」
さて、まだ七時というところだが出るか。
たまには早く出てゆっくり歩いていくのも悪くはない。
「あ」
こんな時間にいるとは思わなかった。
ただ、急いだところで仕方がないから寄っていくことにする。
「よう」
「山本か、おはよう」
「おう」
ベンチに座ったらなんとも言えない気持ちになった。
別に悲しいとか寂しいとかそういうことではないが、なんか目の前の光景が静かすぎて調子が狂うというか……。
いつもこうして座っているときは遊んでいる久実が見えるからな。
「どうしたよ、もうお爺さんになってしまったのか?」
「毎朝ここでゆっくりしていくんだ、たまに
「中籐か、中籐は佐島のことを気に入っているよな」
「関わってくれる異性の中で一番仲がいいと言える存在だからな」
周りからすれば早く付き合ってしまえばいいのにと言われるような存在達ということか。
ただ、ああいうタイプは逆に難しかったりするんだよな。
それかもしくは、とことん肉食系という可能性もある。
佐島の方がいまいち踏み込めずにその場に留まるなんてこともありそうだった。
「中籐って優しいよな、佐島限定なのかと思ったんだけど違ったわ」
ああいうところを気に入って告白する人間なんかもいそうだ。
それも余裕があるからこそだと分かっている。
余裕がない人間の近くにはあんなに人が集まったりはしない。
「結構山本のことも気に入っているからな」
「おい、だからって変な勘違いとかするなよ?」
「しないよ、それに由梨が山本のことを好きになったってなにもおかしくないしな」
「もうしているだろそれ……」
内はともかく陰キャラにも優しくしてくれる陽キャラというだけだ。
こちらが気に入ることはあっても向こうがそういう気持ちになってくれることは絶対にない。
あくまで友達の内のひとりという扱いしかされない。
だから中籐には気をつけてほしいとしか言えなかった。
俺は簡単に異性をそういう意味で好きになったりしないが、男子の中にはあっさり影響を受けて好きになってしまう人間もいるぞ、とな。
「そろそろ行くか」
「おう」
十月中盤の気温はなんとも言えない感じだった。
だが、それもすぐにはっきりと変わるんだろうと考えつつ佐島と登校した。
「山本ー、ちょっと付き合っておくれよー」
「買い物か? 荷物持ちぐらいならできるぞ」
こういうのはみなまで言われなくても大体は分かる。
「違うよ、放課後になって暇だから時間つぶしに付き合ってよ」
「佐島は……あ、今日はいないんだな」
「トイレに行っているだけだよ、悠介が戻ってきたら三人で遊ぼうよ」
「分かった」
時間つぶしのためとはいえふたりきりじゃなくてよかったとしか言えない。
朝にあんな話をしたばっかりだからな、勘違いされる行為をしたくない。
お互いにそういう気持ちがなくても傍から見たらどういう風に見られるか分からないから。
「ふぅ、物凄くいい勝負だったぜ」
「汚いよー」
「色々重なって放課後まで我慢することになったからな」
戻ってきたということで荷物を持って学校をあとにした。
なにをどうして時間をつぶすのかは分からないから陽キャラ組に任せておく。
正直、ふたりが並んで歩いているところを見ていたら俺の存在は必要ないだろとしか言いようがなかったが。
あ、これでもしかしたらお前に可能性はないぞと言いたいのかもしれない。
話しかけるし、場合によってはなにかを頼むこともあるが、勘違いするなよと言外に中籐が言ってきているわけだ。
「やっぱりゲームセンターだよね、山本はなにが好き?」
「俺はコインゲームだな」
「おお、時間つぶしとしては最適だよねー」
UFOキャッチャーみたいに金ばかり取られるやつは無理だ。
俺は残念ながら能力がないからひとつも獲得することができない。
上手い人間からすればぽんぽん獲得できて最高の筐体かもしれないが……。
「俺はリズムゲームとかよくやるぞ」
「私はUFOキャッチャーが大好きー」
なるほど、つまり別れることになるということか。
で、俺がひとりで遊び終わった後に移動したらいちゃいちゃしているふたりが~という展開になるんだろう。
まあいい、ここに来たからには遊んでいくだけだ。
家にはまだ姉がいてくれているから久実が帰ってきてしまってもひとりにはならないしな。
「横、失礼しまーす」
「UFOキャッチャーが大好きだったんじゃないのか?」
「それが今月は金欠でね、優しいこっちにしようと思って」
「ははは、確かにあれと比べたら優しいな」
とはいえ、これも終わるときはすぐに終わるもんだ。
でも、時間をつぶせればいいんだからそれでも構わないのかもしれない。
彼女にとって大切なのは大切な友達とこういうところに来られた、そういう事実だろうから。
「ねね、また久実ちゃんに会いたいんだけど」
「それならこの後来るか? もしそうするなら、佐島も強制的に連れて行こう」
「いいねー、それに恋人であるお姉さんも見ておかないとねー」
「恋人じゃないよ」
コインが尽きたところで佐島に事情を説明して移動を開始した。
地味にまだ遊びたそうにしていた佐島だったが、久実が会いたがっていると言っただけで簡単に折れてくれた。
俺だけにではなく久実パワーというのは結構効くのかもしれない。
「ただいま」
「遅かったじゃない」
「連絡はしただろ」
玄関でやる必要はないからふたりに上がってもらうことにした。
リビングでは久実がまたすやすや寝ていたから起こしておく。
姉は少し甘いところがあるな。
「や、山本、この人がもしかして……」
「ああ、俺の姉ちゃんだぞ」
「あっ、義理の姉か!」
「いや、ちゃんと血が繋がっているぞ」
だからこそあの行為が余計にやばいということになる。
姉が義理の姉であったのならあんまり問題にもならなかったかもしれないがな。
ただまあ、そのおかげで普通に戻ってくれたから後悔はしていない。
それでもなにかを挙げるすれば一緒にいるときの雰囲気、だろうか。
なんかもう妄想とか自惚れとかではなくてこっちを見るときの目がさ……。
「なんでそんな驚いているんだ? 山本のお姉さんってだけだろ?」
「い、いや、だって弟がこれだよ!? それに久実ちゃんという可愛い妹もいるんだよ!?」
「酷いな由梨は」
「あっ、ごめん……」
謝ってくれるな、謝られた方がダメージ大――いや、全くそんなことはないか。
明らかに違うということは俺でも分かっているぐらいだ。
そのことで悲しくなったことはない、が、羨ましく感じたことは何度もある。
それは佐島や中籐にだってそうだから、俺という人間がそもそもそういう人間だということで片付けられてしまう話だった。
「ゆうすけさんの彼女さんですか?」
「私と悠介はそういう関係じゃないかなー、大切な存在ではあるけどねー」
「それならこれから変わるってことですよね、クリスマスもこれからきますもんね」
「ど、どうだろうねー」
最強小学生が攻め込んでいる間にこっちは飲み物を注いで戻ってきた。
姉も普通にこにこ存在したままだから中々あれな空間になっている気がする。
「ゆっくりしていってちょうだい」と言って戻らないところも姉らしいと言えるが。
「お兄ちゃんにはいないの?」
「いないな、話せるとしてもここにいる中籐だけだから」
「じゃあお兄ちゃんが由梨さんの彼氏になることもあるんだね」
「それはないな、中籐的にありえないだろ」
「どうして? お兄ちゃんだって優しくていい人なのに」
優しいからモテるということなら非モテはこの世に存在していない。
流石にそこまで甘くない、しかも優しくて格好いい奴がいたら簡単に終わるだろ。
ただ、これをそのまま伝える必要はないから俺だからだと言っておいた。
他人のせいで勝手に振られるという展開にだけはしたくなかったというのもある。
「別にありえないってことはないけどね」
「別にそういうのはいらないぞ」
「いや、完全にありえないならこうして誘ったりしないでしょ?」
「それは人間性としての話だろ? そりゃ俺だって気をつけつつ過ごすよ」
他人をなるべく不快な気持ちにさせないように行動するのは人として当然だ。
誰だってやっていることだ、進んで嫌なことをやっていたらそれこそありえないと切り捨てられる。
こうして誘えることとそういう風に見られるかどうかは別だろう。
だからいいんだ、別にそういうことを言ってほしくてあんなことを言ったわけではない。
そこまで構ってちゃんな人間ではないんだからな。
「この話は終わりにしよう」
「そうだね」
しんと静かになってしまったからこっちは黙っておくことにした。
注いできていた麦茶を飲んだら多少の複雑さもどこかにいってくれた。
佐島の口数が少ない理由が気になる。
出しゃばらないように気をつけているだけならいいが……。
「お兄ちゃんは自信がないの?」
「自信? そこまで卑下する人間というわけでもないぞ」
醜く八つ当たりとかもしたことはない。
俺らしく過ごしているだけで一日一日が終わっていくというだけだった。
俺らしく過ごしたいから自分を守るために行動したことになる。
これが他者にとって自信がないからこそ取った行動という風に見えるのであれば、そうなのかと答えることしかできない。
俺が俺のことしか分からないように、他者も結局は想像でしか言えないからだ。
「私だったらありえないとか決めつけることはしないけどな」
「この話はもう終わりでいい」
「お兄ちゃんがそう言うなら」
少ししてから佐島が話し始めてくれたから任せておくことにした。
なんでも言えてしまうというのはいいのか悪いのか分からなくなってくる。
学校でも同じようにしてしまっているんじゃないかという不安も出てきた。
好かれるのは大変でも嫌われるのは一瞬だから気をつけてほしい。
特に女子の場合は同性に嫌われると詰みみたいなものだから……。
「ちょっとトイレ」
特に催したとかそういうことではないが便器に座ってうーんうーんと唸っていた。
結局、思っていても言うなよというそれは自分に返ってきたということだ。
結果的に構っちゃんみたいなことをしてしまったということになるわけで、なにやってんだよと自分に呆れてしまった。
だが、ひとつ言わせてもらえば卑下しているのではなく客観的に見られているということだ。
一ヶ月とかそこらで付き合う人間だっているから、ただひたすら重ねた時間よりも質が大切だということは分かっている。
それでも中籐が俺のことをそういう風に意識することはやはりありえないとしか思えない。
「太郎?」
トイレから出て手を洗う。
廊下には姉が心配そうな顔で立っていた。
何故そんな顔をするのか分からないからどうしたんだとアホみたいに聞いてみる。
「悪かったな、急に連れてきて」
「それは構わないわ、そもそも連絡してくれたじゃない」
「じゃあどうしてそんな顔をしているんだ?」
「え……?」
鏡があるわけではないから分からないのか。
まあいい、すぐに戻してくれたからこの話も終わりにしてしまおう。
友達を連れてきているのにこうして姉とばっかりいたら文句を言われてしまう。
言ってしまえば帰った後も俺らはゆっくり話せるんだから後ですればいいよな、という話だ。
「へえ、久実ちゃんは女の子の友達と過ごすんだな」
「はい、そういう約束をしているんです」
「俺らは……」
「今年もみんなで集まればいいでしょ」
「そうだな、どうせなら山本も誘いたいけど……」
三人がこっちを見てきたが違う方を見ておいた。
ふたりだけならともかく他にもいるということなら無理だ。
そりゃ無難にやろうと頑張りはするだろうが、クリスマスの夜にわざわざそんな風に頑張りたくない。
「いきなりは山本にも無理だよ、私だって知らない人がたくさんいたら帰りたくなるしね」
「そうか、そうだよな」
「悠介と私はあくまで普段から一緒にいるから相手をしてくれているだけだよ」
俺にとってふたりの存在はかなり大きかった。
学校に行ったら話せる人間がふたりもいるというのは俺からしたら最高だから。
だからしっかり礼を言っておいたのだった。
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