03話.[ついでに言えば]
「荷物を運んでもらってから言うのもあれだけど、本当によかったの?」
「はは、本当に今更だな。いいよ、俺が使うより姉貴が使ってくれた方が部屋も嬉しいだろ」
客間を占領するわけにもいかないからリビングで寝るつもりでいる。
これから寒くなるがまあ、それなりに強いからそっちの方は問題はない。
また、一階であれば学校に行くときも楽になるというもんだろう。
寒い冬でも久実の元気さを朝早くから味わえばすぐに布団から出られるから。
「あなたは優しいのね」
「そりゃまあ家族にぐらいはな」
荷物が多いというわけではなくてよかった。
運ぶだけでくたくたになるのは流石にごめんだ。
休日に時間もできたからリビングの色々なところに転んでみることにした。
確認してみた結果、ソファよりも床に直接寝転がる方が落ちる心配もなくて安心できるということが分かってよかった。
「太郎のそういうところ、私は好きよ」
「そうか、嫌われるよりは遥かにいいな」
姉と仲良くしておくことは大切だ。
なにか困った際に久実のことを任せることができる。
また、逆に姉の方に問題ができたときは俺が動くことができる。
家族というのはそうやって協力していくべきだろう。
「いい子ね」
「久実には負けるぞ」
俺はあそこまで真っ直ぐに生きられないし、明るいわけでもない。
俺があそこまで明るかったら気持ちが悪いとしか言いようがない。
ただ、周り人間のことを考えてそうしているわけではないものの、一応それが周りのためになっているわけだから許してほしいと思う。
「というか、部屋で休んでおけよ」
当たり前のように付いてきたから当たり前のように対応してしまったことになる。
色々まだ引っかかっているところはあるだろうからゆっくり休んでおくべきだ。
両親は焦らなくていいと言っているが、姉の性格的に急いで仕事を探してしまうだろうから。
「たまには弟といようとしたっていいじゃない」
「いやほら、これからはいくらでも嫌でも会えるんだからさ」
「そう? あなたがお友達を優先してしまったらゆっくりできなくなるわよ?」
「友達といっても佐島しかいないぞ……」
「昔からそこは変わらないのね」
そうなんだよ、そこは変わらないんだ。
あくまで俺らしく迷惑をかけないようにしているが、周りからしたら俺らしく存在しているだけで十分問題だということになる。
だが、昔から佐島みたいな人間が現れて三年間は問題なく過ごせるようになっているのが面白いところだった。
「可愛いわね、抱きしめてあげる」
「おいおい……」
「こうしたらよく喜んでくれていたでしょう?」
「小さい頃はな」
「強がってそれすらも否定しないところがいいわ」
駄目だな、いまはなんにも冷静じゃない。
まあでも、こうすることで落ち着くということなら自由にやらせておけばいい。
ちなみに妹様が来たことで強制的に中断となった。
怪しい関係というわけではないから全く構わないが、久実にあんなところを見せるわけにはいかないという考えだけはある。
「私にもして」
「ええ、こっちに来て」
お姉ちゃんといるときにハイテンションではなくなってしまったのはレア感がなくなってしまったからかもしれないし、姉みたいになるために真似をしているのかもしれなかった。
大人ぶりたいお年頃ではあるから後者の可能性の方が高いかなと想像している。
中学生になったらそれ相応の態度を求められるわけだから悪くはないことだ。
「いい子ね、久実は私みたいになっては駄目よ?」
「なんでお姉ちゃんみたいになったらだめなの? そんなにきれいで、優しくてみりょくてきな人なのに」
姉は答えることはせずに抱きしめ続けていた。
正直、こちらから見えているその顔は悲しそうな顔をしていたからなにも言えなかった。
そりゃまあ、結婚した相手に裏切られればそういう顔にもなるわなと片付ける。
「ありがとう」
「ええ」
なんか見たくなかったから部屋に戻ろうとしてできないことを思い出した。
なので、休日で時間が余っているのをいいことに外に出ることにした。
冬になったら屋内にこもることで運動不足になることが容易に想像できるし、こういうときに歩いておくのは悪いことではない。
「あ、山本だー」
「よう、今日は佐島といないのか?」
「私だっていつでも悠介といるわけじゃないよ――って、なんだ、ひとりじゃなかったんだね」
「え? おお、流石に俺も気づいていなかったけどな」
いまになって俺の服の袖を掴んで立っている久実がいた。
気づかないぐらい静かに追ってくるなんて才能としか言いようがない。
「可愛いー、山本の妹なの?」
「ああ、久実って名前なんだ」
頭を撫でてやったらこっちを見上げて笑ってくれた。
こういうところも俺にはない可愛さってやつだった。
いまは正直、本調子ではない姉を見たくないからこれはありがたいことだ。
「久実ちゃんは山本が好きなの?」
「好きです、大好きです」
「おー」
「私とちがってしっかりしているからです」
「確かにそうだね」
おいおい、優しさの塊かよ。
教室での俺を知っているからばらすのかと思っていたというのに……。
彼女も佐島も見る目があるから仲良くできているってことか。
「あ、用事があったからもう行くよ」
「気をつけろよ」
「うん、山本達もねー」
こうなったら遠くに行くわけにもいかないから近所の公園に向かう。
久実には自由に遊ばせて、俺はそんなところをぼけっと見ていた。
滑り台が特に好きなようで、登っては滑ってを繰り返している。
滑り台は体が成長すると滑ることすら困難になるから悪くないチョイスだ。
ブランコなんかは高校生になってからだって乗れるから問題はない。
「姉貴はどうしたんだ?」
「お姉ちゃんは部屋に戻っちゃった」
「そうか」
まあ、休めと言ったのはこちらだから違和感もない。
いまはとにかくひとりの時間というやつが欲しいんだろう。
もしかしたら誰かといられているときの方が考えなくて済むかもしれないがな。
家族であっても本人ではないから結局想像することしかできないのがあれだった。
「お姉ちゃんはどうして急に戻ってきたの?」
「実家が恋しくなったんだってよ」
「あの人はどうするの?」
「あの人は仕事の関係で他県に行くことになってな」
「あ、だからお姉ちゃんだけ戻ってきたんだ」
言いにくいことをぽんぽん聞いてくるから怖いな。
実際に他県に行っている間だけ戻ってきている、とかならよかったんだがな。
満足したのかまた遊ぶことに意識を戻してくれてよかったが。
「帰ろ」
「分かった」
出てきたのはそういうのに鋭かっただけなのか、それとも、姉が部屋にこもってしまって暇になってしまったからだけなのか。
久実の考えていることはたまに分からないから結局これも想像の域を超えない。
ただ、久実にとってなにか悪いことがあったというわけではないからそこまで心配する必要もないだろう。
見ておかなければならないのは姉の方だった。
「山本ー、ちょいちょいちょーい」
「ど、どうしたんだ?」
地味に優しい女子が話しかけてきた。
佐島の友達だからそう警戒する必要もないというのがいい。
あとはやっぱりクラスメイトで大体はどんな人間なのかが分かっているのもいい。
まあ、俺なんてどうでもいいから私を優先して的なことを言っていたのも彼女ではあるが。
「あれを見てよ、今日は悠介の様子が変なんだ」
「中籐が行ってやったらどうだ?」
「それが話しかけても反応してくれないんだよ」
寝不足なら休み時間を使って休んでおこうとするもんだ。
ただ、全く反応しないとなると少し心配になってくる。
「熱が出てるのか?」
「それなら休むでしょ?」
「でも、たまにいるからな」
ちなみに俺もそれをしたことがある。
正直に言うと俺の場合は休んでしまったら授業についていけなくなるからだった。
友達がいないから写させてもらうという行為も期待できないからな。
それに皆勤賞を狙っていたのもあって休むという選択肢はそもそもなかった。
もしかしたら彼もそのために来たのかもしれない。
「佐島ー」
「うわ!? ……って、山本か」
「今日はどうしたんだ? 体調でも悪いのか?」
お、これは体調が悪いとかそういうことではなさそうだ。
もし悪いのであれば驚いたとしてももう少し静かなリアクションになるだろう。
それでも中籐が安心できるようにしっかり聞いておく。
優しい人間だからな、少しは動いてやらないといけない。
「え? 全くそんなことはないぞ、いまはマジで寝ていただけだよ」
「中籐が反応ないって心配してたぞ」
「そうか、それは悪いことをしてしまったな」
起きたことによってリア充同士で盛り上がり始めてくれたから戻った。
それにしても、この賑やかな空間でよく寝られるもんだ。
俺なら寝たふりはできても~というところで終わると思う。
「もしもし?」
携帯の使用は禁止にされていないからできたことだと言える。
でも、まさかこんな時間にかけてくるとは思わなかったら驚きながらではあるが。
「……こんな時間にごめんなさい」
「気にするなよ、あ、無限というわけではないからあれだけどさ」
久実の前でだけはいつも通りを演じられているわけだから問題ない。
それと両親に言っているのかどうかは知らないが、こうして俺には正直なところを話してくれるというのは普通に嬉しいことだった。
「終わったらすぐに帰るよ」
「ご飯を作ったらちょっとどこかに行きましょう」
「それなら母さんか父さんが帰ってきてからだな、久実をひとりにしたくない」
「分かったわ。それじゃあ……頑張って」
「おう、また後でな」
切ってから携帯をまじまじと見つめてしまった。
結局、ひとりで寂しいということを言外に伝えたかったということなんだろうか?
あの感じだと働き先というのも簡単には見つからなさそうだ。
少なくとも更に一ヶ月ぐらいは時間が必要かもしれない。
結婚するにあたって専業主婦になってしまったのも問題かもしれなかった。
「彼女かー?」
「違うよ、相手は姉だ」
仲が良くない相手にもぐいぐい近づけるのが陽キャラって感じがする。
それこそ無難にやるってことができる人間達だと思う。
「え、なんかそんな感じの雰囲気が伝わってきたけどなー」
「いまは寂しがり屋なんだ、中籐だって佐島といられないと寂しいだろ?」
「んー、まあ大切な友達だからねー」
「そういうもんだ」
とにかく放課後までは佐島と話したりして過ごした。
で、放課後になったら約束通り寄り道をせずに帰った。
佐島に誘われたが姉の方と先に約束をしていたから破ることはできない。
「ただいま」
「おかえりなさい」
リビングに移動したらソファですやすや寝ている久実がいた。
授業に集中したり友達と遊んでいるだけで疲れてしまうんだろう。
布団は既に掛けられているから気にする必要はない、が、ちゃんと食事とか入浴を終えてから寝てほしいから起こしておく。
「……おかえりー」
「ただいま」
「ふぁぁ、……今日はいっぱい遊んで疲れちゃったんだ」
「楽しかったか?」
「うん、新しい友達もできたからね」
すごいな、自分がこんなんだから尚更そう感じる。
佐島という友ができたいま、更に増やそうだなんて全く考えられないから。
たまにああして中籐みたいな人間も来てくれるからそれだけで十分なんだ。
「お姉ちゃん?」
振り返ってみたらまたなんとも言えない顔でこっちを見てきている姉がそこに立っていた。
久実は「宿題をやってくる!」と言ってリビングを出ていったので、姉からしたらこれは丁度いいのかもしれない。
「両親はゆっくりでいいと言ってくれているんだし、焦るなよ」
「仕事のことで困っているわけではないの」
「だからそっちのこともだよ」
俺だってそのことで困っているとは全く考えていなかった。
理由は姉の人間性を知っているからとしか言えない。
「あともうちょっとしたら飯を作ろう」
「そうね」
「その後、どこかに行ってゆっくり話せばいい」
課題が出ているとかそういうこともないから時間だけは沢山ある。
いまはとにかくなんでも吐かせておくのが一番だ。
両親にはしていない、久実の前では出せない、そういうことなら尚更そうだ。
「ただいまー」
「お、今日は早いんだな」
「お客さんが少ないから上がっていいって言ってくれたんだよね」
今日は飯を作ってくれるという話だったから母に任せることにした。
なるべく遅い時間じゃない方がいいのは確かだから家を出てしまうことにする。
後ろを歩かせているといつの間にか離れているとかそういうこともありそうだったので、腕を掴みながら歩くことにした。
「おいおい、止めてくれないから海が見えるところまで来てしまったぞ……」
ずっと歩いていた俺も馬鹿だと言える。
別に話すだけなら久実が大好きなあの公園でよかったんだ。
だが、いまも言ったように姉が止めてくれなかったからこんなことになったんだ。
「正直、あなたさえいてくれればそれでいいの」
「それなら家の前でもよかったよな……」
「言ってしまえばそうね」
どこかに行きましょうと言ってきたのはなんだったのか。
まあいいか、どうせ来たからには堪能していくとしよう。
夜にこんなところに来ることはないから中々新鮮だと言える。
波の音がいいな、特に黙っていても気まずくはならないのがいい。
「太郎、キスしましょ」
「おう、とはならないぞ」
「あなたとすれば絶対に普通に戻れるわ」
「額じゃ駄目なのか?」
「ええ」
そもそもそういう行為を受け入れられないのにどうして結婚したのかという話だ。
金に困っていたというわけでもない、家族と不仲だったというわけでもない。
学びたいことを学べる高校、大学に通って、理想と言えるような会社に勤めることができたというのにおかしな話だ。
ちなみに会社を辞めた理由が相手に止められたからだというのは知っているが。
「高校とか大学でなにかあったのか?」
「特になにもなかったわ、穢されてしまったから上書きしたいとかそういうことではないもの」
「じゃあそれは浮気をされてしまったからなのか?」
「いえ、それも関係ないわね」
じゃあなんだよ、なんで弟とキスという話になるんだ。
俺のことが好きなら、姉ならもう既に言ってきていることだろう。
そういう人だ、よくも悪くも隠さない人だ。
「ねえ、嫌なの?」
「嫌とかそうじゃなくてさ、普通姉弟することじゃないだろ?」
「普通、ね」
絶対に戻る、同じようにはしないということなら俺は受け入れられる。
だが、所詮そんなものは口先だけでしかないと考える自分もいるんだ。
人間というやつはそのときだけ解決できればいいから一生のお願いとか簡単に言うしな。
「してくれたら一切迷惑をかけないと誓うわ、もし破ったら私の処女をあげる」
「俺じゃなくて他の男に言えよ……」
学生時代と違って周りに男子がいる環境というわけではないからこういうことになるのか?
ただ、これを断ったら誰彼構わず変なことをしそうな危うさがある。
もし姉がそんなことをし始めたら流石に久実にも悪影響だし、俺としても家族として見られなくなりそうだから怖い、と。
「分かった。だけどそのかわり、これからは一緒に久実のためになるよう行動してもらうがな」
「ええ、そもそも私は久実のことも好きだもの」
「あと、俺からするのは無理だぞ」
「分かっているわ」
姉の方を向いたら一切躊躇なくしてきやがった。
目を閉じる余裕すらなく、あっさりと終わってしまったことになる。
ついでに言えばこっちを抱きしめて「ありがとう」なんて言っている姉もいたが。
「よし、とりあえず働き先を探さないといけないわね」
「おいおい、なんかマジで戻ってないか?」
「だから言ったじゃない」
馬鹿みたいに見つめる羽目になった。
そうしたら、
「ふふ、私はこういう人間なのよ」
と、姉だけは楽しそうに笑っていたのだった。
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