02話.[必要はなかった]
「妹さんが会いたがってる?」
「おう、だから今度家に来てくれ」
ある意味姉よりも恐ろしい存在だった。
もし言うことを聞かなかったら一ヶ月ぐらいは口を聞いてくれなくなる。
年上である姉にされるのならともかくとして、年下であり小学生である久実からそれをされたらショックどころの話ではない。
だっていつもは「お兄ちゃん!」とどんどん来てくれる存在だからだ。
「分かった」
「話はそれだけだから戻っていいぞ」
無駄に敵視されないよう、話すのは五分までとかそういう風に決めていた。
まあ、こうして俺のせいで離脱することになっている時点で意味のないことかもしれないが。
それでも一応考えていますよ感が伝わればいいと考えている。
「おいおい、そんな寂しいことを言うなよ」
「佐島と話したい人間は沢山いるからな」
「まあ、友達はいる方だと思うけどさ」
なるほど、それだと彼側にメリットがないということか。
とはいえ、なにかをしてやれるような人間でもないんだなこれが。
金は昨日の焼き肉で吹っ飛んだし、物を贈ることもできない。
「今日は初めて山本の方から話しかけてくれたわけだからな」
「そんなことないだろ、これまでだって係の仕事で近づいたぞ」
「そういうの以外でだよ」
それならまあ初めてだとしか言いようがない。
ただの係仲間というだけでほいほい近づいていては気持ちが悪いだろう。
同性だからまだなんとかなっているが、これが異性になった途端にやっべー奴になってしまうことは確定している。
「というか、お姉さんもいて妹さんもいるってすごいな」
「両親としては大変でも三姉妹の方がよかっただろうな」
「いや、ひとりぐらいは息子がいてほしいだろ」
久実が生まれるまでは姉贔屓だった両親がそのように考えたことがあるのかねえ。
別に悪口を言ってくるとかそういうことではないが、実際に「健太郎も娘だったらよかったのに」と言われたことがあるから信じられない。
「お姉さんって何歳なんだ?」
「二十四歳だな、妹は十二歳だ」
「結構離れているんだな」
某国民アニメのキャラクターほどではないものの、離れているのは確かだった。
いつまで経っても仲良し夫婦だからそこまでおかしいというわけではない。
しょうもないことで喧嘩することはあっても、大抵はその日の内に仲直りしていちゃいちゃしているから不思議な人達という感じだ。
「小学生の子か、気をつけて対応させてもらわないとな」
「元気いっぱいだから圧倒されないよう頑張ってくれ」
そこで予鈴が鳴ったから自然と解散となった。
賑やかな教室が一時間は静かな空間となる。
マジでしんとしているから腹の音でも鳴ろうものなら見られてしまうことだろう。
俺は適当に板書をしつつ、いつにするかを考えていた。
連れて行こうと思えば今日の放課後にできるが、佐島の予定が合わなければ意味がない。
また、佐島的には聞いて行動してもメリットがないわけだからそこも微妙だった。
久実が小学生ではなく中学三年生とかだったら恋に発展、なんてこともあるかもしれないがそうではないから。
あと、仮にそうなったとしても俺が直接なにかを返せたわけではないから意味がないということになる。
「おーい」
「ん? おお、どうした?」
「どうした、じゃない、放課後までずっとぼけっとしてたぞ」
「はは、考え事をしているといつもこうなんだ」
残っていても仕方がないから帰ることにする。
ちなみに今日も佐島は普通に付いてきた。
あの教室にお仲間が残っていたとかそういうことではないからそう不安になる必要もないか。
「このまま妹さんに会いに行くわ」
「分かった」
いいか、すぐに返そうとしなくてもゆっくり考えていけばいい。
彼のこの感じだとすぐに終わる関係性というわけではなさそうだから。
それに俺の頭で無理してすぐに答えを出そうとしたところで無駄だ。
過去に同じことをして学んでいるはずなのに繰り返してしまうのはなんでだろうかねえ。
って、そりゃそうか、何故なら俺のままだからだ。
「ただい――」
「お兄ちゃんおかえり!」
「おおっ、今日も元気だな」
強制するわけではないがこの方が久実らしいと言えた。
これがない日は地味に寂しかったりもする。
また、帰ったときに静かだとなにかがあったのではと不安になったりもする。
周りに、というか、主に俺に与える影響力が大きいから元気よくいてほしかった。
「当たり前だよっ……ん? あ、もしかしてその人が焼肉屋さんにいっしょに行った人?」
「ああ、佐島悠介という名前なんだ」
「よろしくな」
「よろしくお願いします」
おお、敬語もちゃんと使えるのか。
中々こういうところを見る機会がないからありがたいかもしれない。
その後は久実も自己紹介をしてから楽しそうに話していた。
出しゃばるのは違うから黙って見ていたが、それだけでもなんか微笑ましい感じで楽しめた。
ただ、驚いた点はすぐにお互いに名前で呼び始めたことだ。
ふたりとも陽キャラだからおかしいのは俺かもしれないし、単純に佐島の方は山本と呼ぶと被るからという思考からかもしれないが……。
「ゆうすけさんがうらやましいです」
「どうして?」
「学校にお兄ちゃんがいるからです」
「ははっ、確かに小学校にはお兄ちゃんはいられないな」
「お兄ちゃんがいたらもっと楽しくなると思いますから」
おいおいおい、否定するどころか嬉しいことを言ってくれているんですけど。
なんでこんな可愛げがあっていい子に育ってしまったのか。
いやまあいいことではあるが、あまりにも俺とは差がありすぎる。
もはや俺が他所から来た人間みたいになってしまっているのが現状だった。
「私が出てくる!」
「待て待て、俺が出てくるから話していてくれ」
「分かった!」
元気よく出てきてくれるのは嬉しいことだと言える。
だが、もし俺とか両親とかじゃなかったら危ないことに巻き込まれる可能性があるから気をつけてほしかった。
だからそういうのから守るために帰っていたら文句を言われてしまったわけだが。
「はい」
「久しぶりね」
「……三日も経過していないけど」
「ふふ、まあいいじゃない」
確かに問題にはならないことだ。
ここは姉にとっての家でもあるんだから帰ってきたって悪くない。
それに変に久実に会ってしまったせいで一緒にいたいという気持ちが強くなってしまったんだと思う。
「離婚したの」
「は」
ただそんなことを考えていたために立ち止まっていたわけだが、そんな衝撃的なことを言われて馬鹿みたいに更に突っ立つことになった。
「浮気、されたの」
「おいおい……」
「ま、子どもがいたとかそういうことではないからまだよかったわよね」
「いなかったのか、子育てのために五年も来ていなかったと考えていたんだけど」
「違うわ」
とりあえずリビングに移動しよう、飲み物を飲みながらでもできることだ。
ちなみに今日は佐島に興味津々なのか、姉が入ってきても「お姉ちゃんだ」としか久実は言わなかった。
まあでも、ここに戻ってきた理由があれだからいまはこれぐらいの方がいいのかもしれない。
「こんにちは」
「こんにちは、あなたは太郎のお友達よね?」
「はい、最近になってこうして一緒にいるようになっただけですけどね」
太郎というところにツッコまないのは名前を知らないからなのか、家族ならそんなものだろと片付けているのか……。
いちいち健太郎と呼ぶと長いから気持ちは分からなくもない。
「太郎は寂しがり屋だから相手をしてあげてちょうだい」
「俺が相手をしてもらっているぐらいですけどね」
「ふふ、あなたが来てくれて相当喜んでいると思うわ」
惚れたりしないかが少し不安だった。
こうしてこっちに帰ってきても住み始めるかは分からないからだ。
また、やっぱり成人と未成年というでっけえ壁がある。
小中高男子からすれば大人の女性なんて魅力的に見えるだろうが、実際のところはそうやって上手くいかないようになっているから。
「太郎、ちょっとあなたのお部屋に行きましょう」
「分かった。佐島、ちょっと久実のこと頼んだわ」
「おう、大丈夫だぞ」
部屋に移動したら姉がすぐにベッドに転んでしまった。
実は地味に姉の部屋が久実の部屋になっているからこれは仕方がないと言える。
ここも姉にとって帰れる場所ではあるが、流石にいま実家にいる人間を優先するからな。
「両親は許してくれるかしら?」
「別に勘当されているとかそういうことではないんだ、それにこの前姉貴と話せて滅茶苦茶嬉しそうにしていただろ」
「でも、ほとんど連絡もしない可愛げがない娘なのよ……?」
「それは普通に悲しかっただろうな、でも、戻ってきてくれた方が安心できるだろ」
いまからなんらかの就職先を見つけるために動く必要が出てくるが、向こうにいてもどっちにしろやらなければいけないことは変わらないから帰ってくればいい。
あと、久実が嬉しそうなところを多く見られるようになるわけで、そんなの兄としては普通にいいことだからそうなってくれた方がいいんだ。
「……帰ってきたら話をしてみるわ」
「おう」
「ところで、やっぱり久実的には格好いい男の子の方がいいのかしら……」
「まあ……」
小学生だからとか関係ないだろう。
興味があるなら小学生からでもアタックを始めるはずだ。
ただ、姉と付き合うことよりも不可能な存在となるわけだが……。
「その内『お姉ちゃんじゃなくてあの人が家族ならよかったのに!』とか言われる可能性もあるわよね」
同じようなことを考えていやがる……。
一応、同じ血が流れているということで安心できたような、そうではないような。
いやだって両親、姉、久実からしたら俺の存在がいいのかどうかは分からない。
とにかく、そうならないように願っておくことしかできなかった。
「へえ、十月から住み始めるのか」
「おう、ちょっと色々片付けるのに時間がかかるみたいでな」
姉のことについてなにかを言われたわけではないから大丈夫だと思いたい。
仮に異性を好きになるんだとしても近くにいてくれる異性を好きになればいい。
なんて、勝手に考えていることが気持ちが悪いからやめておくことにした。
「手伝ってやればいいんじゃないか? なんか山本のことを気に入っているみたいだったし」
「それはないな」
「なんでだよ、あの日だっていきなり誘っていただろ?」
「まあ、久実にシリアスな話をするわけにもいかなかっただろうからな」
浮気だとか言われたからって「うわき……?」となって終わるだけだ。
それより戻ってくるということを言った方が久実的にはいいはずだ。
だって大好きなお姉ちゃんが家の中にいてくれるんだからな。
家事スキルとかだって高いから俺を頼らなくて済むようになるというのも大きい。
「あ、やっぱり急に戻ってくる理由って……」
「まあ、いいことではないわな」
「そうか」
「でも、久実にとってはいいことだからな」
「俺的には山本的にもいいことだと思うけど」
実際、戻ってくるということなら理由がどうであれ嬉しいことだった。
小学生のときから全く会話をしていなかったと言っても過言ではない相手だから。
不仲だったというわけではないし、寧ろ人として好きだったから悪くはない。
「それより久実の相手をしてくれてありがとな」
「はは、またかよそれ」
「礼はちゃんと言っておかなければならないしな」
あくまで妹というだけだが元気よくいてくれると幸せな気持ちになれるんだ。
だからこそ反抗的になったときのことを考えると微妙な気持ちになるものの、縛りたいわけではないから大丈夫だと片付けている。
これからは姉もいるからもっと明るい妹というやつを見ることができるだろう。
マジで家族が仲良くやっていけるかどうかは久実にかかっているから頑張ってほしかった。
「こんなこと言うのもあれだけどさ、お姉さんは滅茶苦茶美人だな」
「よくモテる人ではあったな」
珍しく恋愛に興味がある人でもあったからすぐに振るということも少なかった。
二、三日ぐらいは露骨にまとう雰囲気が変わるから告白されたんだなと分かるぐらいには考えてやっていたわけだが、当然誰でもいいわけではないから学生時代は誰とも付き合うことはなかったというのが現実で。
それでも大学を卒業して入社した会社でアピールされて~という形になる。
五歳年上の相手の要求を受け入れたと聞いたときはマジでマジ? と語彙がなくなったぐらいだった。
二十三で知り合ってその年に結婚ということだけでも驚きなのに、その相手がひとつ上とかではなくて五歳も年上だったことには流石にな。
まあでも、そこは人それぞれ違うことは分かっているんだ。
俺のただの糞な思考ということで終わる話でもあるから押し付けることはもちろんしない。
ちなみにあの後本人が教えてくれたことだが、
そんなこと弟に言うなよと言いたくなったぐらいだった。
「久実ちゃんも可愛いしな」
「告白されたってことは聞いたことないけどな」
「そりゃあれだろ、中々お兄ちゃんには言いづらいだろ」
「ま、マジ? 実はモテモテとか……?」
「いや、それは知らないけど……」
だけどあの姉が家族だからな、その可能性もありえなくはない。
誰かひとりでもいい存在がいてくれたらいいとしか言えない。
学校では見てやれないから格好いい男子が側にいてくれたらと願うしかない。
苛めとかそういうことに巻き込まれていなければ、言ってしまえば非モテであっても問題ないわけだから絶望しないでほしいと、とにかく頼りない兄としてはそう考えている。
「佐島にはいないのか?」
「いないな、ひとりっ子だから少し羨ましいよ」
「それなら今度泊まりに来ればいい、久実がまた会いたいって言っていたから」
「そうか、そう言ってもらえるのは嬉しいことだな」
姉が少しライバル視しているところもあるから気をつけつつやってほしい。
少しやりにくいようなら公園なんかに連れて行ってやると久実的にももっといいはずだった。
遊具があるだけで三時間でも四時間でも遊べてしまう人間だからだ。
こちらが付き合ったとしたら三十分でダウンするところではあるが、スタミナに自信がありそうな彼なら付き合えるはず。
俺はそんな遊んでいるふたりを遠くから見ているか、完全に任せて家でゆっくりしておくのもいいかもしれない。
姉に部屋を譲るつもりだから片付けるために時間を使うのも悪くはないだろう。
「でも、本物のお兄ちゃんには絶対に勝てないからな」
「それでは勝てなくても男としては勝てるだろ」
「俺は自分と他人を比べて自分の方が上とか考える人間じゃないから」
本当にそうなのかどうかはともかくとして、いまので格の違い、余裕のありなしがはっきりとした気がした。
そういうところが人が集まる理由になっているのかもしれない。
初対面の相手ともあっという間に仲良くできる理由なのかもしれない。
外面も内面も決していいとは言えない人間としては眩しい存在だった。
「山本ー、悠介を独占しないでよー」
「悪い、佐島しか話せる相手がいないからついな」
彼の方から来ているわけではあってもいちいち言う必要はない。
こういう形にしておいた方が後でごちゃごちゃになる可能性も下がるはずで。
「そうなの?」
「ああ、残念ながらな」
「そっかー、それなら確かに悠介といたくなっちゃうのは仕方がないねー。でも、次の時間は私達に譲ってね」
「俺は物じゃないぞ……」
そうか、彼の周りに集まっている人間なんだから基本はこんな感じか。
類は友を呼ぶというし、基本的にいい人間が集まるようになっているんだろう。
そのおかげで彼はもっと余裕を手に入れ、その余裕がまた人が近づいてくる理由を作ると。
「眩しい奴め」
「ん? 今日は曇りだよ?」
「はは、こっちの話だよ」
それでもいまから譲っておいた。
多分、本人にその気があれば勝手に来てくれるから不安になる必要はなかった。
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